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母を亡くしたばかりの頃、依織の一番傍にいたのは太陽だったと記憶している。

まだ死というものがよく分からなくとも、もう二度と母に会えないのだということは大人たちの反応を見て嫌でも理解した。
どれだけ笑ってもどれだけ泣いても、彼女の頭を撫でるのも涙を拭うのも、母以外の誰か。あの温かい手にはもう触れることが出来ないのだと思うと、ふとしたことで涙が出てきた。

「──どうしたの、依織。どこかいたいの?」
「ちがう、ちがうの……」

叔母や従姉に連れられ、2人でよく遊びに行った近所の公園。すれ違った自分と同じ年頃の親子連れを見て突然泣き出してしまった依織の頭を、太陽は困った顔になって撫で付ける。

「ねえ、太陽。太陽はいなくならない? どこにもいかない?」
「いかないよぉ」

泣きじゃくりながらそんなことを尋ねる依織に、慌てて太陽は首を振った。
「ほんとうに?」と食い下がる依織に頷いて、彼は思い付いたように小指を差し出した。

「ぜったいぜったい、ぼくはどこにもいかない! 依織とずっといっしょにサッカーする! ね、やくそく!」
「うん……やくそく」

指切りげんまん、嘘吐いたら針千本飲ます──夕日に包まれ始めた公園に、幼い子供の無垢な歌声が響く。
後に依織は父に連れられ九州に引っ越すことになり、太陽に「僕と約束したのに!」と大泣きされるはめになるのだった。




「──ったら……ねえ、依織ったら!」

自分の名前を呼ぶ声にハッと伏せていた瞼を開けて顔を上げると、心配そうな表情でこちらを覗き込む葵と目が合った。
やっと気がついた、と溜め息混じりに呟いた葵は、目を瞬く依織に首を傾げる。

「何だかぼんやりしてたけど、大丈夫?」
「……ああ、うん。ごめん。ちょっと考え事」

小さく頷いて、依織は葵から渡されたタオルに顔を埋める。
ハーフタイムの間、砂のフィールドが整備される為一時的にピッチを出た選手たちは、空調の効いた控え室で休息を取っていた。
ホワイトボードを背に、鬼道は選手たちに指示を飛ばす。

「みんな、よく前半の内に追いついた。試合の流れを作るためにも、後半一気に攻め上がるんだ」
「はい!」

めいめい力強く返事をすると、鬼道はその反応に満足げに頷く。そして彼は、次に額の汗を拭っている倉間へ目を向けた。

「倉間、影山と交代だ」
「え……」

指から滑り落ちたタオルがぺそりと肩に引っ掛かる。何故、と無言で理由を求める倉間の視線を受けて、鬼道は続ける。

「デザートスタジアムの流砂は、想像以上に体力を消耗する。だが新雲学園もそれは同じだ。後半温存してきた影山を投入し、一気にディフェンスラインを切り崩す」

感触が土に似ていると言えど、実際走ってみるとその違いは中々大きい。現にFWで一番疲労が溜まっているのは倉間だ。同じポジションの依織にそれほど疲れが見られないのは、今回は中盤に下がったせいでいつもより前線へ上がることが少ないからだろう。

「──分かりました、監督」
「先輩……」

しばし考え込んだ後、素直に頷いた倉間に輝が不安げな表情を浮かべる。
先輩である倉間を差し置き、後輩の自分が出ても良いのだろうか──そんな顔だ。倉間は輝を安心させるように、口角を上げて見せた。

「大事な試合だ、後半は頼んだぞ。お前のスピードで奴らを攪乱してやれ!」
「……! 任せてください!」

後輩を見上げるその表情には不安も不満もない。輝はホッとしたように笑顔になると、大きく頷いた。

「よし、後半も気合を入れていくぞ!」
「おお!」

迫る試合再開の時間に、雷門イレブンは団結の声を上げる。
そんな中、1人輪から外れた天馬は、先程言われた剣城の言葉を思い返していた。

『今、雷門で本気を出していないのはお前だけだ』

──そんなことはない。自分は全力で戦っている。
そう思っているはずなのに、直ぐ様反論できなかった。太陽の率いる新雲イレブンは、手を抜いて勝てるような相手ではない。そんなチームに、自分は手を抜いていると言うのか。
思い悩む彼の姿を、剣城や鬼道がじっと観察していた。




フィールド整備が終わり、後半戦が始まる。
雷門は倉間と輝を入れ換え、依織を上げて3トップの攻撃的なフォーメーションに変更したのに対し、新雲はメンバーチェンジなしでのスタートだ。

ホイッスルが鳴り響き、新雲のボールでキックオフだ。ドリブルで駆け上がる根渕から、死角から不意を突いた剣城がいきなりボールを奪う。

「影山!」

剣城はこちらへ向かってきた太陽を一瞥し、ボールを輝へ回す。行くぞ、と息巻いた輝はドリブルで新雲陣内へ切り込むと、チェックに入った真住と樹田を早速抜き去った。

「依織ちゃんっ!」

DFの注意が十分こちらに引き付けられたことを確認した輝は、直ぐ様逆サイドを走る依織へロングパスを繰り出す。
輝が囮になってくれたおかげで、ゴール前はがら空きだ。依織はすぐにシュート体勢に移れるように体を低くしたが──

「やらせないよ、依織!!」
「! 太陽……!!」

依織がそれを受けとる前に、いつの間にか中盤から駆け戻ってきた太陽が落下中のボールをインターセプトした。
そのまま雷門陣内に切り込んでいく太陽に、FW3人は咄嗟に急ブレーキをかけその背中を追い自陣へ逆戻りする。

「よし──行くぞ!!」

ボールを奪取した太陽を中心に、新雲イレブンは全員で一気に攻め上がる。迫る新雲のFWたちに、神童が叫んだ。

「止めるぞ、天馬!!」
「は、はい!」

マークについた神童に根渕は鬱陶しそうに歯噛みすると、素早く辺りを見回し中央に駆け込んでいた太陽へとパスを上げる。
ボールを受け止めた太陽は、咄嗟に進路を遮った天馬を見て目を細めた。

「太陽……」
「……天馬」

次の瞬間、天馬は力一杯地面を蹴って走り出す。しかし太陽は小さく微笑むと、ひらりと身を翻し天馬のタックルをかわてしまう。

「攻め方が甘いよ、天馬!」
「くっ……何!?」

直ぐ様体勢を立て直した天馬は再び太陽に向かっていくも、直線的な動きは読みやすくことごとくかわされてしまう。絶え間なく攻め続けているにも関わらず、ボールは奪うどころか触れることすら出来ない状態だ。
やがて太陽も天馬の異変に気がついたのだろう、彼から数歩距離を取ると、やや剣呑な視線を天馬に向けた。

「──君が本気を出しても出さなくても、僕は全力で挑む。そして勝つよ」

その言葉に、息を切らした天馬の肩が跳ねる。

「全力で挑む、本気のサッカー……それは、俺たち雷門のサッカーだッ!」
「そうだよ──天馬!!」

次の瞬間、同時に走り出した2人の足がボールを捉えた。衝撃で打ち上がったボールは、弧を描き太陽の元へと落ちる。

「だから、本気の相手は君たちじゃなきゃいけないんだ!!」

天馬の視線が自分から外れたその一瞬の隙を突き、太陽は天馬の横を抜き去っていく。
あっと短く声を上げた頃にはもう遅い。踵を返し走り出した天馬の視線の先で、太陽は霧野や狩屋、車田や天城、雷門のDFたちを次々に突破した。

「行かせるかッ!!」

そこでゴール前に飛び込んだのは、太陽と天馬が競り合いを繰り広げている間に自陣へ舞い戻った依織だ。切れる息が整わぬまま、依織は太陽にチャージをしかける。

「お前をここで勝たせるわけにはいかないんだ!! 《星女神アストライア》ッ!!」
「僕は全力で戦って、そして勝つ! それだけだ!! ──《太陽神アポロ》!!」

化身を伴った額がぶつからんばかりの激しいチャージングに、太陽はボールをキープしたまま弾かれたように後ろへ下がった。
一気に飛びかかってきた依織に太陽は咄嗟にターンして、彼女のタックルを寸でのところでいなして見せる。

「くっそ──!」

体勢を崩したことで集中力が途切れたのだろう、アストライアが星を散らし霧散する。勢い余って膝を突いた依織を振り切り、太陽はゴールの信助と対峙する。迫る太陽に、信助は闘気を練り上げタイタニアスを顕現させた。

「絶対に止めてみせる!!」

現れた化身に目を細め、太陽はシュートを放つ。
弾道は右寄りだ。そこだ、と吼えた信助が腕を振りかぶった次の瞬間、ボールはゴール目前にフィールドに着地すると、その場で急速にスピンして左へ跳ねる。

「えっ!?」

驚きに目を見開いた信助の視界の端で、跳ねたボールの元に飛び込んだ太陽が手透きになったゴールの左側にシュートを叩き込んだ。
2対3──再び突き放された得点に、信助も思わず膝を突く。

「……っ」

フィールドに胡座を掻き、依織は前髪を握り締めた。
後半開始前に鬼道が言った通り、今回のフィールドは走るだけでも相当な体力を消耗する。元から他の選手と比べ体力が僅かばかり心もとない依織にとって、今の状態では化身を出せるかどうかも怪しい。

「大丈夫? 依織……!」
「……ああ。どうってことないよ」

差し伸べられたのは天馬の手だ。その手に引っ張り起こされた依織が大きな溜め息を吐くと、天馬がふとポツリと呟いた。

「強いね、太陽は。──ううん、強いだけじゃない。太陽は、誰よりもサッカーを楽しんでいる」
「……何もかも放り捨てる覚悟でやってるんだ。そりゃあ強いし楽しいだろうよ」

答えた依織の声は皮肉めいていたが、同時にどこか羨ましそうでもある。
空を見上げた天馬は、視界一杯に広がるしばらく青空を見つめると、やがて晴れやかな表情になった。

「そっか──そうだったんだね、ねえ依織。俺、やっと分かった気がする!」
「へ?」

何が、と依織が尋ねる前に、「お前たち、早くポジションに着け!」という神童の叱咤に2人は慌てて定位置に戻る。
試合は雷門のボールでキックオフだ。2人がかりのディフェンスに攻めあぐねる輝に、駆け込んだ神童の声が掛かった。

「影山、こっちだ!」
「!」

咄嗟にパスした輝からのボールを受けとり、神童は新雲陣内へ切り込む。とは言え、彼にも太陽を中心とした隙のないフォーメーションを突破する明確な策があるわけではない。

「──キャプテン!!」

ふいに彼の耳に大きな声が届いた。
天馬だ。後方から駆けてきた天馬は、神童に向かって叫ぶ。

「俺にボールを下さい! 俺が──太陽を飛び越えて見せます!!」

そう言って単身新雲陣内へ攻め込んでいく天馬の後ろ姿に、仲間たちはギョッと目を剥いた。

「1人で攻める気か!?」
「ちゅーか、無茶だって!」

確かに、あのフォーメーションを1人で突破するのは難しいだろう。だが、神童は見たのだ。天馬の目に、確かな自信と決意が漲っているのを。
迷っている間にも、こちらには新雲のチェックが迫ってくる。逡巡を振り切り、神童は前線へ遠ざかっていく天馬へボールを打ち上げた。

「よし──天馬、任せたぞ!!」

長く弧を描いた神童からのロングパスは、一寸の狂いなく天馬の元へと届く。止めろ、と怒声にも似た叫びと共に向かってくる新雲イレブンに、天馬は一息で加速した。

「(太陽──俺、分かったよ。太陽があんなにも強いのは、自分の思いを貫いてるからなんだね……!?)」

心はどうしようもなく逸っているのに、頭は不思議と冷静だ。天馬はつむじ風のように、新雲のディフェンスをスルスルと抜き去っていく。

「(なのに俺、太陽のことを心配して力が入ってなかった。このままじゃ、太陽もサッカーも悲しむよね!!)」

それなら、こちらも自分のサッカーをやりきろう。太陽のように──とうとうそよかぜステップで最後の敵を抜き去った天馬は、ゴールの前へ到達した。迫ってくる天馬に、佐田が身構える。

「行かせないよ、天馬!!」

その時、驚異的な速さでゴール前まで駆け戻ってきた太陽が天馬の進路へ飛び出してきた。顕現された太陽神アポロを果敢に見上げ、天馬は叫んだ。

「俺は太陽を越えるため、高く──もっと高くまで飛ぶんだ! 俺のサッカーで!!」

ボールを大きく蹴り上げ、天馬は咆哮と共に背中に顕現させた化身の翼で跳躍する。

「天まで届け!! これが──《魔神ペガサスアーク》だッ!!」
「!!」

燃え盛る炎にも似た鬣、力強く羽ばたく白い翼。現れたのは、ゴッドエデンでの死闘以来どうしても顕現することの出来なかったペガサスアークだった。
ペガサスアークの翼を借りて、天馬は驚きに目を見開く太陽を文字通り飛び越えた。放たれたシュートはギガンティックボムを打ち砕き、新雲のゴールへ突き刺さる。

「やった……!」
「すごいよ天馬くんっ!」

高らかなホイッスルと共に着地した天馬の背中に、感極まった輝が飛び付く。そのままフィールドにひっくり返り、浜野や車田からよくやった、と頭を撫で繰り回される天馬を遠目に、太陽は苦しげに胸を押さえ息を荒らげながらも笑顔を浮かべた。

「大丈夫か、太陽」
「うん。僕のアポロも負けてられないな」

気遣うように尋ねてきた根渕に、太陽は頷いて答える。その間にも、彼の呼吸が整う気配はない。そんな太陽の様子に、周囲に集まった仲間たちは心配そうに表情を歪めた。

「だが太陽……これ以上化身を出せば、お前は──」
「化身を出さなければ勝てる相手じゃないよ」

そう言ってきた根渕に太陽がやや食い気味に返すと、根渕は反論する言葉が出なかったのか、唇を真一文字に結んで押し黙る。
ようやく大きな深呼吸を最後に息を整えた太陽は、真剣な表情で仲間たちに向き直った。

「──だから、みんなの力を貸してほしい」




得点は3対3の同点だ。残り時間はあと僅かの中、新雲は太陽をトップ下に下げ、雛野に代わり千原を投入する。

「雨宮を下げてきたか……」
「……もしかして、太陽の体はもう限界なんじゃ」

思案げに呟く神童に天馬がハッと声を上げると、前方に立っていた依織の肩が小さく跳ねた。
太陽は既にこの試合で既に4回化身を顕現させている。
天馬たちも余力を持って化身を出せるのはせいぜいその程度が限界だ。病み上がりの太陽にとって、今の状態は既に限界をとっくに越えているのだろう。
伏せた瞼に太陽の姿を焼き付けて、依織は深呼吸と共に面差しを上げた。

キックオフのホイッスルが鳴り響く。その瞬間、真っ先に走り出したのは神童だった。

「行くぞみんな!!」
「っキャプテン!?」

彼らしからぬ突撃に、仲間たちは思わず反応が遅れてしまう。スライディングで真住からボールを奪った神童は、そのまま新雲陣内へ攻め込んでいく。

「(このまま一気に決勝点を決める!!)」

神童が迫ってくるにも関わらず、太陽は俯いてその場から動こうとしない。
最早走る体力すらないのだろうか。そうだとしても、こちらは手加減しない。そんな思いと共に、太陽の横を抜き去ろうと地面を蹴ったその時だ。

「──ハアアッ!!」
「な……っ!?」

突如として気勢を上げた太陽の体から、紫色の闘気が爆発するような勢いで溢れ出る。
突然のことに受け身を取る暇もなく、余波に弾き飛ばされた神童は数メートル後ろのフィールドに叩きつけられた。

「神童ッ!!」
「っ大丈夫だ……!」

思わず声を荒らげた霧野に、神童は側頭部を押さえながら起き上がる。そして、痛みに細めていた目をハッと見開いた。

太陽の背後に、枯れたはずの化身の光が燦然と輝いている。

「太陽……! あいつ、まだ化身を出す力が残ってたのか!?」
「──いや違う。鷹栖、よく見ろ」

顔をしかめた剣城の言葉に目を凝らすと、太陽の後ろに控えた選手たちが掌を翳し太陽に向けて力を注ぎ込んでいるのが見える。
それは、ゼロとの試合で白竜やシュウがやっていたものと同じ光景──化身ドローイング≠ニ呼ばれるものだった。

「これが僕の──いや、僕たちの化身だ! 《太陽神アポロ》!!」

仲間たちの力を借りて、アポロが再びフィールドに姿を現す。
太陽や新雲イレブンの決意とも呼べるその化身は、先程よりもより力強く、より神々しく輝いているように見えた。

「(──ああ、そうか……これがお前の覚悟なのか、太陽)」

青空を背負い聳えるアポロをぼんやりと見上げ、依織は眩しげに目を細める。
何もかも捨てる覚悟を持ってプレーする太陽。彼の捨てたものを全て拾い上げる覚悟でプレーする依織。2人の覚悟≠フ大きさに、きっと然したる違いはない。

ならばこの戦いを決めるのは、覚悟の差ではなく。

「キャプテン」
「!」

ふと静かな声に、神童は振り向く。依織は空いた両の手でそれぞれ剣城と天馬の腕を掴み、言った。

「剣城も、天馬も。……みんなの力、私に貸して下さい」
「依織……?」

驚いたように天馬が依織の横顔を見上げると、彼女はじっと太陽とアポロを見据えていた。その瞳には煌々と輝く光が宿り、確かな覚悟が垣間見える。
その目に何かを感じ取ったのだろう、やがて神童は小さく口角を上げて頷いた。

「お前に任せたぞ、鷹栖」
「あいつらに出来て俺たちに出来ない道理はない、か」

呟いた剣城が、軽く依織の肩を叩く。天馬は掴まれていた腕を振りほどくと、しっかりと依織の手を握って答えた。

「やろう、依織! 俺たちのサッカーは、絶対負けられないんだから!」
「……ああ!」

大きく頷いて、依織は仲間たちの先頭に立った。
「依織……?」太陽が怪訝そうにこちらに視線を向けるのを感じながら、依織は集中する。

「(太陽……お前はきっと、あの時の約束なんて忘れてるんだろ。でも、もう良いんだ。だって、こんなに楽しそうにサッカーをやってる太陽を見れたんだから)」

ならば、こちらも最後の一滴を振り絞ろう。あとからどうなったって構わない。彼と全力のサッカーでぶつかって──最後まで楽しもう。
背中に仲間たちの闘気が集まるのを感じながら、依織は溜め込んだ集中力を一気に解放した。

「これで最後だ、太陽!! 《星女神アストライア》!!」
「ああ──これで決めるよ、依織!! サンシャインフォース!!」

甦ったアポロの炎を纏い、太陽渾身のシュートが放たれる。
顕現されたアストライアは慈愛に満ちた目を細めると、掌で包み込むようにサンシャインフォースを受け止めた。

瞬間、火花のように小さな星屑が辺りに飛び散った。熱風が吹き荒れ、目映い光に目が眩む。
星の輝きが太陽に勝ることがあろうか。けれど依織は諦めない。太陽を止めるためではなく、未来のためでもなく、自身の為に──力を振り絞る。

「い、っけええええ!!」

魂の咆哮と共に振り抜かれた足がボールを押し返す。驚きに瞠目した太陽の横を掠め、打ち返されたシュートは顕現された佐田の化身をも打ち砕いて、新雲のゴールを貫いた。

その瞬間、鋭いホイッスルの音が空一杯に響き渡る。
得点の合図──そして、後半終了のホイッスル。4対3で、雷門が決勝戦へと駒を進めたのだ。

「ざまあ、みやがれ……バカ太陽……!」
「! 依織!!」

絞り出すように呻き、その場に膝を突いた依織に、天馬と剣城が慌てて駆け寄る。
背中を支えられながら大丈夫、と力無く彼女は答えたが、その目はしっかりと前を見ている。ここで完全にダウンしないのは、今までの積み重ねでスタミナが上がった故だろう。

息を切らし、太陽は呆然としながらポツリと溢した。

「負けたのか……僕たちは──」

空を見上げると、ぐるりと視界が反転する。そのまま太陽は、背中から大きく倒れ込んだ。

「っ太陽……!!」

その瞬間疲れも忘れ、依織は弾かれたように立ち上がると、足をもつれさせながらも太陽の傍へ駆け寄った。
空ばかり映っていた視界に、目を見開いた依織や慌てた様子の仲間たちが入る。
太陽は数度深呼吸を繰り返すと、ふいに小さな笑い声を上げた。

「おい、しっかりしろ太陽!!」
「太陽、大丈夫!?」

突然笑い出した太陽に、肩を揺さぶる依織や駆け寄ってきた天馬がギョッとしたのが分かる。
ひとしきり笑ったあと、太陽は小さく呟くように言った。

「全力を出し切った……もう動けないや」
「太陽……」

どうやら気が変になってしまったわけではないらしい。依織はひとまずホッと安堵の溜め息を吐く。

「知らなかった……こんなに気持ちの良い試合があるなんて」

独り言ちた太陽は、ふと観覧席へ──イシドがいるであろう場所へと目を向ける。
きっと彼が教えようとしてくれていたのは、これだったのだ。太陽は心の中で、そっとイシドに感謝する。そして、自分を支えてくれた仲間にも。

「本当に……ありがとう、みんな」
「太陽……」

倒れたまま仲間たちを仰ぐと、彼らはぐっと表情を引き締める。自分たちがここまで勝ち進めたのは、ひとえに太陽の存在があったからだ。大会はここで終わってしまったが、その笑顔が見れたなら悔いはない。

「ねえ……最高の試合だったね、依織。君たちと戦えて、本当に良かった。もう、思い残すことはないよ……」
「……!」

語りかけられた依織は、ハッと息を飲んで唇を強く噛み締めた。
太陽の青い瞳が空を泳ぐ鳥を映す。そうだ、もう十分だ。夢は一つ潰えてしまったが、残りの二つは叶ったのだ。今更何を欲張ることがあるだろうか。

「……思い残すことはないはずなのに……」

太陽の瞳が震え、訴えかけるように依織を見る。
彼女はその目に覚えがある。──太陽が、自分のわがままを叶えたい時の目だ。

「依織、どうしよう……僕はまだ、サッカーがやりたいよ……! サッカーがやりたいんだ!」

まだ足りない。この先も、もっと沢山サッカーをしたい、色んな選手と戦いたい。全て捨ててこの試合に臨んだはずだったのに、その気持ちは後から後から湧き出てくる。

一瞬ポカンとした依織はしばらく片手で顔を覆うと、今日一番の大きな溜め息を吐き出した。

「──ばーか。出来るに決まってんだろ、絶対。全力出しきってあれだけ戦えたんだ、今更病気に負けるわけないだろうが!」

汗ばんだ手を引き、依織はやや乱暴に太陽をフィールドから引っ張り起こす。
──温かい、脈打つ手。彼はここに生きている。今も、この先も。

「一緒にまたサッカーしようよ、太陽。俺たち、太陽が戻ってくるのをずっと待ってるから!」
「天馬……」

笑顔を向ける天馬に、太陽は目を瞬く。隣を窺うと、依織は小さく頷いた。

「──分かった。病気になんて負けない。練習を積んで、僕は必ず戻ってくるよ!」
「……そうこなくちゃな」

腕を引き、2人が立ち上がると、そこでようやく観客席から割れんばかりの拍手が送られていたことに気が付いた。全力を尽くした本気のサッカーは、観客の目から見ても心の底から楽しめるものだったのだろう。

2人してふらつく依織と太陽を慌てて支える天馬を眺めながら、霧野が傍らの神童に話し掛けた。

「次はいよいよ決勝だな」
「ああ……」
「必ず勝とう。優勝して、本当のサッカーを──」

その時、ふと何かが倒れるような音がする。
「神童?」背後を振り向いた霧野は、そこで言葉を失った。さっきまですぐ後ろに佇んでいた神童が、その場に倒れていたのだ。

「神童……!? おい神童、しっかりしろ!!」
「キャプテン──?」

霧野の悲鳴染みた声を皮切りに、仲間たちも異変にその気付く。
決勝を前にした雷門イレブンの行く手を阻むかのように、いつの間にか晴れ渡っていたはずの青空は徐々に暗雲に包まれようとしていた。