「それで、依織。実際のところどうなんだよ」
「……はい?」
船は飛沫を上げ、海風が髪を乱し巻き上げる。
ゴッドエデンでの死闘を終え、船で本島に戻る海路にて。依織はふいにそんなことを尋ねてきた水鳥に眉を顰めた。
「どうって、……何のことですか?」
「かーっ、んなの決まってんだろ! 白竜だよ、白竜!」
白竜。その名前に、無意識の内に依織の肩が跳ねる。
僅かに顔をしかめた彼女の耳がじわりと赤くなったのを見て、面白いものを見つけたとでも言わんばかりににやりと笑った水鳥は更に言葉を続けた。
「一目惚れがどうのって、お前が言ってた木戸川戦の後に会った時のことだろ。敵を虜にするなんてお前も罪な女だなぁ?」
「なっ……知りませんよ、そんなの。大体、別にその……直接好きだって言われたわけでもないし」
ただの言葉の綾かもしれないじゃないですか、と不機嫌そうに顔を赤らめて、依織はそっぽを向く。
それが余計に面白くて、水鳥はことさら笑みを深めた。
「でも雷門がホーリーロードに優勝したら言うって言ってたろ」
「……それが告白とは限らないし」
「いやいや」
一貫して白竜の好意を否定する依織に、水鳥は半ば呆れたように頭を振って大袈裟な溜め息を吐く。
彼女は何を意固地になっているのだろうか。そう考えていると、水鳥の隣に座っていた茜がぽつりと言った。
「でも、依織ちゃんなら分かるでしょう……?」
「…………」
ひく、と依織の眉が動く。
他人の感情を読み取る観察力。それは日に日に研磨されて、最近は細かい機微に気付くことが多くなっていた。
茜の言う通り、依織には既に分かっているのだ。
白竜がこちらに向けてくる感情が、単純に選手としての自分に向けられた好意ではなく、異性に対する恋慕なのだと。
あの瞬間から、どうして彼が自分を熱心に見ていたのか、その理由を理解してしまった。感情がダイレクトに伝わってしまうからこそ、余計に恥ずかしいのだ。
どうして彼が一目惚れしたかまでは流石の依織にも分からない。
けれど普段から男のように振る舞う彼女にとって、異性から好意を向けられることは非常に珍しい(勿論例外はある)。要するに、どうすれば良いのか分からないのである。
「……葵が起きますから、静かにしましょう」
「あ、こいつ話逸らしやがったな」
依織の肩には十数分前から葵の頭が乗っかって、すやすやと寝息を立てている。3日間気を張り詰めて疲れていたのだろう、目の下にうっすら浮かんだ隈が痛々しい。
ちぇっ、と唇を尖らせた水鳥はそれ以上追求してもまともに答えが返ってこないだろうことを察すると、茜との雑談に戻って行く。
はぁ、と依織が疲れたように溜息を吐いていると、ふいに正面からの視線を感じた。
「──何だよ、剣城」
「…………別に何も」
何もない、と思っている奴はそんな恨めしそうな目で見てこないだろうに。
向かいの席からの視線に依織は怪訝そうに眉根を寄せたが、それを言葉にすることはない。何せ今の剣城はすこぶる機嫌が悪そうだ。
正確には、依織が船に乗り込む前──白竜の爆弾発言の直後から機嫌が悪かったように思える。それはもう、ものすごく。
「(何で私、こんな試合の直後みたいに疲れてるんだろう……)」
二度目の溜息。ここはもう、一旦白竜のことは忘れるしかあるまい。心の安寧を取り戻すにはそうするべきだろう。敵チームである以上、どうせ彼に会う機会なんてそうそうないのだから。
そう心に決めた依織は頭の位置を調節して、本島への到着まで浅い眠りに着いたのだった。