Mirfortues never come singly
瞳子が立ち去り、イレブンたちの残された病室に、重たい沈黙が落ちる。
「……な、何々、この雰囲気」ウチこういうの苦手なんよね──から笑いしたリカが、沈痛な面持ちの仲間たちを見回した。
「せや! みんなでお好み焼きでも食べて、…………ごめん」
言葉尻は空気の抜けた風船のようにしぼれて、リカはしょんぼりと項垂れる。
今のこの空気は、彼女が何を言おうと変えられるほど軽いものではなかった。
「何で気付けなかったんだ……」
しゃがみ込んだ円堂が、ベッドのシーツを握り締めてぽつりと呟く。
幾筋も寄ったその皺が、彼がどれだけ過去を後悔しているかを物語っていた。
「あの時、俺が気付いてればこんなことにはならなかったんだ!!」
「止めろ! お前のせいじゃない」
鬼道が声を張り上げ、円堂の言葉を遮る。
でも、と食い下がる円堂に、鬼道は彼と、吹雪と、他の仲間たちを順に見回し、ゆっくりと口火を切った。
「……これは、お前のせいでも、監督のせいでもない。俺たちチームの問題だ」
チーム──誰かがぼんやりと、その単語を口にする。
鬼道はベッドの吹雪を見やり、慎重に言葉を選びながら、続けた。
「確かに俺たちは、エターナルブリザードに頼りすぎていた」
吹雪にさえボールを繋げれば、点を入れてくれる。勝利に導いてくれる。
そんなプレーを、知らず知らずの内に繰り返してきた。
「……吹雪にとって、それがかなりの重圧になっていたに違いない」
「吹雪……」
申し訳なさに泣きそうになりながら、円堂は眠り続ける吹雪を見た。彼が起きる気配は、未だない。
「戦い方を考え直すべきかもしれない。吹雪の為に、そして俺たちが更に強くなって、エイリア学園に勝つために」
「……!」
語気を強めて言った鬼道に、一同は顔を見合わせる。
エイリア学園に勝つため──これ以上、彼らを野放しにしないために。円堂は鼻を擦ると、勢い良く立ち上がった。
「──鬼道!」
「ああ、賛成だ」
「俺もだ!」
「ぼ、僕も賛同します!」
各自から次々と賛成の声が上がる。
鬼道は満足げに頷くと、円堂に視線をやった。
「そうだな。吹雪のために、そしてエイリア学園に勝つために!」
「そやそや、そのノリやで!」
やっと明るい雰囲気を取り戻した仲間たちに、リカもやっと肩の荷が降りたとでも言わんばかりに何度も頷く。
その傍らで、仲間が1人──ふらりと病室から出ていったことには、誰も気付かずに。
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「──お前はもう、大丈夫か」
再び特訓へ出掛けた者、気晴らしに散歩に行った者、疲れを癒しに戻った者。
人の減った病院で、ふと思い出したように言ったのは鬼道だった。
「え?」
「試合前から、顔色が悪かったろう」
モバイルから顔を上げて少し目を丸くした織乃に、鬼道は眉を顰める。
あ、と小さく声を漏らしてから、織乃は苦笑いした。
「はい……もう大丈夫です」
「そうか。なら良いんだ」
ふっと小さく息を吐き出し、鬼道は窓の外を眺める。
織乃はモバイルの蓋を閉じてから、目を覚まさない吹雪の様子を窺った。
──円堂は、吹雪の力になれなかった自分を悔やんでいた。しかしそれは、彼女も同じことだったのである。
「──荒谷さんに、頼まれてたんです。吹雪さんのこと」
「? 荒谷……白恋のか」
キョトンとしてこちらを振り向いた鬼道に、織乃は声を返すこと無く目を伏せた。
よろしくね、と。そう言われていたのに。
「約束、……破ってしまいました」
「…………」
眦を下げ、力無く微笑みを浮かべた織乃に、鬼道は眉間に皺を寄せる。
チームの問題だと言ったのに──一瞬そう返そうとして、やめた。
「……反省したいのは、お前だけじゃないさ」
ハッと我に返った織乃がこちらを窺う。
鬼道は窓に目を向けたまま、少しむくれた顔で続けた。
「俺だって、今日の試合でお前の忠告をもっと重く受け止めるべきだったんだ。……ちっぽけな嫉妬なんて捨てて」
ほんの僅かな声で付け足した言葉は、織乃の耳には届かなかったようだ。
「え?」と首を傾げた彼女に、何でもない、と鬼道は顔を赤くして背を向ける。
──彼女が、吹雪のことばかり気に掛けるから。
結局はそれが責任転嫁になっていることに気付き、彼は織乃に気付かれないように溜め息を吐いた。
丁度その時である。
コンコン、と控えめなノックと共に、そろりと扉が開かれた。
「──吹雪、目を覚ました?」
ひょっこりと隙間から顔を覗かせたのは、一之瀬と土門。そして例のごとく一之瀬の腕にくっついたリカ。
土門の手には、大方見舞いの品でも買ってきたのだろう、コンビニの袋がぶら下がっている。
「ううん、まだ……」
「……そっか」
織乃が首を横に振ると、一之瀬たちは少し表情を暗くしながらも病室に入ってきた。
「電気くらい付けな」と、リカが夕日に照らされていた病室の電気を付ける。
「秋ちゃんたちは?」
「夕飯の買い出しだとさ」
病室の隅にあったパイプ椅子を引っ張り出し、腰を落ち着けながら土門が答えた。
ベッドの縁に腰かけたリカが、眠り続ける吹雪を横目にこれ見よがしに溜め息を吐く。
「ほんま、吹雪も吹雪やで。1人で溜め込まんと、スパーッと誰かに愚痴れば良かったんちゃうの」
「それが出来れば苦労はしなかったでしょうね」
みんながみんな、リカのように自分に素直になれるわけではないのだ。
眉を下げた織乃が言うと、「あんたが言うと説得力あるわ」とリカは半ば呆れたように肩を竦める。
その次の瞬間だった。
「……うっ……」
微かな呻き声が聞こえる。
5人は顔を見合わせ、ベッドに目をやった。
シーツを握りしめ、吹雪が瞼を閉じたまま眉を寄せている。
「吹雪さん?」
「う、うぅ、ぅ……」
問いかけに答えることもなく、吹雪はまた苦しげな唸り声を上げた。
歯を食い縛り、額には汗が浮かんでいる。
魘されている──そう理解した瞬間、吹雪は突然弾かれたように上半身を起こして頭を抱えた。
「いやだ……! いやだ、いやだ……!!」
「お……おい、どうしたんだよ!?」
「錯乱してるんだ!」鋭く返した鬼道が座っていたパイプ椅子から素早く立ち上がり、ナースコールに手を伸ばす。
しかし、それよりも早く。
「吹雪さん!!」
ベッドに体を乗り出した織乃が、吹雪の頭をギュッと抱え込んだ。丁度、抱き締めるような格好である。
当然鬼道たちはギョッと目を丸くしたが、織乃は構わずうわ言を繰り返す吹雪を抱き抱え、その背中を優しくで叩いている。
「大丈夫……大丈夫。ここには怖いものは何もないから、落ち着いて……」
「う……」
母親が、子供をあやすように。
織乃は彼の背中を叩きながら、穏やかな声で囁き掛ける。
4人は何か言葉を発することも出来ず、息を詰めたままただことの成り行きを見守った。
「──……」
やがてしばらくして、小さく吹雪の唇が震える。
微かに耳に届いた言葉に織乃は一瞬目を見開くと、泣きそうな顔になって吹雪の頭を撫でた。
「大丈夫……みんなここにいますよ……」
「っ……織乃、ちゃん?」
ゆっくりと瞼を開けた吹雪の目の焦点が合う。
織乃は吹雪の頭を放すと、彼の顔を覗き込んで穏やかに微笑んだ。
「──大丈夫ですか? 吹雪さん」
「う、ん……ごめんね、織乃ちゃん。みんなも……」
吹雪はゆっくり頭を振ると、気まずそうに鬼道たちを見回して苦笑いを浮かべる。
ハッと我に返った鬼道は、ゴホン! と咳払いをした。
「……吹雪、平気か? まだ辛いなら寝ていても良いが」
「うん……まだ少しだけ、良い……かな」
掠れた声で言いながら、吹雪の瞼が再びゆっくり閉じていく。
ようやく安らかな寝息が聞こえ始めたところで、織乃は彼の体をそっとベッドに戻した。
「っはー……びっくりしたぁ。織乃、あんたも結構ダイタンなこと……織乃?」
からからと笑い掛けたリカは、俯いた織乃の顔を覗き込む。
「何や? どっか痛いんか?」心配そうな声で尋ねてきたリカに、織乃は首を横に振って小さく鼻を啜る。
「……吹雪さん、さっき……」
母さんって、言ってました。
震える声で言った織乃の言葉に、鬼道たちは顔を見合わせ眉を下げる。
吹雪がどんな夢に魘されていたのか、分かってしまった気がしたのだ。
「……大丈夫か、御鏡」
「はい……私は、大丈夫」
斜めになった掛け布団を直しながら、織乃は目尻を僅かに赤くして笑って見せる。
鬼道はその細い肩に手を伸ばし掛けて、寸でのところで思い留まった。病室に一之瀬たちもいることを思い出したのだ。
「──早く考えなきゃな。新しい戦術」
慰めるように微笑んだ一之瀬が、織乃の背中を叩く。
織乃は大きく深呼吸をすると、こっくり頷いた。
探さなければならない。
もう、犠牲を出さないように。今度こそ勝てるように。新たな道を。
そうすればきっと、次は大丈夫だ。
──その考えが甘いと思い知らされるのは、翌日のことである。
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