VS.New Epsilon

円堂が綱海にサーフィンを教えて欲しいと頼み込んでから、丸2日。

「う、ん……」

閉じた瞼の向こうから明るい日差しが照りつける。
波の音が鼓膜を擽るのを感じながら上体を起こすと、すぐそばで誰かが笑う気配がした。

「おはよう、織乃ちゃん」
「おはよ、ございます……秋ちゃん」

覚醒した織乃は目を擦って辺りを見回す。一瞬ここがどこだか分からなかったが、すぐに大海原の監督の厚意で(半分は瞳子への下心だろうが)貸してもらった、大海原イレブンが普段合宿で使っているキャビンだと思い出した。

まだ朝も早いのか、横のベッドでは春奈や夏未、塔子やリカはぐっすりと眠っている。
ふと──そこで外から声が聞こえた織乃は、秋が覗いていた窓に目を向けた。

すると、見えたのは丁度大きな波に煽られ海に頭から突っ込む円堂の姿。

「円堂さん、こんな早い時間から……」
「うん。私が起きるより先に練習してたみたい」

一体何時からしてたのかしら、と秋は呆れるでもなくニコニコと笑っている。
嬉しそうだなぁ──そんな彼女に織乃も微笑みながらジャージを着替えにかかった。

「それじゃ、私たちも負けないように頑張らなくっちゃですね」
「うん! まずは朝御飯を作らなきゃ」

大きく頷き、秋はぐっと握り拳を固める。




何かが掴めた気がする──彼がそんなことを言ってきたのは、日も高く昇った午前11時頃のこと。
マネージャーたちが昼食を作ろうとしていた時のことである。

「──行くぞ円堂!」
「来い!!」

早めの昼食を済ませ、雷門イレブンたちは円堂の力を確かめるべく、大海原のグラウンドに集合していた。

ゴールの数メートル先には、鬼道と一之瀬の姿。円堂は両手を叩き、腰を深く落とす。
目配せをし合った鬼道と一之瀬が走りだした瞬間、辺りが一気に緊張感に包まれた。

「ツインブーストッ!!」

放たれたシュートがゴールへ直進する。円堂は一層表情を険しくすると、片足を振り上げ体を大きく傾ける。

「──正義の、鉄拳!!」

その瞬間、目一杯の叫びと共に眩しい光が辺りを照らした。
光の粒子が収束し、拳を象る大きな光へ変貌する。

激しい衝突音の後、天高く弾かれたボールに、感嘆の声が上がった。

「出来たんスね、ついに正義の鉄拳が!」
「ああ!」

尊敬と興奮に目を輝かせる壁山に、円堂も嬉しそうに頷く。
しかし、仲間たちが次々と円堂に称賛の言葉を投げ掛ける中、織乃はモバイルに指を走らせながら、ふと違和感を感じてそちらに視線をやった。

「……どうかした? 立向居くん」
「えっ? あ、いえ……」

おかしい。いつもの彼なら、真っ先に円堂に感想を告げに行くところなのに。
だが、立向居は何か気になることでもあるのか、眉根を寄せるばかりでその場から動かない。

言及しておいた方が良いだろうか、と1歩踏み出した、その矢先である。

「あれ……? 何だ、この音」

空気を切り裂く音を伴い、頭上から隕石のようなものが降ってきたのは、円堂が首を傾げた次の瞬間だった。
舞い上がる砂埃、溢れる怪しく輝く紫色の光に、弥が上にも表情が強張る。

「イプシロン……!」

──収まった光の中から現れたその姿に、円堂が目を細めた。
ゆっくりとこちらを見たデザームたちの瞳は──赤く、鋭く輝いている。
刺すような沈黙が降りた後、デザームは薄く口唇を開いた。

「我々はパワーアップを果たし、イプシロン改≠ニなった。我らはお前たち雷門に勝負を挑む!」
「勝負……!?」

怪訝な表情になりながら、デザームに指差された円堂はその言葉を反復する。
そんな彼を援護するかのように、土門が1歩前へ進み出た。

「ジェネシスの命令か!?」
「命令ではない。これは、我らイプシロン改の意思だ」

目を見張った瞳子の肩が僅かに揺れ動く。
何だって、と顔をしかめた円堂たちに、デザームは独り言ちるかのように──もしくは噛み締めるかのように続ける。

「もう一度楽しみたいのだ…実力が拮抗した者同士によるギリギリの戦いの緊張感、高揚感を!」

握り締めた拳には、何を閉じ込めたつもりなのだろうか。
拳を眼前へ突き出したデザームは、かつてないほどに嬉々とした表情を浮かべていた。

「あの抑えられない興奮を感じながら、お前たち雷門を倒す──それ以上の理由がいると思うか」
「っそんなお前らの都合だけで戦えるかよ!」

「そんなことを言って良いのか?」異様な雰囲気に呑まれそうになりながらも、ぴしゃりと言い返した土門にニタリと笑ったのは、デザームの傍らに仕えたゼルである。

「断ればその辺の学校の1つや2つ、破壊することになるぞ」
「えっ!?」

予想もしていなかった言葉に、緊張感が一気に登り詰めた。
イプシロンは今まで名のある学校を狙いはしたものの、無作為に辺りを破壊するようなことはしてこなかったのだ。

しかし、それはそれほどに彼らが雷門との再戦を望んでいると言うこと。
瞳子は厳しい目付きでデザームを睨み付けながら、──その背後に佇む闇を憎むような声音で呟く。

「……彼らに勝てなければ、エイリア学園最高ランクのジェネシスを倒せないわけね」

彼女が次に下した決断に、異を唱える者は1人もいなかった。




「──ひょっとして、あいつらが例の……?」
「うん。前に話した、エイリア学園」

大海原のグラウンドには、一体どこから話を聞き付けたのか、町中の人間が雷門とイプシロン改の観戦にやって来ていた。
そんな中、耳打ちしてきた綱海に頷いた塔子は、忌々しげにイプシロン改たちを睨み付ける。

「いつかもう一度戦うことになるとは思ってましたけど……」

ちらりと塔子の視線を追った織乃は、回りに気取られないよう然り気無く米神を押さえた。
頭の中枢に、刺すような痛みが広がる。先日、南雲──バーンと対峙した時は、こんな風にはならなかった筈なのに。

「宇宙人か。……面白ぇ、俺も力を貸すぜ! あんな奴らにデカイ顔させとくわけにはいかねぇからな!」

ふいに綱海の大きな声が聞こえてきて、織乃はハッと顔を上げる。
円堂たちが瞠目するのに対して、瞳子はその言葉を予想していたかのように冷静だった。

「いいわ。あなたの才能を見込んで、イナズマキャラバンに誘おうと思ってたの」
「そーこなきゃ!」

ぱん、と手を打った綱海に、瞳子が「新しいユニフォームを」とベンチを振り仰ぐ。
やや慌てた秋に手渡されたユニフォームを着込んだ綱海は、満足げに自分に与えられた背番号を見た。

「よろしくな、綱海!」
「おうっ、よろしく頼むぜ!」

綱海と固い握手を交わした円堂は、改めてグローブを着け直して仲間たちに向き直る。

「行くぞ! 今日こそあいつらとの決着を付けるんだ!!」
「おー!!」

三度目の正直だ。ここまで来たら負けるわけにはいかない。
織乃はチラリと、イプシロン改を見つめる吹雪の背中を窺った。

「(……無事に勝てますように)」

──一方、観客席では。

「おー、集まってる集まってる!」

観客たちを町内アナウンスで呼び寄せた張本人──土方が、弟たちを引き連れて大海原へやって来ていた。
他の人に迷惑掛からないようにするんだぞ、と弟たちに釘を刺して、彼はふと背後を振り向く。

そこには、この暑い日差しの中、パーカーのフードをすっぽりと目深に被った少年が佇んでいた。
少年はゴール前に構える円堂の横顔を見つめて目を伏せると、ゆっくりと踵を返す。しかし。

「待てよ。これだけ人がいれば気付かれる訳がない。それにお前も興味あるんじゃないか? 見るだけなら迷惑は掛からないだろ」
「…………」

諭すような、弟たちを宥める時のそれと似た声音で土方に言われ、彼の足が止まった。
一拍置き、再び少年がグラウンドへ目を戻した瞬間──試合開始のホイッスルが天高く鳴り響く。

「みんな、頑張って!!」

キックオフはイプシロン改からだ。
秋たちの応援にも、自ずと力が籠る。

イプシロン改はゼルのボールから、前回よりもより早く、強力になったドリブルとパスワーク、そして技で雷門陣内へ駆け上がった。
予想よりも遥かにパワーアップしたイプシロン改の攻撃に動揺した雷門のゴール前に、ボールが打ち上がる。

「またあの技……!」
「止めて下さいキャプテぇン!!」

織乃の悲鳴のような声、春奈が張上げた声を掻き消すように、ガイアブレイク──前回の試合で雷門のゴールを貫いたシュートが、円堂に襲いかかった。

「もう、点は入れさせない!!」

猛った円堂が足を振り上げる。
輝く光の拳は、今まで苦渋を味あわされてきたイプシロンのシュートを、それまでの苦労ごと吹き飛ばすかのように容易く弾き返した。

「我らのシュートを……!」

歯噛みしたイプシロン改のFWたちが、赤の瞳を光らせ忌々しげに円堂を睨み付ける。
ただ1人、ゴールに佇むデザームだけが、楽しげに口許を歪めて笑っていた。