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スタジアムの喧騒からは程遠い稲妻総合病院。
その3階、最奥にあるのが現在神童の入院している病室だ。

ベッドに半身を横たえた神童は、備え付けにしては大きなテレビで雷門イレブンの様子をつぶさに見守っている。
あわや、と言う場面は何度かあったものの、天馬はよくやっている。しかし、聖堂山の選手が全員化身使いだと判明した時は神童も思わずベッドのシーツを握り締めてしまった。

テレビ画面越しにホイッスルの音が聞こえてくる。
輝からボールを奪いとり、化身を伴い突進してくる後藤へ天馬が何か叫んだ。
その瞬間、彼の脇から飛び出した剣城がランスロットを発現する。白銀の剣を振りかぶったランスロットがポーンを押し止めると、剣城は体を捩じ込むようにしてやや強引にボールをカットした。
放物線を描くボールに、続けざまにビジョップを喚び出した五味が食らい付いていく。それと同時に天馬が身振りで合図をすると、今度は依織がアストライアを召喚しボールをブロックした。

──そこで神童は彼らの、天馬の思惑に気付く。

「まさか……化身に化身をぶつけて、止めようとしているのか!?」

打ち上がったボールに剣城がロストエンジェルを叩き込むと、大和は更にそれを上回る力でシュートをブロックする。大和がそのまま化身シュートでボールを前線へ送り出せば、それを受け止めた御戸が化身でのシュートチェインを放った。
一進一退の攻防。観客たちの目にはそう見えるだろう。

「ダメだ天馬、その戦い方では……!」

画面一杯に、信助の顕現したタイタニアスが映りシュートを防ぐ。それを見たのを最後に、口早に呟いた神童はテーブルに立て掛けてあった松葉杖を振り返った。

──伝えなくては。言うことを聞かない脚を叱咤し、彼は杖に手を伸ばす。




得点は未だ許さぬままだが、雷門は確実に押され続けていた。
シュートを打たれる度、天馬たちは化身を発現しそれを防ぐ。
それでも、化身使いとして鍛え抜かれたドラゴンリンクの方が能力が上回っているのだろう。彼らの天馬たちの化身によるブロックを突き抜けて、僅かに威力の弱まったそれを信助がタイタニアスで防ぐ。その繰り返しだ。

「──よし、良いぞ信助……!」
「うんっ……!」

五味のシュートをクリアし、コート外に転がるボールを確認しながら天馬は額から流れ落ちる汗を拭う。

「松風……本当にこれで良いのか?」
「え?」

ふと、切れた息を整えながら問いかけてきた剣城に、天馬は目を瞬いた。
剣城はまだ余裕の見られるドラゴンリンクたちを窺いながら、低い声で告げる。

「こっちの化身は4体、向こうの化身は11体だ。このままだといずれ追い込まれるぞ」
「大丈夫だよ……! 今は、化身に化身をぶつけて相手の攻撃を防ぐ時だ」

剣城の疑問に返す天馬の表情に迷いはない。これが今取れる最善の策だと信じているからだ。けれど、その瞳にはまだ拭いきれない焦りも滲んでいる。

「相手はきっとその内に疲れる。そこを突いて攻めれば、きっと同点に追いつけるさ」

何とかなるさ、と自分に言い聞かせるように笑う天馬の横顔を、剣城は何か言いたげな表情で見つめるしか出来ない。

ホイッスルが鳴り、神山のスローインで試合が再開する。
その瞬間、フィールドに現れる精鋭兵ポーン。それを見上げ、天馬が声を荒らげた。

「来たぞ剣城!!」
「ああ……!」

首筋に浮かんだ汗を乱暴に拭いながら、剣城はランスロットを顕現させる。
が──彼が足を踏み出すより先に、ランスロットはその剣を振るうことなく霧散してしまった。

「えっ!?」
「……!」

突然の出来事に天馬が目を見開くと同時に、サイドに控えていた依織が走り出す。
その場に膝を突いた剣城は、息を切らしながらも気勢を振り絞った。

「ッ《剣聖 ランスロット》!!」

彼の体から闘気が沸き立つ。だが、それも一瞬のこと。
その姿を表す間もなく霞と消えてしまったランスロットに歯噛みする剣城を庇うように、依織が御戸の進路へ躍り出た。

「《星女神 アストライア》!!」
「依織!!」

剣城に代わり、アストライアを召喚した依織が御戸の行く手を阻む。
しかし依織は、目の前でほくそ笑む御戸に好戦的な笑みを返しながらも、掠れた声で呻いた。

「悪い、天馬……もう限界みたいだ──」

その言葉に天馬が目を見開いた次の瞬間、アストライアの姿が掻き消えると同時に依織は御戸に突き飛ばされる形で突破された。

「依織まで!」
「訓練を積んでいないお前たちが、そう長い時間化身を出せると思ったのか!」

倒れる依織や剣城を肩越しにせせら笑い、御戸がシュートを放つ。我に返った天馬は、咄嗟に闘気を練り上げ咆哮した。

「《魔人 ペガサスアーク》!!」

紅い翼の力を借りて、天馬はヘディングでボールを受け止める。
だが反射的に繰り出したヘディングは体勢も万全ではなかったのだろう、天馬の体はボールの勢いに負けて吹き飛ばされてしまった。
緩やかに弧を描いて落下するボールを、鉄騎兵ナイトを召喚した合川がトラップで軽々と受け止める。

「これで決める!!」

一閃。放たれる、槍で貫くようなシュート。上体を起こす天馬の目に、その進路へ飛び出す2つの人影が映った。

「化身が使えなくたって……!」
「俺たちが止めて見せるド!!」

雄叫びを上げた天城の体から迸る青い闘気。顕現されたアトランティスウォールに、車田が更に天城の背中を支える。
シュートは2人がかりのディフェンスを貫きはしたが、進路を逸らしゴールポストに大きく跳ね返った。

「しぶとい奴らだ……!!」
「させるか!!」

跳ね返ったボールで続けざまに放たれた五味のシュートに、今度は霧野が体を張って止めに入る。
しかしボールの威力はそれでも弱まらず、霧野の体はゴールエリアへ押し込まれていく。
その背中へ体当たりするように支えに入ったのは、逆サイドから走り込んで来た狩屋だった。

「狩屋ッ!?」
「俺だって、やるときはやるんですよッ!!」

体を張ったブロックに、シュートは2人の体を弾き飛ばしながらも軌道を変え、またもゴールポストへぶつかって跳ね返る。
は、と短く呼吸を繰り返した天馬は、辺りを見て絶句した。

「みんな……!」

化身使いとDFたちによる決死のディフェンスで、ゴールを死守された。ただ、その代償はあまりにも大きい。
ボロボロになってしまった体で地を這う仲間たちに、天馬の心臓が少しずつ嫌な音を立て始めた。

「天馬くん! このままじゃやられるのを待つだけだ!」

ディフェンスラインの惨状に瞠目しながら、輝が前線から慌ただしく駆け戻って来る。

「剣城くんも依織ちゃんも、もう化身は使えない……! どうすればいい!? 天馬くん!!」
「ひかる、」

答える声が掠れる。
剣城と依織は、それぞれ必死に呼吸を整えて体勢を直している。信助もそうだ。天城たちがゴールを守っていたその時も、既に彼は化身を出す暇もなく届かない手を必死にボールへ伸ばしていた。
滝のように流れる汗を拭いながらその震える膝を見れば、彼らにもう化身を出すほどのエネルギーが残っていないことは火を見るより明らかで。

「早くみんなに指示を──キャプテン!!」

キャプテン。
半鐘を鳴らす心臓に、天馬の瞳が震えた。

「はん──全員でゴールを守る、か。下らん。これがお前たちのサッカーだと言うのか」

ふいに聞こえてきた蔑むような声に、天馬と輝は揃ってそちらを振り向く。
センターサークルを越えて、雷門陣内の奥深く、ゴールエリアの間際。そこには、いつの間にかこちらまで上がってきていた大和の姿があった。

「貴様たちのサッカーに、今ここで止めを刺す! 出でよ、《賢王 キングバーン》!!」

マントを翻らせ、煌々と光を放つキングバーンが顕現される。仮面の向こうから静かにこちらを見る化身を見上げ、天馬は奥歯を噛み締めた。

「止める……止めてみせる!!」

吼えた天馬の体から噴き上がる紫に輝く闘気。ペガサスアークが咆哮と共に、その拳をキングバーンに向かって振りかぶる。

「革命の風だと? ふん──散れよ!!」

キングバーンの威光を纏い放たれたシュートはペガサスアークの翼を無慈悲にもぎ取ると、後ろにいた輝もろとも天馬を吹き飛ばした。

「天馬ぁ!」
「影山くん!」

フォローに入った浜野と速水もを吹き飛ばし、大和のシュートはゴールへ猛進する。
震える足で立ち上がった信助は、迫るシュートを睨み付けて拳を握り締めた。

「っ僕が、ゴールを守るんだ……!」

ゆらりと立ち上る紫色の光。顕現されたタイタニアスがその拳を奮う間もなく消滅すると同時に、大和のシュートはゴールネットに突き刺さる。

無常に鳴り響くホイッスル。後半も残り少ないこの状況で、雷門イレブンは絶望的な状況に立たされてしまった。

「み、みんな……」

起き上がった天馬の目に、フィールドに散った傷付き起き上がることの出来ない仲間たちの姿が入る。
そこでようやく、天馬は自分の過ちに気が付いた。

「俺のせいだ──俺、何てことをしちゃったんだ……」

呻きながら立ち上がる天馬の額に、疲労や痛みのせいだけではない汗が滲む。

神童はいつだって、何があっても仲間たちに指示を出して勝利に導いてきた。彼がいたから、自分たちは今まで勝ち進むことが出来たのだ。
それが自分の采配はどうだ。仲間たちが消耗することにも気付かずに、化身に化身をぶつける力任せな戦法をとって彼らをボロボロにしてしまった。
本当にこれで良いのか、と聞かれたにも関わらず、これが最良なのだと思い込んで。

「何が何とかなるだよ……みんなが頑張ってくれてた、みんなが何とかしてくれていただけじゃないか……!」

ぶわりと視界が滲む。ポタポタと溢れ出した涙が、芝生に吸い込まれては消えていく。

「みんなの頑張りに支えられていただけなんだ、キャプテンの俺が……! 何とかなっているなんて、大間違いだったんだ……!!」




──膝から崩れ落ちた天馬を眺め、千宮寺はうっそりとほくそ笑んだ。

「雷門はここまでだな」

豪炎寺が横目でちらりとそちらを見る。千宮寺は誰に言うでもなく──もしかすると大きな独り言だったのかもしれない、三日月のように口角を上げ、享楽的に嗤った。

「ようやく分かったかね。フィフスのサッカーこそが正義、反乱など無意味なのだと」

これで完成する。完璧な管理のもとに、自分の目指す完全なるサッカーが。
堪えきれない笑みを漏らす千宮寺から目を逸らし、豪炎寺はフィールドに踞る天馬を見つめた。




「何がキャプテンだよ……俺がチームをめちゃくちゃにしたんだ……!」

とうとうその場に膝を突いた天馬は、嗚咽を漏らしながら地面を殴る。土に軽く沈む拳は痛みを訴えるが、それでも自分のしでかしたことと比べれば些末なものだった。

「俺、キャプテン失格だ……俺がキャプテンじゃ、どうやっても勝てない……!」

終わってしまう。ここまでやってきた全てが、積み重ねたものが。
チームをめちゃくちゃにしたのはお前じゃないのか──いつかそんな風に怒りをぶつけてきたのは誰だっただろう。だが、その言葉通りだった。
チームを壊したのは、紛れもない自分だったのだ。

「──松風天馬ーー!!」

──ふいに、聞き覚えのある声が鼓膜を揺らして、天馬はのろのろと涙に濡れた顔を上げる。

テクニカルエリアよりも向こう、観客席の欄干。
そこから身を乗り出すようにして、松葉杖を突いた神童が立っていた。