Fun of obstinacy

ざざん、と大きな波が岩壁にぶつかる。
半ば騙される形でフィフスセクターの管理する孤島・ゴッドエデンへと連れてこられた天馬たちは、円堂たちが拠点にする放棄された灯台施設で休息を取っていた。

それぞれ適当な所に腰を下ろして雑談に興じる彼らの話題は、初めて対面した大先輩たちのこと、捕まっている葵たちのこと、明日からのことなど様々だ。
会話は途切れることなく続くが、1人そこに混じることなく壁に背を預けてぼんやりと座り込んでいた剣城は、隣の部屋から切れ切れと聞こえてくる声に何となく耳を澄ませた。




「──要するにさぁ、お前は要領が悪いんだよ」
「ハイ」

こちらはカンテラに照らされた煤けた部屋に、それぞれ胡座と正座で対面した不動と依織がいる。
依織は自分と不動の足元の間に転がった小さな小石を見つめ、既にかれこれ10分ほど不動の説教を聞いていた。

「相手がフィフスセクターっつってもやったことはモロ犯罪だろ。不審者だろ」
「ハイ」
「この時点で通報だけでもしてりゃ抑止力くらいにはなったんだよ」
「ハイ」

先程から滔々と続いている不動の説教に、依織は死人ばりに表情の失せた顔であかべこのように頷いた。

「それを周りには黙って? 鉢合わせた剣城にも口止めして?それで結局得た物はあるのかよ」
「ナイデス」

硬い声で短く答える依織に、不動はそうだろ、と目を細める。

「心配させんのが嫌だっつーけどよ、お前はただかっこ悪いとこ知られたくないの半分と、面倒臭いのが半分なんだよ」
「そんなこと、」
「いーや、ある」

依織はそこでようやく説教が始まって初めて不動の顔を見たのだが、とりつく島もなく一刀両断されて口をへの時に曲げた。

「チビの頃だってよ、隣んちのガキと一緒に木に登って降りられなくなって、」
「そ、それは」
「源田とかが受け止めてやるーって言っても大丈夫! なんて言って微妙な高さから飛び降りて結局足挫いたことあっただろ」

記憶が確かなら、それは5歳の頃の話だったはずだ。8年も前の赤っ恥エピソードを引き合いに出され、依織はたちまち頭を抱え悲鳴を上げる。

「それはもう水に流して下さい! 黒歴史だから!!」
「幼少時の思い出を黒歴史扱いするなよ。て言うか覚えてるんだな」

激しくかぶりを振る依織とは対照的に、感心したように不動は眉を上げる。言ってしまうとこの他にも依織が嫌がりそうなエピソードは色々あるのだが、ここでそれを出すのは流石に気の毒な気がして彼はそれを記憶の隅に追いやった。

「だって明王兄さんたちがことある毎に掘り返すから……」
「ほうほう、俺たちのせいだと。そーかそーか」

思わず恨めしそうな視線を向けると不動が何か裏がありそうな顔で目を細めるので、依織は怯んだように呻く。
その間にも、不動はやれやれと言うように肩を竦めて続けた。

「そういやお前、抱っこされんのも嫌いだったよな〜。いつも佐久間とかに無理矢理抱えられてぶーたれてさぁ」
「うぐぐっ」

冬場などは特に良い湯タンポ代わりだった、と楽しげに呟く不動に、依織は小さくなっていく一方だ。
抱えられるだけなら良い。ただ、そのまま移動されると『守られている』感が強くて、当時から強い女の子≠目指していた彼女にとってその感覚はあまり良いものではなかったのである。

「やっぱお前、格好つけなとこは変わってないんだよ、昔から。でも、格好いいイコール他人に頼らない、ではないだろ?」
「……」
「な、い、だ、ろ?」
「……ナイ、デス」

無言になる妹分に、語気を強め一語ずつ区切って繰り返せば、ようやく苦虫を噛み潰したような声が返ってきた。

「格好つけたい時は好きなだけ格好つけろ。そこはとやかく言わねえ。でも他人に頼るタイミングを間違えるな」
「ハイ」

一層真面目な声音になった不動に、依織は俯きがちなまま呻くように返事をする。
分かっているのだ。この数年振りに再会した師匠が、自分のことをきちんと理解した上で心配してくれていることは。ただ、『自分のことは自分で片をつけなければ』と日々思っている彼女にとって、彼の心配は何だかむず痒いもので。

「お前にはちゃんと仲間もいるし、話聞いてくれる大人もいる。特に俺たちは事情知ってるんだから。体裁気にせず頼りゃー良いんだ」
「ハイ」

ちらりと背後を見る。微かに聞こえてくる天馬たちの談笑する声。
依織はもっと私たちに頼らなくちゃダメ──この場にいない、引き離された友人の言葉が甦る。

「要するにだ。いつも試合でやってるみたいに、要所要所で周りの力借りりゃ良いんだよ。分かるだろ? 昔から得意だもんな、チームプレイは」
「……はい」
「サッカーも上手くなったもんだよ。前はボール取り返すことも出来なかったってのに……フィフスセクターに目ェ付けられたのも、お前が十分成長したからだ。そこは誇れ」
「は、い」

ああ、これだから。依織は唇を噛んで眉間に皺を寄せる。
上げて落とす、落として上げる。それの繰り返し。だから不動の説教は苦手なのだ。

「ん、よし。じゃあ依織」
「?」

ふと不動の声音が変わる。
不思議に思って顔を上げると、不動は自分の膝を叩きながら言った。

「こっちこい、ここ座れ」
「何故!?」

ずざ、と思わず姿勢を崩して、依織はそこでようやく自分の足が痺れていることに気付いた。
ビリビリと広がる痺れに悲鳴を上げる彼女に構わず、不動は何てこと無いような顔で続ける。

「お前さっき言ったじゃねーか、『あとで』って」
「ああああれは言葉の綾で……!」

確かに言った。両手を広げ、昔のように抱きついて来ないのかと言外に言った不動に、『あとで』と。
だがあれはただの条件反射だ。真っ赤になった顔で激しく首を振る依織に、「来ねーの?」と小首を傾げた不動は、わざとらしく溜め息を吐く。

「……寂しーなァ、昔は抱っこは嫌でもしょっちゅう膝に座ってきたのに。あー、お兄さんは悲しいなー」
「う、うう」
「最近ずっとこの島に閉じこもってたからなー、人肌恋しいなー」
「うう、うううう」

そんなもの詭弁だ、と依織の目には分かる。だが前半の部分は少なからず本音があるのは確かで、葛藤した依織はズリズリと体を引き摺るように不動に近づいた。

「……うん。よし」
「うううううううううううう」

ぽてん、と丁度の折り畳まれた脚の隙間に腰を降ろすと、不動は満足げな顔になった。
サイレンのように唸り続ける依織に「うーうー言うの止めろよ」と一応言って、微振動する肩を抱き寄せる。
あたたかい。子供の体温、と言うよりもこれは恥ずかしさから体温が上がっているだけかもしれないが、その温もりに不動は密かに安堵する。あの時ボロボロになって気を失っていた依織に、彼も少なからず肝を冷やしたのだ。

「相変わらずお前は可愛げがなくて可愛いなァ」
「訳がわからんです……!!」

矛盾した言葉に依織は唸るのを止めたものの、真っ赤な顔で歯を食い縛っている。ただの枠組みだけになっている扉の名残から、ちらちらと見慣れたポニーテールが見えるのは気のせいだと思いたい。

「──うっし、充電完了。お疲れさん」
「…………風に、当たってきます」

解放された依織は、よろめきながら立ち上がりそのままふらふらと外に直通する出入り口から出ていく。
それを見送り、さてと立ち上がる不動は仲間たちのいる部屋に顔を出した。

「──あ、お説教終わったの?」
「まぁな。……おい、そこのポニテ」

振り返った吹雪に頷いて、不動は壁際に座り込んでいた剣城を顎でしゃくる。

「剣城って言ったか。依織のやつ、風に当たりたいって外に行ったからさ。ちょっと様子見てきてくれねえか」
「……構いませんけど、どうして俺なんです」

切れ長の目を一瞬見開きながらも立ち上がった剣城に、不動は少し声を落として笑った。

「心配そうにしてたからよ。さっきの話も聞いてたろ」
「……行ってきます」

図星を突かれ、気まずそうに俯いた剣城は足早に外へ出ていく。
その様子に小さく噴き出した不動は、改めて適当な段差に腰掛けポッカリ空いた窓の名残から夜空を見上げた。依織に彼氏が出来るのも時間の問題かもしれないな──そんな冗談めいたことを頭で考えながら。