Battle of the southern sea

「これはおもろいことになってきよったで……」

むくれた表情で綱海の広い背中を睨み付ける塔子に、リカがニヤニヤと口許を緩める。
彼女の考えていることが容易に想像できた織乃は、呆れたように溜め息を吐いた。
ボールをフィールドに戻し練習が再開すると、ドリブルで駆け上がった鬼道が、ふいに綱海を呼ぶ。

「ん、呼んだか?」
「シュートを打て!」

ぽん、といつもと比べるとやや緩めのパスがフィールドを横切る。
おう、と威勢良く声を返したは良いが、振り上げた足はスカッと空を蹴り、綱海は派手に転倒した。
「くっそー、ミスったぜ」わしゃわしゃと髪に入り込んだ砂を払い落とし、綱海は頭を振る。

「だから言ったろ、甘くないって」

呆れ気味に言いながらも、塔子は綱海を砂浜から引っ張り起こす。
転んだ拍子にスパイクの中にまで入り込んだ砂を出しながら、おっかしーな、と綱海は首を傾げた。

「素人なんだから上手くいかないのは当たり前だろう。綱海、もう一度だ」

今度は数回リフティングをしてからのパス。
体勢を直した綱海も、今度こそ、と構えるが。

「いただきっ」
「何ぃ!?」

ボールは正面から現れた一之瀬にカットされ、綱海は行き場の無くなった足を元に戻しながら、彼の背中を目で追う。
綱海は顔をしかめ、砂をスパイクで蹴り上げた。

「ちくしょー、中々思い通りにいかねーもんだな……」
「タイミングを計れ。ボールは常に動いているんだ」

「タイミングか……」小さく呟き、綱海はフィールドとボールを見比べ、大きく頷く。

そこから、何かコツを掴んだのか否か。
多少粗削りではあるものの、繰り返せば繰り返すほど、綱海の体はボールに着いていくようになった。

「驚いたな……もう出来るようになってきてる」

小さく口笛を吹き、土門が感心したように漏らす。
サーファーとしてのバランス感覚は勿論、並大抵の運動神経ではないのだろう。食い入るようにベンチ陣が練習風景を眺める矢先、ふいに塔子が走りながらこちらを振り向いた。

「織乃、見てて!」
「あっ、はい!」

くっとリカを親指で指差した塔子に、織乃は慌てて頷く。バタフライドリームの練習をこの最中に続けるつもりなのだ。

「行くよリカ!」
「よっしゃ、決めたる!」

砂塵を蹴立て、ボールに向かって助走をつける。
しかし、中空へ飛び出したところで技は強制的にキャンセルされた。綱海が2人の間からボールを奪っていったのだ。

「何だと!?」
「へへ──コツが掴めてきたぜ、っと!?」

着地したところを一之瀬に狙い撃ちされ、綱海はボールを奪われた勢いで本日何度目かになる転倒をする。
「もう一度だ、2人とも!」パスを受けたリカは頷き、塔子に向かって声を張り上げる。

「今度こそ決めるで、塔子!」
「ああ!」

打ち上げたボールを追い、中空へ飛び出す。手を繋いだ2人の中心から溢れた闘気が色鮮やかな蝶を形作り、パッと羽を広げた。

「バタフライ、ドリーーム!!」

放たれたシュートが、風に吹かれる蝶のように不規則な光の軌道を描き、ゴールへ向かっていく。
「な、何じゃこりゃ!?」復活した綱海がゴールの前に飛び込むも、今の彼には読めない軌道のシュートを止めることなど出来やしない。

技の完成に喜んだ一瞬の隙を突かれた立向居の動きは間に合わず、バタフライドリームはゴールネットに突き刺さった。

「やった! 出来ましたね、バタフライドリーム!」
「うん!」

ピョコピョコと跳ねる春奈に織乃も満足げに微笑み、リカと塔子もハイタッチを交わす。
カットに失敗し頭から砂浜に突っ込んだ綱海は、起き上がりながらゴールに転がるボールに口笛を鳴らした。

「ヒューッ、やるじゃねえか」
「次はお前の番だぞ」

ボールを砂の中から拾い上げ、鬼道が言う。
綱海は喜び合う塔子たちを一瞥すると、ニカッと笑った。

「……?」

再開された練習を見守りながら、織乃はふと首を傾げた。
綱海が練習に加わってからと言うものの、どうも鬼道は彼にシュートを打たせようと行動している節が見える。

「(サッカーを布教するのは良いことだとしても、どうしてあそこまで……)」

勿論あの鬼道のことだ。何か意図があってのことなのだろうが。
考え込んだその矢先、中々ボールに触れないでいた綱海が苛立った声を上げる。

「ええいっ、ドリブルなんてめんどくせえ!! ゴールに入れるならどっから蹴ったって同じだろ!」

高く高く、打ち上げられたボールに向かって綱海が跳躍した。
ゴールとの距離はまだ遠い。しかし、彼の足はその距離を物ともしなかった。

「ツナミ、ブーストぉぉッ!!」

ぶわっ──と押し寄せた風に乗るように、そのままの勢いを殺さず、シュートが放たれる。
「これだ!」その威力を目の当たりにした鬼道が、円堂に向かって声を張り上げた。

「止めろ、円堂!」
「ッああ!」

拳は開かず、力強く握り、フィールドを踏みしめる。
シュートがぶつかるその瞬間、円堂はハッと目を見開いた。

「だああああッ!!」

振り上げた手から溢れる闘気が、光の拳を作る。
しかし綱海のシュートとぶつかったその瞬間、拳はただの光と消え、そのまま円堂ごとゴールに押し込んだ。

「うわぁっ!?」

どっかん、がらがら。
凄まじい音に、一瞬目を瞑る。
瞼を開け、砂埃の収まったそこにいたのは、崩れたゴールの中で呆然とする円堂だった。

「え、円堂くん! 大丈夫?」
「ああ……」

慌てて救急箱を片手に秋が円堂に駆け寄るが、幸い円堂は大した怪我をした様子はない。
綱海は一同の唖然とした視線を受け、得意気に笑った。

「ひひっ、何だ簡単に出来ちまったよ。やっぱ俺って天才かもなー」
「またお前は、……」

塔子が何か言いかけたが、寸でのところで押し黙る。強ち間違ってはいないと、認めたのかもしれない。
ガラガラと崩れたゴールから抜け出して、円堂がそわそわとしながら綱海に駆け寄った。

「すげぇ! ほんとスゲーよ、綱海!」
「へっ、見たか! これが俺の、ツナミブーストだ!」

「つっても、俺のサーフィンの技だけどなっ」言って、綱海はカラカラと笑う。
それにつられた円堂も笑いながら、フィールドを見回した。

「よしっ! こうしちゃいられないぜ、もっかいゴールを作り直して練習再開だ!」
「また作るっスか!?」

「1回休憩しましょうよ〜!」暑さにバテ始めた壁山の悲鳴が、更に笑いを誘う。
結局、綱海を交えた練習は、とっぷりと日がくれた夕方にまで及んだ。




「──今日の練習は大収穫ですか? 織乃さん」
「ふふ、そうだね」

こちらに体を寄せて話しかけてきた春奈に、織乃は含み笑いをして頷く。
場所は海沿いに佇むコテージ。電話で今日中に沖縄に来れなくなった旨を伝えると、瞳子が呆れながらも用意してくれた1日限定の宿泊地だ。

「塔子さんたちのバタフライドリームは勿論、綱海さんのデータもだし……それに、円堂さんもね」
「あら、円堂くんは何かあったかしら?」

コテージの一角でトランプを楽しむ円堂をちらりと見て、夏未が首を傾げる。
織乃も録画した映像を見返して気付いた、微々たる変化だ。彼女たちは気付かなかっただろう。

「勘ですけど……もう少しで完成するような気がするんです」
「そうだと良いわね──」

織乃の言葉に、秋が頷いた時だった。
ドンドン、と些か大きなノックの音がコテージに響く。

「古株さんかな?」
「はーい、今開けまーす」

急ぎ足で扉へ向かった織乃が、ノブに手を掛けた。扉を開けた、次の瞬間。

「よっ」
「ふぎゃーーーーッ!?」

目の前に飛び込んできた獰猛そうな魚のどアップに、織乃は奇声を上げて後ずさる。
「ん、驚かせたか?」魚──もとい、魚を担いできた彼がひょいっと顔を出すなり、あっと円堂が声を上げた。

「綱海!」
「よっ。これ、食わせようと思って釣ってきたんだ」

「釣ってきたって……」鬼道と春奈に助け起こされながら、織乃は頬をひきつらせる。
綱海は悪戯が成功した子供のように、ケラケラと笑った。

「俺にかかりゃこんな魚の1匹や2匹釣ることくらい、朝飯前だっての! あ、包丁あるか? 貸してくれ」

綱海はあくまでマイペースである。
やや呆然としながらキャラバンから取って来た包丁を秋が手渡すと、彼は慣れた手つきでそれを操った。




そうして、目を見張ること十分。

「──よしっ! さ、遠慮なく食え!」
「うわ……スッゲー!」

並んだ大皿に、切り分けられたばかりの新鮮な刺身が並ぶ。
目を輝かせ、円堂や壁山が腹の虫を鳴らした。

「そういやお前ら、どっから来た? どこの中学だ?」

空きっ腹の刺身に舌鼓を打つ円堂たちに、綱海が思い出したように尋ねる。
口一杯の中身を飲み込んで、答えたのは円堂だ。

「雷門中だよ! FF優勝の──って言っても、知らないか」
「うん、知らねえ」

あっけらかんと頷く綱海にも慣れたもので、「だよなぁ」と円堂は諦めたように笑う。
その時ふと、塔子が箸を置いてすっくと立ち上がった。

「ありがとう、綱海」
「あン?」

突然の礼の言葉に、綱海は首を傾げる。
塔子は小さく笑って、言った。

「バタフライドリームが打てたのは、あんたのおかげなんだ」

サーフィンに比べりゃサッカーなんて。
そんな綱海の言葉の端々は、塔子の怒りの琴線にことごとく触れていた。
負けたくない、絶対に──そんな彼に対する対抗心が、塔子にとってバタフライドリームを完成させる一番の鍵になったのだろう。

「だから、ありがとう」
「ちょ、それウチのおかげやろ?」

──勿論、リカの協力あってのことではあるのだが。
綱海は力強い笑みを浮かべる塔子に、やや状況の分かっていない顔でぼりぼりと頭を掻く。

「そーか。何だか知らないが、役に立てたんなら良かったな」
「ああ」

首を捻る綱海に塔子は笑って、2人は握手を交わした。これで、塔子は本当に綱海を認めたのだ。
──しかし、この友情的なシーンを無粋に受け取った者がひとり。

「なぁ、綱海はこの島の中学なん?」

ひょっこり、塔子の肩口から顔を出してリカが尋ねる。
またリカさんの悪い癖が、と小さな織乃の呟きは、側にいた鬼道と春奈にしか聞こえなかった。

「いや、ここにはサーフィンに来てるだけだよ。住んでるのは沖縄だ」
「へぇ、歳いくつなん?」
「15」
「15歳か! 勝ち気な塔子やったら、歳上がええかもなぁ。……? どうしたん、みんな」

そこでリカは、自分と綱海以外の表情が凍りついたことに気が付いてトーンを下げる。
円堂はひきつった表情で、綱海を指差した。

「15歳と言うことは、……さ、3年生?」
「ん? 言わなかったっけ?」

あっさりと綱海が肯定した次の瞬間、円堂たちはガバッと立ち上がる。
一斉に固い表情なった雷門イレブンに、何だ何だと綱海は少し慌てた。

「あ、あの、すいません! 知らなかった、もの、ですから……! 歳上だった、でしたとは、綱海、さんが!」
「円堂、噛みすぎだよ」

つっかえつっかえ言った円堂に、一之瀬がこそりと彼の脇腹を小突く。
綱海はようやく円堂たちの行動の意味を察したのか、顔をしかめて手を振った。

「良いって良いって! そんなこと海の広さに比べりゃちっぽけな話だ。タメ口で頼むぜ」
「んぇっ。…………うーん」

体育会系の円堂としては、上級生にタメ口と言うのはあまり良しとしないのだろう。
「おいおい、ノリが悪いなー」綱海は良い表情を浮かべない円堂に、仕方ないと言った風に手を差し出した。

「堅苦しいのは抜きでよろしく! なっ」
「……うん、分かった」

ようやく踏ん切りがついたのか、円堂は表情を緩めてその手を握り返す。
固く結ばれた手を見下ろし、2人は太陽のように笑った。

「改めて、よろしくな、綱海!」
「おう!」

サッカーで絆が広がり、パスで気持ちが繋がる。
円堂にかかれば、歳の差も男女の差も、サッカーは何もかも飛び越えてしまうのかもしれない。

綱海を交え、どんちゃん騒ぎをしながらコテージの夜は更け──そして、沈んだ太陽は必ず昇る。




翌日、綱海の見送りを受けて雷門イレブンの乗った船は、阿夏遠島を後にした。

「サッカー、か」

汽笛を鳴らしながら遠ざかる船を眺め、綱海は1人、ぽつりと呟く。
潮風が、彼の髪をさざ波のように揺らした。