Thorn of steel

「さぁ、円堂くん。サッカー、──やろうよ」

生温い風がざわざわと木々を揺らし、グラウンドの砂を巻き上げる。
彼──ヒロトは、困惑する円堂をしっかと見つめ、微笑んだ。

「どう言うことなんだ? 何で円堂の友達がエイリア学園に……!」

額に嫌な汗を浮かべながら、土門が円堂とヒロトを見比べる。
円堂さん、と駆け寄ってきた立向居が焦りの混じった声で彼の名前を呼んだが、円堂は目を見開いたまま微動だにしなかった。

「まんまと騙されたみたいですね……」
「だ、騙された?」

顎に手をやり、思慮深げに呟いたのは目金である。おうむ返しした春奈に、彼は小さく頷いて続けた。

「奴らの目的は恐らく、友達になったふりをして円堂くんを動揺させること……」
「そんな……」

織乃はそっと、円堂からジェネシスとヒロトが名乗ったチームに視線を向ける。
その瞬間──ヒロトの傍らに佇んだ青い髪の少女と、目が合った。

「(──痛ッ!)」

途端、ギンと脳の中枢に金槌で殴られたような痛みが走る。イプシロン戦の時に感じた、あの頭痛だ。

「(ダメだ、今は頭が痛いなんて言ってる場合じゃ……!)」

ガンガンと警報を鳴らすような痛みを周りに気取られないよう、織乃は必死に唇を噛み締める。
宇宙人の考えそうなことですよ、と目金の推測は続いており、冷たく吐き捨てた彼にヒロトは小さく肩を竦めた。

「それは違うよ。俺はただ、君たちとサッカーがしたかっただけ」

にっこりと笑うヒロトの表情からは、腹の内を知ることは出来ない。
そんな彼に、後ろに並んだジェネシスたちが呆れたように言った。

「良いのかよ、許可も無しにこんな奴らと試合して」
「グランがやるって言うんだ、仕方ないだろ」

「グラン……?」その途端、それまで動かなかった円堂が、ハッと正気に戻ったようにその言葉を反復する。

「それが、お前の本当の名前なのか?」

尋ねた円堂に、ヒロト──グランの唇が、緩やかに弧を描いた。
沈黙を肯定と取ったのか、円堂は拳を握りしめ、ぐっと歯を食い縛る。

「……お前とは、もっと楽しいサッカーが出来ると思ってた」

どんなに謎が多い相手だろうと、きっと楽しいサッカーが出来ると。そう思っていたのに。

「けど、エイリア学園と分かったら容赦はしない! 勝負だ──グラン!!」
「……勿論だよ」

笑みを深め、グランは目を細める。
一際強い風が、両チームの間を吹き抜けていった。




目の前がチカチカと点滅し、意識が飛びそうになる。痛みから、異変から逃れようと、織乃は軽く頭を振った。

「……大丈夫か、御鏡」
「! ……はい」

こそりと、鬼道が声を落として尋ねてくる。
彼女の異変に気がついたのかもしれない。織乃の頭痛の原因を聞いているのは鬼道だけだ。

織乃は下がりそうになる口角を無理矢理持ち上げて、微笑んで見せる。

「──相手がどんな手を使ってくるか分からない。まずは速攻の為に、吹雪をFWに上げようと思う」
「吹雪さんを?」

織乃はつい怪訝そうな声を返した。
当の吹雪は、顔を洗ってくると言ってトイレに行ってからまだ帰ってきていない。

「……鬼道さん。吹雪さん、ここ数日メンタル面が弱っているように見えるんです。なるべく……負担は、掛けないであげて下さい」
「……努力する」

一瞬ピクリと片眉を上げた鬼道は、小難しい顔になって頷いた。

吹雪が戻ってきたことを確認し、仲間たちを見回した円堂を筆頭にしてイレブンたちがフィールドに駆けていく。
そして、とうとう始まりのホイッスルが吹き鳴らされた。キックオフは雷門からだ。

「よっしゃ、決めたるで──ッ!」

ボールを受けたリカの声が、次の瞬間、不意を突かれたように詰まる。
その場にいた全員が、己の目を疑った。

「ボールが奪われた!」
「そんな、だってさっきまであんな離れてたのに!」

フィールドで驚愕の声が上がる。
リカがジェネシス陣内へ足を踏み入れた瞬間、息つく間も無く相手FWのウィーズがあっという間に彼女からボールを奪ったのだ。

「ッ一之瀬!!」
「分かってる!!」

ハッとした鬼道が雷門陣内中盤を振り返り、答えた一之瀬がウィーズの前へ飛び出た。
しかし、それも意味を成さず。あっさりと一之瀬の妨害を抜き去ったウィーズは、余裕を見せつけるようにニタリと笑って見せた。

「みんな戻って!!」

雷門陣がウィーズに気を取られた隙に、ジェネシスがこちらの陣内サイドを駆け上がってきたことに気付いた織乃が叫ぶ。

ジェネシスは驚異的なスピードで雷門陣内へ入り込むと、ダイレクトパスを繋ぎ瞬く間にゴール前までやってきた。
パスを受けたのは、グランだ。

「行くよ、円堂くん」
「来い!! ゴールは割らせない!!」

叫んだ円堂が構える。
沸き立つ闘気が、光の巨人を生み出した。

「マジン・ザ・ハンド──!!」

グランからシュートが放たれる。
技でもない、何の変哲もないシュートだ。
それなのに。

「ぐっ……!?」

伸ばされた巨人の腕が、一瞬にして霧散する。
埃を吹き飛ばすかのように、いとも容易く。
目を見開いた円堂は、次の瞬間ボールと共にゴールへ押し込まれた。

「円堂くん!」

口を押さえた秋が立ち上がる。
入っちゃった──ボールと円堂を見比べたグランは、どこか拍子抜けしたように呟いた。

「何だよ、今の……!」
「これが、ジェネシスのパワー……」

ふらつきながら起き上がった円堂が、自分の手のひらを見つめる。
焼けるような痛みが引く気配は、全くない。

「──でも、負けない! もうゴールは許さない!!」
「……それでこそ円堂くんだよ」


立ち上がった円堂に、グランは微笑む。
その裏にどんな真意が隠れていたのかは分からない。
ただ確かなのは、そこから雷門イレブンにとって地獄が始まったということだった。

ジェミニストームやイプシロンとは比べ物にならないパワーとスピードで、ジェネシスは雷門を翻弄していく。
何度となく止めに入っても彼らが攻撃の手を休めることはなく、10分も経つ内に点差は15対0になっていた。

「そんな……みんな、あんなに特訓してたのに」
「手も足も出ないなんて……!」

まるで自分自身が戦っているように息苦しそうに言う秋に、爪を噛んだ夏未が呻く。
「このままじゃキャプテンが……」スカートの端を握りしめた春奈が、織乃を振り返った。

「織乃さん! 何か……何か、突破口はありませんか!?」
「今、探してる……!」

頭痛は未だ止まない。
かつてない早さでモバイルのキーに指を走らせながら、織乃は眉間に皺を寄せてフィールドを見た。

今までは、イレブンが特訓に特訓を重ねれば、自ずと相手の攻略法が解ってくるのが常だった。
だが、ジェネシスにはそれがまるで通じない。

「もう終わりなのかい、円堂くん」

地面に崩折れた円堂を、グランが見下ろす。
「君の実力はそんなものじゃないだろう?」全てを見透かすように、彼は緑の瞳で円堂を見据えて言った。

「円堂くん……」

動かない円堂に、秋の目にうっすらと涙の膜が張る。
瞳子は試合が始まってからと言うものの、グランを見つめるばかりで一言も喋らなかった。

「……まだ、試合は終わってねーぞ……!」

溜息を吐いて円堂に背中を向けたグランの足が止まる。
円堂は、膝に血が滲みがくつく足で地面を踏みしめ、再び立ち上がった。

「諦めなきゃ、必ず反撃のチャンスは来る……! だからそれまで、このゴールは俺が守る!!」
「──それでこそ、円堂くんだ」

どこか満足げに、グランは微笑む。
円堂の気迫に触発されたイレブンにも、少し覇気が戻ってきたようだった。

「よし──まずは1点! 奴らから奪うんだ!!」
「おうッ!!」

残った力を振り絞り、雷門イレブンが走り出す。そう──1人を除き。

「(──風丸さん?)」

ふと自陣に目をやった織乃は、風丸の動きが急激に鈍くなったことに気付いた。
ダメージが限界値に来たのか──それとも、他の何かか。
それを判断する前に、試合の展開が変わる。

「何度やったって無駄さ──アーク!」

コーマとアークの間に、青い稲妻が走った。鬼道がパスをカットしたのだ。
「頑張れお兄ちゃん!!」兄が動いたことに気が付いた春奈が、ベンチから勢い良く立ち上がる。

「吹雪!!」

何とかジェネシスの妨害を掻い潜った鬼道が、吹雪へパスを出した。
「行け、吹雪!!」円堂がゴールで声を張り上げる。

その瞬間、吹雪の足が一瞬止まったように見えた。

「あ──!」

その隙を見逃すほど敵は甘くない。
シュート体制に入る間もなく、ボールはクリアされた。

「吹雪くん、またシュートを……どうして?」

ただ昨日が不調なだけだと思っていたのに──そんな声音で秋が呟く。
「……違う」すると唐突に、織乃が吹雪を食い入るように見つめ固い声で言った。

「違うって……何が?」
「じ、自分でも分かりません。分からないけど……!」

ボールが再び吹雪へ渡る。
吹雪はマフラーを翻し、雄叫びを上げながら跳躍した。

「エターナルブリザード──!!」

空気が凍る。凍てつくシュートが、ジェネシスゴールに迫る。
織乃は弾かれたように立ち上がり、瞳子を見上げた。

「監督! 今からでも遅くありません、吹雪さんを下げてください!! でないと──」

言葉尻が轟音に掻き消される。
見ると、エターナルブリザードは氷の欠片を散らしながらジェネシスキーパーの手に収まっていた。技を出されることもなく止められたのだと分かるのにさして時間はいらなかった。

「はぁっ……はぁっ……!」

肩で息をしながら、吹雪が膝を突く。
ジェネシスはそんな彼を気にすることもなく、更にスピードを上げて雷門に攻撃を仕掛けてきた。

「円堂ォ!!」

抜き去られた鬼道が、ゴールを振り返る。
歯を食い縛って構えた円堂に、グランは三日月のように唇を持ち上げた。

「ッ来い!!」
「好きだよ、円堂くん──君のその目!」

ボールをキープしたまま、グランが立ち上がる。
渦巻く闘気に、フィールドの空気が震えた。

「──流星、ブレード!!」

ドッ、と空気が爆発したように、シュートが激しい風を生み出す。
隕石のような勢いで突っ込んでくるシュートに、円堂が腰を落とした──その瞬間だった。

「うおああああああッ!!」

マフラーを靡かせ、悲痛な叫びを上げた吹雪がゴールの前に飛び出す。
「吹雪!?」円堂が止める間もなく、シュートは吹雪を直撃してゴールの外へ逸れていった。

「吹雪さん!!」

試合中だと言うことも忘れ、陽花戸イレブンやマネージャーたちがフィールドに飛び込んでいく。
倒れた吹雪は、真っ青な顔でピクともしない。

「吹雪! しっかりしろ!!」
「吹雪さん、聞こえますか!? 吹雪さん!!」
「早く、氷を!!」
「お、俺、救急車呼んできます!!」

指示や焦りの声が飛び、立向居が飛び込んでいく。
大丈夫かな──グランが心配そうな声で呟いた声は、誰にも届かない。

「行こうぜ、グラン。こんな奴らとやってもウォーミングアップにもなりゃしねぇ」
「うん……円堂くん、……それじゃ、またね」

眉を下げたグランは円堂を見遣り、──ちらりと瞳子に視線を走らせ、仲間の元へ駆け寄る。
円堂がその声に振り向いた頃には、ジェネシスは既に黒いもやに巻かれて消えていた。