Angel of blue heavens
「戻ってきたぞーー!!」
声高々に、円堂の叫びが河川敷いっぱいに響く。
イプシロン改戦から一夜明けた午前。綱海を正式に仲間に加えた雷門イレブンは、再び本州・東京へと戻ってきていた。
「よし、一度家に帰ろう!」
「長いこと留守にしてたからな」
そう言って円堂が仲間たちを振り返ると、それぞれが柔らかく笑みを浮かべる。地上最強と銘打ってはいても、所詮はまだ親元を離れるのが心許ない子供なのだ。
「……良いわ。1日くらい休みましょう」
それを承知した上なのか、瞳子もいつも以上にあっさり頷く。
「やった!」
「家庭でのリフレッシュも大事だものね」
「リフレッシュ……」夏未の言葉を反復した織乃が、ふと遠い目をした。
ステレオでマシンガントークするだろう双子、男子と一緒に旅なんてと未だ納得していない風の弟、1日1度鳴り響く兄からの着信(ただし3回に1回は無視している)、恐らく隙あらば家に押し留めようとするであろう父を思い浮かべて。
「リフレッシュ……出来るかな……」
「し、しっかり織乃さん!!」
「俺たちはどうするんだよ」死んだ魚のような目になった織乃を春奈が揺さぶるその傍ら、それまで遠目に見える鉄塔を物珍しげに眺めていた綱海が身を乗り出す。
「じゃ、みんな家に来いよ! 歓迎するぜっ」
「マジでか!? サンキュー円堂!」
そうしてそれぞれの思いを胸に、いざ解散しようとしたその時だった。
「……?」
「どうした、吹雪?」
ふいに上を見上げた吹雪に土門が問い掛ける。
「何か……音がしない?」彼が首をを傾げながら答えるのと、耳鳴りのような音が大きくなったのはほぼ同時だった。
「何だ……?」
疑問に思うのも束の間、更に大きさを増す音と共に、空から何かが飛来する。
ズン──と軽く地を鳴らし、土埃の向こうに現れたのは、嫌でも見知った物だった。
「黒いボール……!」
どこか憎々しげに円堂が呟くと、僅かにボールが震える。
すると、空から降ってくるような声が響いた。誰の声などと疑問を感じる必要もない。
氷のように冷めきった、ガゼルの声だった。
『雷門イレブンの諸君。我々ダイアモンドダストは、FFスタジアムで待っている。来なければ、黒いボールを無作為にこの東京に打ち込むことになる──』
「何だって!?」
「無作為にだと……!?」普段から冷静であるはずの鬼道の額にも冷や汗が浮かぶ。
これまでエイリア学園は、サッカー部のある学校のみを狙ってきた。だからこそこうして雷門が彼らと戦うことになったのだ。
しかし、無作為となると話が違ってくる。
「もしそんなことをされたら東京が滅茶苦茶に……!!」
「えーーッ!? 大変ッス!!」
「落ち着け壁山!」パニックに陥る壁山を諌め、円堂は瞳子を振り仰いだ。
そうしたところで、返ってくる答えなどわかっていたけれど。
「……仕方ないわ。すぐスタジアムに向かいます!」
「はいっ!!」
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何の催し物があるわけでもなく、無人のサッカースタジアムは酷く閑散としていた。
今でも世宇子に勝利した時の歓声と高揚は鮮明に思い出すことが出来る。
切り取られた空を見つめるように顔を上げていた円堂は、伏せていた目をふっと開けた。
「相手はどんな連中か全く謎よ。どのような攻撃をしてくるのかも分からない……豪炎寺くん、早速だけどFWを任せるわ」
「はい」
まだ吹雪は試合に出せる状態ではない。瞳子の指示に、豪炎寺はひとつ頷く。
瞳子はいつも以上に厳しい声音と視線でイレブンたちを見回しながら続けた。
「豪炎寺くんは間違いなくにマークされる……彼にボールを回すのも大事だけど、チャンスがあればゴールを狙いなさい」
「はい!!」
大きく返事をしたところで、それにしても、と壁山が相手側のテクニカルエリアをちらりと見やる。
「来いって言っておきながら、奴らは来てないじゃないッスか……」
「そうですね。……ふっ、大方僕に恐れをなして…!」
目金が自信たっぷりに返した次の瞬間だった。
突如として青白い光が辺りを包み、冷たい冷気が足元にまとわりつく。
輝く氷の粒を散らしながら現れたのは、言わずもがな──
「──改めて自己紹介しょう。我々はエイリア学園マスターランクチーム……ダイアモンドダストだ」
雪のように白い髪を撫で付けながら、仲間を引き連れ現れたガゼルは冷めきった表情で淡々と言った。
そして僅かに口角を上げ、雷門イレブンを──円堂を指差す。
「円堂。君たちに凍てつく闇の冷たさを教えてあげよう」
「冷たいとか熱いとか、そんなことはどうでもいい! サッカーで町や学校を壊そうなんて奴らは、俺は絶対許さない!!」
「勝負だ、ダイアモンドダスト!!」啖呵を切った円堂に、ガゼルは小馬鹿にしたように眉をひしゃげた。
その様子を、観客席から眺める2つの人影があったことも知らずに。
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試合開始のホイッスルが天高く鳴り響く。
雷門からのキックオフから、いきなりとも取れるような素早さでボールを奪ったダイアモンドダストは、そのまま滑るようにサイドへ侵入し、ダイレクトパスを繋げる。
「何、あの早さ……!?」
「……ジェミニストームの1戦目を彷彿とさせるわね」
嫌なものを思い出したかのように、顔をしかめた夏未が唇を噛む。
土門のボルケイノカットが火を吹き一之瀬へパスを上げるも、間へ飛び込んできたリオーネがあっさりとカットしてしまった。
そこからさらにパスを繋ぎ、ボールはガゼルの元へ渡る。
何の気なしにシュートされたボールを両手で受け止めた円堂は、一瞬顔をしかめた後ニッと笑った。
「どうも……ダイアモンドダストの前衛は、スピード重視の選手で組まれているみたいです」
「そうね……なら、パスをカットさせる隙を与えないようにするだけよ」
モバイルを指で叩きながら目を細めた織乃に対し、瞳子は至極冷静に答える。
それが聞こえたのか否か、ちらりと鬼道がこちらに視線をやった。
目が合った気がして──織乃が小さく頷くと、鬼道もまた唇を引き結んで顎を引く。
「一之瀬!!」
「ああ!」
バレンからボールを掠め取った鬼道から、中盤の一之瀬へ。そしてダイレクトパスで前線のリカへボールが渡った。
「行け、リカ!」
「任しときィ!!」
大きく頷いたリカが、手薄になったダイアモンドダスト陣内の終盤へ飛び込む。
しかしゴールを前にしたその瞬間、壁山にも劣らぬ巨体を揺らしたゴッカが、彼女の進路を阻んだ。
「フローズンスティール!!」
「あっ!?」
次の瞬間、ギャリギャリと耳障りな音を立て氷を纏ったゴッカのスパイクが、ボールごとリカの足を強打する。
「リカさんっ!!」
織乃は思わずモバイルを落としそうになりながら立ち上がって彼女に呼び掛けたが、リカは片足を押さえ踞ったまま答えない。
その間にもゴッカはそ知らぬ顔で、ボールを高く打ち上げた。
「ガゼル様!!」
「っまずい!!」
「みんな戻れ!」カウンターとも言えるロングパスに、鬼道がマントを靡かせる。
ガゼルはそのままボールを前に構え、壁山と塔子の飛び込んだその向こうのゴール目掛けてシュートを打ち込んだ。
「ザ・タワーー!!」
「ザ・ウォーール!!」
塔子と壁山の必殺技がそれぞれ炸裂するも、ガゼルの矢のようなシュートは勢いを止めない。
そのまま塔子のディフェンスを打ち砕き、壁山のザ・ウォールに何とか弾かれたボールは、そのまま観客席の一角へ大きく弧を描いていく。
「ちっ……」
ガゼルが小さく舌打ちをし、円堂は僅かに詰めていた息を吐き出す。
フィールドの奥へ目を向けると、丁度リカが一之瀬の肩を借りて立ち上がるところだった。
安堵の溜息を吐いた、その時である。
「え?」
てん──と軽やかな音を立て、ボールがフィールドに落ちてきた。
観客は誰もいないはずなのに、である。
「戻ってきた……?」
「何で……」
ふいに、ボールの元へ影が落ちた。
白い羽を踊らせ、金の糸のような髪を靡かせて──あたかも、天から降臨した天使のように舞い降りて来た彼≠ノ、誰かが息を呑んだ。
「アフロディ……!?」
驚きを隠せず、愕然とした表情で円堂がその名を呼ぶと、彼──アフロディは、静かに微笑を湛える。
一瞬、織乃の脳裏に帝国の惨劇が甦るも、どうも少し様子が違う。
「(柔らかい、……ような)」
例えるならばあの冬の日。まだその正体も知らなかった彼と今の彼は、雰囲気がよく似ていた。
円堂はようやっと冷静になったのか、落ち着いた様子でアフロディに近付いて行く。
「また会えたね、円堂くん」
「誰やのアイツ……」固い表情の円堂に対し柔和な笑みを浮かべるアフロディに異質なものを感じたのだろう、一之瀬に支えられたリカが訝しげに眉を潜めた。
「FFで戦った、世宇子中のキャプテンだ……」
答える一之瀬の声にも苦々しい色が滲む。
結果的に勝利を収めたとは言え、世宇子戦では散々辛酸を嘗めさせられたのだ。
戸惑い、疑問、怒り。僅かに揺らぐ空気を裁ち、円堂が尋ねる。
「……何しに来たんだ」
「戦うために来たんだ。君たちと──君たちと共に、奴らを倒すために……!」
「何……!?」誰もが──ガゼルですら僅かに─目を大きく見開いた。
当たり前だ。アフロディは影山に付き従い、雷門イレブンを卑下した張本人である。
しかし当の彼は驚愕の視線を受けて尚、寧ろ先程よりも堂々と言葉を続けた。
「雷門とエイリアの戦いは見ていたよ。そしていつしか……激戦を続ける君たちの姿に、沸き上がる闘志を押さえられなくなったんだ」
これが勝利への渇望と言うものだったんだね、とアフロディは呟く。
それは、彼の目の前にいる円堂にしか聞こえないくらいの小さな声だった。
「──改めてお願いする。僕を、雷門の一員に加えて欲しい」
言って、彼はゆっくりと頭を下げる。一切の乱れもない金髪が、さらりと肩からこぼれ落ちるのを見送ってから──ようやく、言葉が戻ってきた。
「ちょっと待ってくれ……! いきなり何言ってんだ……訳わかんねーよ」
「あの世宇子中の選手が仲間になるなんて……」
この場で彼に好意的な目を向ける人間は1人としていない。しかしそれも、あの時の行いが招いた結果だ。
アフロディは心の底から悔いるように眉を下げ──懺悔するかのように、心臓にあたる部分へ手を置く。
「疑うのも無理はない。でも信じて欲しい。僕は、神のアクアに頼るような愚かなことはもう二度としない……!」
その手で、アフロディはそっと拳を作った。
大事なものを閉じ込めるように、手放さないように。
「僕は君たちに破れて学んだんだ。再び立ち上がることの大切さを……人は倒れる度に強くなれることを」
「……円堂」それまで静観していた豪炎寺が、円堂の背中に声を掛ける。
彼はもう1歩アフロディに近付き、問った。
「──本気なんだな?」
「ああ」
しばしの静寂がフィールドを包み込む。
やがて円堂はニカッと、いつもの──仲間たちに向けるのと差異ない明るい笑顔で言った。
「……分かった。その目に嘘はない」
「ありがとう円堂くん──!」
一瞬目を瞬いたアフロディは、円堂の差し出した手をしっかりと握り返す。
2人の間にはもう、過去の隔たりはなかった。
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