Scene wished with future
「駄目だ、こうじゃない……」
抱き止めたボールを睨み付け、立向居は呟いた。
帝国学園で特訓を始めて既に一時間以上が経過しているが、ムゲン・ザ・ハンドは形どころかその片鱗すら見せる様子がない。
次のエイリア学園との戦いまでに、何としても物にしなくては。
「もう一度お願いしますっ!」
気合いを入れ直し、立向居は綱海に向かってボールを振りかぶる。
その一方で、円堂たちの特訓はやっと第一段階を終えようとしていた。
「こ、これでどうだっ!」
ボールを前によろめいた円堂に、鬼道はわずかに眉を動かす。
ふらついてはいるが、一応、ボールはやっと彼の目の前に現れるようになっていた。
「……おまけの合格ってとこだな」
「それじゃあ、次は実践ですね──どうします? ミニゲーム方式でやりますか?」
モバイルの画面に目をさ迷わせながら尋ねた織乃に、鬼道は首を振る。
「その必要はない」彼が答えた次の瞬間、それを合図にしたかのようにスタジアムの扉が左右に開いた。
「──やってるな、鬼道」
「えっ……」
高く上った太陽の光に影が延びる。
日陰から出てきた見知った集団に、織乃は勿論、円堂たちも目を丸くした。
「みんな、どうして……?」
「お久しぶりです織乃さんっ!」
ポカンとする織乃を後目に、満面の笑みで駆けてきた成神が彼女の胸に飛び込む。
ユニフォーム姿でピッチに現れたのは、帝国イレブン一同だった。今日は日曜日。本来ならサッカー部もオフの筈なのに、何故。
そんな織乃の視線を受け、鬼道はほんの少し眉根を寄せながら肩を竦める。
「頼みたいことがあって、俺が呼んだんだ。……成神、再会の抱擁は良いがそろそろ離れろ」
「ああっ、俺のオアシスが!!」
織乃にしがみつく成神の体をやや強引にひっぺがし、鬼道は喉を整えるようにひとつ咳払いをした。
「突然すまないな、みんな。来てくれてありがとう」
「構わないさ。久しぶりにお前たちにも会いたかったしな」
にか、と笑った佐久間は、唯一帝国の黒い制服に身を包んでいる。
その体を支える物に──松葉杖に視線を留めて唇を真一文字に結んだ鬼道に、佐久間は「ああ、これか?」とあっけらかんと肩を見下ろした。
「心配するな。これでも、順調に回復してるんだ」
「雷門の監督が紹介してくれた最新治療が、よく効いているみたいだ。俺も軽いプレーが出来る程度には回復したしな」
そう佐久間の背中を軽く叩いたのは源田である。
「瞳子監督が?」円堂は一瞬虚を突かれたようにまばたきをしたが、すぐに笑顔になった。真帝国戦では厳しいことを言っていたが、きちんと佐久間たちのことも考えていてくれたのだ。
「そっか……! 良かったな、鬼道!」
「ああ」
鬼道はそれを聞いて僅かに肩の荷が降りたのか、強張らせていた表情を少し緩める。
佐久間はそんな彼に微笑んだ後で、──硬い表情で帝国イレブンと相対するアフロディに視線を移した。
「世宇子の、アフロディ……」
「!」
アフロディは軽く唇を噛み、無言で佐久間に向き直る。
源田や辺見たちが後ろで小さく頷いたのを見て、佐久間は口を開いた。
「……話は、鬼道から聞いた。お前も影山に利用されていただけだと。……鬼道や円堂たちを、よろしく頼む」
「……」
アフロディは返事をする代わりに、真剣な面持ちでしっかりと頷く。
佐久間たちからすれば、それで十分だった。
「さあ鬼道! 始めようか、練習試合」
「練習試合……?」
気持ちを切り替え明るい声で言った佐久間に、円堂は首を傾げる。
「鬼道さんから聞いてねーのか?」惜し気もなくさらした額を掻き、呆れたように辺見が眉を曲げた。
「デスゾーンを習得するんだろ? ありゃあ帝国が開発した技だからな。習得するには俺らと一緒にプレイすんのが1番だ」
「……って、鬼道が言ってたからな」
「咲山ァ!」さらりと付け足した咲山に辺見が突っかかる。
そうか、とそれに苦笑いしながら納得仕掛けた円堂だったが、ふと疑問が浮かんで首を捻る。
「帝国と一緒に?」
「そうだ。俺と土門、そして円堂は、今回は帝国のプレイヤーとして試合する」
「円堂くんが帝国側に?」鳩が豆鉄砲を食らったような顔で反復したのは秋だ。
きっと帝国と初めて試合をした日のことでも思い出したのだろう。
「洞面、頼んでいたものはあるな?」
「もっちろんですよ」
「丁度予備があったんです」と頷いて、洞面が小脇に抱えていた真新しい帝国のユニフォームを円堂と土門に差し出した。
そして、鬼道には──
「お前は、こっちだな」
「……処分してなかったんだな」
口唇を上げて寺門から差し出された、少しだけ草臥れたユニフォームと赤いマントに鬼道は少しだけ驚いた表情になる。
「捨てるわけゃねーだろ」言い添えて、咲山が片方しか見えない目をキュッと細めた。
「何せ、我らがキャプテン≠フシンボルだからな」
「……そうか」
困ったような、嬉しいような。そんな複雑な心情が折り混ざった笑みを浮かべて、鬼道はユニフォームとマントを受けとる。
少し解れた深緑の裾も、何度か織乃に繕ってもらった赤の縫い跡も、変わっていない。
大事そうにそれを抱えた鬼道に、ほんの少し頬を緩めた織乃の制服の裾を、ちょいと成神が引っ張った。
「織乃さんは、こっちですよ」
「えっ?」
:
:
「納得いきません……!!」
雷門にあてられたベンチに深く腰掛け、春奈は不機嫌です≠ニ最大限に主張せんばかりに頬を膨らませる。
まあまあ、とそれを宥める秋も苦笑いするしかない。
「何で織乃さんが帝国の臨時マネージャーにならなきゃならないんですかぁ!」
手足をばたつかせる春奈の言う通り──織乃は、雷門のベンチではなく帝国のベンチに座っていた。
それもこれも、成神に頼まれたからである。
『雷門には3人もマネジがいるんですし、今日くらい帝国に戻ってきたって良いじゃないですか! ねっ、ねっ!?』
切迫した表情ですがり付かれれば、織乃も頷くしかない。
その後10分ほど展開された織乃にマネージャーをしてもらいたい成神と、織乃を帝国に戻したくない春奈の攻防は、鬼道が「たまには良いんじゃないか」と言う言葉で春奈が折れたことにより終息した。
「それにしたって、これこそよく残ってたよね……」
「みんな捨てられなかったんですよ、どうしても」
半ば呆れの色も混ぜて呟いた織乃は、成神から渡された帝国マネージャーだった頃の──選手と揃いの色をしたジャージに着替えている。
帝国を離れる少し前に、彼女がロッカーに忘れて行った予備が今まで残っていたと言うのだ。
織乃が去った後、彼女の面影があるものと言えばデータを纏めた書類とこの忘れ物くらいで、帝国イレブンの誰もこれを捨てる気になれなかったらしい。
ただ問題があるとすれば、サイズだろうか。
「うーん……やっぱり、ちょっと窮屈ですか?」
「あー……まぁ、仕方ないよ。だって去年のジャージだもん」
ぱつん、と張った生地をどうにか伸ばそうと、胸元や肩の辺りを引っ張りながら、織乃は苦笑いする。
あの頃の自分に丁度よく作られたサイズのジャージは、この半年近くでかなり小さくなっていた。それだけ織乃が成長したと言うことだろう。
デコルテ部分にあたる生地を忙しなく引っ張る織乃に目を向けないようにしながら、鬼道は着慣れないユニフォームをまじまじと見る円堂と辺見たちと戯れる土門を振り返った。
「良いな、2人とも。さっきの感覚を忘れるなよ」
「ああ……でも、いきなり試合で試すなんて大丈夫か?」
土門は未だ不安が消えないのか、その表情も冴えない。
しかし鬼道は頑として首を振らなかった。
「あそこまで出来るようになれば、後は実践形式で覚えるだけだ」
「ああ! 絶対完成させようぜ!」
おー、といつものように腕を振り上げた円堂に吊られて、土門も拳を軽く上げる。
織乃もジャージを伸ばすことを諦め、両隣に座っていた後輩2人をフィールドへ送り出した。
「(──やっと観れる。帝国のサッカーを……この目で、直接)」
織乃は少し遠ざかった深緑の背中に、軽く目を伏せる。
あの日夢見た願いが、青空の下やっと叶おうとしていた。
prev
|
index
|
next
TOP