Their strength
「あれ、織乃さんのお家こっちだったんですか?」
開会式も終わり、一度雷門中学に戻ったその後。
最高のコンディションで挑めとの、響木の指示──激励を受けて解散し、それぞれの帰路に着いた頃。
織乃は後ろから掛けられた声に振り返った。
「春奈ちゃん」
名前を呼ぶと、春奈はニコニコしながら彼女に駆け寄って来る。
「家というか、バス停がこっちの方向で……春奈ちゃんは?」
「私はバス停傍の本屋さんに寄りたくって!」
お気に入りの雑誌の発売日なんです、と嬉しそうに話す春奈に、織乃は目を細めて頷いた。
春奈は彼女の隣に並びながら、「それにしても」と口火を切る。
「中々印象に残る開会式でしたよね」
「あの欠場した学校とか?」
「ぜうすとか言いましたっけ」と、春奈は鞄から愛用のノートパソコンを取り出した。
器用にも腕に乗せたそれを歩きながら操り、彼女は続ける。
「特別招待校って言いましたけど、検索しても全然引っかからないんですよ。ちょっと変ですよね」
眉間に皺を刻み唇を尖らせ、難しい顔をする春奈。
確かに、と織乃はそう相槌を打ちつつ、釣られたように表情を堅くする。
「まぁでも、お兄ちゃんたちならきっと大丈夫ですよね!」
「──うん!」
そう締めくくり、二人は顔を見合わせ笑みを浮かべる。もう完全に鬼道とのわだかまりが消えたのだと、春奈のその表情から読み取れる。織乃は前に向き直り、再び微笑んだ。
「それに、私たちは明日が一回戦ですからね。知っておくなら、まずこっちが先です!」
「そうだね。戦国伊賀島……だったけ。対戦相手って」
はい、と春奈は大きく頷き、素早くキーをブラインドタッチする。
織乃はふと車道に目をやり、その手を春奈の肩に置いた。
「春奈ちゃん、そろそろ車の通りも多くなったし歩きながらは流石に危ないよ」
「あ、そうですね」
春奈は納得した表情になると、ノートパソコンを鞄にしまう。そこから5分程歩いた所で、彼女は「あ」と声を漏らした。
「それじゃあ織乃さん、私はここで!」
「うん、分かった」
また明日、と織乃は微笑む。春奈が手を振りながら小走りに角に消えるのを見送ると、彼女も再び歩き出した。
「(明日は1回戦か)」
それを考えると、自ずと表情も引き締まる。
そこで、そう言えば──と織乃は、記憶を開会式でのことを思い出した。
うっかり聞きそびれてしまったが、鬼瓦の言った『大変なこと』と言うのは、一体何のことだったのだろうか。
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:
次の日。
先日の開会式同様、観客の歓声が渦を巻き、空には空砲と実況解説・角間(父)の声が響き渡る。
あと一時間弱で、FF第1回戦が始まる──そんな中。
「やっ、ちゃっ、たー……」
鼻歌でも歌うように、泣きそうな表情で織乃は呟く。
その手には中身の入ったビニール袋。辺りは何度見たか分からない同じ景色。
迷子、再び──だった。
「(わ……私ってこんなに方向音痴だったっけ!?)」
しかしイタリアではこんなことにはなったことはない。
そうだ、きっとこんな閉塞的な場所では方向感覚が上手く働かないのだ──と、自分に必死に言い聞かせながら、織乃はうろうろとほのかに薄暗い廊下を歩き回る。
予備のテーピングテープを部室に置いてきてしまったことにマネージャー陣が気付いたのは30分程前のこと。
秋は諸々の手続き、春奈は戦国伊賀島の情報収集により手が空いていない。ならば自分が行くしかないのだろうと納得し売店に走ったあの瞬間が、今はとても恨めしい。
これもまたデジャブだった。
「──御鏡?」
「ふひゃいッ!?」
予期せず呼ばれた名前に、肩どころか体全体が大きく跳ねる。
「あぶっ」その拍子に足が絡み、織乃はそのままベチンと冷たい廊下に思い切り顔を打ちつけた。
「お──おい、大丈夫か?」
「は、…………き、鬼道さん?」
じりじりと鼻っ柱が痛みを覚えるのを感じる中、ぐんと引かれた手の先を辿ったところで、織乃は目を丸くする。
右手にブラックコーヒーの缶を持ち、もう片方の手で織乃の手を引いていたのは、そこに片膝を突いた鬼道だったのだ。
「……お、お見苦しいところを……」
「いや、俺も驚かせてすまない」
まさか転ぶとは思わなかったが、と鬼道は織乃を立たせながら、笑いを堪えるような顔になる。
「ところで」と続いた言葉に、織乃はギクリと身を堅くした。
「お前は何でここにいるんだ。この時間は控え室にいる筈だろう」
「えっと、ちょっと足りない備品の補給に……」
まさか迷子になっていましたなどと言えるはずもない。手にしたビニール袋を持ち上げながら、織乃はさり気なく彼から視線を外す。
鬼道は微かに眉を上げると、そうかとひとつ頷き握ったままだった彼女の手を離した。
「戦国伊賀島、だったな」
「あ、はい」
鬼道は少し考えた後、「昨日円堂にも言ったが」と前置きし、続ける。
「俺たちと戦う前に、無様に負けるようなことはするなよ?」
「──勿論です」
一拍置き、珍しく挑発気味につり上がった織乃の口角に、鬼道はゴーグルの奥の目をしばたかせた。
「雷門は強い──数日間でそう分かる程です。それこそ、帝国と同じくらい」
「……そうか」
本当に変わったものだ──と。鬼道は織乃と目を合わせ、同じく口角を上げる。
そして腕の時計に視線を落とすと、カツリと靴音を響かせ踵を返した。
「それじゃあ、俺は観客席でお前たちの強さとやらを見せて貰うとしよう」
「はい。また」
「──そうだ、御鏡」数メートル歩いた鬼道は、そこでふと振り向く。
その場で鬼道が去るのをぼんやり見送っていた織乃は、キョトンとした様子でまばたきを繰り返した。
「控え室は、そこから戻って右の角を曲がった先だからな」
「…………え」
ぶわっと、言われたことを脳内で一考した次の瞬間、織乃の顔が真っ赤に染まる。
それを満足そうにしたり顔で見た鬼道は、今度こそ「またな」とそこから去っていったのだった。
「〜〜ッああ、もう!」
気付いていたのなら初めから言ってくれれば。織乃は真っ赤な顔を両手で覆いながら、鬼道の言葉に倣い足早に廊下を歩く。
戻って、右の角を曲がった先へ。
ようやく顔の熱も下がり始めた頃、丁度向かいの方から秋が戻ってきたのが見えて織乃は顔を上げた。
「あ、織乃ちゃん戻ってきたのね。ありがとう」
「い、いえ」
少しばかりしどろもどろな彼女の様子に秋は首を傾げたが、気にしないことにしたのか「行きましょ」と彼女を連れ立ち控え室の扉に手をかける。
「みんな、練習時間よ」扉が開くと共に飛び込んできた声に、全員が首だけこちらに向けた。
お帰りなさい、と言う春奈に織乃が微笑む最中、隣からピピピ、と電子音が漏れる。
音源である自分の携帯を取り出しサブディスプレイを見た秋は、数度まばたきをした。
「夏未さんからのメールだわ」
雷門イレブンのみんなへ、という書き出しで始まったメールの内容を、秋は静かに読み上げる。
各々がそれを押し黙って聞く中、夏未からのメッセージは最後に、これは理事長の言葉と思って貰って構いません──と、いつもの言葉で締めくくられた。
「応援なのか命令してるのか、わからないでヤンスね」
「ま、いかにも雷門夏未って感じのメッセージじゃない?」
一拍おき、肩を竦める栗松に傍らのマックスが言えば、部員の半数がその言葉に神妙に頷く。
だがしかし、夏未の激励により士気が高まったのは事実。円堂が、拳を高く突き上げた。
「よーし! 絶対に勝つぞー!!」
「おーっ!」
:
:
「──で、何でこんなことに?」
響木の傍らで、織乃は誰に問いかけるでもなく呟く。
練習時間を利用し、春奈や秋とドリンクの補充やタオルの確認をしていたまでは良かった。
だが、ふと目を離している間にいつのまにやらフィールドは良くない雰囲気で満たされており、その原因が対戦相手である戦国伊賀島のキャプテン・霧隠にあると理解した頃には、何故か彼と風丸が対決する流れになっていたのである。
「あいつ、仲間をバカにしたんだ!」顔をしかめて怒る円堂に問えばそう返ってきて、話の輪郭を掴んだ織乃は肩を落とす。
「雷門は、ハプニングが絶えませんね……」
独り言を漏らせば隣の響木は髭を震わせ笑った。
「まぁ、相手の力を知る良い機会だ。御鏡、お前もしっかり見ておけよ」
「──はい」
頷き、織乃は響木の側を離れ部員たちの元へ駆け寄る。
秋の隣に並んだところで、織乃は目線をフィールド上の風丸と霧隠に固定した。
そして春奈のホイッスルと同時に、二人はボールをドリブルしながら風を切って走り出す。
雷門イレブンが真剣な眼差しで見守る中、二人はコーンの位置で切り返し、更にスピードを上げた。
「(速い)」
息の詰まるような競り合いに、織乃は思わずスカートの端を強く握りしめる。
しかし──わずかに風丸が、霧隠を抜いたと思われた瞬間。
2人のボールは、突然フィールドに現れた乱入者にカットされた。
「なっ……何だ!?」
驚いたように、円堂が目を見開く。
その先では、恐らく戦国伊賀島のメンバーであろう2人が、霧隠に注意を促している。
「あれは──戦国伊賀島・MFの初鳥伴三と、風魔小平太ですね」
春奈が、プリントアウトした相手選手のデータに目をやりながら言った。
「あれが、相手のMF……」織乃は呟き、こちらに歩み寄ってきた戦国伊賀島の3人を見つめる。
「霧隠のプレーを謝罪する」
そう告げて初鳥が頭を軽く下げれば、円堂は虚を突かれたように慌てて首を振った。
「では、御免!」次の瞬間三人が地を蹴り姿を消すと、雷門メンバー一同は目を白黒させてそこを見つめる。
「忍者……」
ただ春奈が呆然と呟く声が、フィールドに響いた。
そして、その数十分後。
実況の叫ぶようなアナウンスが響く中、各チームは自分のポジションに付く。
ホイッスルが鳴り響き、豪炎寺のキックオフから染岡へ、染岡から半田へと渡ったボールが、霧隠にカットされ、そのまま雷門陣内に切り込んだ。
歯噛みした風丸がその経路を塞ぐも、霧隠は余裕に満ちた笑みを浮かべる。
「なっ……!?」
印を組み、現れた残像が風丸の体をすり抜ける。
霧隠は風丸のディフェンスをかいくぐり、そのまま勢いを付けてシュートを打った。
丁度正面に来たボールを円堂は難なくキャッチしたが、霧隠の技に驚いたかのように、ゴールから彼を見つめている。
「危なかったぁ……!」
思わず立ち上がった春奈が言えば、その隣で秋も「あんなのあり?」とバインダーを握りしめた。
「あれが、戦国伊賀島のサッカー……」
「一筋縄ではいかない、ということか」
織乃が呟けば、手前でフィールドを見つめる響木が僅かに眉間にしわを寄せる。
その後も戦国伊賀島の猛攻は続き、雷門は数度あった得点のチャンスをことごとく奪われてしまった。
染岡と豪炎寺のドラゴントルネードも相手キーパーの百池に止められ、イナズマ落としも、風魔のプレーにより不発に終わってしまう。
「こういう時は、先取点を取らなきゃだめだ!」
噛み合わないプレーに顔をしかめる円堂に風丸がオーバーラップするも、それさえ高坂の妨害に遭い失敗してしまった。
「嫌な流れだな」呟いた響木に、織乃は手にしていたバインダーを抱きかかえた。そして──
「伊賀島流忍法『土だるま』!!」
とうとう霧隠のシュート技が炸裂し、円堂の熱血パンチを破ったボールは雷門のゴールを割ってしまった。
「(あ……!)」
一瞬中空へと投げ出され、右手から倒れた円堂に、 嫌な倒れ方をした、と 織乃は僅かに目を見張る。
やがて前半終了のホイッスルが響き、選手たちがベンチへと戻ってきた。
各々、戦国伊賀島の攻撃には焦りを感じているのか顔色は優れない。
それをいつもの力強い言葉で円堂が元気付ければ、織乃の隣にいた秋がドリンクを持って小さく笑った。
「そう言えば、円堂さん」
「うん?」
思い出したような織乃に、円堂は秋からドリンクを受け取りながら振り返る。
その途端顔を一瞬しかめた彼に、「やっぱり」と織乃は表情を歪めた。
「円堂さん、右手!」
「んぇっ」
「見せてみろ」
織乃が指した手を、風丸が掴みグローブを奪い取るように外す。
腫れ上がったその手首に、秋や春奈がギョッとした。
「音無さん、救急箱をお願い!」
「はいっ!」
春奈が救急箱を取りに行く中、織乃はベンチの下に置いておいたクーラーボックスから氷嚢を取り出し、円堂に手渡す。
「あの時から、様子がおかしいと思ったら……」
「風丸さんも、感づいてたんですね」
問えば、風丸は答える代わりに溜め息を吐いた。
メンバーが見守る中、秋は円堂の右手に念入りにテーピングをする。
「よし……! 全力で、円堂をカバーするぞ!!」
風丸が言えば、各方向から力強い返事が返ってくる。
「(これが、雷門の強さの1つなんだ。そうですよね? 鬼道さん)」
織乃が、この観客席のどこかにいるであろう鬼道のことを思う中、後半開始のホイッスルが鳴った。
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:
端的に言うと、である。
「歴史に残る名試合ってやつでしたね!」
雷門イレブンは、FF第1回戦を突破した。
病院に行った秋から電話で聞くに、円堂の怪我も数日安静にしておけば治るとのことだったし、風丸も陸上部の後輩と和解したようで、これで問題が解消した、と織乃は安堵する。
帰り道、今度は近所の電化製品店に用があるのだという春奈がやや興奮したように言えば、織乃はそれに小さく笑った。
「うん。きっと、鬼道さんもそう思ってくれてると思う」
「あれっ。織乃さん、今日お兄ちゃんに会ったんですか?」
織乃が頷くと、春奈は「へぇ〜」と意味深な笑みを浮かべる。
彼女はそれに気付かず、「売店に行った帰り、偶然ね」と微笑んで返した。
「そう言えば、織乃さん」
「ん?」
売店に行ったとき、やけに帰りが遅くありませんでしたか? ──と。
織乃はその問いに、しばし動きを止めて。
「……まさか織乃さん、また道に迷って」
「大変早く帰って晩御飯の支度しなきゃー!」
「あっ、ちょっと織乃さぁん!」
2人の追いかけっこは、バスが停留所にやってくるギリギリまで終わらなかったと言う。
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