Heart which is not given up
円堂が屋上で塞ぎ込み始めて、3日が経過したその日。
朝早く、瞳子はイレブンたちを集めるなり、彼らを見回しこう言い放った。
「円堂くんを、メンバーから外します」
「えっ!?」
『まさか』と言う色と、『とうとう』と言う色が声に混じる。
しかしそもそも、今までのことを考えると、彼女が3日間待ち続けたこと自体が奇跡的だったのだ。
だがそうは言っても、その決断に彼らが簡単に納得出来るはずもない。
「そんな、監督……!」
「円堂くんを除くこのメンバーで、エイリア学園との戦いに臨みます」
さっと顔を青くして食い下がった秋の言葉を遮り、瞳子はキッパリと言った。
彼女は組んだ腕を解くこともせずに、次に鬼道に視線を注ぐ。
「鬼道くん。新キャプテンはあなたにお願いするわ」
「!」
鬼道が小さく肩を揺らした。
そんな彼を一瞥して、瞳子は「それじゃあ、よろしく」と踵を返す。
しかしその足は、予想以上に早く止まることになった。
「──お断りします」
決して大きな声ではないが、それでもしっかりとした鬼道の言葉に、瞳子は顔だけ後ろを振り向く。
鬼道の周りにはいつの間にかイレブンが結託して、真剣な眼差しで瞳子を見つめていた。
「俺たちのキャプテンは、円堂だけです。あいつは必ず立ち上がる──それが、円堂守と言う男です」
「…………」
体は背けたまま、瞳子はじっとゴーグルに隠れた鬼道の目を見つめる。
そして数瞬し、ふ──と息を吐くと。
「……明日、ここを出発するわ。誰も着いてこないなら、新しいメンバーを探すだけよ」
私はエイリア学園を倒さなければならないの──瞳子はそう言い捨てて、どこかへ立ち去っていく。
その後ろ姿が消えたところで、イレブンたちはようやっと詰めていた息を吐き出した。
「1日だけ猶予をくれる、……ってことですよね」
「都合良く解釈すれば、な」
小さく言った織乃に、鬼道はニタリと口の端を持ち上げる。
円堂の姿がうっすらと見える屋上を見上げながら、秋が唇を震わせた。
「……迷ってても、何も始まらないわよね」
「え?」
「どうしたの、秋?」首を傾げた一之瀬に拾い上げたボールを押し付けて、秋は仲間たちを見回す。
「みんな、お願いがあるの──!」
:
:
キィ、と屋上の扉が軋んだ音を立てて開いた。
円堂はその音に顔を上げることはなかったが、代わりに視界にちらついた色に小さく肩を揺らす。
それは、秋のオレンジのジャージだった。
秋はそっとフェンスに指を掛け、こちらを見ようとしない円堂に微笑むと、そっとグラウンドを見下ろす。
「──見て、円堂くん。グラウンドのみんなを」
優しく、どこか祈るような声音に、円堂が動いた。
ひどく緩慢な動きで顔を上げた円堂は、導かれるようにグラウンドを見下ろす。
そこにあったのは、いつもの練習風景とは少し違うものだった。
「もっと腰、落として!」
めったに聞かない、織乃の厳しい声が響く。
はい! と答えたのは、ゴール前の立向居だった。既にオレンジのユニフォームは泥で汚れ、剥き出しの膝小僧は傷だらけだ。
「お願いします!!」
「行くぞ!」
センターサークルのボールに向かって、鬼道と一之瀬が走る。
放たれたツインブーストに、立向居は大きく息を吸って構えをとった。
「マジン・ザ・ハンドぉッ!!」
沸き上がった青い闘気が、光輝く巨人を生み出す。
しかし巨人の腕がシュートを捉えた瞬間、光はあっと言う間に霧散して立向居はボールごとゴールに転がった。
「立向居くん、意識はボールだけに向けて! 技を完成させることだけに集中するの!」
「鬼道さんカズくん、もう1回!」容赦なく次々と改善点を指摘して、織乃は新しいボールを投げる。
立向居は織乃の言ったことを口の中で復唱すると、バチンと両手で頬を叩いた。
「もう一度お願いします!」
打っては破れ、打っては破れ。立向居の息も次第に荒くなっていく。
目に見えてボロボロになっていく立向居に、壁山たちは眉を下げた。
「無理っスよ……キャプテンがあんなに苦労して身に付けた必殺技なんスから……」
「無理って言わない!!」
目を吊り上げてピシャリと言った織乃に、壁山はおろか傍にいた目金や木暮まで竦み上がる。
織乃は見たこともないような険しい目付きで、屋上を睨み付けた。
「秋ちゃんが言ったでしょう? 迷ってても何も始まらないって、円堂さんに分かってもらわなくちゃいけないの!」
立向居に協力を仰いだのは、秋の提案である。
勿論、円堂が自信喪失した理由などは濁して説明したが──それでも彼は、自分で役に立てるならと快く頷いてくれた。
見てもらわなければならない。円堂に、自分が塞ぎ込んでいる間に、後輩が先に進んでいく様を。
あの頃の彼と同じように、壁を乗り越える姿を。
それに加え、織乃は円堂が秋を──友人を泣かせたことに、少し腹を立てていた。
言葉にしなければ何も伝わらないと痛感した筈なのに、円堂自身は誰にも自分の気持ちを言おうとしない。
マネージャーだって、立派なチームの一員だと言うのに。
──現在、彼女の頭からは、かつて鬼道が似たような理由で自分を泣かせたことがあるという記憶がスッポリ抜け落ちている。
「それに、きっと後少しで完成出来るの……だから簡単に無理とか言わない! 良い?」
「で、でもぉ……」
「返事!!」
「は、はいっス!!」
しかめっ面で凄まれた壁山はガクガクと頷き、「今日の御鏡さん、怖えぇ……」とコッソリ呟いた木暮が、彼の足元に隠れた。
「うがっ……!!」
どしゃ、と砂を巻き上げ、立向居が地面に崩れ落ちる。
織乃は直ぐ様それに駆け寄り、体のどこも痛めていないことを確認すると、彼の目を覗き込んだ。
「立向居くん、一度深呼吸しよう。一瞬でも後込みしたら、あの技は完成しない。良いね?」
「っはい!!」
織乃に手を引かれ立ち上がった立向居は、大きく頷く。
片手を上げて続行の意を示した織乃に頷き、再び鬼道と一之瀬が走り出した。
「絶対に……絶対に、諦めない!!」
カシャ、と足元から聞こえた音に、秋は少し驚いて下を見る。
円堂が、フェンスに指を掛けて下の光景を──果敢にシュートに立ち向かう立向居を、見ていた。
「諦める、もんか!!」
どっ、と青い光が立向居の体から溢れる。
ビリビリと震えた空気に、何かを察知した円堂が立ち上がった。
「マジン・ザ・ハンドオォッ!!」
集束した光が、再び青く輝く巨人を作り出す。
振りかぶられたその腕が、シュートと激突した。
「──ッ!」
砂塵が吹き荒れ、目も開けられない。
やがて誰かが小さく咳き込み、その光景を目の当たりにして──息を呑んだ。
「……や、やった……?」
呆然と、立向居が呟く。
摩擦で熱くなった掌に収まるボールを改めて見つめ、彼は大きく口を開けた。
「出来た……出来た! やりましたよ、円堂さぁん!!」
立向居は喜びに涙目になりながら、屋上に向かってブンブンと手を振る。
織乃はにっこりと笑い、鬼道と一之瀬は汗を拭って顔を見合わせた。
「やったな、立向居」
「お疲れさま。頑張ったね!」
「は、はい! ありがとうございます!!」
立向居は3人がこちらにやってきたことに気付くと、慌てて律儀に深く腰を折る。
「(そうだ──あの時も、そうだった)」
円堂はそんな光景を見つめながら、ギュッとフェンスを握りしめた。
世宇子戦の前、どんなに特訓を重ねても完成しなかった、マジン・ザ・ハンド。
しかし彼は迷わず、自分の力を信じて、出せる力全てを注ぎ込んで、マジン・ザ・ハンドを完成させた。
今の立向居のように、諦めずに。
「そうだ……大切なのは、諦めない心」
未だビリビリと痛みの余韻が残る手を見つめて嬉しそうに笑った立向居の姿に、──座り込んでいた円堂が、立ち上がった。
「──みんな、悪かった」
開口一番。屋上から降りてきた円堂は、真っ先にそう言って仲間たちに深々と頭を下げた。
再び顔を見せた円堂の表情には、もうどこにも昨日までの絶望はない。
「迷惑かけてすまなかった。俺、もう迷わない!」
「……雷門のキャプテンは、お前しかいない」
どこかほっとした表情の鬼道に肩を叩かれ、円堂はニカッと笑う。
仲間たちは一様に顔を綻ばせ、壁山に至っては「キャプテン良かったっス!」と涙ぐんで鼻を啜っていた。
「──すいませんでした、監督。もう一度、よろしくお願いします!」
「……この先もチームに必要ないと感じたら、容赦なくメンバーから外すわよ」
頭を下げた円堂に、瞳子はにべも無く言う。
しかし円堂はしっかりと、大きくそれに頷いた。
「あのっ、円堂さん!」
「ん?」
その時、それまでずっとソワソワと事の成り行きを見守っていた立向居が、我慢しきれずに円堂に駆け寄ってくる。
立向居はぐっと拳を作ると、思いきったように言った。
「俺も一緒に戦わせて下さい!」
「んぇっ?」すっとんきょうな声を返した円堂に、立向居は照れたように笑って続ける。
「マジン・ザ・ハンドが出来るようになったら言おうと思ってたんです!」
「立向居……!」
「良いですよね、監督!」円堂はパァッと顔を輝かせると、瞳子を振り返った。
瞳子は特に反対する素振りも見せず、あっさりと了承する。もしかすると、初めからそのつもりだったのかもしれない。
頬を綻ばせた立向居は喜びに顔を上気させると、またひとつ大きく頭を下げた。
「ありがとうございます! みなさん、よろしくお願いしますっ!」
「おうっ! 一緒に頑張ろうぜ、立向居!」
「そうと決まったら練習だ!」腕を振り上げた円堂は、意気揚々とフィールドに掛けていく。
そんな彼の背中を見送って、マネージャーたちはここ最近見せていなかった明るい笑顔を浮かべた。
「やっと、いつもの円堂くんね」
「ええ……本当に良かった!」
もう迷わない。彼がそう言うのなら、選手もマネージャーもそれを信じることが出来る。
ゴールに戻ってきた1の背番号に、秋は嬉しそうに微笑んだ。
──そして、その翌日のこと。
「……やぁ」
練習中、ふと聞こえてきた柔らかい声に、マネージャーたちはそちらを向く。
そこには、瞳子に伴われて佇んだ吹雪の姿があった。
「ただいま、みんな」
「吹雪さん!」
「吹雪?」マネージャーたちの声に気が付いて円堂たちがこちらを振り返る。
そして吹雪の姿を見つけるなり、各々表情を変えてベンチに駆け寄ってきた。
「吹雪! もう大丈夫のか?」
「うん、大丈夫さ。みんなには心配掛けちゃったね」
吹雪はそう答えると、キュッと目を細める。
怪我の具合も悪そうには見えない。円堂はホッと息を吐いた。
「そっか……んじゃ、これからも頑張ろうな!」
「うん!」
吹雪は頷いて、にこりと笑う。
──その、垣間見えた彼の表情に。
「(……あれ?)」
吹雪の帰還を素直に喜んでいた織乃は、ふと小首を傾げた。
彼から感じた違和感は、既に消えている。
「(今、一瞬吹雪さんの目が変わった気がしたんだけど……見間違えだったかな)」
その時ふいに、誰かの携帯電話が着信を訴えた。
「響木さんだわ」ポケットから携帯を取り出したのは、瞳子である。
「もしもし……はい。……え? ……分かりました」
二、三度受け答えをした瞳子は通話を切ると、こちらに注目するイレブンたちを見回して言った。
「沖縄に、炎のストライカーと呼ばれる選手がいるそうよ」
「炎の……?」
ぱちくりとまばたきした円堂は、次の瞬間ハッとする。
炎≠フストライカー≠ニ言われれば、思い当たる人物は1人しかいない。
「まさか、豪炎寺!?」
「まだ分からない──が、行くしかないだろう?」
ニタリと笑った鬼道に、円堂は大きく頷く。
「よぉし、行くぞ沖縄!」彼は腕を振り上げると、まだ見ぬ南の島と炎のストライカーに向かって呼び掛けるように声を上げた。
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