Boy like the sea

焼けるような太陽の下、雷門イレブンのビーチサッカーは続いていた。

「塔子ッ!」
「ああ!」

秋のホイッスルで、一之瀬から塔子へ、鋭いパスが渡る。
狭いフィールドではポジショニングもあまり関係ない。そのままボールをキープした塔子は、立向居の守るゴールへシュートを打ち込んだ。

「マジン・ザ・ハンドぉッ!!」

発現する、青く輝く光の巨人を、彼は完全に自分の力にしている。
しっかと立向居の手に収まったボールに、塔子は顔をしかめた。

「……これじゃエイリアには通用しない」

苦々しげに呟くと、ふいに塔子は踵を返し、リカを振り向く。

「リカ! あたしとバタフライドリーム、やってみないか!?」
「は? 何であんたとやらなあかんの!」

あれはウチとダーリンの愛のシュートなんやで、と歯を剥くリカに、「一度も成功したことないけどね」と木暮がこそりと呟く。
塔子は怯まず、拳を握りしめて力説した。

「あたしたちも、強くならなきゃダメなんだよ!」
「……そうだな。攻撃のバリエーションが増えれば、戦略の幅も広がる」

「どうだ、御鏡?」考え込んで塔子に同調した鬼道は、木陰の織乃を振り返る。
織乃はパチパチとキーボードに指を走らせながら答えた。

「能力的にも、相性はいい線行ってると思います。試してみても損はない筈です」
「ほら! だからさ、頼むよリカ……!」

真剣な表情の塔子に一瞬リカもたじろぐが、自分の中の恋する乙女には勝てないのだろう。
「何やの、織乃まで!」歯を食い縛ったリカは、くるりと表情を変えて一之瀬を振り返った。

「なっ、ダーリ〜ン!」
「良いんじゃない?」

ピシリ。途端、リカの動きが固まる。
あと一押し。一之瀬は織乃と目配せすると、更に畳み掛けた。

「やってみなよ、リカ」
「…………」

1秒、2秒、3秒。
間を開けて、リカはさっきまで渋っていたのが嘘のように手のひらを返した。

「やるやる! ええ考えや流石ダーリン目の付け所が違うわ〜! ホラ何ぐずぐずしてんねん塔子、さっさと練習するで!!」
「お、おう……」

女優も真っ青なこの切り替えには、最早塔子も感服するしかない。
何はともあれ、せっかくリカがやる気になったのだ。塔子は膝を叩いてやる気を入れ直す。

「あの2人で上手く行きますかね……」
「い、意外に合うかもね……?」

マネージャーの心配も仕方のないこと。
織乃を呼び寄せ一言二言交わし、二人はボールを前に助走をつけた。

「行くで、塔子!」
「おう!」

砂を散らし、一気にフィールドを駆ける。
中空へ飛び出し、手を繋ぐところまでは行ったのだが。

「バタフライ……ッ」
「あっ!」

宙でリカがバランスを崩し、塔子の足だけがボールを捉える。
ミスった、と顔をしかめた塔子に、「焦りすぎや」と織乃に助け起こされたリカが声をかけた。

あらぬ方向へ飛んでいったボールは弧を描き、 そして──

「どぁっ!!」
「あ」

すっかり存在を忘れられていた少年──彼が頭の上に突き立てていたサーフボードに直撃した。
倒れたボードに押し潰された少年のくぐもった声に、塔子はやっちゃった、と顔色を悪くする。

「ごめん! 怪我しなかったか!?」

慌てて2人と円堂が少年に駆け寄ると、彼は丁度サーフボードを押し退け立ち上がったところだった。
少年は円堂たちに背を向けたまま、転がったサッカーボールを見下ろす。

「……これ、蹴ったの誰だ」
「あ、あたしだけど……」

目金を叱りつけた時のような低い声に、塔子も思わずおっかなびっくりした風に答えた。
そうか、と振り向いた少年、そして塔子たちを、仲間たちはハラハラと遠目に見守る。

「──サンキュ!」
「……は?」

予想と全く外れたことを言われ、身構えていた塔子は半眼になった。
少年はあっけらかんと笑いながら、ボードを砂浜から抱えあげる。

「丁度、良い波の立つ時間なんだ! 危うく寝過ごすところだったぜ〜」
「あの……大丈夫なのか?」

「鼻とか……」ご機嫌な少年の鼻っ柱は、確かに倒れたボードが直撃したせいで赤くなっている。
しかし彼は特に気にしてない様子で、パッと鼻についた砂を払った。

「良いって良いって。んなこたぁ海の広さに比べりゃちっぽけな話だ! じゃなっ」
「あ、おい──」

制止も聞かず、彼は「ヒャッホー!」と海に飛び込んでいく。
すっかりサーフィンに夢中になってこちらの話に耳を貸さなくなった少年に、塔子は首を傾げた。

「何なんだ? あいつ……」

波に乗る少年を、塔子はじっ、と見つめる。
そんな彼女を見て、リカが面白いものをみつけたにやりとした。

「と、とりあえず、もっかい練習やらないか?」
「ん、ああ」

こうやって固まっていても何も始まらない。
パンパンと手を打ち鳴らした円堂に、塔子もハッと我に返る。

「織乃──さっきのシュート、どうやれば改善できるかな」
「うーん……塔子さんの場合は、まず2人技に慣れなくちゃ。どうもタイミングが……」

白い指が数度キーボードを滑り、織乃の言葉に塔子は真剣な表情で頷いた。
リカはというと、未だに塔子と少年を見比べてニヤニヤしている。

「じゃあ、とりあえずもう1回──おい、リカ?」
「お、ハイハイ分かっとるって」

リカは笑みを収めると、せかせかとした様子で塔子に続きフィールドに戻った。
「もう、リカさんたら」呆れたように呟いた織乃は、ちらりと海にいる少年を見やった。

「(それにしても……さっきの身体能力と言い、あの人かなり脚力が鍛えられてるみたい)」

そこは流石サーファーと言ったところか。
1人納得していると、ふいに塔子のギョッとしたような声が耳に届いた。

「織乃、危ない!」
「え? ──ほぁっ!?」

振り向いた瞬間、ギュン! と耳の横スレスレをボールが通りすぎていく。
尻餅をついた織乃に、慌てて塔子たちが駆け寄った。

「ごめん織乃、大丈夫だったか!?」
「わ、私は平気です……あ、ボール」

よろよろと立ち上がり、振り向いた織乃はあっと声を上げる。
見るとボールは威力はそのままに、サーフィンに勤しむ少年に激突する寸前で。

「やばいっ、また──」
「どぉりゃあああッ!」

ぶつかる。誰もがそう思ったその瞬間、少年はあろうことか、ボードの上でバランスを取ったままそのシュートを蹴り返した。
ボールはあっという間に砂浜にとんぼ返りし(再び頭の隣を過ったシュートに織乃がまた悲鳴を上げた)、立向居の立ちすくむゴールへ突っ込んで行く。

「な、何てパワーなんだ──……!」

そのままボールは、立向居の手を弾き飛ばしてゴールネットに突き刺さった。

呆然と砂浜に転がってボールを見つめる立向居、そして円堂たち。
少年はゴーグルを押し上げながら、事も無げに岸に上がってきた。

「はー、ビックリしたぜ。急にボールが飛んで来やがってよぉ」
「ね、ねぇ君! サッカーやってるのか……!?」

「ん?」我に返るなり駆け寄ってきた円堂に、少年は首を傾げて向き直る。
円堂が何故こんなに驚いているのか分からないのだろう、彼は不思議そうな顔で首を振った。

「そんなモン、1回もねーよ?」
「1回も!?」

ギョッと声を上げて、円堂は少年とボールを見比べる。
そして、ニカッと──雷門イレブンたちも欲目にする、いつもの笑顔を浮かべた。

「なぁ、サッカーやってみないか!? あんなスゴいキックが出来るんだ、やったらきっとスゲー楽しいぜ!」
「あ? ……ハハハ! 冗談はよせよ」

「俺はサーファーだぜ?」砂浜に突き立てたボードを叩き、少年はケタケタと笑う。
しかし円堂も簡単には食い下がらない。

「でもさ……ちょっとくらい」
「悪いな。興味ねえんだ」

やんわりとした口調でハッキリと断る少年に、そっか、と円堂は肩を落とした。
だが、それに対して口を開く者が1人。

「やらなくて正解だろう。ど素人がいきなり俺たちのレベルについてこられる筈がないからな」
「……何?」

──鬼道だ。いつもより毒のある言葉でキッパリと言った彼に、少年の顔から笑顔が消える。
「ちょっと、鬼道さん……!」煽るにしても、もう少し違う言い方があるのでは。小声で言ってきた織乃に、鬼道はまぁ見てろ、とでも言うように目で彼女を制した。

「いくら身体能力が優れていようと、やったことのない人間がすぐに出来るほどサッカーは簡単じゃない」
「へっ! さっきの見ただろ。ちゃんと蹴り返したじゃねーか」
「一度だけな」
「ぐ……」

売り言葉に買い言葉。少年はあっさり鬼道の釣り針に食い付く。
少年は顔をしかめ、鬼道とボール、そしてゴールを見比べて、フンと大きく鼻を鳴らした。

「おし、決めた! おい、サッカーやってやるぜ!」
「本当か!?」

見事言葉に乗せられた少年に、鬼道がニヤリとする。
パァッと顔を輝かせた円堂に、彼は「俺様に二言はねぇ!」と胸を叩いた。

「そうか……! 歓迎するぜ! えっと、名前は……」
「ん? そういや言ってなかったな」

彼はガシガシと水の滴る頭を掻いて、サーフボードを叩く。
ボードの先端には、273と数字がプリントされていた。

「俺は綱海! 綱海条介だ!」




Tシャツに着替え、予備のスパイクを履いた綱海がフィールドに立つ。
「さぁ、練習再開だ!」仲間たち、そして綱海の顔を順に見回した円堂が、パンと手を打ち鳴らした。

「よし、行くぜ!」

「あそこに蹴り込めば良いんだろ?」円堂の守るゴールに狙いを定め、綱海は足を振り上げる。
フォームにもなっていないような、正しく素人のそれだ。
しかし。

「えっ!?」

次の瞬間、砂を巻き上げ弾丸のような勢いで頭の横を通り過ぎて行ったボールに、塔子がギョッと声を上げる。
予想外の威力に円堂も一瞬、反応が遅れた。

「うわ──!?」

バチン! と寸でのところで繰り出したパンチングが、シュートを弾く。
ボールは弧を描き、フィールドの外へ落ちていった。

「何てキック力だ……スゴいじゃないか、綱海!」
「へへん、だろ?」

鼻の頭を擦り、綱海は得意気に胸を反らす。
ふっかけた鬼道もこれは嬉しい誤算だったのだろう、ニタリと口角を上げた。

「自信ありそうじゃん」
「まっ、サーフィンに比べりゃサッカーなんて、どーってことねえよ」

完全にやぶ蛇だ。綱海から余計な言葉を引っ張り出してしまった塔子は、かちんときたように食って掛かる。

「サッカーだってそんなに甘くないよ!」
「どーだかなぁ」

今のシュートで調子に乗ってしまったのか、綱海は塔子の言葉を意に介さずケタケタと笑った。
むぐぐ、と歯を食い縛る塔子に対し、ボールを拾い上げた鬼道が冷静に、しかしいつもの悪どい笑顔は納めずに、水を差す。

「だが、威力はあってもフォームは最悪だ。どんなスポーツも基本は大事だろう。次はもう少しまともに蹴ることだな」
「む……んーだよ、あれじゃダメなのかよ」

唇を尖らす綱海に、足の側面を使うんだよ、と塔子が突っ込んだ。
相変わらずニタリと笑みを浮かべている鬼道に、織乃は思わず苦笑する。

「(鬼道さん、何か帝国の頃に戻ったみたい……)」

ひたすら厳しく、上げずに落とし、まれに飴を与える。苦笑を通り越し、織乃は少し頬をひきつらせた。