予想外の事態にはなったものの、観客たちは再入場した雷門イレブンと新たに登場したドラゴンリンク──新生聖堂山イレブンに、待ち兼ねたように大きな歓声を上げた。
結局のところ、真実を何も知らないギャラリーからすれば誰が誰と戦おうが、心から試合を楽しめればそれで良いのかもしれない。
例えそれが、輝かしい未来の裏で絶望をもたらす結果になるとしても。
「(これから始まるのは、フィフスセクターの本当のサッカー。松風天馬、君は知ることとなる。世の中には抗いがたい力があることを……)」
聖堂山のテクニカルエリア。ベンチにゆったりと腰を下ろした千宮寺は、悠々と口唇を上げている。
円堂は、そんな彼の隣で硬い表情をしたまま座したイシドを──豪炎寺を見やり、そっと眉間に皺を寄せた。
彼は最初から、サッカーを支配しようとしていたのではなく、守ろうとしていたのだ。身分も地位も捨て、自ら聖帝となることでフィフスセクターや千宮寺の動きを探っていたのだろう。
時には本当にサッカーは自由なものであるべきか、それとも管理されるべきものなのか、迷ったこともあるのかもしれない。だが、心を決めたからこそ彼はここにいる。裏の顔である千宮寺に排除され、ただ大層な肩書きを持つだけの人間としてそこに座っている。
フィールド入りし、ポジションについた天馬はちらりとベンチの千宮寺や豪炎寺を見て奥歯を噛み締めた。
「(違う……誰かに管理されるサッカーなんて、本当のサッカーじゃない!!)」
千宮寺の過去に何があったかは詳しくは分からない。それでも、彼が管理されたサッカーこそが正しいと言うのなら、自分たちはそれを否定する。
ぽん、と肩を軽く叩かれた感触にハッと顔を上げると、依織がすれ違い様に手を振りセンターサークル前に立つところだった。
前半で体力を消耗した錦と代わり、フィールド入りした依織の目は戦意に燃え盛っている。──そうだ、やらねばならない。これから先の未来で、彼女とも変わらずサッカーをするために。
ざあ、と一陣の風が吹く。
次の瞬間、ついに後半戦を告げるホイッスルが青空に鳴り響いた。
キックオフは前半最後に失点した聖堂山からだ。
相手は未知数、果たしてどうくるか──雷門イレブンが身構えると、相手FWの後藤はその緊張感を嘲笑うかのように雷門陣内──ゴールへ向けて、緩めの高いパスを打ち上げた。
当然ホイッスルは鳴ったばかりで、落下地点に聖堂山の選手はいない。困惑しながらも霧野がそれをトラップで受け止めると、聖堂山のFW4人は示し合わせたかのように自陣に入った。
「こいつら……」
「何を考えてる……!」
この状態で守備を固める戦法だろうか。何にせよ、攻め込まなければ始まらない。行くしかない、と意を決して雷門イレブンは走り出す。
「霧野先輩、浜野先輩にパスです!」
「おう!」
霧野からパスを受け取った浜野が、任せろ、とサイドから駆け上がっていく。攻め込まれているにも関わらず、笑みを張り付けこちらを待ち構える相手の姿は中々に不気味だ。
僅かに怯みながらも、そのまずはその笑みを剥がしてやろうと浜野は更に前線へパスを上げる。
「鷹栖!」
「うっす!」
浜野からのボールを受け取り、依織が加速する。相手が何を考えているかは分からないが、雷門のやることは一つだ。
「勝ち越しの1点、取らせてもらうぞ!!」
「──ここは通さない」
吼える依織に聖城が一笑する。
それを合図に次の瞬間、一列に並んでいた4人の体から一斉に紫の光が溢れ出した。
「なっ──」
「依織!!」
突然前方から生み出された衝撃波に、依織の体は木の葉のように吹き飛ばされる。
どうにか中空で体勢を整え、ずざざ、と芝生を散らし着地したのは良いが、顔を上げた依織は目の前に広がる光景に大きく目を見開いた。
前方に高く白い壁が聳えている。
それが錯覚だと分かったのは、辺りに見覚えのある光が満ち溢れているから。
現れたのは、4人のFWたちが召喚した4体の《精鋭兵 ポーン》だった。
「FWの4人全員が、化身を……!」
依織の足から離れたボールを押さえた聖城が、楽しげに目を細めて笑う。
次の瞬間、聖城の放った化身の力を得たシュートが雷門のゴールに襲い掛かった。
「三国!!」
「くっ──」
突然のことに反応が遅れ、ボールをブロックしそこねた車田と天城が叫ぶ。
三国はやや動揺しながらも、持ち前の反射神経で直ぐ様フェンス・オブ・ガイアを展開した。せり出した岩壁に弾かれたボールを、再び聖堂山が押さえる。
「ほう、やるじゃないか」
「だけど──この地獄はここからだよ!!」
DFたちの反応も間に合わず、再び化身によるシュートがゴールに襲い掛かる。
三国も負けじともう一度フェンス・オブ・ガイアを展開しボールを防ぐが、続け様の化身シュートによる体力の消耗は激しい。体勢を崩した三国の体が、シュートの余波に吹き飛ばされる。
「三国!!」
俯せに倒れた三国に構わず、聖堂山は五味による3回目のシュートを放った。三国はまだ起き上がることが出来ない。
「っ間に合わない……!」
「俺に任せるド!!」
歯噛みした三国の眼前へ、雄叫びを上げた天城が飛び出した。猛りと共に青白い光が巨体から溢れ、天城はアトランティスウォールを発動する。
しかし五味の化身シュートの威力はその耐久力を上回り、分厚いはずの壁を貫いた。天城の体を押し退け突き進むシュートに、体勢を直した三国が飛びかかる。
「美しいコンビプレーと言うわけだ。だがそんなもの、我らドラゴンリンクの前では──無力だ」
寸でのところでパンチングにより防がれたボールを受け止めて、冷笑した御戸は舌の根が乾かぬうちに4回目のシュートを放った。
必殺技を繰り出す暇はない。三国は咄嗟にそのシュートを真っ正面からボールを受け止める。
鳩尾を抉るように回転するシュートに息が詰まる。だが、離さない。両腕でボールを抱え込んだ三国の体はそのまま後方へ押し込まれ、あろうことかそのままゴールポストに激突した。
ガツン! と骨と金属がぶつかる嫌な音に、それを目撃した仲間たちの血の気が引く。
「三国先輩!!」
かは、と小さく息を吐き出し倒れ伏した三国に天馬たちは大急ぎで駆け寄った。
しかし、仲間の呼び掛けに三国は反応を示さない。ボールを抱えたまま動かない彼に、眉根を寄せた審判が短くホイッスルを鳴らした。
──負傷による退場。絶句する仲間たちに見送られ、担架に乗せられた三国はそのままフィールドを去っていく。
これがドラゴンリンクのサッカー。
僅かに目を眇めた円堂は、ベンチを振り返る。
「……信助、交代だ。ゴールを守れ」
「っはい!」
ごくりと唾を飲み込んで、信助はベンチから飛び降りた。
三国に代わりフィールド入りする信助を、冷静さを取り戻した天馬たちが出迎える。
「頼むぞ、信助」
「うん、任せて!」
小さな手でドンと胸を叩く信助に、天馬は微笑みで答える。そんな2人の様子を一瞥し、聖堂山陣内を肩越しに振り向いた剣城が唸るように呟いた。
「……FW4人、全員が化身使いか」
「とんでもない攻撃力だな」
皮肉を込めて答えた依織は、相も変わらず冷ややかな笑みを浮かべこちらを見ている聖堂山のFWたちを睨んだ。
「あんなFW陣にどうやって対抗するって言うんですか……!? また化身シュートを連続で打たれたら……!」
「──手はあります」
弱音を漏らす速水に、冷静に答えたのは天馬だ。仲間たちの少し驚いたような視線を浴びながら、天馬は脳内で組み立てた作戦を口にする。
「オフェンスを上げて、相手のフィールド奥深くで戦うんです。FWにさえボールを回さなければ、きっとなんとかなります……!」
一対一の戦いとなると、化身使いには化身使いしか対抗出来ない。だが、化身を持たない他の選手とならば雷門イレブンも対等に渡り合える。
それは確かに的を射ている意見だったが、仲間たちはすぐには頷けなかった。
「そう簡単に行くのか?」
「リスクが大きすぎる。もしカウンターアタックをされたらどうする?」
「そうだよ、どうするんだよ」
次々と苦言を漏らす剣城や霧野、狩屋に、天馬も思わずそれは、と言い淀む。実際、カウンターアタックを受けたときのことまで彼の考えは及んでいなかった。
けれど、今の天馬にはこれ以上良い案は浮かばない。
「良いんじゃないか、それで」
俯き掛けた天馬の耳に、車田のはっきりと通る声が聞こえた。ハッと振り返れば、力強い笑みをこちらに向ける車田と目が合う。
「キャプテンは天馬なんだ。そのやり方で行こう!」
「車田先輩……」
節くれ立った大きな手が頼り無さげに落ちた天馬の肩を叩いた。
抜かれても俺たちが止める、だから安心しろ。そう豪語する車田に、仲間たちも顔を見合わせる。
「──そうだな。あれこれ考えても仕方ないし、今は勝つことだけを考えるか」
「ああ、そうだな」
仕方がないとでも言いたげに肩を竦める依織と、目を細める剣城。霧野たちも心を決めたのか、天馬を見て小さく頷いた。
その決意を胸に、天馬は緊張を昂らせながらドラゴンリンクたちを振り仰ぐ。
「よし──行きましょう!」
試合は聖堂山のコーナーキックから再開だ。ボールを持った後藤の進路に、霧野が真っ先に躍り出る。
「止める……!」
「邪魔だよ!」
短いタッチでフェイントを繰り返し、競り合いを制したのは後藤だった。しかし、その間に背後へ走り込んだ車田が、すかさず後藤の足元からボールを弾く。
「よし!」零れた球を速水が押さえたのを確認し、天馬が叫んだ。
「今だ……! みんな、上がりましょう!」
それを合図に、雷門イレブンは一斉に聖堂山陣内へ切り込んでいく。
パスを繋ぎ着実に前へ進み、剣城からのパスを受け取り目の前のDFをそよかぜステップで突破した天馬は、ついにゴール前へと辿り着いた。
「行くぞ……! 来い、《魔神 ペガサスアーク》!!」
「図に乗るなよ、虫けらどもが!! 出でよ──《賢王 キングバーン》!!」
深紅の翼を羽ばたかせ、天馬の化身を見上げた大和が咆哮する。
体から沸き立った闘気は目映い光へ変貌し、その光はエスカッシャンのような仮面を着けた4本の腕を持つ化身へと姿を変えた。
「なっ──!?」
「キング──ファイア!!」
翻された4つの掌から、燃え盛る火炎が放たれる。
炎は蛇のようにとぐろを巻いて天馬のシュートを絡めとると、主の手へそのボールを納めた。
「まさか……キーパーまで化身使い!?」
こちらを見て目を見開く天馬に、大和はボールを抱え小馬鹿にするようにほくそ笑む。
「ハッ──お前は何もわかっていない。我らドラゴンリンクは、11人全員が化身使いだ!」
その瞬間、大和の叫びを号令にドラゴンリンクたちの体から次々と紫色に輝く闘気が迸った。
魔女クイーンレディア、番人の塔ルーク、魔宰相ビジョップ、鉄騎兵ナイト、精鋭兵ポーン──それぞれが発現した白い化身が、フィールドを埋め尽くす。
「なっ……!!」
「嘘でしょう!?」
正に圧巻。360度化身で囲まれ、凄まじい威圧感に思わず雷門イレブンは呆然と辺りを見回した。
「ドラゴンリンクの恐怖……その身で知れ!!」
吠えた大和がキングバーンを発現したまま化身シュートを放つ。そのボールが突き進む先にいるのは、今だ唖然としている天馬だ。
「松風!!」
「危ない!!」
反応が遅れた天馬が見たのは、目の前に迫る大和のシュート。
間に合わない──反射的に首を竦めたその瞬間、彼を庇うように倉間が飛び出した。
「っ倉間先輩!?」
倉間の小柄な体が吹き飛ばされていくのが、天馬の目にスローモーションのように映る。
雷門イレブンが身構えるのを待たずドラゴンリンクたちは跳ね返ったボールを押さえると、化身を発現したままパスを繋ぎ、未だ動揺する彼らを次々とその余波で薙ぎ倒した。
「あれはまさか……!」
「化身のシュートをパスに使っているのか!」
暴力的なまでのプレーに、雷門イレブンのゴールへの道はあっという間に抉じ開けられる。
「っ《護星神 タイタニアス》!!」
我に返った信助は気勢を上げ、タイタニアスを召喚する。対岸に聳えたそれを見上げ、大和は鼻で笑った。
「超攻撃的サッカー軍団、フィフスセクターの最終兵器……!」
「それが俺たち──ドラゴンリンクだ!!」
放たれたシュートに、信助はマジン・ザ・ハンドで対抗する。だが、僅かに相手の方がパワーが強い。穿たれた巨人の掌は霧散し、シュートは信助の体ごとゴールネットに押し込まれた。
「──遅かったか……!」
長い廊下をスーツ姿の男が2人駆け抜ける。
2人は観客席入り口に立ち竦むと、ホイッスルの鳴り響くフィールドとスコアボードを見上げ、悔しそうに呻いた。
「円堂くんに伝えることが出来なかった……ドラゴンリンクの秘密を!」
滲んだ汗でずり下がった眼鏡を押し上げるのはヒロトだ。共に来た緑川も、同じような気持ちで顔をしかめる。
数週間前からレジスタンスとしてフィフスセクターの財務状況を調べていた2人は、調査の中で組織内にドラゴンリンクという選手全員が化身使いで構成されたチームがあることをいち早く掴んだ。
それを一刻も早く円堂たちに伝えなければと本部を飛び出してきたと言うのに、どうも一足遅かったらしい。
「過ぎたことを悔いても仕方ねえだろ?」
落胆する2人の肩に、ふと聞き覚えのある声が掛かる。
驚いて振り返ると、そこにはかつて共に日本代表として戦った3人の仲間たちがいた。
「不動くん……!」
「風丸、壁山も……来ていたのか、みんな!」
険しい表情で現れた3人に、ヒロトと緑川は大きく目を見開く。大人になり、それぞれ別の場所を拠点とする彼らが顔を合わせるのは実に数年振りだった。
「サッカーの未来が掛かった試合っスからね」
「どんな結果になろうと、俺たちにはこの決戦を見守る義務がある」
自分たちが意図せず蒔いてしまった種は芽吹き、今ここで刈り取られるのか、それとも蔦を伸ばし世界を絡め取ってしまうのか。
その全てが、今フィールドに立っている子供たちに託されている。
「──大丈夫か、倉間!」
ギャラリーの歓声、ホイッスル。全てが坩堝で混ざり合うような雑音の中で、一際ハッキリと聞こえた声に天馬は我に返る。
振り向くと、大和の凶刃から天馬を庇い、痛みに震える体を起こす倉間の姿があった。
「倉間先輩……!」
血の気を失った顔で天馬が駆け寄ると、速水と浜野に肩を借りて立ち上がった倉間は、彼を安心させるように小さく口角を上げて見せる。
「そんな顔するな……キャプテンが倒れたら、チームはガタガタになる。それを防いだだけだ……」
「先輩……」
審判が選手交替の札を掲げ、ライン際に輝が待機している。倉間は横目でちらりとそれを確認すると、天馬の眼をしっかりと見据えて言った。
「後は──頼む」
天馬の瞳が僅かに震える。
倉間はそれ以上何も言わず、2人に支えられぎこちない足取りでベンチへ戻って行った。
「……また突き放されたな」
スコアボードを見上げ、剣城が切れ長の目を更に細める。
フィフスセクターの隠し球だ。一筋縄ではいかないだろうと踏んではいたが、まさか選手全員が化身使いとは思いもしなかった。
攻守共に化身で強化された相手に、果たしてどう立ち回れば良いのか──悩む彼らの視線は、自然と天馬へ引き寄せられる。
「……天馬?」
「……」
依織は天馬を見下ろし、やや気遣うような声を掛けたが、天馬は集中しているのか反応を示さない。
いいや、違う──依織はその横顔、足元を見つめる天馬の瞳に、思わず眉根を寄せた。
何とかしなくちゃ。閉ざした口の中で、彼は呪文のように呟く。
失点、責任。少しずつ振り掛かるプレッシャーに、天馬は自分でも気付かない内に焦っていた。
「──そうだ。相手が化身で来るのなら、俺たちも化身で立ち向かうしかない……!」
やがて、天啓のように呟いた天馬に、仲間たちは驚いて顔を見合わせる。
「化身に化身を……!?」
「でも、相手は11人全員化身使いなんだド?」
「ボールは1つしかありません。ボールを持っている化身に、こっちも化身をぶつければ……きっと、何とかなります」
難色を示す霧野や天城に、天馬はやや上擦った声で返す。しかし、それでも仲間たちの反応は鈍いままだ。今までも化身に化身をぶつけて対抗したことは幾度となくある。だが、それはこちらと相手の化身の数に差がない試合だけだ。
今回、相手の化身は11体。対し、こちらの化身は4体。あまりに違いが有りすぎる。
依織はちらりとテクニカルエリアを見やる。円堂や鬼道がこちらに指示を出そうとする様子はない。
彼らにも打開策が思い付かないのか、それとも何か考えがあるのか。依織は軽くかぶりを振り、顔を上げる。
「依織、剣城、信助。いいね?」
「……乗り掛かった船だ。やってやるよ」
「分かった」
「うん……!」
今のキャプテンは天馬だ。それが多少強引な作戦でも、何とかしてやろうと心に決める。それがチームメイトであり、友人である自分の役目だから。
「よし……やるぞ!!」
厳しい状況の中、ホイッスルの音が鋭く鳴り響いた。