Goes to a high place
どこまで続いているかも分からないような空間に、宇宙のような漆黒の闇が広がっている。
しかしそこにあるのは闇だけではない。頭上から不自然なほどに美しく、怪しく差し込んだ3色の光の下──彼らは、そこにいた。
「全く……情けねえ野郎だ。自分から喧嘩売っといて引き分けとはなぁ」
そう鼻で笑うのは、赤い光に照らされたバーンだ。
一方で青い光に照らされたガゼルは、バーンの言葉は右耳から左耳へ突き抜けているかのごとく落ち着き払っている。
「同点は敗北と同じ=c…だっけ? と言うことは今のお前は──」
「私は負けたわけではない」
かつて自分がイプシロン改にそう告げて彼らを処分しようとした時のことを引き合いに出され、ガゼルは食い気味に噛み付いた。
「雷門イレブンのスペックは十分に把握出来た。勝利は確実だ!」
「生憎、そのデータは無駄になった」
言い聞かせるような口調で、しかし突き放すような冷たい声音で告げたグランに、「何?」とガゼルは忌々しげに目を細める。
「つまりアレだろ?」バーンは挑発的な口調で言って鼻で笑った。
「ダイアモンドダストに次はないってことだ……終わりなんだよ」
「……あのお方がそう言ったのか?」
顔をしかめたガゼルに、グランはスッと目を細め──間を置いて続ける。
「ああ──そうだよ」
「ただの人間に勝てないお前らに、ジェネシスの称号なんざいらねーだろ」
後に続く2人の会話も、溢れ落ちんばかりに目を見開いた彼の耳には届かない。
やがてガゼルは、血の滲む勢いで拳を握り締め、奥歯を噛み締めた。
「(あの御方は、選択を誤った……!!)」
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:
青い空を刺すように聳える黒い壁。
威圧感のあるそれを見上げ、細く差し込む陽光に円堂は目を細めた。
「帝国学園……」
初めて試合以外でここを訪れたのは、帝国が世宇子に負けたと知らされた日のこと。ちらりと後ろを窺うと、織乃はあの日のことを思い出していたのか、苦々しげに顔をしかめている。
「あまり良い思い出がないッス……あっ」
言い掛けた壁山がハッと鬼道を振り返った。
鬼道は唇を真一文字に結んで門の先を見つめている。
「き、鬼道さん、今のはその……!」
「──気にするな」
行くぞ、と言い置いた鬼道に釣られたように、一同は帝国の敷地へ足を踏み入れた。
途端、辺りから何とも言えない空気──圧力と言えば良いだろうか、肩にのし掛かるようなそれに、自ずと息が詰まる。
「いやぁ、懐かしいなこの感じ。軍隊みたいっつーか」
「背筋伸ばさないといけない気持ちになりますよね……」
約2名からすると、少しニュアンスの違う感覚のようではあったが。
ほんの少し薄暗い廊下を突き進み、ピッチへと出る。
晴天と言うこともあってか、吹き抜けの状態になったグラウンドは太陽の日差しを受けて明るい。
その場に立ち止まり、ゆっくりと息を吸い込んだ織乃は、そっとゴールポストを撫でる鬼道を窺った。
「(鬼道さん……)」
確かめたいことがある。
帝国に行く直前、彼はキャラバンの中で彼女にそう溢した。きっと必殺技に関することではないだろう。確証はなかったが、織乃には漠然とした確信があった。
鬼道も織乃も、重ねた年月は違えどサッカーと関わることになった原点はこの場所にある。
だからだろうか、今だけは不思議と、いつもより彼の背中が近く感じる気がした。
鬼道はポストから手を離し、円堂と土門を振り向く。
その表情には既に、郷愁はない。
「円堂、土門。デスゾーンをやるぞ」
「デスゾーン?」
キョトン、と土門が目を丸くする。
それは円堂にも言えたことで、何故今になって帝国の技を覚えるのか不思議がっている表情になっていた。
「でも、円堂のじいちゃんの裏ノートにある技のほうが良いんじゃねーか?」
「いいや──デスゾーンをする」
鬼道は頑ななまでに首を振らない。
円堂は怪訝げに首を傾げる土門と鬼道の顔を見比べて、ニカッと笑った。
「……やろうぜ、土門! 鬼道には、何か考えがあるんだよ」
「そっか……そうだな。でなきゃわざわざ帝国まで来るわけねーか。よし、乗った!」
ぱん、と拳を手の平に叩きつけた土門に、鬼道は少しホッとしたように頷く。
そして次に、離れた場所でそれを静観していた織乃を手招きした。
「御鏡。お前はデスゾーンを見たことはあるか?」
「直接はないんですけど……春奈ちゃんに、帝国と雷門の試合記録を見せてもらったことがあります」
データにも写してありますし、と小脇のモバイルを指で叩いた彼女に、「なら十分だ」と鬼道は頷く。
ひとまず話はストレッチを終えてからと言うことになり、それぞれが体を慣らし始めたのだが。
「──どうして彼は、練習しないんだい?」
ふいに、アフロディが純粋な疑問に特定の誰かに尋ねるわけでもなく口を開く。
彼の視線はジャージのままベンチに座っている吹雪に向いている。円堂は仲間たちと目配せを交わすと、いつもより小さな声で切り出した。
「実は──」
円堂は──時折、一之瀬や鬼道の注釈を交えつつ、吹雪がこうなったあらましをかい摘まんで説明する。
全てを聞き終えると、アフロディは形の整った眉を顰め瞠目していた。
「……心の中に、2つの人格があるせいでサッカーが出来なくなった……?」
「ああ──でもあいつは、残るって決めた」
サッカーが好きだから。どんなことがあっても、サッカーを続けたいと望んだ。
だから円堂たちも、彼の思いを汲んだのだ。
「俺たちは待つことにした。吹雪が自分の力で復活することを信じて」
視線を感じたのだろう、俯いていた吹雪がふと顔を上げる。
一瞬アフロディの赤い瞳と目が合った彼は、どこか少し居心地の悪そうな表情で視線を逸らした。
「そう……」
来てよかった。アフロディは周りに聞こえないような小さな声で囁く。
「(僕なら、再生への手助けが出来るかも知れない)」
アフロディの思惑も知らずに、ストレッチを終えた円堂は散らばった仲間をフィールド中央に集めた。
「俺と鬼道と土門はデスゾーン、立向居はムゲン・ザ・ハンド。他のみんなも、それぞれ自分のメニューで特訓だ!」
「おー!」
ムゲン・ザ・ハンド。その名前を聞いた途端、立向居の表情が引き締まる。
東京に戻ってきて新しい技の特訓を始めたのは円堂だけではない。立向居はリベロへ転向した彼から、祖父の裏ノートを預かっていた。
そのノートに記された究極奥義と呼ばれるのが、ムゲン・ザ・ハンドである。
ムゲン・ザ・ハンドは全てのシュートを見切る技。その極意、シュタタタタタン、ドババババーン=Bこれあらば、上下左右、前から後ろから、どんなシュートも防御することが出来る──らしい。
らしいと言うのも、ノートの字は立向居に読み取ることは出来ず、円堂に解読してもらったからだった。
とにもかくにも円堂と協力して、ムゲン・ザ・ハンドは心眼を使う技──シュートの作り出す空気の音を聞き分け、全身を目と耳にしてシュートを見切るものだと見当付けて特訓を始めたが、一向にこれだと思える動作に持っていくことが出来ないまま、既に数日が経過している。
特訓に協力する綱海はあまり焦るな、と言ってはくれるが、彼の性格上それは無理な相談だった。
「(何としてもムゲン・ザ・ハンドを完成させないと──……!)」
お願いします、と立向居が勢い良く綱海に頭を下げるその一方で。
「──それぞれが回転し、生まれたエネルギーをボールに注ぎ込む。デスゾーンは3人の息を合わせることが重要な技だ」
「確かにあのシュートは、3人分のシュートをまとめたみたいな威力だったからな……」
ぐ、と円堂は握り締めた拳をちらりと見やる。当時のことを思い出したのかもしれない。
「まずは……その場で回転して俺が合図をしたらボールを正面にして止まる。御鏡はその都度、改善点を挙げてくれ。良いな?」
「ああ!」
「分かりました」
3人が頷いたのを確認して、鬼道は丁度自分たちの中央に来るようにボールを置いた。
目配せを交わし、すっと息を整える。
「よし──GO!!」
合図と共に、3人が爪先で回り出した。
その動きを瞬きすることなく織乃が観察する先で、鬼道がカウントを始める。
「3、2、1──」
「ストップ!」再びそれを合図に、3人は体を止めた。
結果、それぞれの体は鬼道がボールよりほんの少しずれた前、土門が半分ほどずれた斜め、円堂が──ボールを真後ろに置いた状態で静止する。
「おっかしいな……! 前で止まったつもりなんだけど」
「俺も正面から少しずれている。……御鏡、どこか改善する点は?」
そうですね、と織乃はパチパチと瞬きを繰り返して、じっくりボールを見つめた。
「鬼道さんは自分でタイミングを計る分、まだ合わせやすいかも……円堂さんと土門さんは多分、回る瞬間に勢いを付けすぎですね」
「う〜ん、そっか……」
「よし、勢いだなっ」何度も頷いて確認する円堂を脇見して、鬼道は少し位置のずれたボールを直す。
「とにかく……実際にデスゾーンにチャレンジするのは、これが出来るようになってからだ」
「よぉし、やってやる!」
そうして、円堂たち3人のデスゾーンの特訓が始まった。
時には転び、時には生傷を作り、時間が経過していく。
2時間後には、それぞれ息も絶え絶えになり脳に酸素が十分に行き渡らない程になっていた。
「すっげー難しい……デスゾーンがこんなに大変だなんて、思っても見なかった」
フィールドに仰向けになって、円堂は大きく伸びをする。
「だがかなり良くなっている」息を整え、織乃から新しいタオルを受け取った鬼道が汗を拭いながら言った。
「帝国では完成に1ヶ月以上掛かっていたことを考えれば、上出来だろう」
「でも……デスゾーンってここまでしなくちゃ打てないのか?」
鬼道は徹頭徹尾、寸分違わないタイミングを求め続けている。
ほんの少しの妥協も出来ないのだろうか。鬼道は土門と顔を見合わせた後、厳しい表情になった。
「……何度も言うが、デスゾーンは3人の息を合わせることが何より重要なんだ」
そう切り出した鬼道は、ゴーグルに隠れてよく見えないがどこか遠い所を見ているように見える。
そう言えば、と織乃は、1年時のデスゾーンは寺門と佐久間と辺見がしていたのだと思い出した。
寺門はともかく、気の短い佐久間と辺見のことだ。もしかしなくともあの頃のデスゾーン完成に1ヶ月以上掛かったのは人選ミスのせいだったのではと、織乃は一瞬頬を引きつらせる。
旧知のマネージャーがそんなことを考えているとは思いもせずに、鬼道は話を続けていた。
「試行錯誤の結果、帝国では俺がタイミングを指示することになった」
「そうか! 帝国のデスゾーンは、お前が一番大切な役割を果たしていたんだな」
「今回は鬼道がタイミングを指示するだけでなく、自分で打つことになる分だけ難しいってことか……」
「出来るのかな、俺たちに」自信なさげに、土門がポツリと呟く。
これが帝国時代であれば、甘えたことを言うなと鬼道の喝が飛んでいただろう。
しかし今の彼らは、あの頃とは違うのだ。
「出来る!」
すっぱりと言い切った円堂に、3人は少し驚いて彼を見る。
円堂は胸を張り、成功を疑うことなく目を輝かせていた。
「自分を信じて、仲間を信じて、出来るって信じれば必ず出来る! だろ!?」
「……ああ。そうだな」
いつもいつだって、円堂は自信に満ち溢れている。だからこそ、彼の元には人が集まる。
それを改めて再確認させられた気がして、鬼道は僅かに柔らかく微笑んだ。
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