それは、これから自分の身に何が起こるかも知らない天馬が稲妻町に戻ってくる前日のこと。
午前11時──約2ヶ月間の留学期間を経て日本へ帰ってきた依織は、大きなキャリーケースを引いて広い空港内をやや早足で歩いていた。
片手に握り締めた携帯電話からは、相手との通話が繋がらないことを示す通知音ばかりが鳴り続けている。
「っかしいなぁ……有兄さん、迎えに行くから着いたら連絡寄越せって言ってたのに全然通じないでやんの」
不満を口にして、乱暴にポシェットへ携帯電話を仕舞う。先程は葵にも帰国したことを一報しようとメールを送ったのだが、こちらは『送信ミス』というエラー画面が出るだけだった。
「(通信障害でも起きてんのか?)」
そうだとしたら、帰国早々なんて運の無い。
これではイギリスで依織を見送った父や、サッカーのコーチをしてくれたエドガーに無事日本に帰り着いたことを報せることすら出来ないではないか。
とにかく、鬼道が迎えに来てくれないのなら自力で家に帰るしかないだろう。依織は財布にきちんと日本円が入っていることを確認し、近くのスタッフを呼び止めた。
「すいません、バス停の場所を聞きたいんですけど……」
「ああ、それでしたら南ゲートを抜けてすぐ──」
振り向いたスタッフは、にこやかに答えた。否、『答えようとした』と言う方が正しいだろうか。
中途半端に言葉を途切れさせ、笑顔のまま静止したスタッフに依織は怪訝そうに眉根を寄せる。
「あの……?」
こちらを見上げた依織にスタッフは反応を示さない。
その口は最後に溢した言葉そのままの形で固まり、瞬きすらしていない。
それどころか──
「……え?」
肌に刺さるような妙な空気を察して辺りを見渡した依織は、ポカンと口を開ける。
雑音で溢れていた空港内が、いつの間にか耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
それだけではない。通路を歩く搭乗客、応対するスタッフ、窓の外に見える飛び立つ飛行機や風に散った青葉さえもが静止しているのだ。
まるで自分以外の時が全て止まってしまったかのように。
「は……? 何だよ、これ……!」
「──NO。理解しなくてもいい」
体験したことのない異常事態に思わず後退ったその時、ふいに背後から自分以外の人間の声がした。
弾かれたように振り向くと、そこにはやけに近未来的な不思議な衣装に身を包んだ、見知らぬ少年が立っている。
「お前は……」
依織は一瞬訝しむように少年を見つめたが、即座に彼から数歩距離を取った。
彼が何者であるかは分からない。だが、彼女の直感が告げたのだ──『逃げなくては』と。
「……ッ!」
「対象を捕捉。これより捕獲任務に移ります」
依織が床を蹴ったのと、少年が頬のインターカムのようなものに手を添えてどこかに通信を取ったのはほぼ同時だった。
背を向けた依織へ向けて彼は白いボールのようなものを取り出すと、そのある面に着いた紫色のボタンに手を翳す。
『封印モード』
「うわっ!?」
ボール内部から響く無機質な合成音声。瞬間、それまで地に着いていた依織の足がふわりと宙を蹴った。
踵が浮き上がり、体が少年の方へ少しずつ吸い寄せられる。
しかしどうやら吸い寄せられているのは依織の体だけのようだ。依織は咄嗟に倒れてしまったキャリーケースにすがり付いた。
「このっ……ちくしょ、一体何なんだよ!? 誰なんだよお前!!」
「私は名はアルファ。我らの計画の為、鷹栖依織──お前を捕獲する。案ずるな、悪いようにはしない」
律儀に名乗った少年ことアルファが「恐らく、な」と付け足した不穏な言葉に、依織の顔が最大限にひきつる。
その間にも体はずるずるとアルファの方へ──正確には彼の手にしているボールのような物へ吸い寄せられていっている。掃除機に吸い込まれる埃にでもなった気分だが、状況はそれどころではない。
この際何故彼が自分の名前を知っているのか、何故自分を捕まえようとしているのかはどうだって良い。
とにかく今は逃げなければ──それは分かっているのに、体は意思とは反対にどんどんアルファと距離を縮めていく。
「ううううッ、誰か……誰かーー!!」
「無駄だ。この場に置いて、私と君以外の時は全て止まっている」
3メートル、2メートル。
アルファの空いた手が伸ばされる。万事休すか──思わず目を瞑ったその時だ。
「……!」
「え──うわぁっ!」
突然2人の頭上がビカリと目映く輝き、瞬間依織の体を吸い込んでいた引力のようなものが掻き消える。
爪先で前のめりに踏ん張っていた依織の体は、その反動で前方にひっくり返った。
「いったた……! 今度は何なんだ、……よ……」
思わず怒鳴って、肩越しに背後を睨んだ依織は再びポカンと口を開けた。
上空、本来なら空港内の吊るし看板がある筈の空間。そこに突然虹色の光が揺らめいて、その中から車のようなものがぬうっと姿を現したのだ。
「……!」
「え、な、はぁ……!?」
ジェット機構のようなものから地上に向かって激しく噴き出された空気に、間近に座り込んだ依織の髪は逆立つ程に大きく靡き、顔をしかめたアルファもまたその勢いに半歩後ずさる。
アルファと依織の間を隔てるように降りてきた車は床に着地することなく数十センチ浮き上がった状態で停まると、絶句する依織の目の前で勢い良くその搭乗口を開いた。
「──間に合った! さあ、乗って!!」
「へっ!?」
搭乗口から体を乗り出すようにして現れたのは、依織と同じくらいの年頃の若草色の髪を揺らした少年だった。
「早くッ!!」焦りの滲む声で叫び伸ばされた手を、依織は咄嗟に掴む。アルファと同じく謎に包まれた彼にどうして応えたのかは分からない。ただこれもまた直感で、彼に従うべきだと感じたのだ。
「オーケー──良いよワンダバ!!」
「よし来たぁ!!」
存外強い力で依織を車内へと引っ張り上げた少年が振り返り様に運転席に向かって声を張り上げれば、運転席から威勢の良い返事が聞こえる。
大きなジェット音の後、一瞬胃が浮き上がるような感覚。
次の瞬間、依織は窓越しに眉根を寄せたアルファが虹色の光の向こうへ消えていくのを見た。
「──鷹栖依織の捕獲に失敗。……YES。作戦を一部変更し、先にインタラプトの修正を行います」
インカム越しに短く会話を交わしたアルファは、車の消えた上空を一瞬見上げその場から静かに姿を消す。
次の瞬間全ての時間は動き出し、倒れた依織のキャリーケースだけがその場に残された。
「……あ……私のキャリーケース……」
「えっ、あ! 大丈夫、後で回収してくるよ」
床に座り込んだまま怒濤の展開にぼんやりしながら呟いた依織に、窓の外を窺うように見ていた少年が振り返って答える。
邪気を感じさせない笑顔の少年を見上げて依織はぐしゃりと前髪を掻き上げると、出来るだけ長く深く息を吐き出した。
「……助けてくれてありがとう、って言うべきだよな。この場合。正直、何が何だか分からないけど……」
「どういたしまして。あ、僕の名前はフェイ・ルーン! 安心して、僕たちは君の味方だよ」
にこやかに差し出された手と握手を交わして、「僕たち=H」と依織は首を傾げる。
そう言えば運転席にも誰かがいたのだったか。振り向いた矢先、そちらからやたらと柔らかい足音が聞こえた。
「やれやれ、全く危ないところだった! 奴らめ、彼女を狙っているのは知っていたがまさかいの一番に仕掛けてくるとは……」
「…………」
「うん、僕らも一番最初に彼女の保護に向かって正解だったね」
現れた運転手とそれに対し朗らかに頷くフェイを見比べて、依織は二度目の深呼吸をして眉間を揉む。
依織の腰よりやや低いくらいの背丈のそれはポフポフと可愛らしい足音を立て彼女の前にやって来ると、丸い手を差し出して恭しく一礼した。
「初めまして、鷹栖依織くん! ワタシはクラーク・ワンダバット。気軽にワンダバと呼んでくれたまえ」
「ああ、うん……よろしく……??」
その手を握り返し──指のない手を握り返すという表現もおかしい気はするが──依織は、目の前で動くワンダバをしげしげと見つめる。
「クマ、の……縫いぐるみ型ロボット、みたいな……?」
「正確にはアンドロイドだね」
クマとは失礼な、と憤慨するワンダバを気にせずフェイが頷く。ワンダバは納得していないようであったが、その姿は紛れもなく色鮮やかな水色のクマの縫いぐるみだった。
「(さっきと言い今と言い、私は悪い夢でも見てるのか……??)」
寧ろ、夢でなければこの状況をどう説明しよう。
試しに自分の頬を抓った、次の瞬間だった。
「──づうッ!?」
「!? どうしたの、依織!」
体全体に走った静電気のような衝撃と共に、突然襲い掛かってきた激しい頭痛に依織は思わずその場に踞る。
あまりの痛みに視界が歪む。苦し紛れに依織は自分の頭を押さえようとして──頭痛以外の体の異変に目を見張った。
「──っえ……なに、これ……」
指先から小さな光の粒が溢れている。
いいや、そうではない──正確には指先が光の粒を伴い、少しずつ薄くなっていた。
その光はよく見れば指先だけでなく、髪の毛の1本1本、足の爪先など至るところから溢れている。そして、溢れた先からどんどんと薄くなっているのだ。
「な、に……何がどうなって……!」
「これは……いかん! 奴ら、インタラプトの修正を優先したか!」
体に襲い掛かる謎の異変と激しい頭の痛みに呼吸が乱れる。混乱のせいか思考がまとまらない。
目が霞むのは痛みのせいか、上手く息が出来ず頭に酸素が行き渡っていないせいなのか、それとも。
「ワンダバ、あれを!」
怯えから無意識の内に、感覚すら消えてきた腕で自分の体を掻き抱く依織の背中に宥めるように手を添え、フェイが鋭く叫ぶ。
おう、と答えたワンダバは運転席に飛び込むと、そこから素早く何かをフェイに向かって投げ渡した。
「よし──!」
フェイが受け止めたのは、白いブレスレットのような物だった。彼はそのブレスレットを素早く依織の手に着けさせると、外側についた小さなボタンを長押しする。
その瞬間、湧き水のように溢れ出ていた光の粒は止まり、向こうの景色が見えるほどに薄くなっていた依織の体が元に戻っていく。
それと同時に感じていた頭痛も激しい息苦しさも少しずつ収まっていき、依織は瞬きを繰り返しながらブレスレットの装着された自分の右手を見つめた。
「い、今のは……?」
「大丈夫? 依織」
フェイが心配そうに顔を覗き込んでくるが、頷く余裕はない。
やはりこれは悪夢なのではないか、と呆然とする依織に、フェイは「どうやら時間がないみたいだ」と険しい顔で呟いた。
「よく聞いて、依織。細かいことはまた後から説明するけど、今の君の存在はとても不安定な状態なんだよ」
「存在……?」
「さっきのヤツ──とある組織が歴史に介入して、あるものを消そうとしている。その影響で、今≠フ君が消滅しかかってるんだ」
酷なことを言うけど、と眉を下げるフェイに、依織は困惑に顔を歪めるしか出来ない。
だが、消滅しかかっている──という言葉だけは、嫌にストンと胸に落ちた。
先程起きた体の異変。あの光が体全てを覆っていたら。
最悪な想像に、依織の顔が蒼白になる。
「それって……」
「心配しないで! そのブレスレットからはインタラプトの影響を阻害する特殊な電波が流れてる。だから、それを着けてる限り今すぐ消滅するわけじゃない」
力強く言って、フェイは小さく震える依織をゆっくりと抱え起こして座席に座らせた。
「大丈夫。君は消えないし、君たちの大事なものも消させやしない。そのために僕らはここにいるんだ!」
「大事なもの……」
乾いた唇で呟く依織に優しく頷いて、フェイはワンダバを振り返る。
その横顔は厳しく、言葉こそ安心させるようなものだったが事態は刻一刻を争う状態なのだと嫌でも感じた。
「ワンダバ、僕は先に行くよ。すぐ白亜紀に飛んで、オーラを確保してきて。とびきり強そうなのをお願いね!」
「ああ、任せておけ!」
短い腕を突き上げたワンダバとハイタッチして通路に立ったフェイは、呆然とする依織に笑みを見せて軽く手を振る。
「それじゃ依織、また後で!」
「フェ──」
腕に依織のブレスレットと似たような機械を装着したフェイは、次の瞬間光と共に姿を消した。
目を皿のように見開いた依織は、口をパクパクさせながらフェイのいた空間を指差す。
「え、な……」
「大丈夫、君の友人の加勢に行っただけだ。立てるかい? せっかくだ、助手席に座ると良いだろう」
柔らかい手に引かれるがまま、依織は覚束無い足取りで運転席の方へと向かう。
そして依織はここでようやく初めて、この謎の車が虹色に輝く光の奔流の中を飛んでいることに気付いた。
「何、ここ……」
「ここはワームホール……言うなれば時空と時空の間にあるトンネルだな! 悪いが依織、不安だろうがフェイたちと合流する前にワタシの用事に付き合ってくれ」
言って、ワンダバはフロントガラスの手前にある大きな機械を操り運転席に飛び乗る。
依織は未だ自分に起きたことが信じられないまま、崩れるように助手席に腰を降ろした。
「なぁ、ワンダバ……一体私の周りで何が起きてるの? さっきのコスプレ野郎は何……?」
「ふむ……先に重要な点くらいは伝えておくべきだろうな」
何らかのボタンを操作しながら呟き、 ワンダバは依織の問いに対してゆっくりと口火を切る。
「まず先程の少年は、我々の時代……君から見て200年後の未来にある、エルドラドと言う組織から派遣されたエージェントだ」
「にひゃ……は?」
「彼らはとある理由から、歴史に介入してこの時代からサッカーを消そうとしている」
「はぁ?」ぱちくりと瞬きを繰り返し、依織はワンダバの横顔を凝視した。
ワンダバは言葉通り重要な部分しか今は伝えないつもりらしい。すっとんきょうな声を漏らす依織に反応を見せず、彼は話を続ける。
「ワタシも全てを説明してやりたいところだが、今はミキシマックスのオーラを確保するのが先決だ! さあ依織、シートベルトをしっかり締めるんだぞ」
「みきし……え、何?」
「アクセル全開ッッ!!」
途端、ギュオンッと大きな音がして依織の体は座席の背もたれに押し付けられた。
瞬く間にフロントガラス一杯に広がる光の眩しさに、依織は思わず顔を手で覆う。
「──ふぅっ、到着だ。大丈夫か、依織」
「う、うん……?」
再び視界を開くと、フロントガラスの向こうにあったのは虹色の光の奔流ではなく切り立った岩山の続く景色であった。
200年後の未来から来た──矢継ぎ早に起こる理解の追い付かない現象に、いい加減ワンダバたちの話を信じるしか無さそうだと腹を括った依織はシートベルトを外しながら慎重に立ち上がる。
「ここって……?」
「おっと、危険だから君はここで待っていてくれよ」
窓の外を見やる依織を制止して、ワンダバは運転席の足元から妙な機械を取り出した。
小さな箱形の機械にコードで繋がった2丁のおもちゃの光線銃──に、依織には見える──を背負い、ワンダバはタラップを降りながらキョロキョロと辺りを見回している。
「ワタシはこれから一仕事済ませてくる。依織、ワタシが中に戻ってきたら、直ぐにこのボタンを押してくれ」
「はぁ……」
曖昧に頷いて、依織は運転席にある一際大きな青いボタンを眺める。ご丁寧に、ボタンには白字で『エンジン』と書かれていた。
「ワタシが戻ってくるまで外に出てはいけないぞ。良いか、絶対だぞ。フリではないからな!」
「わ、分かった、分かったから!」
「では、参る!」鼻息荒く、意気揚々と車から飛び出していったワンダバは存外素早い動きで岩山の合間へと姿を消す。
一人車内に取り残された依織は運転席に座り込むと、もう何度目かも分からない溜め息を吐いた。
「エルドラド……歴史からサッカーを消そうとしてる、か……」
一体サッカーを消して、彼らに何のメリットがあると言うのだろう。
少なくとも、そんな計画を聞いたら天馬辺りは激昂しそうだ。
「(そんなのサッカーが悲しむよ、なーんて言ってさ……)」
はは、と漏れたから笑いは、自分でも思った以上に疲れきったものだった。それも仕方がないことだろう、彼女はほんの1時間前まで飛行機の中で、ついさっき帰国したばかりだったのだ。
「帰ったら……少し休んで、サッカー部に顔出すつもりだったのになぁ……」
真っ先に思い浮かぶのは、依織の帰国を喜ぶ葵の顔。
『天馬も明後日帰ってくるのよ』と言う彼女の近くで、『雷門イレブン全員集合だな』と神童が笑い、その傍らで──『また騒がしくなるな』と、ほんの少し口角を緩めた剣城が呟くのだ。
そんな未来を、想像していたのに。
「何で、こんなことになったかな──」
呻いた声は何だか震えていて、依織は酷く情けない気分になった。
「──ぬおおーッ!!」
「ふえっ」
突然聞こえてきた奇声に、依織はハッと目蓋を開ける。
どうやら座ったまま転た寝をしてしまったらしい。慌てて窓の外を覗き込んだ依織は、岩山の影から飛び出したワンダバが短い手足を必死に動かし全速力で戻ってくる姿を視認した。
「わ、ワンダバ?」
「ふんぬぬぬーーッッ!!」
目を凝らすと、土煙を蹴立ててワンダバを追いかける何かが見える。
長い尻尾、短い前足と筋肉質な後ろ足、は虫類のような顔に鋭い牙。依織は改めて自分の目を擦った。
「あ、あれって、きょ……」
「依織ーーッ!!」
ワンダバが必死の形相で叫んでいる。
咄嗟に彼が先程言ったことを思い出した依織は、慌てて青いボタンに手を掛けた。
「ぬあーーーーッッ!!」
「──っ!」
ワンダバが車内に転がり込んだ瞬間を見計らい、ボタンを押し込む。すると勢いよく搭乗口の扉が閉まり、その向こうで何かがガツン! とぶつかる音がした。
車体はそのまま浮き上がり、地面から離れていく。おっかなびっくり地上を見てみると、大きなは虫類のような生き物が数匹こちらに向かって首を伸ばしているのが見えた。
「ふっ、ふふふ、任務成功……! 見たか依織、ワタシのこの健脚を!」
「お尻からワタはみ出てるけど……」
「何と!?」
ワタシのプリティーなお尻が、と嘆きつつ、ワンダバはどこからか取り出したソーイングセットで器用に自分のほつれた部分を繕う。アンドロイドだとフェイは言っていたが、基本はやはり縫いぐるみらしい。
「……よし、これでオーケー! 後はフェイと合流して……むっ!?」
「こ、今度は何だよ?」
忙しい縫いぐるみだな、と心中呟きながら依織は突然立ち上がって何かの画面を覗き込んだワンダバに倣う。
A4サイズほどのやや小振りな液晶画面。線と点が並ぶその中で、ある一点が赤く点滅していた。
「これは……?」
「ふむ……これはまずいな。仕方ない、合流は後回しだ!」
呟き、運転席に飛び乗ったワンダバは素早くギアを操作する。依織が急いで助手席に着いたのを確認し、彼はアクセルを思い切り踏み込んだ。
再び視界を光が覆う。
次に見えたのは虹色の光でも岩山でもなく、一面の青空だった。
「こ、今度はどこ……?」
「時間がないからな、巻きで行くぞ!」
声高に言ったワンダバは運転席の窓を開けると、先程の物とはまた違う光線銃を地上に向けて構える。
その後ろから頭を覗かせた依織は、今自分たちがいるのが海の上空だと言うこと、そしてそこから少し離れた位置にある陸地──小高い丘の上に、2つの人影があることに気が付いた。
「あれって──」
「距離良し、角度良し──ファイヤーッ!」
気合いの一声と共に、ワンダバの構えた銃から光線が放たれる。
空気を焼く音と共に迸ったそれは、陸地で何かにぶつかったのか小規模な爆発を起こした。
「これで良し、と!」
「な、何? 今の何したんだよ?」
「インタラプトの再修正だ!」
ふっ、と光線銃の先に息を吹き掛けるワンダバに尋ねるが、依織はそもそもその『インタラプト』と言うものが何か未だに分からない。
首を捻る依織に、ワンダバは「今度こそフェイと合流するぞ!」と席へ戻ってもう一度ギアを押し込む。
「さあ行くぞ依織! まずは君の友達──松風天馬くんを助けに行くのだ!」
「え!? ──痛ぁッ!」
依織が目を見開いた瞬間、車は勢いよく虹色の光の中へ飛び込んでいく。その反動で、立ったままだった依織は後部座席の方へ吹っ飛び尻餅を突いた。
数秒ののち、飛び出したのは再び青空の中。
臀部を摩りながら手近な窓の外を見下ろした依織は、あっと短く声を上げた。
そのまま叫びそうになって、どうにか窓を開けようと周囲を見るが、どこにもそれらしいものは見当たらない。
「なぁ、これどうやってこっちの窓開けんの──ああもういいや、ちょっと退いてっ!!」
「ぬぉっ!?」
聞く時間も惜しく、依織は運転席のワンダバを強引に押し退ける。
開いた窓から見えたのは、呆然とこちらを見上げる友人。2ヶ月振りに見たその姿に、依織は思わず体を車から乗り出し声を張り上げた。
「天馬ぁーッ!!」
「っ依織……!!」
──こうして、2人の時間は交錯する。