Coexistence with the past

後半開始の時間が差し迫る。
立向居は1人、ベンチから離れた場所に立ち竦んで眉根を寄せていた。

「おいっ、立向居。何ひとりで悩んでんだ? 言ってみな」
「うわ、った! つ、綱海さん……」

ばんっ、とやや強めの力で背中を叩かれ、立向居は困ったままの表情で綱海を振り返る。
立向居はグローブをはめた手をチラリと見下ろし、口を開いた。

「……裏ノートに書かれている言葉です。シュタタタタタン、ドババババーン……これが分からなくって」
「何だ、そんなことかぁ」

「分かるんですか!?」あっけらかんと首を傾げた綱海に、立向居は目を丸くして思わず掴み掛かる。

「教えてください、綱海さん!!」
「えー……シュタタタ、っと来てタン、と来て、ドババババーンだろ? だから……」

そこまで言って、綱海は中空に視線を投げて唸り始める。
言葉になって出てこない答えに立向居がやきもきし始めると同時に、彼はぽんと手を打った。

「まあ、とにかくだ! 悩んだ時、俺は海に行くんだ!」
「は……?」

突然の自己PRである。
立向居はついすっとんきょうな声を漏らした。

「海はすごいぞ〜。弱い波でも、何度も打ち寄せる内に岩を削って砕いちまうんだ! 偉大だよな、海って!」
「はぁ……」

すごいよなぁ、うん──と、綱海はひとり納得した風に何度も頷きながら、ベンチへ戻っていく。
結局何も分からなかった。我に返った立向居が大きく溜め息を吐くと同時に、後半開始のホイッスルが鳴り響いた。

「ムゲン・ザ・ハンドも分からずじまい、デスゾーンも未完成……八方塞がりね」

ベンチに座り直し、始まったゲームを眺めながら夏未が呟く。
せめてどちらかが成功すれば、これからの足掛かりになるのだが。その隣で、織乃は忙しく指をモバイルに走らせていた。

「立向居くんの方はヒントが少ないからまだしも、デスゾーンはほぼ完成間近なんです。それなのに、どうして……」

撮ったばかりの動画をコマ送りで再生してみても、特に目立ったズレもなく完璧と言えるタイミングである。
それなのに技として完成しないと言うことは、それ以外に原因があるとしか考えられないのだが、やはり何も思い浮かばない。

「(帝国と条件は同じだし……いや、いっそ帝国とは切り離して考えるべき……?)」

何故帝国マネージャーの頃直接デスゾーンを見る機会がなかったのだろう、と織乃が頭を抱えて悩んでいるのと同じく、立向居もまたゴール前で悩んでいた。
裏ノートに書いてあった言葉通りに動いているつもりでも、ムゲン・ザ・ハンドは完成しない。
集中力の途切れ掛けた脳裏に、ふと先程綱海から聞いた話がフラッシュバックする。

弱い波でも、何度も打ち寄せる内に岩を削って砕いてしまう──どうしようもない、ただの雑談の内容だ。

「(何でこんな時に思い出してしまうんだ……!)」
「行ったぞ、立向居!」

頭を振っていると、ふいに綱海の大きな声が意識を切り裂く。
次の瞬間、立向居の視界は見慣れた白と黒に覆い尽くされていた。

「ぶっ!?」
「だ、大丈夫か!?」

顔面でボールを受け止めてその場にひっくり返った立向居に、ギョッとした綱海が駆け寄っていく。
立向居はよろよろと起き上がりながら鼻っ柱を押さえて頷いた。

「だ……大丈夫です……ボーっとして、すいませんでした」
「そうか……無理すんなよ?」

まだ脳が揺れている気がする。
遠ざかる綱海の背中が幾重にもぶれて見えていることに気付き、立向居は目を擦った。

「っムゲン・ザ・ハンドに、集中しなきゃ……!」

今のは失敗したデスゾーンだったからこそ、これだけのダメージで済んだのだ。完成した状態であれば、ムゲン・ザ・ハンドでなければ止められない。
視線をやった前線で、鬼道たちは息を切らしながら顔をしかめていた。

「今のもダメか……!」
「タイミングも合ってるはずなのによう……」

ジェネシスを倒すためには、ひとつでも強力な技が必要なのに。そんな焦りに苛まれながら、鬼道はコート外に転がるボールを見つめる。

「どうすれば……」
「鬼道にボールを集めるんだ!」

その時、ゴール前の源田が突然声を張り上げた。
霧掛かった心中に轟いた声に、鬼道は僅かに目を見開いてその場で振り向く。

「ここまで来たんだ、とことん付き合うぜ。鬼道」
「寺門……」

ゴーグルの下で何度かまばたきを繰り返し、鬼道は唇を引き結んだ。
協力してくれる彼らのためにも、完成させたい──完成させなければ。決意を一層新たにしたところで、円堂が問いかけてくる。

「鬼道。タイミングは、帝国の時と同じなんだよな?」
「ああ……全く同じだ、──!」

雷門にいる方が、お前は自分を出せているのかもしれない。
──唐突に甦ったのは、佐久間の言葉だった。

「……御鏡、少し確認したいことがある」
「! はいっ」

ボールはまだコート外に転がったままだ。それを確認して、鬼道はライン際に織乃を呼び寄せる。

「俺は、……雷門に来てから、帝国の頃と比べて何か変わったか?」
「え?」

転がったボールに視線を留める鬼道に、織乃は目をしばたいた。
一瞬質問の意義を考えて──理解する。鬼道の言わんとしていることと、考えていることを。

「……はい。変わったところ、沢山ありますよ」

彼女の晴れやかな笑顔に、鬼道は満足げに頷いた。
「何か分かったんですね」小さな問いかけに、ああ、と短く答えた鬼道は、円堂たちの元へ戻るなり何か話し合いを始める。

「お兄ちゃん、何の話だったんです?」
「うん……多分これで、デスゾーンも完成するよ」

唐突な織乃の宣言に、マネージャーたちはキョトンと顔を見合わせた。
織乃も鬼道の質問で、ようやくデスゾーンに何が足りないのか気がついた。足りない、と言うよりも、今まで余分だったものがあったと言う方が正しいだろうか。

「何か見つけたんだな、鬼道……!」

佐久間が小さく笑みを浮かべて呟く。
試合が再開され、帝国勢はすばやくボールを奪った。

「行けェ、鬼道さん!!」

辺見が高く打ち上げたボールを受け取り、鬼道が土門と円堂に目配せする。
フィールド中盤まで駆け込み、体を捻り中空へ跳ぶ。何度も繰り返した動きは、既に体に染み込んでいた。

「でやぁああ!!」

哮りながら宙で回転し、中央のボールへエネルギーを集める。そこまでは同じだ。
しかしこのデスゾーンは、先程までとは決定的に違う部分があった。

「何だ……? 回転のタイミングが合っていない!?」
「いえ、あれで良いんです!」

眉を顰めた佐久間を、織乃が制す。
その目はまばたきもせず、3人の姿に注目していた。

「──今だ!!」

鬼道の声を合図に、足が降り下ろされる。
力が加わったシュートは威力を落とさず、寧ろ周りの空気を渦巻き大きくなりながらゴールへと迫った。

「これは……!」

唖然と目を見開いた立向居の横を、シュートがすり抜けて行く。
ズパッ、と鋭い音を立てゴールに突き刺さったボールを、旧雷門勢は驚愕の表情で見つめた。
──同じだ。あの頃雷門を苦しめた、デスゾーンと。

「ぃやった!!」

フィールドに着地するなり、円堂が両手の拳を空へ突き上げた。
息を整える時間も惜しいのか、土門は肩を揺らしながら鬼道を振り向く。

「鬼道!」
「ああ……デスゾーンの完成だ!!」

一体何度失敗したのか。数えるのも億劫になるほどだったが、その1回の成功は彼らの疲れを吹き飛ばすには十分なものだった。
マネージャーたちも喜び手を取り立ち上がり、試合は一時中断する。

「でも、どうして出来たんだ?」
「タイミングだ。帝国と雷門は違うチーム……雷門には雷門のタイミングがある」

タイミング? と春奈はちらりと隣の織乃を伺った。
その視線を受け、織乃は小さく頷いて見せる。

「帝国の鬼道さんと雷門の鬼道さんじゃ、プレースタイルはともかく、レベルや環境、立場も違うからね」

あの頃と比べ、鬼道は円堂たちと同じように傷付き挫折しそうになりながら、心身共に強くなった。
帝国の頃の、何事も一線引いた位置から指揮菅のように仲間たちを率いていた頃とは違う。

「ただお手本通りにやっても、成功しないものがある──本当に自分達の力にしたいなら、尚更ね」
「そうか……! 俺たち3人のタイミングで打ったから出来たのか!」

ゴールに転がったボールを一瞥し、円堂はそわそわと体を揺らした。
またひとつ強くなった。それが目に見えると、尚更心が踊るものがある。

「ああ。……成功したのは、みんなのおかげだ」

呼吸を整え、鬼道は帝国の仲間たちを見やった。
彼らがここまで協力してくれなければデスゾーンの完成も、そして恐らく胸に残っていた靄も消えないままだっただろう。

「いや、これはお前たちの努力の成果だ」

松葉杖を突き、鬼道たちの元へやって来た佐久間が有無を言わせぬ、しかし穏やかな口調で言った。
そして鬼道のゴーグルの奥を見つめ、ニヤリと──あの頃の非情さを微塵も感じさせない、ただひたすら好戦的な笑みを見せる。

「……それに、これで終わりじゃないんだろ?」
「え?」

まだ何か先がある。佐久間の言葉の裏には明らかにそんな意味が持たされていて、一同の視線は一気に鬼道に向けて集まった。

「どういうことだ? 鬼道」
「……デスゾーンを超える必殺技の特訓だ」

円堂の問いに、鬼道もまたニヤリと笑みを浮かべて答える。
こちらは今も昔も、何も変わらなかった。