Balance which inclines
ジェネシスが来襲した、その翌日のことだった。
「風丸くんが、イナズマキャラバンを降りた……!?」
てん、と空しい音を立てて、サッカーボールが足元に転がる。
円堂は俯いたまま、固い表情で小さく頷いた。
「そんな……信じられないッス」
「風丸さん……!」
壁山が顔を青ざめさせ、栗松が目に涙を浮かべる。
「監督、本当なんですか?」キュッと唇を結んだ鬼道が、瞳子に尋ねた。
「ええ。今朝早く、東京へ戻ったわ」
「そんな……どうして止めなかったんですか!? ここまで一緒に戦ってきた仲間なんですよ!?」
淡々と答えた瞳子に、秋が食って掛かる。
されど彼女は動じる様子を毛ほども見せず、しっかりとイレブンたちを見据えたまま続けた。
「……サッカーへの意欲を無くした人を、引き留めるつもりはないわ」
「……!」
何かを言い掛けた秋は、寸でのところでそれを呑み込む。
瞳子の言葉は正しい。サッカーと向き合う気持ちがなければ、最早エイリア学園と戦い続けること自体が重みになる。
しかし、それをあっさりと受け入れることが出来るほど、彼らは大人でもないのだ。
「私は、エイリア学園を倒すためにこのチームの監督になったの。戦力にならなければ、出ていってもらって結構よ」
「ッああそうだったな! あんたは勝つためなら、どんなことでもする人だもんな!」
吹雪が2つの人格に悩んでるのを知りながら、試合に使い続けるくらいな──とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、普段は温厚な筈の土門が声を荒らげる。
瞳子は彼を一瞥し、数瞬眉根を寄せると、すぐにいつもの鉄面皮に戻った。
「……練習を始めなさい。空いたポジションをどうするか考えるのよ」
そう言い残すと、瞳子は踵を返してどこかへと立ち去る。
「へいへい、女王様……!」もう一つ悔しげに毒を吐いた土門を、一之瀬が肘で小突いた。
「こんなんじゃ練習出来っこないっスよ……」
一気にギスギスとしたものになった空気に、壁山が弱々しく呟く。
ボールを拾い上げ、それを見つめた秋はキッと眉を上げると、仲間たちを振り返った。
「……私、風丸くんは帰って来るって信じてる!」
「わっ、私もです!」
しっかりとした眼差しの秋に、春奈がやや前のめり気味に賛同する。
すると、ひとつ小さく頷いた鬼道がグラウンドへ足を向けた。
「鬼道さん?」
「……始めるぞ、練習」
思わず声を掛けた織乃に、彼は一言そう返す。
でも、と眉を下げた壁山に鬼道は続けた。
「俺たちがサッカーをするのは、監督の為じゃない。円堂がいつも言ってるだろう──サッカーが好きだからだ」
その言葉に一同は顔を見合わせる。
鬼道はマントを翻し、いつもの不敵な笑顔でこちらを振り向いた。
「サッカーを守るためにも、エイリア学園に勝たないとな」
「お兄ちゃん……!」
颯爽とグラウンドへ行く鬼道を、目を輝かせた春奈が追いかける。
1人、また1人とそれに続く中、秋は俯き続ける円堂にサッカーボールを差し出した。
「円堂くん」
「……」
虚ろな目が、サッカーボールを捉える。
彼は──それを、受け取らなかった。
「練習、出来ない……」
「え?」
予想もしていなかった答えに、秋も、グラウンドへ向かっていた仲間たちも耳を疑う。
しかし、円堂のその表情で、冗談を言っているわけではないと嫌でも察した。
「どういうこと……?」
「今の俺は、サッカーと真っ正面から向き合えない。……ボールを蹴る、資格がないんだ」
円堂は差し出されたボールを押し返し、ふらりと秋に背を向ける。
秋は目を白黒させながら、行き場の無くしたボールをぎゅっと抱き締めた。
「だから、それまでボールは預かっててくれ」
「円堂く……」
引き留めることも出来ず。円堂は重たい足取りのまま、校舎へと姿を消す。
ぽろりと秋の手からこぼれ落ちたボールが、寂しげに彼女の足元に転がった。
:
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「──円堂は、昨日からあのままか」
「うん……」
ベンチに荷物を置いた鬼道が、ぽつりとマネージャーたちに尋ねる。
ボールを蹴る資格がない──円堂がそう言った日から、既に1日が経過していた。
円堂は屋上に閉じ籠り、食事時と就寝時間以外はそこから動こうとしない。
「──限界が、来たんでしょうか」
微かな声で、織乃が呟く。
え? とこちらを見た仲間たちに、彼女は独り言のように続けた。
「自分が気付かないところでみんなが悩んで……それを支えなきゃいけないのに、出来なくて」
「……だろうな」
どんな時もいつだって仲間を励ます側に立っていた円堂。
自分が辛い目に合っても、仲間に支えてもらいながら立ち上がっていた。
エイリアとの戦いも、仲間がいたから今まで弱音を吐かずに続けられていたのだ。
しかし今は、その仲間がどんどん離れていく。サッカーで繋がった仲間が、消えていく。
「──おはようございまーす!」
ふいに意識に割り込んできた明るい声に、一同は大きく肩を揺らした。
慌てて平静を装いそちらを見ると、休日の朝早くにも関わらずユニフォームに着替えた立向居が軽やかな足取りで駆け寄ってくる。
「あれ……円堂さんはどこですか? 一緒に新しい技の特訓をしようって約束してたんですけど」
「……円堂くんは、今ちょっと」
首を傾げた立向居に、秋は気まずそうに言い渋る。一同もそっと顔を見合わせた。
しかし、そうそう彼が鬱いでいる理由など言えるはずもないだろう。ただでさえ立向居は円堂に憧れを抱いているのだ。
すると立向居は自分で答えを予想したのか、あっと声を上げる。
「そっか、どこかに出掛けてるんですね! ひょっとして、1人で特訓してたりして……!」
「……だと良かったんだけどね」
小さく言った夏未に、立向居はえ? とキョトンとした。
「いいえ何でもないの!」慌ててそれを遮った秋が、立向居に頭を小さく下げる。
「とにかく……今日はごめんなさい」
「あ、いえ! 良いんです」
朗らかに首を振った立向居はしばし考え込むと、「じゃあ、伝言をお願いできますか?」と秋を窺った。
「ええ、何?」
「はい! 円堂さんが究極奥義を身に付ける前に、俺がマジン・ザ・ハンドを完成させます! 負けませんよ! ──って」
ニコッと笑った立向居に、一同の表情が硬くなる。
「……わかったわ」頷いた秋とイレブンに一礼すると、立向居はグラウンドの隅へ駆けて行った。
「……いつもなら、今の立向居の言葉に奮い起つんだろうが」
「今の円堂さんには……」
立向居の姿が見えなくなったところで呟いた鬼道に、力無く返した織乃や仲間たちは、屋上を見上げる。
フェンスに寄りかかり項垂れた円堂の姿は、実際に見えるものよりずっと小さく見えた。
DFの要が離脱し、キャプテンが不在の練習がいつものように捗るわけがない。
このままでは、チームがバラバラになってしまう。マネージャーたちは何をどうすることも出来ず、ただ選手たちのケアに当たるしかない。
──そして、それに追い討ちを掛けるように、また一人仲間が消えたのは2日後のことだった。
「大変です! 栗松くんが……!!」
まだ空の白んだ早朝。
切羽詰まったような春奈の声がキャラバンに響く。彼女の手に握られていたのは、栗松の置き手紙だった。
「栗松……」
春奈からそれを受け取り、紙面に目を通した円堂の目が頼りなさげに揺れる。
いくら特訓してもエイリア学園には敵わない。
もしジェネシスを倒せたとしても、また新しいチームが現れるかもしれない。
手紙には、そんな気持ちに負けてチームを離れることと、ただ仲間と円堂に謝罪する言葉が綴られていた。
「そんなの、ないっス……!」
とうとう壁山の目から涙が零れる。
今までなら、落ち込んだ彼を慰めるのは栗松の役目だったのに──その彼は、もうここにはいない。
「……仲間が、友達が、どんどん離れていく……」
掠れた声で呟き、円堂は涙の痕が残った手紙を握りしめた。
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:
「──こんなことになるなら、染岡が最初に言った通り監督を交代するべきだったんだ」
刺の混じる声音でそう言ったのは、昼食の後片付けを手伝ってくれていた土門である。
え? と怪訝な顔で彼を見上げた織乃に、土門は洗剤の泡のついた手を振って答えた。
「だってあの人、選手のことは丸投げじゃねーか! 響木監督なら、こうはならなかったぜ」
「そう、かもしれませんけど……」
きゅ、と食器の水を拭き取って、織乃は眉根を寄せる。
──まだ、彼女のことを信じていたい。
心のどこかでそう思っている自分に、織乃は気付いていた。
「織乃ちゃんは良いのかよ、このままで…」……
「良くはないです! でも……」
むくれた表情の土門に慌てて首を振り、織乃は目を伏せる。
キン、と頭のどこかが一瞬、鋭い痛みを訴えた。
『──姉さんは、とても優しい人なんだよ』
頭の中で響いた幼い少年の声に、織乃の口が自然と動く。
「……瞳子監督も、好きでああやっているわけではない、……気がして」
「そりゃなぁ、俺だってそう思いたいけど…」
自分の発言に小さく目を見開いた織乃に、難しい顔でスポンジを泡立てる土門は気付かない。
織乃は口許を押さえて、そっと息を吐き出した。
「(今のは、誰の声?)」
知っているようで、知らない。もしくは、その逆なのか。
織乃はだんだんと痛みが酷くなってきた頭に、慌てて頭を振る。そんな時だった。
「──あ。秋、どうだった?」
円堂に昼食を持っていっていた秋が帰ってきたことに気が付いた土門がそちらを振り返る。
ギュウッとジャージの裾を握りしめた秋は、何も答えない。
2人は不思議そうに顔を見合わせ、次の瞬間ギョッとした。弾かれたように顔を上げた秋の目には、大粒の涙が浮かんでいたのだ。
「あっ……秋ちゃん!? どうしたんですか!?」
「ッ織乃ちゃん……!」
ぼろぼろと涙を溢して、秋は慌てて駆け寄ってきた織乃にすがり付く。
嗚咽混じりに、秋はひきつった声で泣いていた。
「わっ、私、もう嫌なの……! 風丸くんや栗松くんが離れちゃって、円堂くんも元気にならなくてっ、……私が何を言っても、変わらない……っ!」
それでも必死に自分の気持ちを打ち明けた秋は、織乃に抱きついたまま涙を流す。
土門は思っても見なかった状況に、泡だらけのスポンジを握り締めてただうろたえながら2人を見守っていた。
「わたし、わたしっ、もうどうすれば良いか分かんないよぅ……!」
「秋ちゃん……」
たまらず、織乃は秋の背中を抱き締める。
秋にも限界が来ていたのだ。彼女は1番初めから円堂を隣で支え、仲間たちが彼の元に集まるのを、ずっと見守ってきたのだから。
織乃はふと──帝国時代に聞いた、先輩の言葉を思い出す。
『──これは、私の持論だけどさ。マネジって結局はサポートの為の存在だから、どうしても選手の根本の考えとかを変えるってことは、やっぱり難しいんだよ』
──その言葉はきっと、例えそれがどんな違う状況や環境だろうと、等しい真理なのだろう。
織乃はしゃくりあげる秋の背中を撫でながら、ゆっくりと語り掛けた。
「──秋ちゃん、しっかり前を見て。言ったじゃないですか、円堂さんはどんな壁でも、いつも自力で乗り越えるんだって」
「っう、うん……」
すん、と小さく鼻を啜った秋が、少し体を離して織乃の目を見る。
涙で顔をグシャグシャにした秋に苦笑を浮かべて、織乃はハンカチを取り出しながら続けた。
「だから、もうしばらく待ってみませんか? マネージャーは、──選手を信じなくちゃ」
「ん……っく、うん……わかった」
──もう、大丈夫だ。
ハンカチに顔を埋めながらもしっかりと頷いた秋に、織乃は優しく微笑む。
「女子は強いなぁ……」
1人取り残された土門は呟いて、秋の弱音を誰にも他言しないよう、こっそり心の中で誓った。
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