Love like a storm

「そう言えば今日、見学者が1人来る予定になっているんだが──」

ホーリーロードが終わって約3週間。天馬や依織の一時離脱を控えたとある日の部活動の時間、休憩に入った頃円堂が思い出したように呟いた。

「見学者? 新入部員ですか?」
「いや、まだ雷門への転入も決まっていない段階らしい。もうそろそろ来ても良い頃だと思うんだが……」

いつも通りのグラウンド。天馬たちは落ち着かないように辺りを見回すが、見えるのは他の運動部の選手や帰宅部の生徒くらいで、見学者らしい人影は見えない。
尋ねる神童に、円堂もまた予想外だったのか困ったように頭を掻いている。

「おかしいな、日程を間違えたか?」
「でも円堂監督、メールには確かに今日と──」

首を捻る円堂に春奈が口を開いたその時だった。
それまで晴れ渡っていた青空に突如として暗雲が広がり、吹きすさび始めた生温い風がグラウンドの芝生を揺らす。膝がしっとりと湿るような感覚に下を見ると、いつの間にか足元には霧が立ち込めていた。

「な、何だ何だ?」
「この感じ、何だか身に覚えが──」

訝しむような表情からハッと天馬が顔を上げた瞬間、何かが空を切る音。
そちらを見るや否や、視界を横切った白黒──サッカーボールは、グラウンドに着弾すると同時に急速に回転し、突風を巻き起こす。

「うわっ!」
「何だぁ!?」

巻き起こった突風は霧を吹き飛ばし、ついでと言わんばかりに青空を覆っていた雲までも散らしていく。思わずギュッと瞑っていた目をそろりと開けると、彼らの目には元に戻った風景と、新たに現れた見知った人影が写った。

「ふっ──久しぶりだな、雷門イレブン」
「あ、君は……!」

ボールを踏み締め、そこに立っていたのはいつかゴッドエデンで出会った白竜だった。笑顔になって彼に駆け寄っていく天馬たちに、2年生の一部はキョトンと首を傾げる。

「えっ、ちゅーか誰?」
「ああそうか、浜野たちは会ったことがなかったな」

以前遠征先で戦ったチームの選手なんだ、と神童の説明を受け、彼らは納得したように頷く。ゴッドエデンでの死闘は、話だけなら十分聞いていた。

「白竜……見学者って言うのはお前のことだったのか」
「ああ。せっかくだから少し驚かせてやろうと思ってな、準備をしていたら少し遅くなってしまった」
「たかだか登場するだけに天候まで変えちゃうのかよ……」

歩み寄った1年生たちに笑みを向けた白竜は、続いて円堂に向かって「遅れて申し訳ない」と礼儀正しく頭を下げる。

「いや、無事に到着したなら何よりだ。理事長にはもう会ったか?」
「はい。ゆっくりして行くようにと」
「他にゴッドエデンにいた選手たちは、もう違う学校へ転入が決まったの?」

アンリミテッドシャイニングやエンシャントダーク、訓練所にいたシードの候補生たち。あの島には天馬たちが確認した以上に沢山の子供たちがいたはずだ。
小さく頷いた白竜は、少し遠い目をしながら続ける。

「あの一件以来、島にいた選手たちは全員一度聖帝──もとい、豪炎寺さんの作った学習施設へ入ったんだ」

あの施設にいた子供の数は五百人近く。否、もしかすると白竜にも把握できていないだけでもっといたのかもしれない。
とにもかくにも、そんな数の生徒を一朝一夕で受け入れられる学校があるわけもない。ホーリーロード閉幕後、豪炎寺や虎丸、織乃の尽力もありようやく生徒の受け入れ体制を整えた学校が揃い、子供たちはそれぞれ希望の学校へ転入する運びとなった。

「それで、白竜は雷門を選んだわけか」
「いや、もう転入先は別の学校に決まっている」
「え、じゃあどうしてわざわざ雷門に……?」
「せっかくの機会だ、一度雷門イレブンに挨拶しておきたかったんだ」

輝の疑問に答えた白竜は、それに──とそこで言葉を切る。
次に彼が視線を向けたのは、輪から少し離れた位置から静観していた依織だった。

「鷹栖にも会いたかったからな」
「う」

目を細めた白竜に、依織は一瞬ポカンとした後、居心地が悪そうに口を歪ませて「あ、そう」とぎこちなく答える。
思い出すのはゴッドエデンでの別れ際のこと。もしかしたら白竜はその事を忘れているのではないか──なんて思ったのだが、どうやらそんなことはないらしい。

「へぇ〜〜。だってよ、依織ちゃん」
「良かったなぁ、依織?」
「……別に何にも良かないですけど」

後ろからニヤニヤと笑みを向けてくる狩屋や水鳥に、依織は最大限顔をしかめる。
それを全く気にしていない様子で、白竜は平然と続ける。

「雷門イレブンがホーリーロードを制覇したら伝えると言う約束だったからな。鷹栖、俺は──」
「ちょっ」
「白竜、どうせ来たなら一勝負するぞ」

目を見開いた依織の眼前すれすれにボールが飛んでいく。白竜はすかさずそれを受け止めると、ボールを放った剣城へ不敵な笑みを向けた。

「珍しいな、剣城から勝負を仕掛けてくるのは」
「……やるか、やらないのか?」

剣城は眉間に皺を寄せ、依織を軽く押しやり白竜の目の前へ立ちはだかる。
「良いですよね、監督」そのまま剣城から視線を向けられた円堂は快く頷いた。

「ああ。せっかく来たんだ、思い切りやると良い」

ただし休憩が終わるまでだぞ、と付け加えられた言葉に頷いて、2人はずんずんとした足取りでフィールドへ入る。
それを見送った依織は、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。

「何だよ剣城の奴。せっかく良いとこだったのに邪魔しやがって」
「水鳥さん、あんた他人事だと思って……」
「剣城、燃えてるなぁ」

審判役が誰も名乗りを上げないまま、2人の一騎討ちは既に始まっている。一瞬の内に激化した戦いはまるで今世の大決戦と言わんばかりの勢いだ。

「で、あの白いのは鷹栖に何を言おうとしたんだよ?」
「ああ、それはな」
「やめてください霧野先輩、ほんとやめて」

尋ねた倉間に霧野が耳打ちするのを努めて冷静に、かつ大急ぎで止めにかかる。
それでも間に合わなかったようで、事の次第を聞き終えた倉間は「へ〜」と面白そうに目を細めてしかめ面の赤ら顔になった依織とフィールドの白竜と剣城を見比べた。

「ふぅん、俺たちがいない間に面白いことが起きてんじゃねえか。剣城も厄介なライバルがいて大変だな」
「面白がらないで下さいよ……まぁ、確かに今は剣城が相手してくれて助かったのは確かですけど」

溜め息混じりに肩を落とした依織は、倉間が「ん、ああ、そうだな」と少し煮えきらない様子で頷いたことには気付かない。
その間にも剣城と白竜の戦いは更に激しくなり、いつの間にか空に聳えたランスロットとホワイトドラゴンがしのぎを削っている。

「おーい、剣城! そろそろ休憩時間終わるぞ!」
「!」

ふと腕時計を見下ろした円堂が声を張り上げると、剣城は咄嗟にボールを天高く打ち上げた。
空で風に吹かれたボールは軌道を変え、テクニカルエリアの方へ落下すると──

「お」
「ナイスキャッチ」

反射的に両手を広げた依織の元へ落ちた。
白竜はどうやら戦っている間に当初の目的を忘れてしまったようで、「また腕を上げたな剣城!」と生き生きとした顔で戻って来る。

「流石俺のライバルだ。次に会うときは是非正式に試合をしたいものだな」
「ふ……望むところだ」

答える剣城も先程の不機嫌そうなしかめ面とはほど遠い清清しい表情だ。白竜は満足げに頷いた後、グラウンドの端に立った時計を見上げて眉根を寄せた。

「む……そろそろ行かないと帰りの新幹線に間に合わないな」
「もう行くのか?」
「慌ただしい奴だなぁ」

「予定を詰めてきたものでな」呆れたような視線を受けても尚平然として、白竜は服についた芝や土埃を払い帰り支度を始める。
では、と踵を返そうとしたところで、彼は思い出したように振り返り、「ああそうだ、忘れてた」ぼんやりと見送り体勢に入っていた依織にツカツカと歩み寄ってその手を取った。

「鷹栖、俺は君が好きだ。君さえ良ければ俺と付き合って欲しい」
「……。……は?」
「今日はもう時間がないので、答えはまた後日聞きに来るとしよう。では、お邪魔しました!」

最後にもう一度礼儀正しく一礼して、白竜は現れた時と同じく嵐のように去っていく。
一瞬訪れた静寂を校舎から聞こえるチャイムが間の抜けた風に崩したのを合図に、依織は止まっていた呼吸をハッと再開した。

「……えっ?」
「え、じゃないだろ依織! 何て返事するつもりなんだよー!」

我に返った依織に真っ先に突っかかったのは水鳥だ。葵や茜も目の前で繰り広げられた告白劇──と言うにも一瞬の出来事だったが──にキャアキャアと黄色い声を上げている。

「び、びっくりしたぁ。そう言えばゴッドエデンでも依織が好きみたいなこと言ってたもんね、白竜。ね、剣城──うわっ!」
「ど、どうしたの剣城くん、スゴい怖い顔になってるけど……!」
「……何でもない」

溢れる負のオーラを背中に背負い、これでもかと言うほど眉間に皺を寄せた剣城は自分でも理解の出来ないこの不満感に口許を歪めた。
ポカンとしていた円堂は、「最近の子供は大胆だなぁ」と額を掻いている。

「ねー依織ってば!」
「あ〜っもう知らない知らない! 監督、さっさと練習再開しましょう!!」
「おっ、あ、ああ。そうだな!」

トマトのような顔色になった依織は葵たちの追求を振り切って、足早にフィールドへ飛び込んでいく。

一方で、自分の告白が受け入れられない可能性など全く考えていない自信家の白竜は、ライバルの虫の居所がそれで悪くなっていることなど知るよしもなく上機嫌で駅へ向かうバスへ乗り込むのだった。