Valuable draw
「──ベンチから見ると、どうだ」
「好調、だと思います。こっちの方が少し消耗が激しいけど……」
ジャグを傾けるなり、尋ねてきた鬼道に織乃はそう答えた。
あちらは流石宇宙人とでも言うべきか、スタミナがなくなる兆しはなかなか見えない。
ちらりとイプシロンのベンチを見た織乃は、顔をしかめて首を捻る。
「? どうした、御鏡」
「いや……何だか、睨まれてるような気がして」
気のせいだとは思うんですけど、と呟く彼女の肩越しに相手のテクニカルエリアを見ると、確かにイプシロンのマキュアが織乃を射るような目で見ているように見えた。
「──前にお前が言っていたことと、関係があるかもな」
「……杞憂だと嬉しいんですけど」
溜め息を吐くように、織乃は返す。
レーゼやデザーム。エイリア学園の宇宙人たちとは、初めて会った気がしない──彼女のその不思議な悩みは、依然無くなってはいない。
2人の小声の会話は露知らず、汗を拭いた円堂がタオルを握り締めて言った。
「良いぞ、みんな! イプシロンの動きに負けてないぜ!」
「後半もこの調子で頑張ってね!」
にっこり、力強く笑った秋に、一同が大きく頷く。
前半終盤、旋風陣を出す間もなくやられてしまい落胆している木暮に、春奈がドリンクを差し出した。
「ディフェンス、頼むわよ!」
「……おう!」
時間が経つにつれ、少しずつ体力が回復していく。よし、と膝を叩いた円堂が立ち上がった。
「俺たちは確実に強くなってる! 勝てる! 絶対に勝つぞ!!」
「おおッ!!」
言い聞かせるような言葉も、円堂に掛かれば立派な激励になる。
そんな中、1人じっと体育座りをしている吹雪の元に、瞳子が歩み寄った。
「吹雪くん。攻撃に気をとられ過ぎよ、ディフェンスに集中しなさい」
「あ……」
やや厳しい声音で諭され、吹雪はシュンと項垂れる。
試合中の彼の様子は、ベンチからでもよく分かった。焦っているのか、それとも他の理由があるのか──今回の戦いでの吹雪は、やけに気を急いているように見えるのだ。
吹雪をちらりと見やった鬼道が、ふいに瞳子に言った。
「……監督。吹雪をFWに上げてください。今のままでは攻撃力が足りません」
「ちょお、ウチじゃあかんの?」
「まぁまぁ……」ムッと眉間に皺を寄せたリカを、苦笑を浮かべた織乃が宥める。
だが、鬼道の言い分も最もだ。
リカはどちらかと言うとテクニックに長けたFWだが、吹雪はそれに対してパワーでごり押しできる長所がある。それを考えると、彼を前線に上げるのは得策だろう。
しかし、今回はその決断を容易に下せる試合ではない。
「それは分かってるわ。でもこの試合は1点勝負よ──絶対に失点は出来ないの」
「ですが……このままでは得点も出来ません」
食い下がる鬼道に、瞳子は吹雪を一瞥した。
ぴくり、と小さく吹雪の肩が揺れる。
「吹雪くんは、ディフェンスから瞬時に攻撃に移れる。イプシロンの攻撃を防いだ時こそチャンスよ」
「確かに、カウンター攻撃を繰り返せば必ず得点の機会はあるけど……それだと、吹雪さんの負担が大きくなってしまいます」
思わず口を挟んだ織乃に、吹雪が慌てたように「大丈夫だよ」と首を振った。
小さく深呼吸をし、彼は立ち上がって瞳子に向き直る。
「──このまま、カウンターを狙います」
「……頼んだわよ」
頷いた瞳子は、静かにベンチに腰を下ろした。
少し固い表情の吹雪の肩を、円堂が叩く。
「大変だけど、頑張ろうぜ!」
「! ……うん」
一瞬、目を見開いた吹雪は、マフラーを握りしめて小さく頷いた。
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ホイッスルがフィールドに鳴り響く。
いよいよ後半が始まった。
「ここからが正念場ね……!」
組んだ腕にギュッと力を込めた夏未が、真剣な声で呟く。
フィールドで、土門のスライディングを軽やかに避けたクリプトが雷門陣内に侵入した。
「吹雪! プレスを掛けろ!」
追いかけるように叫んだ鬼道に、静かに頷いて答えた吹雪が走り出す。
一瞬──マフラーを握り締めたたらを踏んだ彼は、そのまま中空へ跳躍した。
「アイスグランド!」
地面を迸った氷の筋が、クリプトを凍てつかせる。
「風丸くん!」そのまま奪い去ったボールを受け取った風丸が、グンと加速した。
「疾風ダッシュ!!」
しかし、風丸にも前半の疲れが残っていたのか、技と彼の間に生まれたほんの少しのタイムラグを突き、ケイソンがボールを浚う。
「しまった!」小さく風丸が叫んだ視線の先で、ボールがマキュアに向かってパスされる。
その次の瞬間、雄叫びを上げた吹雪が走り出した。瞳は金色に染まっている。
「ナイスだ吹雪!」マキュアを弾き飛ばしボールを奪い取った吹雪に、円堂が拳を掲げた。
「邪魔なんだよぉッ!!」
そのまま素早くイプシロン陣内深く攻め込み、DF二人を吹き飛ばした彼はマフラーを翻す。
「吹き荒れろ……! エターナルブリザーーーードッ!!」
後半1発目のエターナルブリザードだ。
「さっきよりパワーが上がってるぞ!」巻き起こる冷気に髪を押さえながら、風丸が叫ぶ。
ニヤリと口角を上げたデザームが、緑色の光を帯びた両手を翳した。
「ワームホール!!」
ずむ、とデザームの足元へめり込んだボールに、吹雪が歯軋りする。
「くっそ、またか!」地団駄を踏んだ彼に、デザームが高笑いした。
「良いぞ、もっと激しく蹴り込め! 我が闘志を燃え上がらせるのだ!!」
「ふざけやがって……!」
眉間に深い皺を刻んだ吹雪の頭上を、デザームの投げたボールが飛び越えていく。
受け取ったイプシロンのFWたちに、デザームが大きく叫んだ。
「ガイアブレイクだ! 戦術時間、2コンマ7秒!!」
「ラジャー!」
応えたマキュアたちが、地面に激しく足を叩きつける。
抉れて砕けた地面がボールを装甲のように包み、FWたちがそれに向かってオーバーヘッドキックを叩き込む。
「ガイアブレイク!!」
空気を唸らせ、激しいシュートがゴールを襲う。
ゴール前にいるのは木暮だけだ。「木暮くん!」応援なのか悲鳴なのか分からない声で、春奈が叫ぶ。
「うあ──!」
「木暮、っ!!」
技を出す暇もなく、木暮はシュートもろとも円堂を巻き込んでゴールに押し込まれた。
ああ、と秋が口を手で覆う。先取点を取られた──その事実が重くのし掛かる。
しかし、円堂の表情は変わらなかった。
起き上がると、依然、笑顔で──へたり込んで落胆する木暮の肩を叩き、声を上げる。
「さ、ここからだ! 気持ちを切り替えていくぞ!!」
「おーっ!!」
満面の笑みの円堂につられ、イレブンも表情を明らめて拳を振り上げた。
いつも、どんな時だって負けることを考えない。それが円堂の強みなのだ。
マネージャーたちは表情を引き締め顔を見合わせると、「頑張って!!」と声を揃えて叫んだ。
「やらせてたまるか!」
先取点を取られたことで火が点いたのか、陣内へ飛び込んできたイプシロンに土門が走り出す。
振り上げられた足から放たれる衝撃波がフィールドを抉り、そこから吹き出た炎が敵の侵入を阻んだ。
「まるで地面から吹き出すマグマ……名付けて、ボルケイノカット!!」
目金が眼鏡の縁を持ち上げ高々と名付ける。
息もつけないような技の応酬に、マネージャーたちの手にも汗が滲んだ。
「くっ……メテオ、シャワー!!」
中々中盤から攻め込めない状況に苛立ち、歯噛みしたマキュアがメテオシャワーを発動させる。
果敢に挑むも、激しい衝撃に吹き飛ばされた塔子と壁山が地面に転がった。
「いけない──!」
夏未がひきつった声を上げる。
他のDFでは遠すぎてフォローが間に合わない。
その次の瞬間、小さな影がゴールの前へ飛び出した。
「木暮!?」
構えかけた円堂が目を丸くする。
「今度こそ止めてやる!」しっかりと地に足をつけた木暮は、マキュアに向かって突進した。
「旋風陣ッ!!」
倒立し、旋回した木暮を中心につむじ風が巻き起こる。
ぶわっ、と風にさらわれたボールを受け止めて、木暮は息を切らしながらもニッと笑った。
「やったな、木暮!」
ガッツポーズを取った円堂に笑顔で頷いた木暮は、すぐさま表情を引き締めボールを大きく蹴り上げる。
パスを受けた吹雪は、既に攻撃体勢に入っていた。イプシロンの妨害を潜り抜け、エターナルブリザードを打ち込む。しかしデザームはそれを上回る力で、彼のシュートを押し込めるのだ。
「ハッハッハッ! 良いぞ良いぞ──もっと強く、もっと激しく打ってこい!!」
「っ、ちくしょおお!!」
行き場のない怒りを押さえきれず、吹雪が悲痛な声で叫ぶ。
シュートが止められる毎に、どんどん彼の精神が磨り減っているような──織乃はモバイルの端を握り締めた。
ギラリと眼尻を吊り上げた吹雪は、奥歯を噛み締め走り出す。
後半開始前の瞳子からの指示は、既に彼の頭にはない。突然ボールを奪い去った吹雪に、リカが「何すんねん!」と怒鳴り付けた。
「吹雪、無茶だ!!」
鬼道の制止も聞かず、吹雪は単身イプシロン陣内へ飛び込む。
「どけぇっ!!」タイタンのマークを強引に降りきった吹雪は、再びデザームと対峙する。
「も、もう5分しか時間がありません……!」
「これで決めなきゃ──」
負ける。その単語に、マネージャーたちは顔から血の気が引いた。
最早ワンマンプレーを咎めている場合ではない。これを外せば得点はおろか、逆転のチャンスもないのだ。
「エターナル──ブリザーーーードッ!!」
「ッワームホール!!」
どん、と大きな2つの力がぶつかり合う。
ビリビリと震える空気の中、吹雪が、そして円堂が、叫んだ。
「決まれーーーーッ!!」
「いけぇええええ!!」
光が一際大きくなる。
一瞬、デザームが大きく目を見開き、そして──
「──よ、っしゃああああ!!」
鋭い音を立て、イプシロンのゴールに突き刺さったエターナルブリザードに、吹雪が天を仰いで吼えた。
固唾を呑んで見守っていたマネージャーたちも弾かれたように立ち上がり、手を取って喜び合う。
「ふ──ハハハ! 良いぞ、こうでなくては意味がない!!」
得点されたというのに清々しい表情で笑ったデザームが、ボールを振りかぶった。
受け取ったのは、先程ゴールを奪った3人である。
「円堂ぉ!!」
ディフェンスのカットも間に合わず、土門が叫んだ。
地面を揺らし、衝撃波を巻き起こしながら2撃目のガイアブレイクがゴールを襲う。
迫るシュートを見据えた円堂が、構えた。
いつもの構えではない──しかし、彼の体から溢れる光が、光の魔神を生み出す。
「マジン・ザ・ハンドーーーー!!」
早く、力強く。魔神が巨大な隕石のようなシュートを受け止めた。
「円堂くん、今の動き……!」進化した彼の力に、秋の目が思わず滲む。
「おっしゃあ!!」
ぐっと拳を作った円堂が、そのままボールを大きく振りかぶった。
長い放物線を描きながら落下するボールを追いかけるように、吹雪が跳躍する。
「これで最後だ……っ」
芝生に霜が降り、ピシピシとボールが氷を纏った。マフラーを靡かせ旋回した吹雪が、咆哮する。
「吹き飛ばせ!! エターナルブリザーーーード!!」
どう、と氷の破片を飛び散らしながら、最後のエターナルブリザードがイプシロンゴールに牙を向いた。
デザームは──心から楽しそうな笑みを浮かべ、頭上に腕を掲げる。
「──ドリルスマッシャー!!」
「!?」
手のひらから溢れた闘気がギュルリと渦巻き、それは彼の腕を覆う巨大なドリルを作り出した。
ガキン、と耳障りな音をたてエターナルブリザードと衝突したドリルは氷の装甲を砕き、やがてシュートの威力を殺す。
「何っ……!?」
バチンッ──弾かれ、デザームの手に収まったボールに、吹雪が零れんばかりに目を見開いた。
ふふ、と含み笑いをしたデザームが、ボールを見下ろす。
「私にドリルスマッシャーを使わせるとは……ここまで楽しませてくれた奴等は初めてだ」
高笑いしたデザームは、唐突にボールをコート外に放る。雷門イレブンは一気に怪訝そうな顔になって、彼を見つめた。
「……試合終了だ」
「っ何だと!?」
吹雪の元まで駆け寄ってきた円堂がギョッと目を見開く。
「確かに、時間は残っていないが……」困り顔で腕時計を覗き込む古株を意にも介さず、デザームは仲間たちを収集した。
「引き上げるぞ!」
「はっ、デザーム様!」
イプシロン選手たちが短く返すと、どこからか黒いボールが舞い降りてきた。
徐々に紫色の光に包まれていくデザームの背中に、吹雪が猛る。
「ふざけんな! まだ勝負はついてねぇぞ……! 逃げるな!!」
「吹雪、よせ!」
今にもデザームに飛び掛からんとする吹雪を、慌てたように円堂が羽交い締めにした。
デザームは吹雪を──雷門イレブンを一瞥すると、ニヤリと口許を歪ませる。
「再び戦う日は遠くない。我らは真の力を示しに現れる」
言い残し、強まった光はやがてイプシロンの姿を掻き消した。
「く、そおぉっ……!」掠れた声で叫んで、吹雪は俯く。
確実に広がる小さな亀裂、深まる謎。
ただ1つ確かなのは、この引き分けに大きな価値があること──それだけだった。
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