Field of an ocean
太陽が眩しく照り付ける。
南雲ことバーン、そしてヒロトの登場から一夜が空けた朝。
円堂たち雷門イレブンは、昨日紹介してもらったグラウンドに集合していた。
「さぁ、今日も張り切って特訓だ!」
「おう!」
いつものように仲間に声を掛けた円堂を筆頭に、人数分の拳が天を突き上げる。
その様子に小さく笑った秋が、ぐっと両手でガッツポーズをしてみせた。
「炎のストライカー探しは私たちに任せて!」
「ああ、頼んだぜ!」
「私たちも張り切って行きましょ!」力強く言った秋に織乃や春奈が大きく頷き、夏未は前途多難だとでも言いたげに溜め息を吐く。
ふいにチリンチリンとベルの音が聴こえてきたのは、いざ町へ繰り出そうとマネージャーたちが1歩足を踏み出した時だった。
「オーッス、円堂!」
「あっ、土方だ」
ママチャリを漕いでやって来たのは、昨日知り合ったばかりの土方である。
土方は相変わらずの割烹着姿で、自転車の荷台から下ろした大きな篭を担いでグラウンドへ降りて来た。
「これ、良かったら食ってくれ! うちの畑で取れた野菜なんだ」
「おお、助かるねぇ!」
どさりと重たそうな音をたててベンチに置かれた篭の中には、青々とした新鮮そうな野菜が無造作に詰め込まれている。
「これで今週の食費が浮きますね!」と1人違う方向に嬉々としている織乃に苦笑いをひとつ、円堂が土方に向き直った。
「土方、ありがとうな!」
「なァに、地球を守ってもらってんだ、いつもお前たちには元気でいてもらわないとな!」
土方は大きく口を開けて快活に笑って見せる。
そんな彼の笑い声に被さり、ふいに聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。
「えーんどおーー……」
「ん?」
その声は波が押し寄せるように、段々と近付いてくる。
声の元を探して海の方へ目を凝らした円堂が、あっと声を上げた。
「綱海!」
サーフボードで大波に乗り、ぐんぐんと近付いてくるのは確かに綱海である。
水飛沫を上げて文字通り海から飛び出した綱海は、 そのまま円堂たちが立ち竦むグラウンドに勢い良く着地した。
「よう! 探したぜ、円堂!」
宙に投げ出されたサーフボードがクルクルと回り、地面に突き刺さる(一番近くにいた目金がひきつった声を上げた)。
「ちょっと、危ないじゃないですか! いきなりこんなもので突っ込んで来たりして!!」
「ん? 悪い悪い! お前ら見たらすっ飛んで来たくなってな」
特に悪びれる様子もなく、綱海はケタケタと笑いながらゴーグルを押し上げた。
それより、と彼はそのまま円堂へ方向転換する。
「なぁ円堂、俺たちのチームとサッカーやらねえか!?」
「俺たちのチーム……?」
綱海の言葉を反復して、円堂たちは顔を見合わせる。
綱海は円堂たちと知り合ったつい先日にサッカーを知ったばかりだ。それなのに俺たちのチーム≠ニはどう言う意味だろうか。
そんな彼らの表情を見て言いたいことを悟ったのか、綱海は合点が行ったようにポンと手を打つ。
「ああ! あのな、俺、あの後学校のサッカー部に入ったんだ!」
「え……サッカー部に!?」
「この前、何か面白かったしよ!」
「まぁノリだよノリ!」軽く言った綱海に、円堂たちは再度顔を見合わせた。
あの1日足らずの経験で、ましてや3年生だと言うのによく入部にまで至ったものである。
「す、すごい実行力ですね……?」
「それにしたって、ノリって」
力が抜けたように呟いた織乃に、秋が肩を落とした。綱海はそんなことはお構い無しに話を続ける。
「んで、みんなにお前らのこと話したら、どーしても試合がしたいって聞かなくてよ!」
「成る程な……」
顎先を撫で、それまで驚いた顔をしていた鬼道が1人納得した風に呟いた。
エイリア学園との戦火に巻き込まれているせいで何かと忘れがちだが、雷門中は中学サッカー界の日本一に輝いたチームだ。一般のサッカーチームからすれば、憧れの的だろう。
そのチームと戦う機会があるのなら、それを逃したいと思うわけがない。
「な、良いだろ円堂! 俺の顔を立てると思ってさ。それに俺も、もっかいお前らとサッカーしたいんだ」
──一転、綱海は真面目な表情になって円堂を見つめる。
先日のお気楽そうなサーファーではない、1人のスポーツプレーヤーの顔だ。
しかし、円堂の答えなど初めから決まっている。
「ああ! 勿論──」
「その試合、許可出来ません」
円堂の肯定を、バッサリと聞き馴れた冷静な声が遮った。
だが、振り向かなくとも誰かなど分かりきっている。そこにはやはり、相も変わらず涼しげな表情の瞳子が佇んでいた。
「……何? この人」
「あたしたちの監督……」
こそりと耳打ちしてきた綱海に、塔子が小さく返す。
訝しげに瞳子を脇見した綱海は、「何かノリ悪そうな顔してんな」とぼやいた。
「みんな、昨日のこと忘れたわけじゃないでしょうね」
「昨日のこと……」
いつもながらの厳しい声音に釣られ、昨日の出来事が脳裏に蘇る。
真っ先に思い出すのは、バーンの挑発的な笑みだ。
『俺は俺のやりたいようにやる。もしも俺らの邪魔になるようなら──潰すぜ』
──各々、苦虫を噛み潰したような表情になった雷門イレブンを見回し、瞳子は畳み掛けるように言葉を続ける。
「私たちの前には、次々と強敵が現れている。そんな何の練習にもならないような地元チームと試合しているような暇はないはずよ」
「──ようよう、監督さんよ。何の練習にもならないってのはちょっと言い過ぎじゃねーか?」
無言になった雷門イレブンを押し退け、綱海が瞳子の前へ進み出た。
ちらりとこちらを見た瞳子に、綱海は臆する様子もなく言う。
「こう見えて俺たち大海原中は沖縄ではピカイチ! フットボールフロ……ナントカにも出るはずだったんだぜ」
「FFに!?」
衝撃の新事実に思わず驚きの声が上がる。
と、そこで綱海の言葉に違和感を感じた織乃が首を捻った。
「出る、はずだった……?」
「あー。ちょっと色々事情があって出られなかったんだとよ」
綱海はそこで初めて、どこか遠くを見るような、それでいて少し呆れたような顔になって海水で湿気った頭を掻いた。
「地区予選の決勝やってる時に丁度村祭りがあってよ。ノリまくって踊ってた監督が試合のこと忘れてたらしいんだ」
「えッ!?」
凡そ冗談のような話だが、綱海の表情からすると本当の話なのだろう。だとしても、到底信じられない話ではあるが。
「で、気が付いた時にゃ集合時間が過ぎてて不戦敗ってわけだ」
「マジっスか……」
軽い口調で締め括られた話に、壁山がひきつった声で呟く。
自分たちの監督が響木で良かった。そんな心の声が滲み出ているようだった。
「ま、そう言うこともあるよなっ!」
「ありませんッ!!」
あっけらかんと言った綱海に、女子総出の突っ込みが入るのも当然だろう。
一瞬その勢いに仰け反った綱海だったが、直ぐ様持ち直しひとつ咳払いをする。
「そんなことより、試合だ試合! な、やってくれるだろ!?」
「……良いですよね?監督!」
FFに出場したチームとあれば、ある程度の実力は見込めるはずだ。
期待の籠った目で円堂に見上げられた瞳子は、少し間を置いて諦めたように彼から視線を反らす。
「……好きにしなさい」
「やったぁ!」
──かくして、雷門イレブンの大海原中訪問が決まったのだった。
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海猫が海岸線を滑るように飛び交う。
キャラバンで約30分。綱海の道案内で近場の空き地に停車したキャラバンから降り立った円堂たちは、目の前の光景に目を丸くした。
「着いたぜ。ここが俺たちの大海原中だ!」
「こっ……これが学校っ!?」
広がるのは真っ青な海と空。
海から直接延ばした柱に建てられた木造の棟は、学校と言うよりもリゾート地のようだ。
その四方へ延びる棟の中心には、明るい色の芝が生え揃ったサッカーフィールドが居を構えている。
「スゴい……!」
「海なんか真っ青だ!」
「ああ、これが大海原の海よ!」
目を輝かせる秋や塔子に、綱海は自慢げに胸を張った。
日の光を受けて輝く水面の合間からは、色とりどりの珊瑚が見え隠れしている。
「綺麗……こんな学校があるんですね……!」
「土方も来れば良かったのになぁ」
口許を押さえて感激する織乃に対し、土門は1人グラウンドに残った土方のことを呟いた。
本人曰く、弟や妹の世話がまだ残っていたらしい。それならば仕方ないと、円堂たちは彼に見送られて大海原にやって来たのだ。
「……それで? どこにいるんだ、肝心のサッカー部は」
フィールドへ案内されたところで、それまで黙って辺りを見回していた鬼道が綱海に尋ねる。
言われてみると、校舎には人の影も気配もない。そう言えば、と春奈が同調した次の瞬間だった。
「サプラーーーーイズ!!」
突如、空に打ち上がった空砲に続き、野太い叫び声を合図にして観客席の裏手から水色のユニフォームを着た集団が飛び出してくる。
ばっと大きく広げられたのは、歓迎と書かれた巨大な幕だ。
いきなりの出来事に、雷門イレブンも絶句するしかない。
「あっはっは! 驚いた? 驚いた!?」
「う、ええ……?」
大きな声と口で笑ったアロハシャツの男が円堂に詰め寄るも、流石の円堂もまだ状況に着いていけていないのかまばたきを繰り返している。
驚いた? と他のイレブンも見回す男に、夏未が引いた目で呟いた。
「あの人が監督……?」
「良いノリしてんだろ?」
「確かにあの人なら、大会の日忘れちゃうかも……」
細かいことは気にしない、と言った雰囲気がその背中から溢れているようである。
マネージャーたちの視線に気付いたのか、大海原の監督はふと振り返ると突然目を輝かせた。
「おおっ、あなたが監督さんですか! いやー、光栄だなこんなところで会えるなんて!」
視線の先にいたのは、我関せずと言った風に校舎を眺めていた瞳子である。
ずんずんと瞳子に詰め寄った大海原監督の頬は、日に焼けているにも関わらず分かりやすく赤く染まっていた(ホの字ですね、と春奈が呟いたのをマネージャーたちは聞き逃さなかった)。
「見てましたよ、あのFFでの見事な采配!」
「え??」
今ひとつ要領を得ない誉め言葉を聞いた円堂たちは、揃って首を傾げる。
そんな彼らに気付かず、大海原監督は瞳子のヨイショを続けていた。
「まさに監督の鑑! ぜひ聞かせて欲しいですなぁ、優勝監督の監督論! 例えば一緒に星空でも眺めながら……」
「……それはどうも」
この間、瞳子の中でどんな考えが巡っていたのだろう。
一言簡素な礼を告げた彼女は、滅多に見せない微笑すら浮かべながら言った。
「響木監督には、私からちゃんと伝えておきますので」
「響木監督……?」
瞬間、大海原監督は一気に凍りついた。
目の前の女性を口説きたい一心で、とんでもない勘違いをしたことに気が付いたのだろう。
「いっ……いやぁ俺としたことが! あまりに似てるもんだから間違えちゃいましたよあっはっは!!」
似てない、絶対に似てない。
頭の中で響木と瞳子を並べた様子を浮かべた雷門中一同は、内心激しく首を横に振った。
「あなたたちのチームって、こんな人ばかりなの……?」
「ああ! みんな毎日ノリノリだからなっ」
「でも一番ノリが良いのは、あいつだぜ」そこで綱海は、観客席の壁に背もたれたひとつの人影を思い出したように指差す。
そこにいたのは、無造作に逆立てた水色の髪に、小さく音の漏れているヘッドホンをつけた少年だった。
掛けた眼鏡は太陽光に反射し、骨張った指はリズムを刻むように腕を叩いている。
「紹介するぜ。音村楽也、チーム一のノリノリ男!」
「──やぁ。君たちのことは聞いてるよ」
音楽を聴いているにも関わらず、音村は綱海の紹介に答えるように顔を上げた。
「試合、楽しみにしているから」言って、にこりとひとつ微笑んだ音村は踵を返してベンチへ去っていく。
「……先に、帰らせてもらうわ」
「夏未さんっ!」
──これは予想以上に一波乱ありそうだ。
限界を越え、1人キャラバンへ戻ろうとする夏未を秋と春奈が止めにかかるのを視界に入れながら、織乃は小さく肩を落とした。
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