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ゴールを前に、ボールを抱えた三国がじっと俯いている。
信助はその後ろ姿をそっと見上げ、眉を下げた。二度も得点を許した悔しさは、DFの自分よりキーパーの三国の方がずっと強いはずだ。掛ける言葉も見当たらず、信助はただ先輩の背中を見つめるしかない。

「三国先輩……」

その声が聞こえたのだろうか。俯いていた三国が、ふと顔を上げる。
太陽のシュートを止められなかったのは自分の落ち度だ。しかし、今はそれを悔やむ暇も惜しい。そして、自分にはきっと彼を止めるだけの力は恐らくない。

「(雨宮のシュートを止められることが出来るのは……)」

三国が無言でテクニカルエリアに視線をやると、眼鏡越しに彼の真剣な表情を見た鬼道が小さく頷いて、ベンチから立ち上がり声を張り上げた。

「キーパー、三国に代わって──西園!」
「……えっ!?」

驚きに頬を赤くして、信助が小さく飛び上がる。
思わず困惑しながら三国に視線を向けると、彼はこちらにしゃがみ込んで言った。

「頼んだぞ、信助」
「──はい」

その目を拒絶することがどうして出来ようか。ややあって、信助は神妙な顔で頷く。

ユニフォームを着替えに戻った信助に代わり、彼のポジションには車田が入る。軽い準備運動ののち、車田は三国とハイタッチを交わしながらフィールド入りした。

「ディフェンスは任せろ、信助は俺たちがフォローする!」
「ああ。頼んだぞ、車田!」

頷き、テクニカルエリアに戻った三国はじっと信助を見守る。
アウェイカラーのユニフォームに着替えフィールドに戻った信助は、そっとゴールを見上げ身震いした。

「(三国先輩でさえ守れなかったのに、僕に出来るのかな……)」

体の小さな彼にとって、ゴールは巨大な門のようなものだ。三国でさえ守れなかったこの門を、彼は守れと言う。悔しいだろうに、それでもチームの勝利のために、新たな可能性に掛けてこの場所を後輩に受け渡した。

「(──ううん。キーパーのポジションに誇りを持って戦ってきた三国先輩……その三国先輩が僕に任せてくれたんだ)」

ちらりとテクニカルエリアに視線を投げ掛けると、こちらを見ていた三国が力強く頷く。それを見て、信助の心は決まった。

「……やるんだ。やらなきゃならないんだ!」

丸い自分の頬を叩き、信助は身構える。
その瞬間キックオフのホイッスルが鳴り響き、ボールを受け取った倉間が走り出した。しかし発動した流砂にたたらを踏んだ隙に、逆に砂を利用し滑り込んできた根渕にボールを奪われてしまう。

「太陽!」
「……!」

パスを受け、一気に雷門陣内へと走り込んでくる太陽の進路へ、天馬が飛び出した。

「今度こそ抜かせない! 絶対勝たなきゃいけないんだ!!」

太陽にチャージを仕掛け、天馬はボールに脚を伸ばす。けれど太陽も負けじとボールをキープし続け、2人は激しい競り合いを繰り広げた。

「僕にはこの一瞬が──全てなんだ!!」

天馬はそこでハッと気付く。太陽の息が荒い。必死にボールをキープするその表情にも、苦しさが滲んでいることに。

「(何だ、この感じ……あの時と──病院で初めてプレーした時と違う。全然楽しくない……どうして?)」

戸惑いはプレーにも現れる。天馬の僅かな隙を突き、太陽はついに彼のマークを振り切った。

「っこんなところで止まるわけにはいかないんだ!」
「あっ──!」

天馬を抜き去った太陽は、そのまま雷門のディフェンスを切り裂き進む。
また化身のシュートが来る──身構えた雷門イレブンだったが、太陽はチェックに入った狩屋を前に一瞬立ち止まると、素早くにボールを左サイドに控えた根渕へと渡した。DFたちはフェイントに反応が間に合わず、根渕と信助の一騎打ちの形となる。

「化身で止める──!」

目前へ迫る根渕に信助は握り拳に力を込めたが、闘気は淡い光を放つだけで化身は発現しない。どうして、と困惑する信助に、咄嗟に三国が叫んだ。

「信助、パンチングだ!!」
「!!」

ハッと目を見開いた信助は、慌てて根渕のシュートを弾き返す。
跳ね返ったボールを受け止めながら舌打ちした根渕は、叫びながら腕で空を薙いだ。気勢と共に溢れ出た闘気は、大きな槍を携えた化身を形作る。

「ならこいつだッ!! 《海帝 ネプチューン》!!」
「今度こそ……っ!」

目の前に現れたネプチューンに信助は再び闘気を練り上げるも、やはり化身の発現には至らない。その間にも根渕はシュート体勢に入っている。焦る信助の耳に、再び三国の声が届いた。

「あの特訓を思い出せ!!」

その言葉に、昨日の特訓が脳裏に蘇る。
雑念はいらない。ただシュートを止めることだけを、目の前の驚異からゴールを守ることだけを考えて──集中する。

「ヘヴィアクアランス!!」

信助が身構えるのと同時に、ネプチューンの振りかぶった槍が彼に襲いかかる。
フィールドを裂くような勢いで突進してくるシュートに、信助は雄叫びを上げた。

「雷門のゴールを守るのは──僕だぁあッ!!」

その瞬間、信助の体から紫色に輝く闘気が勢いよく立ち上る。
その光は強固な鎧と逞しい腕を持った化身へと変わり、主の声と共に顕現した。

「《護星神 タイタニアス》!!」

タイタニアスの大きな掌が、根渕のヘヴィアクアランスを押し潰す。
自身の抱えたボールを見つめ、やった、と信じられないような声で呟いた信助は、やがて大きく顔を綻ばせた。

「止めた──僕、止めたんだ……! やったー!!」

飛び跳ねる信助の喜びは仲間たちにも伝染する。髪を靡かせ、新雲陣内を振り仰いだ神童は更に闘志を燃え上がらせるように声を張り上げた。

「よし、反撃だ!!」
「はい!!」
「おお!!」

ボールを持った神童を先頭に、雷門イレブンはカウンターに繰り出す。
砂の動きは把握した。少しでも崩れ出したら、それが砂の流れ出す合図だ。流砂に流される直前ボールを依織へ回した神童は、跳躍で砂を躱しながら神のタクトを振るう。
光の軌跡に導かれ、ボールは前線へと運ばれる。ディフェンスを切り抜け、ついに神童がゴール前へ飛び出した。

「(革命を成功させる!!)」

その思いと共に、召喚された奏者マエストロは4本の腕でタクトを振るう。

「ハーモニクス!!」
「ギガンティックボム!!」

神童と佐田の、化身同士による必殺技が炸裂した。
衝撃波はフィールドの砂を巻き上げ、敵味方関係なくその視界を塗り潰す。砂埃に視界を奪われる中、天馬たちはその叫びを聞いた。

「本当のサッカーを取り戻すんだ!!」

──新雲のゴールネットに、シュートが突き刺さる。鍔迫り合いを制したのは神童だった。
雷門側の観客席から熱烈な歓声が上がる。ぼんやりとそれを聞きながら、太陽は息を切らし笑った。

「やっぱり雷門だ……! 僕が戦いたかったのは、この雷門なんだよ……!」

その様子を、依織はじっと遠目から観察する。
「もう1点取るぞ!!」声を張り上げた神童に返事をしながら、彼女は幼馴染みに背中を向けた。

ホイッスルが鳴り響き、新雲は太陽を中心に反撃を開始する。
しかし、太陽の足取りは先程までと比べどこか重たい。ただ、それは彼のプレーをよく知った人間でなければ分からないような小さな変化だろう。
ゴールを目指す11番の背中に向けて、依織はついに全力で走り出した。

「──太陽!!」
「依織……!」

苦し気に胸を押さえながら立ち止まった太陽は、目の前に躍り出た依織を睨む。
本当は、こんな形で太陽と戦いたくなかった。
しかしそれでもやらねばならない。ここで止めなければ太陽は本当にサッカーが出来なくなるどころか、二度と青空の下に出ることすら叶わない体になってしまうかもしれない。
──そんなことを許してなるものか。

「お前を決勝に進ませるわけにはいかない!!」
「いいや……僕は絶対に雷門に勝つ!!」

ボールに向かって依織が突進する。お互いにチャージしながら繰り広げられる奪い合いは、味方ですら声を掛けるのを躊躇うような気迫だ。

「分かってんだろ!? ここで勝ったところで、お前が決勝戦に出れる保証がないくらい!! 出れたとしても、下手したらお前の体は──」
「それでもいいんだ!!」

ボールを奪い、依織は弾かれたように数歩後退する。太陽は息が整うのを待たず、再び彼女へ向かって地面を蹴った。

「君とここで戦えて、雷門に勝って、新雲のみんなと優勝して──今まで夢見てきたことが全部叶うのなら、僕は死んだって構わない!!」
「…………!!」

大きく見開かれた依織の瞳が揺れる。
だが、それも束の間のことだ。次の瞬間、深く俯いた彼女の体から青白い電流が迸った。

「この──バカ太陽ッ!!」
「うぐ……っ!?」

足元を這うように流れた電流はボールを包む鎧となり、太陽の体を弾き飛ばす。そのまま不規則に跳ねたボールをキープして、依織は前線に向かって吼えた。

「キャプテン!!」
「──!」

依織のロングシュートが長い放物線を描く。落下してくるボールを見上げ、神童は再び闘気を練り上げた。

「今度は止める!!」

放たれるであろう化身のシュートに、息巻いた佐田が身構える。
しかしそちらに一瞥をくれた神童は小さく口角を上げると、あろうことかそのまま化身を最後まで発現させずボールを見送ってしまった。

「何ッ!?」

神童の予想外の行動に瞠目した佐田の視界の端で、サイドに待機していた剣城がボールを受け止める。
最初からこちらが本命だったのだ──それに気が付いても既に遅い。顕現されたランスロットは、赤いマントを翻し剣を構えた。

「ロスト──エンジェル!!」
「ギガンティックボム!!」

一拍タイミングの遅れたギガンティックボムは、剣城のロストエンジェルによって貫かれた。鋭角にゴールに突き刺さったシュートに、得点は2対2の同点へと追い付く。

スコアボードを見上げついに片膝を突いた太陽は、苦しげに呼吸を繰り返しながら満面の笑みを浮かべた。

「すごい……すごいよ、雷門は……! 僕が考えていた以上に、強い……!」

──目に見えて辛そうなその背中に、天馬は思わず眉根を寄せる。果たして彼をあのままにしていいのだろうか。ちらりと依織に目を向ければ、彼女は同点に追い付いたにも関わらずしかめ面でスコアボードを見つめている。

そんな天馬の憂いを他所に、試合は更に激化した。
あと一勝で決勝に進むことが大きいのだろう、チームを指揮する神童の声にもいつも以上に気合が入っている。

「勝つぞ!!」

試合の勢いが雷門についたことで、新雲はディフェンスに集中する戦法に出たのだろう。それまで攻撃に回していた太陽を守備に下げ、全員で自陣へ戻り雷門イレブンを待ち構える。

「太陽……」
「……」

それでも、太陽の息は尚整う気配がない。
剣城が肩越しにこちらを見ていることにも気付かず、天馬は小さく呟いた。
しかし、天馬の心にどんな憂いがあっても時間が止まることはない。浜野から一瞬の隙を突きボールを奪った太陽が、再び雷門陣内へと攻め込まんと切り込んできた。

「進ませるな!!」

神童の檄を合図に、DFたちが身構える。
──だが、肝心の太陽の走りに先ほどまでの勢いはない。その変化は既に観客たちから見ても分かるほどだ。
そしてついに、走る太陽の足がもつれた。
よろめいた足元から神童にボールを奪われたにも関わらず、太陽はその場に膝を突く。それを目の当たりにした天馬は、思わず走る足を止めてしまった。

「天馬!!」
「……!」

神童の声に、天馬はハッと我に返る。繰り出されたパスを反射的に受けとると、天馬は小さく頭を振って走り出した。
太陽を起点にカウンターに入ろうとしていたのだろう。ゴール前はがら空きで、雷門の決定的なシュートチャンスだ。

「打たせる、もんか……!」

必死に走ってくる太陽の気配を背中で感じる。
天馬はそれを振り払うかのように、足を思いきり振りかぶった。しかし──

「あっ!?」
「!!」

ガン!と大きな音を立て、天馬の蹴ったシュートはゴールポストに跳ね返った。
天馬はコートの外へ転がっていくボールを呆然と見つめる。ここに来て痛恨のシュートミスだ。雷門イレブンが思わず落胆すると同時に、新雲イレブンは安堵に胸を撫で下ろす。

次の瞬間、コーナーキックを始める間もなくホイッスルの音が響き渡った。前半が終了したのだ。

「どんまい、天馬! 次はいけるよ」
「う、うん……」

テクニカルエリアに戻りながら、跳ねるような足取りでやって来た信助に天馬は曖昧に頷く。
息を整えつつベンチに腰を降ろすと、ふと頭上に影が差した。

「──松風」
「!」

顔を上げると、ひどく不機嫌そうな顔をした剣城と目が合う。
どうしたんだ、と聞く間もなく、彼は唸るようにこう問い掛けた。

「何故手を抜いた」
「え……?」

その言葉に、天馬は目を丸く見開く。それを聞いた仲間たちも、驚いたようにそちらを見た。
仲間たちの視線を浴びながら、剣城はそんなこともお構いなしに天馬を睨み付ける。

「今、雷門で本気を出していないのはお前だけだ。やる気がないなら……フィールドから出ろ」
「……!」

瞳を震わせ、天馬は言葉を失う。厳しい言葉にショックを受けたから──それだけではない。『そんなことはない』と、咄嗟に言い返すことの出来ない自分に困惑したのだ。
戸惑う天馬の視界で、こちらにじっと流眄を向けた依織が憂うように目を伏せた。