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2対2のイーブンで迎えたハーフタイム。
より確実に休息を取れるようにするために──という理由から、両チームの選手たちは一時的に控え室へ戻ってきていた。

「すごいじゃない、天馬!」
「聖堂山と互角の勝負をしている……大したもんだぜ!」
「ええ……」

感嘆する葵や水鳥に頷く天馬の表情は、どこか優れない。葵にもそれが分かったのだろう、彼女は笑みを潜めて首を傾げる。

「どうしたの、天馬」
「俺、神童キャプテンみたいにちゃんとやれてるかなって……」

俯き、天馬は無意識の内にキャプテンマークに触れる。点も取り返し、状況はこちらが少し押している。それでも、心のどこかに引っ掛かりが残っているのだ。
足元に視線を落とす天馬に、三国がその肩を力強く叩いた。

「お前は十分、キャプテンとしての務めを果たしている」
「ありがとうございます。神童キャプテンの思い……それにみんなの思いを背負ってるから、何とかやれてるんだと思います。でも俺……」

煮えきらない天馬に、仲間たちは心配するな、と安心させるように笑いかける。

「お前の後ろには俺たちがいるド!」
「俺たちがしっかり支えてやる!」
「はい……俺、少しでも神童キャプテンに近付けるように、頑張ります!」

言葉ではそう答えているものの、天馬の表情はやはり硬いままだ。
そんな友人の横顔を見上げ、信助が尋ねた。

「やっぱり重いのかな、キャプテンの責任って……」
「うん……あ、でも聖堂山と試合出来て嬉しいんだ。怖い相手だけどみんな本気でサッカーに向き合ってて、本当に良いチームだなって思う!」
「おいおい、敵を褒めてどうする」

途端、ジャグを片手にからかってきた狩屋に「あ……そうだね」と天馬は苦笑する。けれど、これが彼の本心なのだから仕方がない。
頭を掻く彼に、ぷは、とドリンクを飲み干した錦がフォローを入れた。

「だが、天馬の言うことも分かるぜよ。あいつら中々骨があるきに!」
「確かに、聖帝が監督を務めるチームだとは信じられないですよね……」

輝が何となく溢した呟きに、依織と剣城は思わず目を見合わせる。
聖帝の思惑、真の目的。既にそれを察している2人からすれば、聖堂山イレブンが何故あんなチームに育ったのかは容易に想像がついた。

「天馬」

ふと、突然円堂が天馬に呼び掛ける。
はい、と顔を上げた天馬に釣られ仲間たちも一斉にそちらを振り向くと、円堂は穏やかな笑みを子供たちに向けていた。

「キャプテンの力が本当に必要になるのは、ピンチの時だ。その時、お前がチームのみんなを支えることが出来るか……それが大事なんだ。そのことを忘れるな!」

円堂の言葉に、天馬の肩が小さく揺れ動く。
今の雷門イレブンは、幸いなことにまだピンチと言える状況には陥っていない。今まで味わってきた危機を思い返し、それを今まで神童がどう打破してきたか──それを考えながら、天馬は頷いた。

「はい、頑張ります!」
「よし。後半は選手を入れ換えてフォーメーションを変更するぞ! まずは──」

天馬の答えに目を細めた円堂は、鬼道と目配せを交わして新たな指示を飛ばす。




一方、こちらは聖堂山イレブンの控え室。
一段上に立つイシドの前に整列した聖堂山イレブンは、規則正しく敬礼のような構えを取っている。

「聖帝、ご指示を」

イシドは頭一つ低い位置にある子供たちの顔を順に見回すと、やがてふと柔らかく微笑んだ。

「──お前たちに任せる。これまでの成果を踏まえ、自由に戦ってくれ。私はお前たちのサッカーを信じている」

は、と頷きかけた黒裂は、信じられないような目でイシドを見上げる。しかし、どうやら自分の聞き間違いではなかったらしい。同じように目を見開いた仲間たちや上機嫌で頷いている砂木沼に、黒裂は困惑の表情を浮かべた。

「自由に……指示を受けずに自由に戦えと?」
「お前たちならどんな苦しい状況も乗り越えられる。少なくとも私は、そういうチームに聖堂山を育て上げたつもりだ」

選手たちは顔を見合わせる。練習中でも鉄面皮を崩したことのないイシドが微笑んでいるのも中々の衝撃だが、その言葉の重さたるや。
信頼。彼は、その立場と関係なく、自分たちのサッカーを信じてくれている。黒裂たちの顔に、耐えきれず笑みが浮かんだ。

「──はい。わかりました。俺たち、持てる力の全てを注いで雷門を倒します!」
「いいか! 今までお前たちが培ってきたものをぶつけて勝利を掴むのだ! 迷わず行けぃ!!」

身振り手振り、ハイテンションで檄を飛ばす砂木沼に、聖堂山イレブンはいつも以上に気合いを入れて「はい!!」と力一杯頷く。
そのまま砂木沼を先頭に意気揚々と控室を飛び出していく選手たちを、イシドは虎丸と並んで見送った。

「……いよいよ大詰めですね。これで革命も──」

ふと、虎丸が喜色を滲ませイシドに語り掛けたその時だ。
廊下の向こうから、黒いスーツの男2人が歩いてくる。2人はイシドの前で立ち止まると、小腰を折ってこう告げた。

「聖帝。千宮寺様がお呼びです」




白いスーツの男──千宮寺大悟は、スタジアムの一際高い位置にある観覧席の大きな窓からフィールドを見下ろしていた。
広いフィールド、後半戦を今か今かと待ち望む観客たち。かつての自分は、こんなスタジアムに入ることも、ボールに触ることすら出来なかった。子供の頃、貧乏ながらもサッカーをやりたいがために出来心からボールを盗んでしまった苦い記憶が甦る。

「──聖帝をお連れしました」

空気の抜けるような機械音と共に、観覧席の扉が開く。窓を見つめたままこちらを振り向きもしない千宮寺に、イシドは努めて冷静に尋ねた。

「……もうすぐ後半戦が始まります。何か御用ですか」
「──君にはがっかりさせられたよ、イシドさん」

開口一番、溜め息混じりに吐きかけられた言葉に、イシドの隣に立つ虎丸が眉間の皺をより一層深める。

「フィフスセクターの象徴、最強の聖堂山が同点で折り返すとは」
「……これが現実です」

突き放すような千宮寺の言葉に、イシドは変わらぬ声音で答えた。フィフスセクターの真≠フトップである彼が、この試合に難色を示すのは最初から分かっていたことだ。

「雷門を始めとした反乱の動き……それをコントロールしているのは君だと言う者もいる」

差し込む日の光しか明かりのない観覧席。窓ガラスには扉を背にして佇むイシドの姿がハッキリと映っている。
千宮寺は肩越しに振り返ると、刺すような一瞥をイシドへ向けた。

「君は聖堂山の選手たちに、『手を抜け』と指示しているのかね?」

一瞬の無言ののち、イシドは僅かに細めた目で白い背中を見つめて答える。

「聖堂山は全力を尽くしています。彼らはフィフスセクターの全てが注ぎ込まれた最高のチーム。──ただ雷門もまた、聖堂山に負けない優れたチームだということです」
「聖堂山と雷門が互角だと言うのか」

微かに持ち上げた口角から伝わるのは蔑みの意思だけだ。嘲笑する千宮寺に、イシドは淡々と続ける。

「これは管理サッカーと自由なサッカーの、全てを込めた戦いなのです。そうでなければ本当の答えは見えてこない」

後半戦の時間は刻一刻と迫っている。運命の分かれ道、全てを決める一瞬が、彼の費やした2年間を経てようやく目の前にやって来たのだ。

「もしこの試合で、聖堂山が雷門に勝つことが出来れば──私は本当の意味で、フィフスの為に力を尽くしましょう。あなたの僕として……」

低い声で告げたイシドに、千宮寺は何も答えない。
イシドは窓越しに見えるフィールドに目を向け、構わず言った。

「もうすぐ答えが出ます」
「──答えだと? 分かり切ったことだ」

だんまりを決め込んだかに見えた千宮寺が、突然踵を返しイシドに半身を向ける。そして彼は高々と宣言した。

「イシドシュウジ。聖堂山の監督を解任する」
「え──」

虎丸が思わず声を上げる。イシドもまた、声こそ上げはしなかったものの僅かに目を見開いた。
しかし、これも予想しなかった事態ではない。黒裂たちは納得しないだろうが、と自分を信じてここまで着いてきてくれた選手たちに心の中で詫びる。

「ここからは私が指揮を執る」
「分かりました」

存外大人しく頷いたイシドに、千宮寺は更に笑みを深めた。これで幕引きではないとでも言うように、彼は大きく両手を広げる。

「私自身が育てた選手を率いてな……!」
「──!?」

イシドの顔色が変わる。一体何を、と声を上げる虎丸にも構わず、千宮寺は狂気すら滲んだ目を歪ませて嗤った。

「聖堂山は新たなチームとして生まれ変わるのだ!!」

「やれ!」一声上げた千宮寺に頷き、黒服の男が無線機越しにどこかへ連絡を入れる。
次の瞬間、スタジアムは突然地響きと共に振動を始めた。




「──な、何だ?」

スタジアム全体に広がる異変に真っ先に気付いたのは誰だっただろうか。
ピッチへ繋がる扉の前で待機していた雷門イレブンは、突如として地鳴りを始めたスタジアムに目を見開く。

「地震か?」
「いや──どうも違うようだな」

激しい揺れに思わず足元がもつれる。短く上がる悲鳴に「みんな、姿勢を低くして!」と春奈が焦りながらも子供たちを落ち着かせる一方で、地響きに呼応して鳴り響くアラートに鬼道が眉根を寄せた。

「な、何か、足元がせり上がってきてるような気が──うわっ!」
「……気のせいじゃないらしいぞ」

転びかけた依織の肩を抱きかかえながら、剣城が低い声で答える。険しいその視線を追えば、天井付近の壁に嵌め込まれたモニターが会場の様子を空中から撮しているのが見えた。

「何だよ、あれ」

絶句。そののち、呆然とその一言が口を突く。
モニターには、アマノミカドスタジアムそのものがアラートと共にどんどん上へ伸びていく様子が撮されていた。
まるで天高く聳える塔のようだ。金色のスタジアムは日の光を浴び、より目映く光輝く。

やがて、5分以上はその揺れに耐えていただろうか。
ズシン、と大きな揺れを最後に動かなくなった足元にひとまず胸を撫で下ろす。スタジアムの変形が完了したらしい。

「び、びっくりした──あ」

ホッとしながら立ち上がった天馬は、背後から聞こえてきた集団の足音にハッと顔を上げた。

「黒裂さ──……え?」

黒裂たちが来たのだとそちらに笑みを向けた天馬の表情が、たちまち困惑のそれに変わる。
そこに立っていたのは、見慣れぬ顔触れ。グレーのユニフォームに身を包んだ知らない選手たち。キャプテンマークを巻いた背の高い少年が、天馬を見下ろしニヤリと笑う。

『ええええええーッ!?』

誰、と問う間もなく突然廊下にまで響いてきたのは、マイクで拡大された実況者・角馬の声だった。
悲鳴染みた大声に今度は一体何だ、と目を白黒させていると、マイク越しに咳払いが聞こえてくる。

『し、失礼しました。ここでメンバーの交代です! 何と聖堂山は、監督、選手、全てをメンバーチェンジしてきましたァ!!』
「は?」

目を瞬き、耳を疑う。ざわめく天馬たちと同じように、角馬もまた動揺の窺える声で観客たちへ向けているだろう説明を続けた。

『これはいかなる時点でもフィフスセクターはルール変更できる≠ニ言う少年サッカー法第5条に基づくメンバーチェンジ、とのことです!!』
「そんなのありかよ!!」
「監督も選手も入れ替えるなんて……」

思わず声を上げる水鳥と葵だが、それが実況席に届くわけでもない。監督も選手も総替えなど、最早メンバーチェンジどころの話ではない。フィフスセクターはここまでして雷門イレブンに勝たせたくないのだろう。

動揺する雷門イレブンの隣に、突如として現れた少年たちは当たり前のような顔で整列する。

「黒裂さんたちは……」
「知らんな」

窺うように尋ねた天馬に、キャプテンである少年──実況によると千宮寺大和と言うらしい──彼は、嘲るように一笑した。

「俺たちはドラゴンリンク。フィフスセクターの最高位に君臨する、究極のイレブンだ」
「ドラゴン、リンク……」

半ば呆然と天馬はその単語を繰り返す。
後半からは彼らが相手。では、さっきまで共に激闘を繰り広げた黒裂たちは? ──消えぬ疑問に天馬の表情が曇るのもお構いなしに、大和は彼を冷たい目で見下ろした。

「俺たちドラゴンリンクは、お前たちにフィフスセクターのサッカーがどういう物か教えに来た」
「……!」
「どういうことだ……!?」

言葉を失う天馬に代わり、霧野が問い質す。しかし、それに答えたのは彼ではなかった。

「フィフスセクターが、私が作ったものだからだ」

突然響いた男の声に、雷門イレブンは弾かれたように振り返る。
革靴の音を響かせ、険しい顔つきのイシドや虎丸を引き連れ現れたのは千宮寺だ。親父、と少し驚いたように呟いた大和に一瞥を向け、千宮寺は天馬に視線を向ける。

「! あなたは……」

数度まばたきを繰り返した天馬は、ハッと声を上げた。

『君はサッカーが好きか? 好きならば想像してみるが良い。サッカーが出来なくなる辛さを……』

──数日前、天馬は彼と出会っていたのだ。
近所の子供たちのサッカーの相手をしている彼を見て、『面倒見の良い人なのだな』という印象を抱くと同時に、意味深な言葉を残し去って行った彼のことを、天馬は忘れていなかった。
千宮寺は息子と同じように、冷ややか目で天馬を見下ろす。

「サッカーを学びプロを目指せるのは、環境に恵まれた者だけ……幼い頃の私には、プレーする権利すら与えられなかった」
「たった1個のサッカーボールで、親父はサッカーを失ったんだ」

突然そんなことを語る千宮寺に、大和が唸るように言う。かつての辛酸を思い出したのだろう、千宮寺は目を伏せ、低い声で続けた。

「罪を悔いた私は、誰もが平等にサッカーを学べるようにするためフィフスセクターを設立した」
「あなたが、フィフスセクターを……」

天馬たちは思わず千宮寺の後ろに立つイシドを見た。イシドは変わらず険しい表情で、睨むように千宮寺の背中を見つめている。

「(そうか。つまり、この人が)」

フィフスセクターの内部分裂。その大半の支持を集める影の支配者。イシドを隠れ蓑にして今のサッカー界を作り上げた、真の黒幕。
ついに明らかになった全ての事実に、依織は思わず千宮寺の横顔を睨み付けた。

「サッカーには管理が必要だ。それをこの試合で証明しようではないか」
「……!」

一転、口唇の両端を三日月のように曲げた千宮寺は小気味良く指を鳴らす。
これは地獄への門か、それとも栄光への入り口か。ピッチへ続く扉は、身構えた天馬たちを仰々しく迎え入れた。