織乃が去った後、ユニフォームに着替えた雷門イレブンたちは円堂の指示に従いグラウンドに集合した。
「いいかみんな。決勝戦の相手──聖堂山中の監督は、あのイシドシュウジだ」
真剣な面持ちで並んだ子供たちを見回して、円堂はそう口火を切る。にわかに動揺の広がった面々に、彼は言葉を続けた。
「聖堂山イレブンは、完璧と言って良いチーム。はっきり言って、弱点は全くない」
「弱点がない?」
目をキョトンと丸くさせおうむ返しした信助に、ああ、と円堂は頷く。
「その上、選手たちは全員がエースストライカーと言って良いほどの得点力を持っている」
「どこからでも得点が奪えるってことか……」
「確かに、すごいチームでしたもんね。準決勝なんて圧勝でしたし……」
中継を見たのだろう、ごくりと唾を飲んで言った輝の顔に影が差したのをきっかけに、子供たちは不安にざわつき始める。しかし円堂はそんな彼らを改めて見回すと、いつものような力強い笑みを向けた。
「……だが、全員の力をぶつければ必ず勝てる! そのためにも──」
「?」
ふいにそこで言葉を切って「来たな」と後方を振り仰いだ円堂に、天馬たちは不思議そうに首を傾げてその視線を追う。
──階段の上に誰かがいる。それも1人や2人ではない。
駆け足でグラウンドへ降りてきたのは、アウェイカラーの白いユニフォームを身に纏った少年たちだった。
「あ……!」
「お前ら……!」
現れた集団に真っ先に反応を示したのは一乃と青山だ。目を丸くした2人に「知ってる人ですか?」と輝が尋ねれば、一乃が小さく頷いて答える。
「元サッカー部員の……」
──そこに並んだのは、かつて一乃がキャプテンとして率いていた雷門イレブンのセカンドチームのメンバーだった。
そう言えば、と天馬はその面子を見つめ、遠目にではあるが一度だけ彼らと対面したことを思い出す。傍らの剣城もその時のことを覚えているのか、少しだけ居心地悪そうに身じろぎした。
彼らはそっと目配せすると、思いきったように口を開く。
「三国さん。先輩たちの活躍はずっと見てました」
「俺たちにも手伝わせて下さい。力になりたいんです!」
あの日逃げ出さなければ、何か変わっただろうか。その思いは、強さの差はあれどそれぞれの胸にずっとあった。
身を守るため、将来のためと自分に言い聞かせ、サッカーとの関わりを絶って手に入れた日常は、平和であると同時に──罪悪感を感じざるを得なかった。
雷門イレブンはその間にも勝ち進み、フィフスセクターに反旗を翻し続けている。一乃や青山もチームに復帰した。あと一戦勝てば、自由なサッカーを取り戻せる──そんなタイミングで協力を申し出るなど、虫の良い話かもしれない。
そんな逡巡を断ち切ったのは、今朝方自分たちの前に現れた円堂だった。
『難しいことは考えるな。一緒にサッカーやろうぜ!』
あいつらだって、お前らとまたサッカーが出来るなら嬉しいに決まってる──そんな言葉に背中を押され、彼らは今ここにいる。
「石狩、星野、みんな……」
「一乃。こいつら、良いとこあるじゃないか」
呆然とする一乃の肩を車田が叩くと、一乃は目頭を熱くしながらも喜びに頬を赤らめ、はい、と大きく頷いた。
久しぶりに同じフィールドに入り、雑談もそこそこに雷門イレブンは練習を開始する。
ファーストチームとセカンドチームに別れての試合形式の練習だ。2軍チームは人数が足りないため、穴埋めに一乃と青山が入ることとなった。数ヵ月ぶりに着た白いユニフォームに、2人は少し気恥ずかしそうにしながらも仲間たちと言葉を交わしている。
しかし今回の練習で最も重要なのは、新しく天馬を中心とした連携の確認だ。赤いキャプテンマークを装着した天馬は、端から見ても緊張している。大丈夫かな、と葵が心配そうに呟く傍ら、水鳥は天馬の強張った横顔に目を細めた。
「新キャプテン・天馬の初陣か」
「頑張れ、天馬くん!」
ファーストチームは信助、輝、速水を控えに置き、両チームを見比べた円堂が試合開始のホイッスルを鳴らす。キックオフはセカンドチームからだ。
「上がれ、石狩!」
中盤から声を上げた一乃に従い、石狩がドリブルで駆け上がってくる。
「いきなり突っ込んできたか……!」
楽しげに目を細めた倉間が、石狩の近付くタイミングを見計らい素早くボールを奪取する。やはり数ヵ月のブランクがあるのだろう、あっさりボールを取られたことに石狩は思わず顔をしかめた。
だが試合はまだ始まったばかりだ。「梨巣野、茂日!」と一乃が素早く次の指示を出すと、ボールを持った倉間へ名指しされた2人がマークへ着いた。それに対し、天馬も負けじと声を上げる。
「倉間先輩! ──っ」
パスを出してもらわなければ。でも、誰に?
天馬が迷っている間にも、倉間はボールを取られてしまう。
「天馬、指示が遅いぞ!」
「っはい!」
後方から聞こえた車田の厳しい叱咤に、天馬はかぶりを振って気持ちを切り替える。今度は上手くやらなければ。拳を固め、走り出す。
「石狩!」
「渡すかよ!」
茂日から石狩へ延びたボールの軌道上に、狩屋が飛び出しカットする。敵に回すと狩屋の身体能力はやはり驚異か──一乃は好戦的に微笑み、指示を飛ばした。
「梨巣野!」
「狩屋! 錦先輩にパスだ!」
咄嗟に指示を出した天馬に、狩屋が錦にパスを上げる。
けれどその軌道は読まれていたのだろう、パスは梨巣野のヘディングで防がれてしまった。
「天馬、今のは左だ!」
「……!」
落胆した天馬の背中に、次は霧野からの叱咤が飛ぶ。
ハッと振り向くと、困った顔の霧野が更に後方でこちらに手を振る浜野を指して言った。
「浜野ががら空きだったぞ。もっと周りをよく見るんだ」
「……っはい!」
またダメだった──天馬は一瞬俯いたが、霧野のアドバイスに頷いて答える。次こそ、次こそは。
──しかし、その後も連携は上手く行かず、1軍チームは防戦一方の運びとなってしまった。いつもならこんなことにはならない。原因は分かりきっている。
「(俺のせいで、チームの連携がおかしくなってる)」
今まで神童のやって来たことを見るのと、それを実際自分でやるのとでは全く違う。分かってはいたが、いざ実践に移すとその難しさを痛いほど感じてしまう。
「──松風!!」
唇を噛み締めて俯いた天馬は、突然耳に届いた剣城の鋭い声にハッと肩を揺らした。
顔を上げた瞬間、すぐ横を白いユニフォームがすり抜けていく。ボールを持った一乃だ。
「石狩!」
「っディフェンス──」
天馬が声を上げるも、既にボールは一乃から放たれた後だった。DFのチェックも届かず、パスを受け取った石狩はそのままダイレクトシュートをゴールに打ち込む。
けれどボールはゴール正面だ。難なくシュートを受け止めた三国は、悔しげながらも笑顔を浮かべる石狩に「良いシュートだ!」と笑い掛ける。
天馬はその様子にホッと胸を撫で下ろしながら、それでも心に燻る不安や罪悪感に眉根を寄せた。
「──へぇ、それで天馬くんが新しいキャプテンに?」
「ええ。今頃は溜め息吐いて落ち込んでるとこでしょうね」
練習を終え、放課後。いつものように剣城と共に病院にやって来た依織は、優一の病室を訪れていた。
ここ最近依織は太陽に掛かりきりで優一とは会っておらず、「久しぶりに依織ちゃんの話も聞きたいな」と兄の呟きを耳聡く拾った剣城に連れてこられたのである。ちなみに、太陽の見舞いは既に済んだ後だ。
「誰だって始めは上手く行かないものだよ。2人だって身に覚えがあるだろ?」
「それは……」
「……まぁ」
依織と剣城は顔を見合わせ、苦虫を噛み潰したような表情をする。失敗の記憶は誰しも出来れば思い出したくないものである。
似たような反応をする弟たちに優一がクスクスと笑っていたその時、面会時間終了を告げるアナウンスが蛍の光と共に流れてきた。
「ん……もうそんな時間か」
「それじゃあ、兄さん。また来るから」
「ああ。またな」
天馬くんにもよろしく、とにこやかに手を振る優一に応え、2人は病室を後にする。
見舞い客の大半は既に帰路に着いたのか、院内は来たときよりも静かになっている。出口へと歩を進めながら、依織はふと剣城に尋ねた。
「で、実際どう思う? 天馬キャプテンについて」
「……まだ穴だらけだな」
「だよな」と依織は呆れたように肩を竦めながら返す。
天馬は別に人を引っ張るリーダーに向いていないわけではないのだ。だが、如何せん神童と同じようにチームを率いようとする気持ちが強いのか、どうもそれが空回ってしまっている。
「ま、その穴埋めは私たちがすりゃ良いだけのことだしな。あいつがバテないように気張ってやろうぜ」
「そうだな──」
そこで剣城の語尾が不自然に消え、彼はピタリと足を止めた。
依織も釣られて立ち止まり、「どうした?」と前を見据えるその視線を追う。
そこには病院の門に寄りかかるようにして、優一と同じくらいの年頃だろう──髪を三つ編みにした、ブレザー姿の女子高生が佇んでいた。
彼女は2人がこちらを見ていることに気付くと、こちらに体を向けてにこりと微笑む。
「こんばんは」
「……こんばんは」
依織は瞬きを繰り返し、おっかなびっくり言葉を返す。
自分の知り合いに女子高生がいただろうか? そんなことを考えていると、隣の剣城が小さく「あなたは、」と呟いた。
少女は不意に笑みを潜めると、真剣な表情になって剣城に視線を向ける。
「──剣城くん。あの人≠ェ呼んでいるわ」
「!」
剣城の肩が小さく揺れた。
依織はやや目を見開いて剣城を見上げる。彼女が剣城の知り合いらしいことにも驚いたが、どうもただ事ではない雰囲気だ。
「剣城……」
「大丈夫だ。……先に帰ってろ」
依織に一瞥を向けた剣城は、彼女の肩を小さく叩くと少女の元へ歩み寄っていく。
少女は小さく頷くと、踵を返し剣城を伴いその場を離れていく。依織は遠ざかっていく剣城の背を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「剣城……お前、年上趣味だったんだな──ぁ゙いたッ!!」
その瞬間、くるりとこちらを振り向きツカツカと足音荒く戻ってきた剣城は、ポカンとした依織の額を思いきり平手打ちした。
「いったぁ〜〜……じょ、冗談だったのに! お前今手加減しなかったろ!? 」
「うるせえ、バカなこと言ってないで早く帰れ」
──これは本気でムカついてる顔だ。
剣城の眉間にこれでもかと言うほど寄った皺にそう判断した依織は、地獄耳め、と額を押さえつつ呻きながらそそくさとその場を後にする。
途中、苦笑している少女とすれ違い様に小さく会釈して──依織は改めて帰路に着いた。
「(結局、誰だったんだろアレ)」
何か使命を帯びたような真剣な表情、『あの人が呼んでいる』と言う言葉。──何も思い当たらないわけではない。
気にはなるが、剣城が大丈夫だと言うなら信じるしかないだろう。
「……でも何かちょっとムカつく」
あんなに怒らなくても良いのに、とぼやいて、依織は胸に残ったモヤモヤしたものに知らずと顔をしかめていた。
:
:
翌日、決勝戦まで残り3日。
練習のためにグラウンドを訪れた依織は、まず剣城の姿が見えないことに気が付いた。
昨日のことを言及しなかったのは依織だが、まさか練習に出ないような事態になるとは思いもしなかった。
天馬は準備運動をしながら何か考え事でもしているのか、その事にはまだ気付いている様子はない。
「円堂監督。剣城くんが来てないんですけど……」
「剣城が?」
聞こえてきた声に振り返ると、春奈が困った様子で円堂に話しかけている。
円堂は一瞬考え込む素振りを見せたが、すぐに笑みを向けてこう言った。
「──心配ない。剣城のことは聞いている」
「え?」
「輝、剣城の代わりにFWに入れ!」
「はい!」
依織は眉を上げて円堂を凝視した。あの後本人から連絡をしたのだろうか、それとも──
その時、依織の視線に気付いたのだろう。円堂がはたとこちらを振り向く。依織と目の合った円堂は、安心させるようにニカッと笑って見せた。
「(ホントあの人、どこまで知ってるんだか……)」
底が見えない点では、流石は鬼道の親友と言うべきか。浅い溜め息を吐いて、依織は円堂から目を逸らす。
結局その日、剣城は最後まで姿を見せず、天馬のキャプテンとしてのやはり手腕も奮わないままであった。
時間は進み、午後7時。
円堂は鬼道と共にレジスタンス本部──帝国学園地下を訪れていた。
練習の終わった直後、久遠から『会わせたい奴がいる』と連絡が入ったのだ。
「久遠さんが会わせたい奴って、誰だと思う?」
「分からん。織乃が昨日言っていたことと関係があるのは確かだが」
近い内に本部へ行って確認を。彼女は確かにそう言っていた。織乃が関わった情報に関係する人物なのだろうが、如何せんその情報の内容が分からないままでは予想も出来ない。依織の方へ連絡が行っていないのも気になるところだ。
会えば分かるか、と楽観的に呟いた円堂に溜め息を吐いて、鬼道は会議室の扉を開く。
そこには既に、2人の待ち人が佇んでいた。
「久しぶりだね、円堂くん。鬼道くんも」
「! ヒロト……緑川!」
軽く手を挙げて応えたのは、かつてイナズマジャパンとして共に戦った旧姓基山──吉良ヒロトと、同じく元チームメイトの緑川リュウジだった。
来たな、とこちらに目を向け、久遠が2人を指して言う。
「基山が吉良財閥を継いだことは知っているな?」
「勿論ですよ。新社長・吉良ヒロトは中々のやり手だと評判ですからね」
口角を上げて答えたのは鬼道だ。今は雷門イレブンのコーチとして活動している彼ではあるが、本来の鬼道財閥次期社長としての情報のチェックを欠かさなかったことはない。
鬼道の言葉に、ヒロトは眼鏡を押し上げながら小さく笑う。
「やり手だなんて。緑川やおひさま園のみんながサポートしてくれるお陰さ」
「──でも、何でヒロトたちがここに?」
ふと円堂が疑問を口にすると、2人は揃って浮かべていた笑みを引っ込めた。久遠はヒロトを一瞥しながらこう答える。
「2人には、フィフスセクターの財務状況を洗ってもらってる」
「財務状況……」
「フィフスセクターが、不正経理を行っている疑いがあってね」
不穏なヒロトの言葉に、円堂と鬼道は一気に険しい表情へと変わった。依織に連絡が行かないわけだ──と、鬼道は内心呻く。まだ子供である彼女をこんなことにまで付き合わせるわけには行かない。
「それって……犯罪を犯してるってことか」
「ああ。もっとも、ばれないように上手くやっているみたいだけどね」
「でも、任せておいて。必ず尻尾は掴んで見せるから。天網恢々、疎にして漏らさず──さ!」
どんと胸を叩き、緑川は力強く頷いて見せる。諺好きは相変わらずのようだ。
会議室には穏やかな笑い声が広がったが、その直後、円堂の「い、今のどういう意味だ?」という苦笑いに鬼道の二度目の大きな溜め息が重なった。