Rhythm soccer

与えられたベンチの傍らで、雷門イレブンはぐるりと輪になった。
時折、大海原中の方を気にする素振りを見せながら仲間たちに指示を飛ばすのは鬼道である。

「まずは様子見からだな……フォーメーションはリカと目金の2トップで行く」

「立向居にはMFを頼む」視線を受けた立向居は、姿勢を正して大きく頷いた。

「久しぶりの試合で掴みにくいとは思うが、気負わずやってくれ」
「ハイ、頑張ります!」

グッと両手の拳を固めて答えた立向居に鬼道は満足そうに小さく頷くと、次に円堂へ視線を移す。
何を言うでもなく、円堂は無言の頷きでそれに答えると、大きく息を吸いいつもの調子で声を上げた。

「よぉし、みんな気合い入れてくぞ!」
「おう!!」

「相手はちょっと変わってるけど」と小さく付け足された本音に若干名が苦笑いしながらも、円陣を組んだ雷門イレブンの背中に秋たちの声援が掛かる。
「御鏡さん、」と瞳子に名前を呼ばれた織乃は短く答えると、いつものモバイルを開き膝の上に置いた。

「春奈ちゃん、大海原のデータは……」
「うーん……町のホームページで少し紹介されてる程度で、詳しいものは見付かりませんね」

ノートパソコンのキーをパチパチと何度か弾いて、春奈は眉尻を下げる。
否定の言葉が出るのは想定済みだ。何せチームがああなのだ、細かくデータを纏めている人間がいるようには見えない──織乃は苦笑を浮かべ溜息を吐くと、こちらにちらりと視線を投げ掛けてきた鬼道に向かって小さく頷いた。

「うっしゃあ! 俺たちも行くぜーッ」
「おーっ!」

フィールドに並んだ大海原のメンバーは緊張する様子もなく、先程と同じく楽しげである。
自作であろう応援歌を歌い出した大海原監督に夏未が再び逃亡を図ろうとする中(秋と春奈が何とか押し止めた)、審判を務める古株がホイッスルを吹き鳴らした。キックオフは大海原からだ。

「って──何なんですか、アレ……」

開始早々、春奈が感心したような訝しむような声を上げる。
大海原はいきなり雷門陣内に切り込むようなことはしなかった。

踊るような鮮やかな足取りで、ボールを操りちぐはぐなコースで運んでいく。
ボール捌きを見せると言うよりもパフォーマンスを披露するかのようなプレイに、雷門陣内にも少なからず動揺が走ったが──

「凄いには凄い、ですけど……」
「……戦略的には特に意味はないね、きっと」

今回のデータは取らなくても良いのではないか。織乃がこの旅で試合データの必要性を感じなかったのは初めてである。

「あーっ、もう調子狂うわ! そんなんでウチらに勝てる思たら大間違いやで!」

ガシガシと頭を乱暴に掻いて、吠えたリカがボールを持った古謝に向かって走り出した。
大海原のレベルが地区大会決勝へ進めるほどだとすれば、差しでの取り合いはリカの方がいくらか勝機はあるだろう。

しかし、それから間も開けず、フィールドの一角に佇んでいた音村の口がゆっくりと動いた。

「──アップテンポ、8ビート!」
「えっ?」

一瞬、まばたきをした間。
糸を通すようにスルリとリカのチャージを躱した古謝に、雷門陣内が小さくどよめく。

「えっ……何? 何をされたんですか、今!」
「──された、と言うか」

スッと目を細め、織乃は進撃を続ける古謝の足元を見た。
気のせいだろうか。音村が叫んだ瞬間、古謝の動きがほんの少し、それもリカを躱した瞬間だけ、速くなった気がしたのだ。

しかし戦っている選手からすれば、今は考えている暇はない。
「だったらあたしが!」古謝の前へ飛び出したのは、真剣な表情になった塔子である。

「……アンダンテ。2ビートダウン!」

塔子がザ・タワーを召喚するのと音村が鋭く叫んだのはほぼ同時だった。
いつもなら炸裂する雷を、いとも容易くひらりと避けた古謝に塔子が大きく目を見開く。

「そんな……ザ・タワーをあんな簡単に躱しちゃうなんて!」
「ど、どうなってるんですか……!?」

試合を始める前までは無感動にフィールドを眺めていた瞳子の目も、いつしか鋭いものに変わっていた。
その視線が捉えているのは──自らは動かず、ヘッドフォンから漏れる音に指先でリズムを刻み佇む音村である。

「(ヘッドフォン……)」

ちらりと音村を見た織乃は、ふと帝国時代に交わした成神との会話を思い出した。

『そういえば……健也くんはどうしていつもヘッドフォンしてサッカーしてるの?』
『ふふん、良くぞ聞いてくれました! これはですねぇ……』

──あの時彼は、何と答えただろうか。
記憶を手繰り寄せている間にも、大海原の攻撃は続いている。
「円堂くん!」二対の矢のようにゴールへ迫った大海原の必殺シュート・イーグルバスターに秋が声を上げた。

「マジン・ザ・ハンドぉッ!!」

シュートの威力自体は、苦戦するレベルのものでもないらしい。難なくイーグルバスターを止めた円堂がニッと笑うと、わっと──何故か、大海原から歓声が上がる。

「イェーイ!! ナイスセーブだ!!」
「止められたのに……?」

もはや彼らは試合が出来ればなんでも良いのかもしれない。ぶんぶんと太い腕を振り回している大海原の監督に、流石の秋も呆れたように半眼になった。

「──でも、中々やるわねこのチーム」

ふいに、それまで渋い顔で押し黙っていた夏未が口を開く。その目はいつの間にか真剣な眼差しに変化している。

「そうね……さっきのもそうだけど、こっちのチャージを絶妙なタイミングで外してくるわ」
「あっちはノリノリでやってるだけに見えるんですけどねぇ……」

頬杖を突いて溢した春奈に、ふと織乃の肩が揺れた。
織乃さん? と顔を覗き込んできた春奈に慌てて首を振り、織乃は眉根を寄せてやっと甦ってきた成神の言葉を頭の中で反芻する。

『──これはですね、俺の秘密兵器なんですよ! 音楽にノリながら動いてー、相手を翻弄するんです!』

あっ勿論鬼道先輩や総帥には許可取ってますよ──取って付けたような言い訳を添えた後輩の姿を思い出しながら、織乃はもう一度音村を見た。
視界の端では、鬼道もまた彼の方をじっと見つめている。鬼道もまた音村の意図を感じ取ったらしい。

しかしこの予想が当たりだとしても、そんなことが本当に有り得るのだろうか──そこまで考えて、織乃は頭を振る。

「(有り得ないとか不可能だとか、普通の物差しで考えちゃ勝てないんだよね──今までの経験上!)」

目の前で起きているのは事実で、解決すべきものだ。
キーボードの上で指を踊らせながら、織乃はちらりと視線をこちらに向けた鬼道にしっかりと頷いて見せる。

ボールがコート外に出たところを見計らい、仲間たちをゴール前に集めた鬼道に春奈が首を傾げた。

「お兄ちゃん、何してるんだろう?」
「どうすれば大海原の動きを止められるのか、指示してるんだと思う──多分」

「対策法があるの?」訊ねてきた夏未に織乃は頷きかけて、少し眉根を寄せる。
音村の言葉から察するに、彼は選手たち1人1人のプレーを1つのリズムとして捉えた上で、敵にこちらの動きが伝わらないよう音楽用語を用いて指示を出している。
故に、彼のその絶対音感ならぬ絶対節奏に対抗するには、単純にこちらのリズムを変えればいいのだ。

3拍子を4拍子に。モデラートからアレグロに。転調して、こちらのリズムを意図的にずらす。

「でも──今まで大海原が戦ったチーム全部が、この対策を思い付かなかったとは考えられません」
「……あちらも第2第3の策を練ってるかも、と言うことね」

さあ、どうなるのかしら──夏未はゆったりと口の端を持ち上げ、フィールドに視線を戻した。
初めから、円堂たちが負けることなど考えていないのだろう。
しかしそれは、秋や春奈、勿論織乃も同じことだ。声を張り上げ、向かいのベンチで歌っている大海原の監督に負けないよう、大声で叫ぶ。

「みんな、頑張って!!」

雷門からのスローイングで、試合が再び始まった。
ボールを受け取った一之瀬が鬼道と目配せを交わす。早速音村の絶対節奏に真っ向勝負を仕掛けるつもりなのだ。

「一之瀬!」

鬼道の声に答えるように軽く手を振り(リカが顔を赤らめクラリとした)、一之瀬が走り出す。
向かってきた東江に対し、距離が縮まっていく。音村が口を開いた瞬間──

「16ビート!」
「(っ今だ!)」

そのリズムを、転調させた。

スパイクが芝を抉り、ボールが跳ねる。
一瞬視線が交錯した後も、ボールはまだ一之瀬の元にあった。

「やった!」
「成功ですよー!」

ぱちん、と秋と春奈が両手でハイタッチを交わす。
しかし、まだ点を入れたわけではない。
「リカ、塔子!」大海原陣内の中盤まで攻め込んだところで、相手DFを目前に180度体の向きを変えた一之瀬がリカへパスを出す。

「うっしゃあ、行くで塔子!!」
「ああ!」

一之瀬からパスを受けたリカのテンションは最高潮だ。助走をつけて跳躍した2人を追うように、色鮮やかな蝶が舞った。

「バタフライドリーーーーム!!」

鱗粉を散らし、蝶を誘ったシュートが大海原のゴールネットを貫く。
1対0。雷門の先制点だ。

「やっ、」
「イェーイ!!」
「……点を取られてもああなのね」

最早つっこむ気も失せたとでも言わんばかりの呆れ返った夏未の呟きに、前半終了のホイッスルが重なる。
汗を拭いながら戻ってきた選手たちに、立ち上がりざま春奈がやや興奮したように目を輝かせた。

「やりましたねみなさん、先制点ですよ!」
「ああ! でも大海原もやるな。流石FF地区予選決勝まで勝ち上がってきただけのことはあるぜ!」

秋からジャグを受け取りながら、円堂が同じく輝く笑顔を浮かべる。
一旦モバイルの録画を停止させた織乃に、鬼道が一歩近寄った。

「どうだ?」
「うまくタイミングを外せてるみたいです。完全にあっちとワンテンポ動きがずれてます」

前半戦の記録を一部スローモーションにしながら織乃が答える。
その答えに満足げな表情になった鬼道に対し、織乃は硬い表情のままだ。

「ただ、あっちも──音村さんも、何か対策を練ってるはずです。後半も通用するかどうか…」
「……そうだな。生憎、今日は少し解れがある」

ちらりと鬼道の視線が、仲間の1人に注がれる。
「気負うなとは言ったんだがな……」今だ整わない息に苦戦しながら汗を拭う彼に、鬼道は小さく溜め息を吐いた。

「きっとそういう質なんですね。沖縄の気候に身体が着いていってない、ってこともあるかもですけど……」
「出来れば前者であることを願うな」

仕方ない、と言った風に肩を竦めた鬼道に、織乃は苦笑を浮かべる。

ささやかな不安を抱いたまま、後半戦がスタートした。キックオフは雷門からだ。

「立向居!」

開始早々、雷門陣内へ突っ込んできた大海原のFW勢に、一之瀬は一瞬たたらを踏んでボールを下げることを選ぶ。
やや軽めにパスされたそれに数度まばたいた立向居の動きはどこか固い。緩く弧を描いたボールは、トラップされることなく彼の肩を打ち跳ね返った。

「(やはりな……!)」

小さく舌打ちして、鬼道はサッとフィールド全体を見渡す。
「立向居!」間髪入れず立向居のサポートに向かった塔子が視界の隅に写ったが、それを彼が許してくれるわけがなかった。

「見つけたよ──16分の1の、休止符」

独り言のような小さな声だったが、しかしそれは確かに鬼道の鼓膜を震わせる。
塔子の死角から立向居との間に割り込むようにして飛び込みこぼれ球を浚った音村は、笑っていた。

「東江!」
「おう!」

パスを受けた東江からボールが繋がれる。
FWに渡ったボールは中空へ蹴り上げられ、2発目のシュートへ姿を変えた。

「イーグルバスタああ!!」
「っマジン・ザ・ハンド──!!」

円堂もここまで早くボールが奪われるとは思っていなかったのだろう。
一瞬虚を突かれ反応が遅れたものの、しっかりとシュートを受け止めた円堂にマネージャーたちから安堵の溜め息が漏れた。

「(やっぱり、立向居くんを狙ってきた……!)」

久しぶりの試合だからか、今回の立向居の動きはいつもと比べて鈍い。
そのサポートに塔子が入ったところで、雷門のフォーメーションには嫌でも穴が出来てしまう。
音村は恐らくそれを分かっていたからこそ、前半戦で絶対節奏を破られて尚、余裕の姿勢を崩さなかったのだろう。

眼鏡のブリッジを押し上げた音村の視線が雷門陣内を捉える。
彼はやはり、南の空に相応しい鮮やかな笑みを湛えていた。

「……さあ、勝負はこれからさ。みんな、ガンガンノッてくぜ!」