With no retreat
先制点を奪われ、迎えたハーフタイム。
円堂は自分の手と祖父から遺されたノートを見つめ、硬い表情を浮かべていた。
「(じいちゃん……何故なんだ? 正義の鉄拳は、最強キーパー技じゃなかったのか……!?)」
出し方はあれで間違っていないはず。なのに何故グングニルに破れたと言うのか。それとも、あれはまだ完成ではないとでも言うのか。
一体何が足りないんだ──誰にぶつけることも出来ない疑問に思い悩む円堂の背中に、仲間たちもおいそれと声を掛けることは出来ない。
「円堂さん……」
落ち込んだ声で呟く立向居や、俯く仲間たちを見回して、あぐらを掻いていた綱海が唐突に自分の膝を打つ。
「なァに! 正義の鉄拳が通用しねぇならその分俺たちが頑張りゃ良いだけだ! そうだろ!?」
「そ……そうッスよ! 俺、頑張るッス!」
綱海の大きな声に釣られたように、壁山ががくがくと頷いた。
彼らの言葉に押されるように他の何人かが頷き返したが、それでも現状は変わらない。
「でも、点を取らなければ、勝てない……」
独り言のように呟いた一之瀬に、鬼道はちらりとベンチに座り込む吹雪を見る。
このまま、リカの1トップだけで点を取るのは不可能だ。そして、吹雪をフィールドに戻すことも出来ない。
だとすれば、こちらの出来る対策はひとつしかない。鬼道は俯かせていた顔を上げた。
「……チャンスがあれば、積極的にシュートを狙っていこう」
言いながら立ち上がった鬼道に、ハーフタイムからずっとモバイルにかじりついていた織乃が、ようやっとその顔を上げる。
「今キーパーをしているゼルがデザームより実力が劣るとすれば、こちらにもゴールチャンスはあるはずです……!」
それから、と彼女はDF勢に視線を投げ掛けた。
その瞳には僅かに、苦悩の色が混じっている。
「グングニルはパワーを限りなく一点に集中させた必殺技……少しでもシュートブロックを重ねれば、必ず止められます」
「ああ、任せとけ!」
塔子を筆頭に、壁山や木暮、土門や綱海が力強く頷き返した。
──ブロックを重ねればと一概に言えど、そのせいで彼らが傷つくことになるのは目に見えている。
だが今はそれしか方法がないのだ。迷っている暇はない。
「必ず点を取ろう。そして勝つんだ!」
「おう!!」
空気を震わす雷門イレブンの掛け声。
それに掻き消されそうな声音で、夏未がひっそりと瞳子に問いかけた。
「……試合を続けますか?」
「──ええ」
一拍空けて、彼女は小さく頷く。
フィールドに戻っていく選手たちを見つめながら、彼女は独り言ちるように続けた。
「この危機を乗り越えられれば、チームはもっと強くなる。エイリア学園を倒すためにも、成長してもらわなければ」
そして言い終えた後、ちらりと円堂の背中に視線を向ける。
彼はノートを握り締めたまま、俯いて自問自答を続けていた。
「何が足りないって言うんだ……俺はどうすれば……」
「円堂さん。後半が始まりますよ」
呟き続けていた円堂に、立向居が一瞬戸惑いを見せながらも声を掛ける。
「あ……ああ」円堂は我に返ったように肩を揺らすと、険しい表情のまま振り向いた。
そんな彼に、立向居はしばし逡巡して続ける。
「……円堂さん。感じたことを言っても良いですか?」
「? ああ……何だ?」
後輩の唐突な言葉に、円堂はキョトンとして首を傾げた。
立向居は彼の目をしっかりと見つめ、言葉を慎重に選んでいるのか、ゆっくりと続ける。
「正義の鉄拳はすごい技です。見ていても、欠点があるとは思えません。ただ──」
「ただ?」
ここで一度、彼は言葉を切る。言うべきか言わざるべきか、悩んだのかもしれない。
しかしやがて、立向居は少し息を吸い込んで思い切ったように口を開いた。
「──初めてマジン・ザ・ハンドを見た時、あまりの凄さに雷みたいな衝撃が体を走ったんです。でも……正義の鉄拳には、そんな衝撃みたいなものを感じなくて」
円堂のマジン・ザ・ハンドは、神と自称する殺人的な威力を持つシュートを止めるに相応しいパワーの必殺技だと、あの時テレビの向こうから応援しながらも感動に打ち震えたものだ。
だが、対して正義の鉄拳には、何も感じない。勿論すごいと感想を抱きはしたが、それだけだった。
立向居はやっと自分の気持ちを表すに相応しい言葉を引っ張り出して、そっくりそのまま、目の前で思い悩む尊敬する先輩に伝える。
「……何と言うか、ライオンはライオンでも、まだ子供を見ている感じ、なんです」
「こども……」
小さく反復して、円堂は再びノートに目を落とした。
黙り込んでしまった円堂に、立向居は僅かに目を伏せる。
「すみません、感覚的なことしか言えなくて」
「……いや。ありがとうな、立向居」
「後半、頑張ろうぜ!」顔を上げ、いつものようにニカッと笑った円堂に釣られたように、立向居は大きく頷いた。
そうして、フィールドに再び選手たちが対峙する。
ピリピリと刺すような沈黙がその場を支配する中、それを物ともせず、デザームがゆっくりと口を開いた。
「──ここまでだ。私たちのお前たちに対する興味はなくなった」
「え……?」
突然の宣告に、雷門イレブンにざわめきが広がる。
そしてそれも束の間、デザームはそれまで真一文字に保たれていた口唇を半月のようにニタリと持ち上げた。
「よって──今からはお前たちを潰しに行く! 覚悟しろ」
その瞬間、タイミングを見計らったような後半開始のホイッスルが鳴り響く。
身構える暇もなくリカからボールを奪い去ったデザームは、雷門の選手を蹴散らして、単身で一気にゴールに迫った。
「ッ今度こそ……!」
未だ明確な答えが出たわけではない。しかし歩みを止める理由にはならない。
覚悟を決めて構えた円堂の前に、2発目のグングニルが迫る。
「簡単にはやらせないよ!!」
寸前、ゴール前に飛び出したのは塔子と壁山だ。
ベンチの織乃が祈るようにギュッと手を握り締める。
「ザ・タワァアア!!」
「ザ・ウォーール!!」
現れる二重の防御壁に、神の槍が突き立った。
ギリ、と一瞬鎬を削ったその矢先、グングニルはザ・タワーとザ・ウォールを打ち砕く。
「正義の鉄拳──!!」
散っていく光の中、円堂の突き出した手から渦巻いた闘気が、正義の鉄拳を発現させた。
ぶつかり合ったグングニルと正義の鉄拳を中心に、辺りに強い風が吹き付ける。
──足りない。
囁くように、しかし悲鳴を上げるように織乃が呟いた次の瞬間、正義の鉄拳が光の粒になって弾け飛んだ。
2点目が入れられる──観客の誰もが固唾を飲んだその瞬間。
「入れさせねぇ!!」
叫びと共に、綱海がゴールに飛び込んだ。
「綱海!?」上体を何とか起こした塔子の目の前で、彼の鳩尾にグングニルが直撃する。
綱海は一瞬息を詰めたが、1歩も引かない。
数瞬の後、力尽きたグングニルはぽろりと彼の足元に落ちた。
転がった先は、ゴールラインよりも前。
飛びかかるような勢いでボールを押さえ込んだ円堂は、息を切らしながら倒れた綱海を振り向く。
「綱海……大丈夫か……!」
「へっ……このくらいどうってこと……みんなで守って、勝とうぜ円堂!」
「綱海……!」額に脂汗を浮かべながらも笑って見せた綱海に、円堂の覚悟がより一層固くなる。
何としても勝たなければ。イプシロン改を倒し、ザ・ジェネシスと戦うためにも。
「どうしよう……みんなが、どんどん傷付いていく」
スカートの端を握り締め、震える声で秋が呟いた。春奈はそっと、隣の織乃の様子を伺う。
「(このままじゃ勝てない……傷付いて、何も得るものがないまま……何か、何か突破口を見つけないと!!)」
まばたきもせずに、織乃は食い入るようにフィールドとモバイルを交互に見つめていた。
額に浮かぶ冷や汗が、彼女の焦りを如実に表している。春奈は声を掛けることも出来ずに、ただフィールドで戦う兄たちの身を案じることしか出来ない。
「(お兄ちゃん、みんな、頑張って……!!)」
襲いかかる三度目のグングニル。砕け散る正義の鉄拳。
あわやゴールを人の壁で何とか防いだ雷門は、正に満身創痍の状態でフィールドに這いつくばる。
コロコロと転がったボールは、彼らを──円堂を冷たく見下ろしたデザームの足にぶつかり、止まった。
「……ッ」
負けてしまうのではないか、と不穏な空気に包まれる観客席で、フードの少年は歯を食い縛ってフィールドを見下ろしている。
そんな彼を脇見した土方の元に、ふとひとつの着信が届いた。
「はい、土方です。──はい、いつでも大丈夫です」
何度か相槌を打った土方は、携帯をフードの少年に手渡す。
彼は電話の向こうから聞こえる声を無言で聞きながら、対岸の観客席をちらりと見やった。
視界の端に写る、黒いコートに怪しいサングラスを掛けた姿の3人の男たちの姿。
観客席の影に隠れるようにしてこちらを窺っている男たちに一瞥をくれて、少年から携帯を受け取った土方は一度通話を切ると、膝を叩いて立ち上がる。
「よし! こっちもいよいよゲーム開始だ。良い子にしてろよ、試合が終わる前には戻ってくるからな」
安心させるような声色の兄に、弟たちもしっかりと頷いた。
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観客席を立ち、2人が訪れたのはグラウンドから少し距離の離れた林の中。
あの黒づくめの男たちがひたひたと跡をつけてきていることは、振り返らずとも嫌でも分かった。
しかし、そうでなくては意味がない。
「うし──今だっ」
土方の小さな声を合図に、2人は散開する。
舌打ちした男たちは土方には目もくれず、真っ先にフードの少年を追い掛けた。
「くそ……!」
生い茂った木々が、先を走る少年の後ろ姿を隠す。
男たちは最早隠れる様子も見せず、その跡を追いかけ草木を掻き分けた。
何度かその姿を見失いながらも、辿り着いた林の開けた場所。
遮るものもなく降り注ぐ太陽の光に顔をしかめながらも、彼らは次の瞬間にやりと口を歪めた。そこには、今の今まで追いかけていたフードの後ろ姿が佇んでいたのだ。
男の1人がその背後へにじり寄り、神経を逆撫でするような猫なで声を掛ける。
「久しぶりだね──と言っても、君も私たちが見張っていたのを知っていたのだろうから、そんな挨拶も必要ないかな」
フードの彼は身動ぎすらしない。
それを良いことに、男は更にその背中へ近付いた。
「事情が変わってね。君の意思に関わらず我々に協力してもらうことにした。一緒に来てもらおうか──」
その瞬間、男の表情が変わる。
手を掛けたその肩が、少年の物とは到底思えない感触だったからだ。
「誰だ……貴様!」
「──現行犯だ」
静かに口を開いた彼≠ェ、振り返りながらゆっくりとフードを取る。
警察か──舌打ち混じりに呟いた男たちを、林の中に潜んでいた彼──鬼瓦の部下たちが包囲した。
「諦めろ。逃げられやせん」
くそ、と毒づいた男の1人が、包囲網の向こうを睨み付ける。
そこには、彼らを撒いた土方とフードの少年が、厳しい表情を湛えて佇んでいた。
「くっ……妹がどうなっても良いのか!?」
「彼女は我々が安全な場所へ移した」
切り札のように叩きつけた脅し文句を、鬼瓦が一蹴する。
男たちは顔を見合わせ、やがて冷静さを取り戻したのか鉄面皮に戻ると、包囲網から逃れるように僅かに身を引いた。
「……作戦失敗と言うわけか。ひとまず手を引くことにしよう」
「何?」
その瞬間、どこからか溢れた目映い光が男たちを包み込む。
あまりの眩しさに目も開けられない。視界不良の中で、男の声が遠ざかっていく。
「忘れるな! お前たちは常に監視されていると言うことを……!」
異変を感じて目を開けると、そこは既にもぬけの殻。男たちの姿はどこにもない。
鬼瓦は悔しげに舌打ちして、部下たちを振り仰いだ。
「探せ! まだ近くにいるはずだ!」
全く、と頭を振り、鬼瓦はそこで思い出したかのように、土方たちの元へ足を向ける。
フードの少年は静かに彼を見上げ、唇を引き結んだ。
「……ここまでよく頑張ったな。これで公に奴らを追うことが出来る。後は任せろ!」
「……」
「良かったな!」僅かに頭を下げた少年の肩を、土方が満面の笑顔で叩く。
そして彼は表情を引き締めると、親指で林の向こう──今も尚雷門イレブンが戦っているグラウンドの方を指差した。
「これでお前を縛るものは何もない。行け、お前を待ってる仲間の元へ!」
「……!」
小さく、しかし力強く、少年は頷く。
そして彼は、フードを靡かせ走り出した。
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