Is there romance in the air

「影山、鷹栖がどこに行ったか知らないか」
「え、依織ちゃん?」

5限目の予鈴が鳴り響く。次の授業の準備をしていた輝は、どこかで用事を済ませてきたらしい剣城が教室へ戻るなりそんなことを尋ねてきて、キョトンと目をしばたいた。

「あれ、さっきまで席にいたんだけど……どうかしたの?」
「担任から預かり物があるんだが……」

剣城は片手に持っていた書類を、仕方がないとでも言うように溜め息を吐いて依織の席に置いた。
担任曰く、留学に関し一枚渡し損ねた書類があったようで、放課後までにどうしても目を通してもらいたかったらしい。

それを聞くと、輝はそっかぁ、と呟いてしばしした後、「あっ」と声を上げた。

「そうだ、そう言えば依織ちゃん、昼休みに呼び出し受けてるって言ってた」
「呼び出し……? 誰の」
「隣のクラスの男の子」

またか、と剣城は苦虫を噛み潰したような顔をする。

ホーリーロード優勝後から、依織は時おりこうして男子に呼び出されることが度々あった。
理由なら分かる。何故なら、記念すべき──と言うのもおかしな話だが、初めての呼び出しから戻って来た際、「相手、何の用だったの?」と言う輝の素朴な疑問に、依織はほんの少し赤くなった顔に複雑な表情を織り混ぜてこう答えたからだ。

『何か、告白された』

──本人には言わないが、それを聞いたときの剣城の顔はとても言葉に言い表せないものだったと輝は思っている。
それから今日を含め通算4回、依織は同じような理由で男子から呼び出しを受けていた。

輝は顔をしかめた剣城に苦笑しながら、丸くなった鉛筆の先を削る。

「依織ちゃん可愛いし、最近よく笑うようになったから、それが理由なのかもしれないね」
「…………どうだかな」

どっかりと自分の席に腰かけた剣城は、空っぽの隣席を見て眉間の皺を更に深くした。
輝の言う通り、依織はホーリーロードが終わってからよく笑うようになった。『よく』と言っても頻度はそこまで多くはないのだが、少なくとも教室でもあの時≠フように自然に微笑む回数が明らかに増えたのである。
きっと長らく背負ってきた重責からようやく解放されたことが大きいのだろう。それは依織にとっても喜ばしいことの筈だ。それなのに。

「(何でこんな苛ついてるんだ、俺……)」

無造作に延びた指が、無意識に机をコツコツと叩く。

元々依織は剣城と同じく、クラスではそれなりに浮いた存在だった。
それは入学当日に派手に大暴れした剣城に恐れることなく自ら接していたせいであったり、その数日後に自分も教室でひと悶着起こしたせいであったりと理由は様々だが、とにかく彼女はクラスメートから少し遠巻きにされていたのだ。
けれどそれも輝が転校してくるまでのことで、輝が同じクラスになって2人と話すようになってからはクラスメートたちも彼らへの認識を改めたのか、依織も剣城もクラスで浮くことはなくなった。

そこに加え、笑顔を見せることで更に依織は取っつきやすくなったと言える。黙っていれば美人(浜野談)な彼女だ、元々そういう対象に見る男子も少なくなかったのかもしれない。

「(あいつが顔が良いなんて、そんなの俺だってもっと前から知って……)」

自分の思考の流れに気が付いて、剣城は慌ててぶるりと首を振った。
これではまるで、自分が依織のことを彼女に告白した男子たちのように好いているみたいではないか。そんなことはない。彼女はあくまで仲間なのだから、そんな浮わついた感情を自分が向けているわけがない。

「(剣城くん、また難しい顔してるなぁ……)」

自席で百面相する剣城に、輝は困ったように教室の扉を見る。依織が何事もなく戻ってくれば彼も心穏やかになるに違いない。
先日白竜がやって来た時もそうだっだが、依織が呼び出される──告白される度、剣城は複雑そうな顔をしている。
仲間内で依織と仲が良いのは、葵を除けば剣城が一番だろう。その自覚があるからこそ、ジェラシーがあるのかもしれない。

もしかして剣城くんは、依織ちゃんのことが好きなんじゃないかな? ──そう疑問に思うこともあるが、それを直接本人に尋ねるのは流石に輝も恥ずかしかった。
とにもかくにも、依織が戻ってこないことには彼の機嫌は治らないだろう。
もう一度扉を見ると、丁度良いタイミングで依織が戻って来た。

「あっ……おかえり依織ちゃん」
「おー、ただいま……」

ガタ、と剣城の椅子が動く気配がする。振り向いたが、剣城は依織の方は見ずに引き出しから引っ張り出したノートをペラペラ捲っているだけだった。
溜め息と共に席に戻った依織は、まず始めに机にあった一枚の紙を「何だこれ」とつまみ上げる。

「担任から。放課後までに提出してくれとさ」
「げぇ、留学明日だぞ? ギリギリにも程があるだろ」

ノートを捲る手は止めないまま低い声で言った剣城に、依織は口をへの字に曲げて書類を引き出しに仕舞った。
剣城の機嫌はまだ治らない。輝は思いきって依織に尋ねてみる。

「そう言えば依織ちゃん、また呼び出し受けたって言ってたけど……」
「ん? ああ……うん。告白だった」

4回目ともなると流石に慣れてくるのか、依織は事も無げにそう答えた。
「モテ期ってめんどくさいんだな」と一部の人間を敵に回しそうなことを言いながら、依織は疲れたように溜め息を吐く。

「でも何か性格のいけすかない感じのヤツだったから、『好みじゃないからイヤ』ってぶった切ってきた」
「う、うわぁ」

輝は相手が少し不憫に思えたが、依織の言うことだ。恐らく本当に性格に難があるタイプだったのだろう。
剣城がちらりと依織の方を見て、「変な因縁つけられないようにしろよ」と忠告した。分かってるよ、と依織は頷きながら机の下で爪先を伸ばす。

「あーあ、でも毎回断るのも疲れてきたな……いっそもう付き合ってるヤツがいることにしようかな」
「そ、それはそれで相手がかわいそうな気がするけど……」
「だーって断るのも結構気疲れするんだもん。なぁ剣城、名前貸してよ。お前と付き合ってることにするから」
「っああ?」

ぱこん、と剣城の眺めていた教科書が倒れて軽い音を立てる。
剣城はしどろもどろしながらも、ジトリとした目を依織に向けた。

「何で俺なんだよ……」
「私がお前と付き合ってるって勘違いしてるヤツ結構多いらしいから、丁度良いかなって」
「……断る」

眉間にギュッと皺を寄せ再度立て掛けた教科書で顔を隠した剣城に、「冗談だって」とシャープペンシルの後ろで剣城の肩をつつく。

やっぱり剣城くんは、依織ちゃんのことが好きなんじゃないかな? ──輝は頭を過る確信に近い考えに、ついつい頬を赤く染める。
当の依織は剣城が目元を隠してしまった為彼の真意が掴めず、困った顔で彼の肩をつついたままだ。
もしも本当に、剣城が依織を好きなのだとしたら。

「依織ちゃんは、小悪魔だなぁ……」
「え? 輝、何か言った?」

何でもないよ、という輝の慌てた答えは、5限目を報せる本鈴に掻き消された。