Sunset hid it

「前々から気になってたんだけど、京介と依織ちゃんは何がきっかけで仲良くなったんだい?」

どこかで子供の笑い声がする。きっと談話室で入院中の子供たちが遊んでいるのだろう。
兄からの質問に剣城は切れ長の目を一度ぱちくりとしばたいて、そしてギュッと眉間に皺を寄せた。

「仲良くって言うか、別に、俺は……」
「あれぇ、ここまで来て否定しちゃうのお前。仲間で友達だって言ってくれたのに? 寂しいなぁ泣いちゃいそうだなァ」

顔をしかめた剣城の隣で、依織はニヤニヤと口角を上げている。
何でこんなことになったんだ──苦虫を噛み潰したような表情で剣城は大きな溜め息を吐いた。自分はただ、時々は依織とも喋りたいという兄のささやかなわがままを聞いただけなのに。

「……きっかけとかは、覚えてない。気付いたら一緒にいるようになってたから」
「そうだな、そう言われると私もそうかも。ああでも、第一印象はよく覚えてますよ」

「第一印象かい?」小首を傾げた優一に対し、剣城はおい、とやや慌てたように声を荒らげる。
依織は「まぁまぁ」と軽くそれを流しながら頷いた。

「そりゃもー、いかにも不良も感じに振る舞ってましたよ。目付きもまぁ悪くって……お前は覚えてる? 最初すれ違ったとき、私をすんごい睨み付けたこと」
「最初……? 理事長室の前で会った時か?」
「ん?」
「は?」

2人は顔を見合わせて首を捻る。
どうもお互いに認識が噛み合っていないらしいと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

「いや、私が言ってんのは剣城がセカンドチームを蹴散らしたときの、」
「覚えてない」

依織の語尾を掻き消すように、剣城はピシャリと言い放つ。
「蹴散らした?」不穏な言葉に目をすがめる優一に何でもない、と首を振る剣城に、依織は肩を竦めた。

剣城はセカンドチームの面々には特訓に協力してもらった際、きちんとあの時のことを謝罪している。
一乃たちももう気にしていないと言ってくれたのだし、そこまで頑なにならなくても良いのに──そんなことを依織が考えているとは知りもせず、剣城は「それじゃなくて」と話を戻した。

「俺が言ってるのは、お前が理事長室の前でスッ転んでるのを見つけた時の話だ」
「あ、ああー……そう言えばそんなことも」
「あのときお前、パンツ丸出しだったぞ」
「嘘!?」
「嘘だ」

一瞬椅子から立ちあがり掛けた依織は、よくよく見れば剣城が分かりやすく嘘を吐いているのが分かって思い切り口をへの字に曲げて再度腰を落ち着かせる。

「こいつ堂々とセクハラしてきやがりましたよ優一さん、どうにかして下さい」
「おいこら誰がセクハラだ」
「まぁまぁ、2人とも」

肘で小突き合う2人を宥め、優一はそれで、と話の続きを促した。

「京介の依織ちゃんへの第一印象は、どんな感じだったんだ?」
「別に……おかしな奴だって思っただけだよ。その時は鷹栖もサッカー部には入ってなかったし」
「私が入部したの、大会予選が始まってからだったからな。それまではちょっと忙しくって……」

「色々暗躍してたからな」ぼそりと優一には聞こえないような声で呟いた剣城の爪先を、ベッドの下で踏みつける。
弟が僅かに顔をしかめたことには気付かずに、優一は興味深げに相槌を打っている。

「不思議だな。最初は2人ともお互いに良い印象は持ってなかったのに、今はこうして並んで俺のお見舞いに来てくれてるんだ。人生何があるか分からないな」
「そーですよ。私だってあの頃はこいつが私に対してこんな過保護になるだなんて思いませんでしたもん」
「……『過保護』って言うほどじゃないだろ」

保護をしている自覚はあるらしい剣城は、拗ねたように唇を尖らせた。
優一はそんな弟に小さく笑って、「でも……」と少し声を落として俯いてしまう。

「依織ちゃんはしばらくお見舞いには来られないんだったな。明後日だっけ、留学するのは」
「はい。天馬や太陽がもーーうるさくってうるさくって」

肩を竦め、依織はわざとらしく溜め息を吐いた。
特に太陽などは、先日の試合での無理が祟り再び治療を再開したのが原因で依織と話す機会が前よりぐっと減った分、会う度にしつこく留学のことを聞いてくるのである。

「はは、それだけ依織ちゃんを心配してるってことさ。勿論俺たちも……な、京介」
「…………まぁ、少しは」

剣城は今度は否定しなかった。
依織は数度の瞬きの後、そっすか、と短く答える。その横顔に、剣城は少しだけ楽しそうに目を細めた。

「照れてる」
「照れてない」
「土産話、楽しみにしているよ。と言っても、俺もその頃には海外に行く準備なんかでバタバタしてるとは思うけど……」

困り顔になった優一に、依織は「あ、そうか」と大きな事を忘れていたことを思い出す。

「優一さんの海外行きって、その頃でしたっけ」
「ああ。俺の体力を鑑みて……って話だから、多少の前後はあるかもしれないけど」

先日、謎の人物──種明かしをしてしまえば豪炎寺たちなのだが、彼らからの支援を受けて、優一はついに最大の問題であった海外での手術費を手にした。
二つ目の問題は、長い入院生活により落ちてしまった彼の体力。現在リハビリでそれを補おうとしている最中であり、2ヶ月と言う期間は医者が優一の体力が手術を受けるのに適したラインに達したか確認するタイミングなのである。

「優一さんなら大丈夫ですって」
「そうだよ、兄さん」
「ふふ……そうだな。ありがとう、京介、依織ちゃん」

嬉しそうに微笑む優一に、2人は安心したように少しだけ強張った肩から力を抜く。
そのタイミングだった。外でカラスが大きく一声鳴いたのと同時に、院内に面会終了時間を報せるゆったりとした音楽が流れ始める。

「あれ、もうそんな時間か。2人とも、気を付けて帰れよ。依織ちゃんも、留学先でも頑張って」
「うん」
「はい、ありがとうございます」

軽く手を振る優一の姿が扉の向こうへ隠れる。

2人は無言で廊下を歩き、来たときよりも静かになったエントランスから外へ出た。
辺りはすっかり夕焼け色に染まっている。眩しげに夕日を眺めながら、そう言えば、と依織はポツリと漏らした。

「1つ、優一さんに嘘吐いちゃったことがあるんだけどさ」
「嘘……?」
「うん。仲良くなったきっかけ……多分、海王の奴らと初めて会った日だと思う」

あんまり血生臭いエピソードだったから言わなかったんだけどさ、と溜め息を吐く依織に、剣城も一拍空けて「そうだな」と頷いた。
フィフスセクターの裏切り者として剣城を処罰しようとした組織の元に、直接出向いて喧嘩を売りに行った──なんて、温厚な優一に話せるわけがない。

「今思うと、あれがお前が過保護になるきっかけでもあったような……」
「それはまた別の話だろ」
「はは、分かってるって。実際は拉致未遂からだもんな」

重たい話題をさらりと話す。どうやら依織も、あの時よりは大分トラウマを克服したらしい。
あー、とふいに依織は喉に何か支えたような声を出して、剣城の一歩前を大股で歩いた。

「あの時のお前も大概悪人面だったよなぁ。普通、助けに来たヒーローってもっと爽やかなもんじゃねーの? って思ったもん」
「お前なぁ、」
「でもさ、今まで言えなかったんだけど」

ヒーローとは言い難かったけど、それでも。
依織は夕日を背に立ち止まり、肩越しに剣城を振り返って照れ臭そうに笑った。

「あの時の剣城、ちょっとだけカッコ良かったよ」

切れ長の目が丸く見開かれる。
ポカンと空いた口に「アホ面だなぁ」とまた笑って、依織は再び歩き出した。

「さーて、帰ろ帰ろ! 今日は有兄さんが回らない寿司奢ってくれる約束なんだ〜」
「ちょ……鷹栖、お前、」
「質問は受け付けませーん」

背中は制止も聞かずどんどん遠ざかる。我に返った剣城は、慌ててそれを追い掛けた。

──こうやって2人で帰る時間も、明後日からしばらくお預けだ。それを少し、惜しいと思う自分がいる。
ただ、それを言える日はきっと来ないのだろう。その代わりと言うように、剣城は逃げるように遠ざかる姿に追い付いて、しっかりと捕まえた。