Two sides of the same coin
ジェネシスの来襲から2時間近く経っただろうか。
雷門イレブンは、近くの病院へ搬送された吹雪を見舞いに、未だ目覚めない彼の病室へ集まっていた。
「──でも良かったわね、大事に至らなくて」
「ええ……」
医師の話を聞き、一息吐いた夏未の言葉に秋が小さく返す。
頬に絆創膏を貼られ、静かに眠る吹雪の姿は酷く痛々しい。
「……俺たちがいけなかったでヤンス」
「え?」
ふと、床を見つめてぽつりと言った栗松に、吹雪の枕元にしゃがみ込んでいた円堂が顔を上げる。
「俺たちが止められなかったから、吹雪さん無理をして……」
その言葉に、DFたちは顔を見合わせて押し黙った。
「栗松くんたちのせいじゃないよ」織乃が覇気の無い声で言ったが、本人も気休めにもならない言葉だと十分分かっている。
「……あの!」
その時ふいに、今まで俯いていたままだった春奈が、思いきったように声を上げた。
「吹雪先輩、ホントにボールを取りに行っただけだったんでしょうか」
「どういうこと?」
「あ、いえ……ただちょっと」怪訝そうに眉を寄せた夏未の視線に、春奈は一瞬戸惑うように言葉を濁す。
「何だよ、音無」
中途半端に言葉を切って項垂れた春奈に、しびれを切らした円堂がどこか焦燥気味に先を促す。
春奈はしばし答えあぐね視線を泳がせていたが、やがてしっかり顔を上げた。
「……私、少し怖かったんです。あの時の、先輩の顔……」
「え?」
円堂がキョトンと目を丸くし、病室の片隅に佇んでいた瞳子の肩が、小さく揺れる。
今までジャージの裾を握りしめて俯いていた塔子が、改めてベッドの吹雪を見下ろした。
そして、あの時──悲鳴にも似た雄叫びを上げながらグランの流星ブレードに飛び込んで行った、吹雪の顔を思い出す。
「──確かに、見たことないような顔してたな……」
「イプシロンと戦った時だって、ボールを持ったら感じが変わるのは何度もありましたけど……」
あの時は、妙に気持ちが高ぶっていたような。
それを聞いた次の瞬間、円堂が唐突に「あっ」と声を上げた。
「どうしたの? 円堂くん」
「実は俺……イプシロン戦の後、陽花戸中で一晩明かした時、吹雪に聞かれたんだ」
ベッドの吹雪に視線をやりながら、円堂はつい2日前の出来事を思い出す。
──僕、変じゃなかった?
吹雪はその時、円堂にそう尋ねたそうだ。
「……でも俺、何か上手く答えられなくて……そんなことない≠チて、言っちゃったんだ」
変? そんなことないよ、お前のおかげで同点に出来たんじゃないか。
──あの時、もっと違う答えを出していたら、違う展開があったのだろうか。
今となっては全てが遅く、それも分からない。
「それに……織乃さん、言ってましたよね? 吹雪さんがシュートする直前に」
「え?」
ベンチにいたマネージャーと目金の視線が、織乃へ注がれる。あの時、彼女は焦りを隠す暇もなく、瞳子に懇願した。
監督! 今からでも遅くありません、吹雪さんを下げてください!! でないと──
「──でないと、吹雪さんが潰れてしまう≠チて……」
「……うん」
静かに頷いた織乃に、周りの視線が集中する。
織乃は浅く寝息を立てる吹雪を一瞥して、そっと続けた。
「私、昨日からの吹雪さんの不調は、メンタル面が弱ってるからかもって思ってたんです。……違うって気付いたのは、吹雪さんがシュートを打った後でした」
「違う……?」
弱々しい声で反復した秋に、織乃はそっと目を伏せる。
そして、今までの吹雪の姿を脳裏に思い浮かべた。金の瞳を光らせ敵陣へ切り込んで行く吹雪と、穏やかな面差しでゴール前に佇む吹雪を。
「さっき春奈ちゃんも言いましたよね。吹雪さん、ボールを持つと感じが変わるって。──吹雪さん、昨日からそれが無かったんです」
「! そう言われてみると……」
眉を顰め、一之瀬がハッとした様子で顎に手をやる。
イプシロン戦までの吹雪は、攻撃に移る度、挑戦的な態度になってフィールドを駆け上がっていた。
それに一之瀬がシュートを外し膝を突いた吹雪を気遣った時、彼は──力無く、微笑んでいたのである。
ごめんね、少しタイミングが合わなくて──いつもの彼なら、あそこで舌打ちの1つや2つしていてもおかしくないと言うのに。
織乃は無意識の内に、吹雪が無理をして攻撃に転じていることを感じ取ったのである。
「……監督は、何か知ってるんじゃないですか?」
ふいに、織乃の話が切れるのを見計らった鬼道が、瞳子にそんな言葉を投げ掛けた。
瞳子はキュッと唇を引き結び、一気に自分へ注目したイレブンたちから目を逸らす。
「何か知ってるんですか?」
「…………」
瞳子は軽く目を伏せて、押し黙った。
沈黙は肯定だ。監督、と立ち上がりかけた円堂に彼女は顔を上げ、イレブンを見、マネージャーを見、そして吹雪を見て──小さく、吐息を吐く。
「……吹雪くんには、弟がいたの」
「いた=c…?」
唐突とも言える切り出し方と、言葉に混じる違和感に、秋が眉を顰めた。
小さく頷いた瞳子は、囁くような密やかな声で続ける。
「アツヤくんと言って……ジュニアチームで、吹雪くんとサッカーをやっていたそうよ」
兄がボールを奪い、弟がシュートを決める。その鮮やかなコンビプレイは、誰しもが完璧≠セと褒め称えたそうだ。
2人が揃えば負けない、完璧な選手になれる──地元でも、吹雪兄弟を知らない人間は居なかったという。
「──でもある日、事故が起きた」
「事故?」
不穏な単語に、円堂が顔をしかめておうむ返しした。
瞳子は緩やかに──苦しげに目を細め、そっと自分の腕を抱く。
「サッカーの試合が終わって、車で家に帰る途中……雪崩に」
「……!」
思わぬ話の続きに、誰もが息を呑んだ。
織乃は口を押さえ、横たわる吹雪を見やる。
『詳しい理由は言えないけど、吹雪くんはああいう……雪が崩れるような音が、すごく苦手なの』
──やっと、紺子の言葉の真意が分かった。
吹雪があれほどまでに雪の崩れる音に恐怖していた理由は、そこにあったのだ。
「運良く車から放り出された吹雪は助かったけれど、……アツヤくんとご両親は……」
瞳子はそこで言葉を切る。
しかし、その先を予想できない人間は、この場には1人も居なかった。
「そんなことが……」
唸るように呟いた円堂の目が、何も知らずに眠り続ける吹雪を捉える。
「そしてそれ以来、吹雪くんの中にアツヤくんの人格が生まれたの」
「アツヤの、人格?」
予想外の形で続いた話に、塔子が目を丸くしながら瞳子を見た。
瞳子は頷くと、静かに、淡々と続ける。
「吹雪くんの中には、2人の人格が存在するのよ」
「それじゃあ……まさか、エターナルブリザードは」
ハッと何かに気付いた一之瀬に、円堂は今度こそ立ち上がった。
そう、と一言返した瞳子は、小さく奥歯を噛み締める。
「──アツヤくんの必殺技」
「!!」
病室に溢れ返る、息の詰まる音。ボールを持つと人が変わる──それは、比喩でも一方的なイメージでもなかった。
兄がボールを奪い、弟がシュートを決める。
エターナルブリザードを打つときの吹雪は、アツヤ≠ノなっていたのだ。
「で、でも、2つの人格を使い分けることなんて出来るんスか?」
驚きの収まらないまま、吹雪と瞳子を交互に見て慌てる壁山に、瞳子はそっとベッドから視線を外す。
「……難しいでしょうね。だから吹雪くんはエイリア学園との過酷な戦いで、その微妙な心のバランスが崩れてしまったのかもしれない」
「崩れてしまった……」
掠れた声で呟いた秋に、瞳子は小さく、ええ──と返した。
しかし、その端的な答えが、それまで黙って話を聞いていた秋の琴線に触れる。
「ええ、って……そんな。だったら、どうして吹雪くんをチームに入れたんですか!?」
「!」
語気を荒げた秋に、瞳子は大きく目を見開いた。
秋は構わず、今まで耐えてきた不満を爆発させるように、激しい口調で彼女に詰め寄る。
「だって監督は知ってたんですよね……? 吹雪くんの過去に何があったのか。だったら、今日みたいなことが起きるかもしれないって、分かってた筈じゃないですか!!」
「……っ」
瞳子は小さく息を詰まらせた。
秋は目にうっすらと涙を浮かべて鼻声になりながら、ここが病院だと言うことも忘れて叫ぶ。
「なのにどうして吹雪くんを!? エイリア学園に勝つためですか? エイリア学園に勝てれば、吹雪くんがどうなっても良いんですか!?」
「秋!」
「言い過ぎだ……!」辛そうな顔で肩を掴んできた一之瀬に、だって、と秋は涙を乱暴に拭った。
瞳子は──ゆらりと瞳を揺らし、大きく息を吸うと、冷静な声で言う。
「……それが、私の使命です」
とりつく島もない。冷めきった答えに、イレブンたちは言葉を返すことも出来なかった。
「──瞳子監督は」
ふと。小さな声が、病室に落ちる。
それは、悲しみと疑問の入り交じる表情に浮かべて瞳子を見つめた、織乃の声だった。
「監督は……何のために、戦っているんですか?」
何人かが、小さくまばたきを繰り返して織乃を見る。
しかし、どうして今さらそんなことを聞くのかと尋ねる人間は、何故か1人もいない。
目を丸くした瞳子は一瞬唇を噛み締めると、さっと黒髪を翻して踵を返す。
「──エイリア学園を倒すため以外の、何ものでもありません」
答えた声は、まるで涙を耐えるような掠れた声で。
遠ざかる彼女の足音と病室の扉の閉まる音が、やけに重たく聞こえた。
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