Collapsed balance

かんかん照りの日差しの中、イプシロン改の攻撃は尚も続いていた。
しかし雷門ももう押されてばかりではいられない。パスをカットし、シュートを防ぎ、イプシロン改の攻撃を尽く防いでいく。

デザームの望んだ、実力の拮抗した者同士の激しい戦い。しかし──雷門には、決定的な穴があった。

「ローーズスプラぁッシュ!!」
「フン……!」

リカ渾身の必殺シュートを、デザームは鼻で笑ってワームホールで受け止める。
そう──現在、雷門のフォーメーションはリカの1トップ。今まで頼りにしてきた吹雪は、DFに下げているのだ。

リカの力ではデザームを破ることは出来ない、それはフォーメーションを組んだ鬼道や織乃も十分理解している。
しかし、おいそれと吹雪をFWに上げることは出来ない。それが、彼を守るひとつの手段だと判断したから。

「お前だ──お前が打ってこい!!」
「!!」

だが、デザームからすればそれは真剣勝負に水を差すことと同じ。
デザームから吹雪に投げ渡されたボールに、鬼道が表情を険しくした。

「気にするな、吹雪! お前はお前のプレーをすれば良いんだ!」
「……うん……分かってる」

ボールを受け止めた吹雪は、薄い笑みを浮かべる。しかし、それもつかの間。

「──初めから、そのつもりさ!!」
「吹雪!」

海風にマフラーが翻り、瞳を金色に変えて走り出した吹雪に、円堂が声を上げた。
歪んだ笑みを浮かべたままドリブルでイプシロン改陣内を攻め上がっていく吹雪を、
瞳子の深い色の瞳がじっと見つめる。

「(吹雪さん……!)」

織乃はジャージの裾をぎゅっと握り締めた。

──彼が自分と弟、2つの人格に悩んでいるのは分かってる。でも、吹雪のことを決められるのは、その悩みを解決出来るのは、結局のところ本人の心次第なのだ。

だから、彼らは吹雪が傷付き、倒れたあの夜に誓った。
吹雪1人に頼らず、一緒に戦う。吹雪が決めたなら、とことん付き合うと。

「(それが仲間だから……!)」

考えるのを止めた円堂は、吹雪の小さな背中を見つめる。
仲間たちが追ってくる気配を後ろ手に感じながら、吹雪は──アツヤは、デザームを睨み付けた。

「(みんなが求めるのはこのオレ──アツヤのFWとしての力なんだ! だからオレがシュートを決める!!)」

それがオレ≠ェここにいる意味だから。
歯を食い縛った吹雪の体が、冷気を纏う。

「エターナルブリザーーーード!!」
「予想通り──楽しめそうだな!!」

迫る氷結したシュートに、デザームは焦りり素振りも見せず片手を振りかざす。
現れたのは、以前エターナルブリザードを破った巨大なドリル。

「ドリルスマッシャぁああ!!」

ギャイン、と氷を削る耳障りな音が耳をつんざく。次の瞬間、氷の鎧が剥がれたシュートは、空高く弾かれた。

「……何だ、今のは」

目を細め、デザームはシュートを弾いた左手を見下ろす。
対して、舌打ちした吹雪は、落ちていくボールを追いながら脇目も振らず叫んだ。

「ッもう一度だ! オレにボールを回せ!」

2回目──先程よりも更に冷たく、強力になったエターナルブリザードが、今度はワームホールに阻まれる。
デザームの表情が曇る度、渾身のシュートが止められる度、吹雪の焦りは大きく膨れ上がる。

「(シュートを決めてこそ、オレはここにいる価値がある!!)」

それじゃあ2人が揃えば、完璧ってことだな!
──いつかの、父の言葉が脳裏に甦る。
士郎が守り、アツヤが攻める──2人で完璧になろうと決めた、あの瞬間が走馬灯のように頭を過った。

完璧にならなきゃ、ここにいる意味がない。
アツヤは──吹雪は、枯れんばかりに声を張り上げる。

「オレは──完璧にならなきゃならないんだぁあ!!」

凍てつく空気、白む芝。
三度目のエターナルブリザードが、冷気を伴いイプシロン改のゴールへ迫った。
しかし──

「……楽しみにしていたのに、この程度とはな」

一言。小さく呟いたデザームの片手に、エターナルブリザードがいとも容易く押さえ込まれる。
「そんな、馬鹿な……」必殺技を使うでもなく、ノーマルキャッチで防がれたシュートに、吹雪の体がよろめいた。

「私が戦いたいのは強者のみ」

突き放すように言いながら、デザームはボールをコート外へ放り出す。
彼は冷たい、真っ赤に染まった目に吹雪を映し、言い放った。

「お前はもう必要ない」
「!!」

必要ない──たった一言が、鋭い刃のように心を刻む。
士郎としても必要ない──アツヤとしても必要ない──その意味を反芻し、深みに落ちていく彼の耳に、仲間たちの声は届かない。

じゃあ僕は。
オレ≠ヘ。

「(何なんだ──……!!)」

──目の前が、新雪に覆われたように真っ白に染まる。
次の瞬間、吹雪の体は糸が切れたかのように、フィールドに倒れ込んだ。

「吹雪!!」
「吹雪さん!?」

フィールドに膝を突き動かなくなった吹雪に、ギョッとした円堂たちが駆け寄って行く。

「監督!」
「っ!」

秋の声が、呆然とその様子を見つめていた瞳子の意識を引き戻した。
秋の目は、以前に瞳子を責めた時のように、剣呑な色を宿している。

「これ以上無理をさせても、吹雪くんがまた……!」
「……選手交代! 目金くん、吹雪くんと代わりなさい」

一瞬逡巡して、瞳子は唖然としていた目金に交代を言い渡した。
円堂と鬼道に体を両脇から抱えられて戻ってきた吹雪の目は、生気が抜けてしまったかのように虚ろになっている。

「……頼んだ」
「はい……」

苦い顔になって小さく言ってきた鬼道に、織乃は一瞬泣きそうに顔を歪めながらもしっかりと頷いた。
ベンチに降ろされ、円堂は周りの音が聞こえているかも定かではない吹雪を見下ろす。

「……吹雪。ここで見ていてくれ。俺たちみんなで、お前の分まで戦い抜く!」

だから、お前も負けないでくれ。
そんな言葉を飲み込んで、円堂はフィールドに駆け戻った。

「行くぞみんな!」
「おう!!」

吹雪が抜け、目金と交代したところで試合は再開される。
だが、今の今まで吹雪──アツヤが攻撃に転じていたせいもあり、雷門には一気に攻め手になるものがなくなってしまった。

防戦一方になりながらも、円堂は必死に正義の鉄拳でガニメデプロトンやガイアブレイクを弾き返している。
それを横目に、立向居は顔をしかめて自分の感じている違和感の正体を探していた。

「(何で……円堂さんはちゃんと弾き返しているに、この感じ……!)」

前半終了の時間が刻一刻と迫る中、徐々に雷門イレブンの疲労の色が濃くなっていく。
いつも以上に消耗の早い選手たちに、秋が固唾を呑みながら呟いた。

「どうして……!?」
「……攻めるより、守るほうが遥かに疲れるんです」

一旦モバイルを操る手を休め、織乃が苦しげに爪を噛む。
こんな時にこそ、前線でボールをキープするFWが必要になってくるのに。

疲労が蓄積されるにつれ、単純なミスが増えていく雷門。幾度目かになるシュートを止めた円堂も、ついにその場で片膝を突いた。
何度かシュートチャンスを作ることはあったものの、デザームの前には全て防がれてしまう。

万事休す。
このまま負けてしまうのではないか──観客たちにも不安の色が見え始めた。

「今、雷門に必要なのは、エースストライカーだ」
「……」

観客席の1番上に座った土方が、独り言のように呟く。
反応が返ってこないことを分かっていながら、彼は言葉を続けた。

「強烈なシュートを打てるだけじゃない。チームが1番大変な時に頼りになる、絶対無二の存在──それがエースストライカー、だよな」
「…………」

隣に腰かけたフードの少年が、膝に置いた手をぐっと握り締める。
その眼下で、デザームは受け止めたボールを再びコートの外へ放り投げた。

「最早お前たちのシュートに興味はない」
「何を……!?」

怪訝な表情になる雷門に対し、イプシロン改の選手たちに更に余裕の笑みが広がる。
デザームはふいに審判を買って出た古株を振り向くと、高らかに宣言した。

「審判。私とFWのゼルと、ポジションチェンジだ」
「えっ!?」
「フィールドプレーヤーとキーパーのポジションチェンジ……!?」

「何で!?」フィールドはおろか、ベンチや観客席にも動揺が走る。
確かに、試合が止まっている時審判に交代を告げてユニフォームを交換すれば、ルール上は問題ない。
けれど、あくまでそれは例えだ。実際に行うことは滅多にない。

ゼルとデザームのユニフォーム──スーツが変わり、ゼルはキーパーの黒に、デザームはフィールドプレーヤーの赤に身を包む。

「あの男のいない今、興味はお前だ」
「! 俺……!?」

唖然とする円堂に、デザームは地の底を這うような声で告げた。
細められた目は、今まで以上に好戦的に輝いている。

「宣言する。正義の鉄拳を破るのは、この私だ……!」
「……!!」

ガニメデプロトンやガイアブレイクを防いできた正義の鉄拳を破る。
余程の自信がなければそんな言葉は出てくるまい。円堂は殊更表情を引き締め、デザームを睨み返した。

未だ混乱の収まりきらない中、試合が再開する。
開始十数秒──デザームが動いた。

「今こそ我らの真の力を見せる時……!」
「なっ!?」

速い。最早風のようと称するのも烏滸がましいほど、デザーム素早く強いドリブルで雷門の防御壁を突破し、選手たちを蹴散らしていく。
まだホイッスルが鳴って30秒もしていないと言うのに、デザームは至極あっさりとフリーの状態でゴール前の円堂と相対した。

「さあ、行くぞ!!」
「ッ来い!!」

構えを取った円堂にニヤリと笑ったデザームの体が、作り出された闇に溶ける。
そして次の瞬間、爆発のように広がった光の中から飛び出したのは、紫に煌めく槍のような弾道のシュートだった。

「グングニル!!」
「正義の、鉄拳ッ!!」

光の拳と紫の槍が衝突する。
ギリ──と一瞬拮抗したかに見えた次の瞬間、グングニルはその神の持つ槍の名に相応しい破壊力を以て、雷門のゴールを文字通り貫いた。

「円堂くん!!」
「そ、んな……正義の鉄拳が……!?」

重なる秋の悲鳴と得点のホイッスル。ふらりと倒れた体を起こし、円堂は痺れの残る手を呆然と見つめる。
そんな彼に、デザームは残酷さすら見える笑みを湛えて言い放った。

「言い忘れていたが、私の本来のポジションはゴールキーパーではない。……FWだ」
「まさか……!」

では、今までイプシロンたちは、手を抜いていたのでも言うのか。
衝撃の事実が雷門を襲う中、無情にも前半終了のホイッスルが鳴り響く。

ただただ、さざ波の音だけが変わらず、グラウンドを包み込んでいた。