Look for a note

イプシロンとの戦いから一夜明け、イナズマキャラバンは九州へと向かっていた。
今朝方、福岡に円堂の祖父──円堂大介が遺したという特訓ノートがあると情報が入ったのである。

「じいちゃんのもう1つのノートを手に入れるぞ!」
「おーっ!」

イプシロンと引き分けたことで、イレブンは少々ハイになっていた。その中でも──

「何やよう分からへんけど、ノートやー!」
「……ていうか、何であなたが……?」

ちゃっかり一之瀬の隣を陣取り、彼の腕を取っているリカに、秋が首を捻る。
「ええやん、細かいことは気にせんとき!」と唇を尖らせ、リカは終始困り顔の一ノ瀬に更にくっついた。

「ウチとダーリンは一心同体や、切っても切れへん仲やねんから〜!」
「はぁ……」

どこまでもマイペースなリカに、秋は溜め息を吐く。
「気にしないであげてください、秋ちゃん」そんな彼女に、織乃がこっそりと耳打ちをした。

「リカさん、今朝おばさんを必死に説得してやっとお許しもらって、嬉しいんですよ」
「織乃! いらんこと言わんとき!!」

瞬間、地獄耳だったらしいリカからベチリとタオルが投げつけられて、織乃はくぐもった声を上げる。
キャラバンはもうすぐ、岡山県に差し掛かろうとしていた。




同日、某所。
静かな庭園で、鹿威しが鳴り響いている。

僅かに空気を震わせたその音が、縁側から見える部屋に居を構えた2人の男の鼓膜を、ゆっくりと揺らした。

1人は、大仏を彷彿とさせる面差しと少しばかりふっくらとした体格に、深い色の着物を纏った初老に差し掛かった男。
もう一人は、ピシリとしたスーツに身を包み、鋭い表情を崩さない30代半ばの男である。

ゆっくりと湯飲みを傾けた初老の男が、ふと手前の男に語りかけた。

「──蠱毒≠ニ言う毒を、ご存じですか」
「は……」

男は少々思考を巡らせ、手にした湯飲みを畳に置くと、僅かに姿勢を正す。

「……いえ。無学ですので、いっこうに」
「中国の古い言い伝えにある毒です」

男はそう答えると、湯飲みにそっと蓋をした。
そしてそのまま、続ける。

「それを作るには……毒虫を集め、壺の中に入れる。毒虫は互いに争い合い、最後には最強の1匹が残ります」

ゆったりとした口調で語った男は、再び湯飲みの蓋を開けた。
溢れてくるのは、ただの湯気と緑茶の匂いだけだ。毒や虫など、出てくるはずもない。

「蠱毒は、これを使って作られるのです」
「……つまり、極限の中から最高の種を選ぶわけですか」

僅かに口角を持ち上げながら相槌を打った男に、彼は満足そうに頷いた。

「そう……それこそが、極限の奇跡に必要なことなのです」

かこん、と鹿威しが傾く。
湯飲みの緑茶が、小さく波打った。

「……ところで──3人は、仲良くしておりますかな」

ふと、明日の天気を尋ねるような気軽さで変わった話題に、男はまた真剣な表情を作って頷く。

「はい。誰が1番強いのか……戦いは日々、熾烈を極めております」
「結構なことですな。その結果が出た時──世界は大きく変わるでしょう」

彼はそう言って、また湯飲みを傾けた。
次に現れた顔には、緩やかな笑みが広がっている。
深く皺を刻み、冷たい目を湛えたそれは、まるで。

「──楽しみなことです」

さながら、毒のような笑みだった。




イナズマキャラバンが大阪を出発し、丸1日が経過した。
ようやく九州の福岡県に入ったキャラバンが、目的地の陽花戸中学校≠ノ辿り着いたのは、2日目に入った午後のことである。

「あれ……誰かグラウンドに立ってるぞ」

速度を緩めグラウンドの一角にキャラバンが停車していると、窓の外を眺めていた円堂がそんなことを言った。
見ると、確かにグラウンドの校舎入り口付近に、綻んだ表情の老人が1人佇んでいる。
すると夏未が、ああ、と言って答えた。

「あの人は、陽花戸中学校の校長先生よ」
「夏未さん、知ってるんですか?」

あっさりとした口調の夏未を織乃が振り返ると、彼女は頷く。

「お父様の昔からの知り合いでね。小さい頃から懇意にさせていただいてるの」

円堂は夏未たちの会話を聞く前に、キャラバンを飛び出したようだった。
窓の外で陽花戸の校長と話す円堂を一瞥し、夏未は「私も挨拶してこなくちゃ」とシートベルトを外してキャラバンを降りていく。

「……とにかく、話を聞いてくるわ。戻って来るまで、キャラバンを出ないこと」

いいわね、と釘を指して下車した瞳子を最後にして、キャラバンの扉は閉まった。
円堂たちは、陽花戸の校長に連れられ校舎に姿を消す。

「……それにしても、何で福岡にキャプテンのおじいさんのノートがあるんでしょうね?」
「さぁ?」

一瞬静まり返り、少しずつ車内に会話が戻ってきた中、春奈の言葉に秋は首を捻った。

円堂が元々持っているノートは、家で見つけたものだと前に本人が話していたのを覚えている。
しかし、東京から遠く離れたこの土地と円堂大介がどう関係しているのかは、見当もつかなかった。

「……ん?」
「? どうした、御鏡」

ふと窓の外を見つめ、怪訝な顔つきになった織乃に鬼道が気が付く。
いや、と首を傾げた織乃は、校舎のちょうど角の辺りを指差した。

「何か、あそこから、こっちを見てる人が……」
「えー?」

何だそれ、と呟いて、塔子が窓を覗き込む。
確かに、校舎の側に植わった木の影から、青い服を着た同年代の子供たちがこちらを窺っているのが見えた。

「ここの生徒……ですよね、きっと」
「おいそれと話しかけるわけにもいかないんだろう」

そう言ったのは鬼道である。
雷門イレブンは今や二重の意味で全国に名前が知れ渡っているチームだ。見かけたからと言って、簡単に話しかけることは出来ないのだろう。

しばらくすると、校舎から円堂たちが戻ってきた。
何やら興奮の止まない表情の円堂の小脇には、古びたノートが抱えられている。

「みんな、陽花戸のサッカー部と会うことになったぞ!」
「その前に何があったのか話してくれないか、円堂」

キャラバンに飛び込むなり叫ぶように言った円堂に、風丸が呆れたように半眼になった。
「あ、うん、えーっと」と円堂が言葉を選ぶ間に、戻ってきた夏未が彼のノートを一瞥しながら言う。

「この学校は円堂大介さんの母校で、校長は大介さんの親友だったから、彼が亡くなる前にこのノートを託されたらしいの」
「なるほど、そういう経緯か」

いち早く夏未の話を飲み込んだ鬼道が、1人いつものニヤリ笑いをした。
テンションの上がりきった円堂には、最早誰かの通訳がないと会話がままならないようである。

一拍遅れ、瞳子がキャラバンの扉を開けて中に声を掛けた。

「陽花戸サッカー部の選手たちを紹介してくれるそうよ。みんな、早く降りてきなさい」
「はいっ」

急かされた一同は慌てて席から立ち上がる。
織乃は視界の隅で、例の青服の集団が忙しなくこちらへやってくるのを捉えた。

「あれがサッカー部だったみたいですね……」
「……そうみたいだな」

雷門イレブンと陽花戸イレブンが整列したのは、ほぼ同時である。
まず真っ先に、と小さく咳払いをしたバンダナを頭に巻いた少年が前へ進み出た。

「はじめまして、俺はキャプテンの戸田! 君たちの活躍はよく知ってる。俺たちみんな、君たちのファンさ!」

「そんな、ファンだなんて」にこやかに言った戸田に、円堂は照れたように頭を掻く。

「よろしく頼むよ」
「……ありがとう! みんな、よろしくな!」

2人が握手を交わすと、陽花戸イレブンから小さく歓声に近い声が上がった。
どうやら、ファンと言うのは過剰表現と言うわけでもなかったらしい。

すると、それまでにこにこと笑っていた戸田が何かに気付いたように辺りを見回すと、突然少し遠くへ向かって声を張り上げた。

「おい立向居、何してんだ? 円堂くんだぞ!?」

視線の先は、1人の仲間──より、少し後ろである。
円堂たちが疑問符を浮かべていると、その背中からひょっこりと頭が飛び出した。やけに緊張した面持ちの──1年生だろうか、まだ幼さの残る少年だ。

「どうしたんだ? 円堂さんに会えたら俺感激ですとか言ってたのに……」
「はっ、はい!!」

困り顔になった戸田に、立向居はピシャリと姿勢を正し慌てたように隠れるのを止める。
そしてそのまま、ロボットのようなぎこちない動きでこちらにやってきた(手と足が一緒に出てる、と壁山が呟いた)。

そしてようやく円堂の前までやってきた立向居は、顔を真っ赤にして息を吸い込む。

「っえ、え、円堂さん! 俺、陽花戸中1年、立向居勇気ですッ!!」
「んぇ……おう、よろしくな」

流石に円堂も、彼の慣れない反応に面食らったようだった。
たじろぎながらも円堂の差し出した手に、立向居はパッと表情を輝かせる。

「あ、握手してくれるんですかっ!?」
「もちろんさ!」

立向居の喜びは、どうやらここでピークを迎えたようだった。
声にならず、溜め息のような音を喉から捻り出した彼は、円堂の右手を両手でしっかりと握り大きく上下に振る。

「感激ですっ! 俺もうこの手一生洗いません!!」
「いや……ご飯の前には洗った方が良いぞ?」

円堂のもっともな言葉に立向居も我に返ったのか、「で、ですよね」と頭を掻いた。
その一連の様子を蚊屋の外で見ていたイレブンは、苦笑いで視線を交わす。

「ファンって言うか……」
「信者やな、どっちかっちゅーと」

呟いた織乃にリカが言ったが、誰もそれを否定は出来なかった。
その間にも、円堂たちの会話は続いている。

「君もサッカー好きなのか?」
「はい、大好きです!」

尋ねた円堂に、立向居は大きく頷いた。
戸田が爽やかな笑みを浮かべながら、彼の肩を叩いて言う。

「立向居は元々、MFだったんだけど……円堂くんに憧れて、キーパーに転向したんだ」
「それ、本当なのか?」

「は、はい……」驚いたように円堂が改めて立向居に向き直ると、彼は照れたように俯きながら頷いた。

「立向居、『アレ』を見せるんじゃなかったのか?」
「? 何だ、アレって……?」

首を傾げた円堂と戸田を見比べ、立向居はもごもごと口を動かしながら恥ずかしそうに両手の指を擦り合わせる。

「俺が習得したキーパー技です……でも、円堂さんに見せるのは緊張するな……」

煮えきらない立向居の背中を、戸田がポンと叩いた。
円堂はニカッと笑って、それを後押しする。

「見てみたいな、それ!」
「! ほ、本当ですか!?」

それを聞いた立向居の顔が、一気に輝いた。
──この後円堂たちは、衝撃の瞬間を目撃することになる。