Revolution of a flame
夕闇にひとつの炎が消え去ってから、一体幾日が経ったのだろうか。
こんな時だと言うのに、しかしこんな時だからこそ、どうしても考えてしまうのだ。
彼が戻ってきてくれたら──と。
「円堂くんッ!!」
秋の悲鳴染みた叫びも虚しく、仲間たちがフィールドに這いつくばり防ぐ間もないまま、グングニルが雷門のゴールに迫る。
円堂は眼前にシュートがスローモーションで迫ってくるように感じながら、自問自答の渦から逃れられないでいた。
「(究極奥義に完成無し──)」
ライオンはライオンでも、子供を見ているような──彼に天恵が降りたのは、立向居の言葉が脳裏を過ったその瞬間である。
「(そう言うことだったのか、じいちゃん!)」
円堂は腕を大きく振りかぶった。
今までの正義の鉄拳とは、同じようで少し違う。その動きに、一瞬織乃のモバイルを操る指が止まる。
「(究極奥義が未完成って言うのは、完成しないって意味じゃない……ライオンの子供が大きくなるように、常に進化し続けるってことだ!!)」
ぎゅん、と彼の拳に強い光が集まった。
振り下ろした光の拳とグングニルが、激しい衝撃を伴い激突する。
次の瞬間、グラウンドは束の間の静寂に包まれた。
暴風に芝が巻き上げられ、それに煽られるようにボールが緩い曲線を描いてコートの外へ弾かれていく。
──円堂の正義の鉄拳が、グングニルを打ち破ったのだ。
「や、った……?」
「とっ……止めたッスーーーー!!」
静寂を打ち破ったのは、1年生たちの歓喜の声。
デザームは赤い目を溢れんばかりに見開き、ゴールを見つめている。
「まさか、パワーアップしただと……!?」
「そうだ……これが常に進化し続ける究極奥義、正義の鉄拳≠セ!!」
究極奥義に完成はない、終わりはない。
無限とも言える可能性を秘めた技を、円堂は今度こそ開花させたのだ。
「楽しませてくれるようだな……」一拍置き、デザームは心底面白いものを見つけたように唇を持ち上げる。
「だが、どれだけ技が進化しようと我らから点を取らない限り勝ち目はないぞ!」
今の点数は0対1でイプシロン改がリードしている状態だ。
悔しいことにデザームの言う通り、攻撃力に乏しい今の雷門では逆転は難しい。
だが、円堂に不思議と焦りはなかった。
まるで、すぐにでも救世主が現れるような──そんな、宛もない予感がどこかにあったのだ。
「……ん?」
「どうしたの、春奈ちゃん」
ふと、ベンチの春奈がコートの外へ目を向ける。
その視線を追うと、そこには円堂に弾かれて転がったボール。
そして──それを足で止めた、フードの少年が佇んでいた。
「あれは……」
円堂は額を伝った汗を拭いながら目をしばたく。
少年は静かにボールを蹴りながらフィールドへ入ると、古株が注意する間もなくそのフードをゆっくりと下ろした。
真っ直ぐと引き結ばれた口唇が、黒曜石のように輝く鋭い目が、明るい太陽の下に照らされる。
ずっと待ち望んできたその姿に──円堂は目を丸くした後、弾けるような笑顔になった。
「──豪炎寺!!」
突然現れたフードの少年──もとい豪炎寺に、観客席がにわかに騒がしくなる。
だが、仲間たちはこの時をずっと待っていたのだ。
理由も明かさず1人姿を消してしまった彼が、再びフィールドに現れるその日を。
「──待たせたな」
「っいつもお前は遅いんだよ!」
ざわめくグラウンドで、薄く笑みを浮かべた豪炎寺に円堂が返す。
そのやりとりは、目の前で起きていることが現実だと実感するのに十分なものだった。
「豪炎寺……!」
「豪炎寺さんが……豪炎寺さんが帰って来たッスーー!!」
いっそ涙すら流しながら、壁山が巨躯を跳ねさせて歓喜する。
「監督!」円堂が表情を輝かせてベンチを振り返ると、瞳子は小さく頷いて腰を上げた。
「……選手交代! 10番、豪炎寺修也が入ります!」
ついにマネージャーたちからも小さな歓声が上がる。
瞳子に目で合図され、慌てて選手たちの予備のユニフォームが入った鞄を開けながら、秋はギュッと唇を引き結んだ。
「(ダメダメ、泣くのは勝ってから!)」
みんながどれ程この瞬間を待ちわびたか教えたい、おかえりを伝えたい。
だが、それも今は後回しだ。
秋は長いこと鞄の底で眠り続けていた10番のユニフォームを取り出すと、目一杯の笑顔でそれを豪炎寺に差し出す。
「頑張って! 私たちも応援してるから!」
「──ああ」
しっかりと頷き返した豪炎寺は、差し出されたユニフォームを受け取った。
晴天に走る稲妻──青と黄色を身に纏い、彼は再びフィールド立つ。イプシロン改と相対する。
今度こそ、勝ちを取りに行くために。
「豪炎寺修也……!」
赤い瞳を光らせたデザームの元へ、マキュアのスローインが渡る。
ボールを受けとるなり、デザームは待ちきれないように直ぐ様豪炎寺へ向かってドリブルで突進した。
「見せてみろ、お前の実力を!」
「……!」
豪炎寺の目が鋭くなる。
互いが衝突する寸前、彼は静かに目を伏せた。
瞬間、豪炎寺の体がゆらりと傾く。
ひらりと木の葉のようにデザームを躱した彼の足には、吸い付くようにボールが持ち去られていた。
「な──」
あまりに予想外の出来事に、デザームも声を失う。
そのままイプシロン改の陣内へ切り込んだ豪炎寺に、円堂が拳を突き上げた。
「いっけえ、豪炎寺!!」
円堂の声に押され、打ち上げたボールを追って豪炎寺が高く跳躍する。
体を翻し、豪炎寺は中空でゴールを睨み付けた。
「ファイアトルネーーーード!!」
螺旋を描く炎は今までの比ではない。
炎を纏う竜のような姿に進化したファイアトルネードはゼルの繰り出したワームホールを容易く打ち砕いて、イプシロン改のゴールを貫き、焦がす。
1対1。同点だ。
「やったあ!」
「凄いわ、豪炎寺くん!」
思わずベンチから立ち上がった春奈と秋が、手を取り合って跳び跳ねる。
「ポジションチェンジだ!」瞠目したデザームは焦げ付いたゴールを凝視すると、眉間に皺を寄せ古株に向かって声を張り上げた。
「良いな、私がキーパーに戻る。そしてお前を止める──お前らの全てを叩き壊す!」
豪炎寺を指差し、デザームは狂喜すら見える笑みを湛えて声を荒げる。
そして再びデザームがキーパーへ戻り、試合が再開された。
「これ以上好きにはさせない!」
豪炎寺の帰還で一層気合いが入ったのか、一之瀬が前半の疲れを微塵も感じさせない軽やかな動きでスオームからボールを奪う。
パスを受けた鬼道はドリブルしながらフィールドを見回すと、いつものようにニヤリと笑って見せた。
「豪炎寺ッ!」
メトロンを躱しパスを打ったのは豪炎寺のいる方向である。
しかし、シュートを決めたばかりの彼には2人のマークが張り付いたままだ。
しかし、バカめ、と彼らの口が歪んだその瞬間、突然ボールが急カーブを描く。
「しまった──!」
慌てて振り返っても遅い。既に鬼道の意図を汲んで走り出していた豪炎寺は、難なくそのパスを受け取った。
「凄い……どんどんボールが繋がっていく」
パチリ──最早キーボードを走る指も止まり、織乃はフィールドを見つめる。
いつも、どんな試合だって、豪炎寺の存在は大きいものだった。
それは今この戦いにも言えること。彼1人がフィールドにいるだけで、こちらの士気が上がる。瞳に炎が灯る。
雷門イレブン絶対無二のストライカー──それが豪炎寺なのだ。
「来い!!」
イプシロン改のマークを振り切りフリーになった豪炎寺と、ゴール前で仁王立ちしたデザームが対峙する。
豪炎寺は胸の前で腕を重ね、目を大きく見開いた。
その次の瞬間、彼の背中で大きく膨れ上がった闘気が、隆々とした巨人の姿へと変貌する。
円堂のそれを魔神と称するならば、彼のそれは、さながら炎の化身だった。
「爆熱──ストーーーーム!!」
「ドリルスマッシャーーーー!!」
炎の化身が打ち出したシュートと、これまで幾度となく雷門イレブンを苦しめてきたドリルスマッシャーが激突する。
花火のように散った火花に目を覆いそうになった次の瞬間、打ち勝ったのは豪炎寺の方だった。
爆発したような熱気が吹き荒れ、ドリルを粉々に砕いたシュートが、強固なイプシロン改のゴールを抉じ開ける。
試合終了のホイッスルが鳴り響いたのと豪炎寺がゴールに背を向けたのは、ほぼ同時だった。
「……えっ」
ポカン、と口を開けた円堂が呆けた声を上げる。
確かに今、ホイッスルが響いた。スコアボードは、1対2で止まっている。
噛み締めるように、反芻するように──円堂たちはしばし言葉を溜め込んだ後、一気に声を上げた。
「勝ッッ……たぞーーーー!!」
「やったー!!」
飛び上がった円堂や拳を握り締めた選手たちに、マネージャーたちも一斉に駆け寄っていく。
言葉が詰まって賛辞を掛けることすら儘ならない。思わず涙ぐんだ織乃の頭を、小さく微笑んだ鬼道がぽんと叩いた(その背後で春奈が目を光らせた)。
ひとしきり喜んだ後で──ふと我に帰った円堂が、対岸のゴールを見やる。
そこには、力なく崩れ落ちたデザームを守るように、打ち拉がれたイプシロン改の選手たちが立ち竦んでいた。
「バカな……私が負けたなど……有り得ぬ……あってはならぬ……我々はエイリア……イプシロン改なのだ……!!」
「円堂くん──」戸惑いがちに視線を投げ掛けた秋に無言で頷いた円堂は、静かにデザームたちへ歩み寄る。
ゆっくりと眼前に差し出された手に、デザームが少し驚いたように顔を上げた。
「──地球では、試合が終われば敵も味方もない。お前たちのしていることは許せないけど……俺は、サッカーの楽しさをお前たちにも分かって欲しいんだ」
「…………」
その手を取ることなく、デザームは立ち上がる。
円堂は手を下げない。寧ろ、ニカッと──仲間たちに向けるのと同じ笑みを自分に向けた彼に、デザームは僅かに目を見開いた。
そして間を開けずに、彼は悟ったような穏やかな表情を浮かべる。
「──次は、必ず勝つ」
「こっちだって負けないさ!」
デザームの手が、円堂のそれに伸ばされたその次の瞬間だった。
「? 何か、変な音が──」
織乃が首を傾げ耳を押さえた矢先、空から黒い球体が隕石のような勢いでグラウンドに突き刺さり、目映い光を放つ。
思わず目を瞑り、再び明るくなった視界に現れたのは、──白い髪を風に靡かせた、華奢な少年だった。
「なっ……」
「ガゼル様!」
え、と円堂が声を上げたデザームを見上げる。
ガゼルと呼ばれた少年は静かな面差しをこちらに向けると、にこりともせず口を開いた。
「私はマスターランクチーム、ダイアモンドダスト率いるガゼル。君が円堂か……新しい練習相手が見つかった」
新しい練習相手。その言葉に、マネージャーたちの表情も強張る。
ジェネシス、プロミネンス──マスターランクのチームはもういないと思っていた。思い込んでいたのだ。イプシロンとジェネシスたちを倒せば、もう選手たちが無為に傷付くことはないと。
ガゼルはそんな彼女たちの心情を知る由もなく、次にイプシロン改たちに向けて滔々と続ける。
「今回の敗けで、イプシロンは完全に用済みだ」
「! …………」
冷たく言い放ち、ゆっくりと手を振りかざしたガゼルにデザームは一瞬目を見張ったが、それも束の間のこと。
直ぐ様それまでの鉄面皮に戻り、──円堂たちから、数歩離れた。デザームが視界から外れたことに気付いた円堂は、反射的に彼の姿を目で追い掛ける。
その瞬間、織乃は見た。
うっすらと笑みを浮かべたデザームの傍らから顔を覗かせたマキュアが、泣いてしまいそうな表情になりながら──しかし、しっかりと自分を睨んで口を開くのを。
「──の、ばぁか」
「え?」
前触れもなく、ガゼルが腕を振り下ろす。
中空を滑った球体から放たれた光が、イプシロン改たちを包み込んだ。
光が収束したその先には、何もない。
イプシロン改も、ガゼルの姿さえ。
──ジェミニストームたちがかつてデザームにそうされたように、イプシロンたちもまた消えてしまったのだと理解するのに、時間は掛からなかった。
「そんな……!」
呆然と辺りを見回す中、姿の見えないガゼルの声だけが、空から降り注ぐ。
「円堂守……君と戦える日を、楽しみにしているよ」
最後にブリザードのような冷たい風が一陣吹き抜けて──それきり、声は聞こえなくなった。
ただ、勝利の余韻に浸る間もなく、ひとつの虚無感と、彼女にとっての謎を残して。
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