Vague feeling of anxiety

福岡に来て一夜が明けた。
天気は快晴、からりと乾いた風が髪を揺らす。

「よしっ、今日もサッカー日和だな!」

上機嫌でキャラバンから飛び出してきた円堂は、既に試合の準備は万端だ。
それは勿論雷門イレブン全員、そしてグラウンドにスタンバイした陽花戸イレブンも同じことである。

「ドリンク良し、タオル良し!」
「カメラも準備バッチリですっ」

ベンチに並べた物を指差し確認し、マネージャーたちは顔を見合わせて頷いた。
こんな清々しい青空の下で試合を行うのはいつぶりだろうか。

「吹雪くん、あなたはFWに入って」

選手たちがストレッチとウォーミングアップを終えたところで、軽く息を整えた吹雪に瞳子が言う。
吹雪は一瞬瞬くと、仲間たちをチラリと見回した。

「頼んだぞ、吹雪!」
「イプシロン時みたいに頼むで!」

笑顔でそう答えた円堂やリカに曖昧に微笑んで、吹雪は瞳子に向き直る。

「……分かりました」

ひとつ頷き、瞳子はベンチに腰を降ろした。
吹雪はどこか焦点の合わない目で、グラウンドを眺めている。

「吹雪さん?」
「……あ、何?」

織乃が思わず声をかけると、吹雪は一拍遅れで反応を示した。
力ない笑みをこちらに向ける吹雪に、織乃は訝しげに眉を顰める。

「……具合が悪いんだったら、言ってくださいね。今回の試合は、いつもみたいに気張らなくても良いんですから」
「──うん。ありがとう、織乃ちゃん」

一瞬、目を見開いた吹雪は今度こそしっかりとした笑みを浮かべ、フィールドに走っていく。
「大丈夫かな……」小さく呟いた彼女の背後に、影が射した。

「……吹雪がどうかしたのか?」
「えっ。あ、き、鬼道さん」

虚を突かれながら振り返ると、鬼道がフィールドに目を留めたままマントの紐を結んでいる。

「えっと……吹雪さん、何か最近元気がないと言うか、情緒不安定な感じがして」
「確かに攻守の切り替えの時の差が激しくなったような気もするが……それだけ気合いが入っているんじゃないのか?」

地面を爪先で蹴ってスパイクの様子を見ながら、鬼道はそう同調しつつ結論を出す。

「そうなのかな……あ、鬼道さん、紐が縦結びになってますよ」
「何?」

指を指し、その延長で織乃は自然な手つきで紐を蝶結びに直した。
かちん、と鬼道が固まったのにも気付かず、織乃の意識はまだ吹雪へ向いている。

「(自分で言ってくれるのを待つしかないのかな……)」

ふと視線を上げると、耳を赤くした鬼道の肩越しに春奈がやけに目を輝かせているのが見えて、織乃は慌てて彼から離れた。




ホイッスルが高らかに鳴り響く。キックオフは雷門からだ。
ボールを受け取った吹雪が、早速フィールドを上がっていく。

「行けーっ!」

ゴールで円堂が声を張り上げた。
いつものように、吹雪が点を取ってくれる。そう思っていたのだが──

「あっ!」

向かってきた戸田に、吹雪のボールはいとも容易くさらわれていく。思ってもいなかった出来事に、円堂たちは一瞬ポカンとした。

「やっぱり……吹雪さん、様子がおかしいかも」
「いつもだったら吹雪さん、力押しで攻め込むのに……」

ちらりと瞳子を窺っても、彼女は静かに、鋭い視線でフィールドを見つめているだけである。
織乃は違和感を抱いたまま、選手たちに視線を戻した。
戸田からボールを奪い返し、雷門は反撃に出る。

「風丸!」
「任せとけ!」

鬼道からボールを受け取った風丸は力強い笑顔で答えると、鮮やかな走りで陽花戸陣内へ切り込んだ。
スライディングを飛び越え、チャージを避け、ボールはさらにパスされる。

「リカ!」
「よっしゃ! ダーリンっ!」
「よし!」

フリーの一之瀬へボールが渡る。パスに翻弄された陽花戸イレブンのゴール前はがら空きだ。
一之瀬は勢いをつけてボールを蹴り上げる。

「スパイラルショット!!」

回転を最大限にかけたシュートがゴールへ迫った。
立向居は唇を引き結び、腰を低く据えて腕を振りかぶる。

「ゴッドハンドぉッ!!」

青く輝く巨人の手が、シュートの勢いを握り潰すように消した。
「ダメか!」一之瀬は悔しげに呟いたが、表情はどこか明るい。

「あのシュートじゃ、立向居くんのゴッドハンドは破れないのね」
「やっぱり、もっと強力な技じゃないと……」

呟いた秋に返しながら、織乃は吹雪を見やった。
背中を向けているため表情は見えないが、どことなく覇気が失われているようにも見える。

ボールが陽花戸イレブンに渡った。
塔子と壁山、2人がかりのスライディングを避け、パスが繋がれる。

「祭林!」

ボールを受け取った祭林は頷くと、小柄な体をフルに使い中空へ飛び出した。

「レインボーループ!」

ボールの弾道が、7色の闘気を描く。
円堂はぐっと腰を落とし、拳を引いた。究極のキーパー技≠ノ挑戦するつもりなのだ。

「パッと開かず! グッと握ってぇ……っ」

ノートの言葉を呪文のように唱えながら、円堂は迫り来る7色のシュートを睨み付ける。

「……ダン! ギューン……! ドカーーーーン!!」

強く踏み込み、腕を振りかぶり、円堂は叫びながら拳を奮った。
沸き出た闘気が彼の頭上に、金色に光る拳を形成する。

「で、出来たっ……!?」

秋や夏未が立ち上がりかけた、その次の瞬間だった。
拳とシュートがぶつかり合い、ビリビリと空気を震わせたかと思うと、光は弾けるように霧散する。

ボールは少し軌道を変えてゴールポストに激突すると、フィールドに落下した。
落下地点にいるのは、陽花戸の黒田だ。

「もらった!!」
「あっ……!」

円堂はシュートの反動で横転している。
黒田は完全にフリーの状態だ。DFのフォローも間に合わないように思えたのだが──

「させるかよッ!」

誰よりもゴール近くにいた土門が素早くゴール前に躍り出て、黒田からボールを奪った。
「流石土門くんっ」ファンタジスタの異名に引けを取らないプレイに、秋や春奈が手を叩く。

「危なかった……ありがとう、土門!」
「気にすんな!」

立ち上がった円堂に土門は軽く手を振った。
中盤に戻った鬼道が、不敵な笑顔で円堂に向かって声を張り上げる。

「ゴールは俺たちがカバーする! お前は新しい技への挑戦を続けるんだ!」
「おう!」

鬼道の言葉に、円堂は大きく頷いて腕を振った。

その後も円堂はシュートを打たれる毎に技を繰り出そうとしたが、そこは究極の技と言われる通り易々と成功するわけもなく試合は0対0のまま前半を終えた。

「流石究極の技だ……そう簡単には掴めない」

ハーフタイムに入り、夏未からドリンクを受け取った円堂は掌を見つめてそうこぼす。
「まぁ、円堂大介も出来なかったワケだし」タオルに顔を埋めながら彼を見上げた木暮が、ニヤリと笑った。

「てゆーか、アイデア倒れ?」
「あんたは一々一言余計っ!」

顔をしかめた塔子に頭を押さえつけられ身悶える木暮に苦笑して、円堂は額の汗を拭った。
瞳子がイレブンを見回し、どこか不服そうな表情で言う。

「……やっぱり、彼らはあなたたちの練習相手には不足じゃないかしら」

彼女としては、やはり生ぬるい非公式試合よりも大阪での特訓のような厳しいトレーニングで鍛える方が身になると考えているようだ。
いいえ、とそこで頭を振ったのは、今まで織乃と陽花戸の分析を行っていた鬼道である。

「陽花戸中は俺たちをよく研究しています。彼らと戦うことで、俺たちのこれからの課題が見えてくると思うんです」
「こんな試合も、久しぶりですからね」

答えた風丸も、最近では見ることの減っていた明るい笑顔で答えた。
確かに、イレブンたちの表情からは、久しぶりの何も背負うもののない自由なサッカーに浮き足立っているのが分かる。仕方ない、と言った風に瞳子は溜め息を吐いた。

しかしそんな中、1人だけ薄暗い表情を浮かべた選手がいる。
それに気付いた風丸が、彼の肩を叩いた。

「どうした、吹雪。今日はこの前のイプシロン戦みたいに、攻めていかないのか?」
「ん……そんなことないよ」

吹雪は力ない笑顔で、曖昧に答える。
織乃はそれを見やり、瞳子に小さな声で言った。

「監督……吹雪さん、今日はちょっと様子がおかしいみたいなんです。大事をとって後半はベンチってわけには……」
「……おかしいと言うのは、体調面の方かしら?」

視線をこちらにチラリとやって尋ねた瞳子に、織乃は「えっ?」とキョトンとすると、慌てて首を横に振る。

「いえ──確証はないんですが、多分、メンタル面が」
「そう。……でも、駄目よ。怪我でないのなら、そんな曖昧な理由で彼を下げることは出来ないわ」

瞳子は頑として頷かない。
一応、控えのFWは目金がいるのだが、瞳子は彼を選手として認識していないようである(ベンチでくしゃみが聞こえた)。

そうですか、と渋々引き下がった織乃は不安げな面持ちでフィールドに戻っていくイレブンたちを見つめた。