Place gentle to

ゴール前に立ち竦み、立向居は悩んでいた。
円堂たちはどうにか必殺技完成への道を1歩踏み出したようだったが、自分はまだスタートラインでたたらを踏んでいるばかり。影も片鱗も掴めてやしない。

「何も技のイメージが浮かんでいないのに、実践なんて……」

「何言ってんだ、立向居!」頼り無さげに呟いた彼に、それを耳聡く拾ったディフェンスラインの綱海が振り返った。

「本物の波じゃなきゃ、教えてくれねーこともあるんだぜ! ガンッガンぶつかっていけえ!」
「はっ、はい!」

力強い、それでいて強引な応援に思わず大きな声で返して頷く。
そうだ、今は技の完成だけに意識を割かなければ──頬を両手でバチンと挟み、立向居は改めてゴール前に腰を落とした。

そして数瞬の後、試合開始のホイッスルが響き渡る。
FF地区大会決勝以来の、雷門と帝国の戦いが幕を上げた。

「行くぞ!」

キックオフから辺見のパスを受け取った鬼道が走り出し、それに追随するように間を空けて洞面が続く。
躊躇なく雷門陣へ切り込んできた鬼道に、目を輝かせた一之瀬が駆ける。

「一度君と戦りあってみたいと思ってたんだ、鬼道!」
「──それは光栄だな」

言葉と共に、繰り出されたフレイムダンスに鬼道の口端が僅かに持ち上がった。
その笑みはさながら、帝国時代の焼き増しのようで。

「なっ──!」

フレイムダンスの舐めるような炎を洞面へのバックパスでいとも容易く回避した鬼道に、一之瀬は思わず言葉を失う。
今、鬼道は後ろを見向きもしなかった。相手の方を見ることもせずにパスを出したのだ。

「後ろも見ずにパスなんて……!」
「すごい……鬼道には、帝国の選手の動きが全部見えるんだ……!」

そのプレーは雷門勢だけでなく、今だけ帝国側にいる円堂も驚かせる。
だが、正しくは鬼道のプレーではなく──距離と時間を置いた上で尚成立している、彼と帝国の信頼関係に驚いたのかもしれない。

「鬼道さん……」

モバイルの端を握り締め、織乃は小さく呟いた。
雷門イレブンに鬼道が仲間入りして、それなりの時間が経っている。けれど、彼は、彼らは、お互いをチームメイトとして信頼している。
相手チームへの敬意と闘志を持って、戦っているのだ。──彼女は今まで、この光景をずっと待ち望んで来た。

織乃の僅かに濡れた視線に気付かず、鬼道は雷門陣内を駆けながら改めて帝国イレブンでの自分の居場所を思い出す。
昔と変わらない感覚。アイコンタクトすらせずとも仲間の次のプレーが分かる。

「(だからこそ──確かめたいことがある!)」

キャプテンとして奔走していた頃の記憶が、彼の気持ちを逸らせた。

「やるぞ、円堂、土門!」
「ああ!」

2人の返事を聞くなり、鬼道はその場で助走をつけて跳躍する。3人の息を合わせ──回転する。

「行くぞ──」
「デスゾーン!!」

一斉に渾身の力を込めて足を振り下ろす。タイミングも完璧だ。
「やった!?」エネルギーを凝縮したシュートに、ベンチ陣が目を見張った瞬間である。

「あっ……!?」

ゴールに近付いたボールから、集まったエネルギーが霧散していくのが目に見えて分かった。
「失敗だ……!」フィールドに着地した鬼道が舌打ち混じりに呟くその先で、威力の半減したボールが立向居に迫る。

目前になったボールに、立向居は目を瞑った。
──閉ざされた視界に聴覚が研ぎ澄まされる。ボールが徐々に近付いてくる音がする。

「シュタタタタ、タン! ドバババ──バーン!!」

バシン──と、叫びと共に突き出された両手に収まるボール。
瞼を開け、立向居はボールとそれを掴んだ掌を見下ろして顔をしかめた。

「ダメだ……こうじゃない!」
「ドンマイ、立向居!」

「まだまだ次がある!」腕をブンブンと振る綱海に頷く彼の目からやる気が消えていないのを堪忍して、円堂や土門は顎の先を摘まんで考え込む鬼道に向き直った。

「今のタイミング、完璧だったよな……?」
「ああ……今までで1番息が合っていた」

なのに、何故出せない。土門の問いに、鬼道はすぐさま答えを出せなかった。
ちらりと帝国ベンチにいる織乃に視線をやってみても、彼女にも理由が分からないのかモバイルを凝視しながら首を捻っている。
だから彼も、こう答えるしかない。

「俺にも分からない」
「──面白いな!」

一拍空けて返した円堂に、2人は目を丸くして視線をやった。
円堂は言葉通り、面白そうな──心底楽しそうな表情で笑っている。

「鬼道にも分からないデスゾーンか……ますます完成させたくなってきた!」
「円堂……」

彼の胡桃のような丸い瞳には、一切の迷いも不安もない。あるのは、希望と自信。相変わらずだな──と、鬼道は心の中で呟いて苦笑いを浮かべた。

「必ず完成させようぜ!」
「──ああ!」

気持ちを新たに、試合は続行される。
それぞれ技の完成する鬼道たちや立向居、そしてモバイルを見比べながら、織乃は難しい顔で唸った。

「デスゾーンの回転は十分、息も合ってる。ムゲン・ザ・ハンドは……どういう技なのかもまだ分からないまま、か」

まるで出口の見えないトンネルに入ってしまったような感覚を覚える。
頭に敷き詰まった疑問を溜め息と一緒に吐き出すと、それにホイッスルの高い音が重なった。

一先ず一息、と織乃はモバイルの蓋を閉じて立ち上がる。
練習場所を提供してもらう代わりに、雷門マネージャーたちは自主的に帝国のサポートにも当たるように試合前に4人で決めていた。
モバイルを小脇に抱え、織乃は手を振る春奈の元へ駆け寄る。

「おかえりなさい織乃さん!」
「あ、はは……ただいま?」

にこやかな春奈とは対照的に、その背中越しから成神が唇を尖らしているのが見えた。
これはあちらのフォローも必要か──小さなカゴに帝国用に準備されたタオルとジャグを詰めて、織乃はがたいの良い面子の揃う深緑色の集団──中でも、他と比べやや小柄な赤い背中に歩み寄る。

「鬼道さん……?」
「……ああ、御鏡か」

「大丈夫ですか」小さく尋ねた彼女に、鬼道はほんの少し眉を動かして、ああ、と短く答えた。

「タイミングも回転も十分過ぎる程だ。……ただ、足りないものが分からないのが問題だな」
「……そう、ですね」

歯切れの悪い返事に、ん? とこちらを見つめ返した鬼道に、織乃は一瞬言葉に詰まる。

確かめたいことがある。思い出されるのは、帝国に来る前に鬼道が溢していた台詞だ。
きっとそれは、デスゾーンのことではない。彼女はそう直感している。

きっと、彼が考えているのは──

「……なぁ、御鏡。久し振りに俺たちのプレーも分析してみてくれないか?」
「えっ? あ──はい」

ぽん、と大きな手が織乃の肩を叩く。
振り向くと、源田が昔と変わらずおおらかな笑みを浮かべていた。

ベンチに腰掛けた鬼道の方を窺いながら源田たちに駆け寄った織乃に、辺見が唐突に溜め息を吐く。

「──相変わらず、お人好しなバカだな。ヒヨコは」
「へっ?」

脈絡もなくそんなことを言われ、織乃はすっとんきょうな声を上げた。
言い方があるだろう、と一言注意を添えて、源田は頭1個分は下にある彼女に苦笑を向ける。

「あいつのことだ。……きっとまた、難しいことを考えているんだろう?」
「……多分」

俯き、織乃は自信無さげに頷いた。

真帝国戦を終えた後のことだったか。鬼道は以前、織乃に弱音を吐いたことがある。
自分が雷門に行ったのは間違いだったのではないか、帝国に残ってさえいれば、源田や佐久間は影山に捕まらずに済んだのではないか。
懺悔のように、俯き、ジャージを固く握り締めていた彼の横顔はまだ記憶に鮮明に残っていた。

恐らく鬼道は、今も同じようなことを思っている。自分の選択が、本当に正しいものだったのか。

「でも私は、……また、何も言えないままです」

あの時は、弱気になった鬼道が見ていられなくて、気持ちに任せて言葉をぶつけてしまった気がする。
鬼道がそれに対してどう考えたかは分からないが、少なくとも彼の心を救うには足りなかっただろう。

「良いんだよ、それで」

ふいに、頭に温もりを感じた。
佐久間が、空いた左手を織乃の頭に乗せている。どこか、満ち足りたような表情で。

「お前は、あいつを隣で支えてやれば良い。──引っ張り上げるのは、俺たちの仕事だ」

言って、佐久間は松葉杖を操り、危なっかしい足取りで鬼道の元へ向かう。
ゆっくり、彼の隣に腰を下ろした佐久間の声が、静かに小さく、鼓膜を震わせた。

「鬼道。久しぶりに、帝国の鬼道が見れて嬉しかった」
「佐久間……」

それは、心からの言葉だった。
顔を上げた鬼道は、僅かにゴーグルに隠れた赤い目を見張る。

「……でも、雷門にいる方が、お前は自分を出せているのかもしれない。グラウンドの外から見ると、よく分かるんだ」

佐久間の目が、ゆっくりと雷門イレブンたちへと向かった。
少し離れた場所に集まった雷門イレブンは、こちらの様子にも気付かず皆好きに雑談を交わし、笑いあっている。

「あいつらは、常にお前を刺激してくれる。帝国にいた時よりも、プレーにお前らしさが出ている」
「佐久間……」

佐久間は再び、鬼道に向き直った。
自分の持てる全ての優しさと、敬意と、友情を。
祈るように、差し出す。

「だから……もう俺も源田も、そして帝国のみんなも、お前に裏切られたなんて思っていない」
「……!」

穏やかな佐久間の微笑みを鬼道は瞠目して見つめた。
ふいに視線を感じて振り向くと、帝国のかつての仲間たちが、個々の違いはあれど緩やかな笑みを湛え自分を見守っている。
──その中央に、僅かに睫毛を湿らせた織乃もいて。ああ、また泣かせてしまうところだったと、鬼道はゆっくりと目を伏せた。

雲の切れ間から太陽の光が差し込む。
彼らを優しく照らしたそれは、まるで天へと延びる光の階段のようだった。

「……ありがとう」

唇を震わせて紡がれたそれは呟きにも似た僅かな声だったが、不思議と仲間たちの耳にはっきりと伝わる。
囲むように歩み寄ってきた彼らに、立ち上がった鬼道の面差しには、もう迷いは無かった。

「これで心おきなく、ジェネシスと戦える」

言葉はないが、小さな頷きが返ってくるだけで、鬼道には十分な物に思えた。もう迷いはない。彼らからもらった心と、──彼女がいてくれれば、それで。

「……俺もそろそろ、踏ん切り着けないとな」

仲間たちに囲まれ微笑む鬼道と、それを柔らかい表情で見つめる織乃を一瞥した佐久間は、囁くように独り言ちた。