04

「ワンダバ、早く!」
「まあまあ慌てるな依織!」

転がるように運転席から離れ、依織は搭乗口の扉に張り付いた。
窓を覗き込むと、眼下に広がるサッカーグラウンド──そこに、天馬やフェイ、そして2人と同じユニフォーム姿の見知らぬ少年少女たちの姿がある。

そして、そこからまた少し離れた場所に見覚えのある人物が同じような恰好の仲間を伴い佇んでいるのが見える。
近未来的なコスチューム、感情の見えにくい瞳──アルファだ。

「あいつ……! まさか今度は天馬を捕まえようとしたのか!?」
「いや──だが、どうやらフェイの手助けが間に合ったようだな!」

軽い衝撃ののち、搭乗口の扉がゆっくりと開く。
依織はたまらず車内から飛び出して、目を皿のように見開いている天馬に急いで駆け寄った。

「天馬、無事か!?」
「依織……! そっちこそ大丈夫!? 俺のこと分かる!?」
「分かる、って……何だよそれ、当たり前だろ?」

予想していなかった天馬の反応に思わず首を捻ると、「よ、良かったぁ……」と天馬は脱力したかのように依織の腕にすがり付き、再びハッとした様子で顔を上げる。

「あれって雷門のキャラバン……に似てるけど、違うよね? それに依織、どうしてここに──」
「……天馬?」

溢れる水のように喋り続けていた天馬が、ふいに言葉を途切れさせる。視線の先を辿り、依織はああ、と納得した。
ワンダバが車から降りてきたのだ。

「フェイ!首尾良く行ってるか」
「うーん、ちょっと苦戦中……」

天馬が目をごしごしと擦ってワンダバを凝視する一方で、駆け寄ってきたフェイは苦笑混じりに頭を掻いている。
ワンダバはちらりとアルファたちを一瞥すると、鼻息を鳴らし演技掛かった仕草で腕を組んだ。

「やはり……この大監督クラーク・ワンダバット様がいないとダメみたいだな」
「えっ……監督? クマでしょ? しかもぬいぐるみだし……」

ねえ、と天馬は同意を求めるようにチームのメンバーを振り向く。すると、小さく微笑んだフェイがふいにパチンと指を鳴らして──

「っうええ!?」
「消えた……!」

それまで目の前に並んでいたはずの人間たちが、光と共に煙のように消えた瞬間を目撃した天馬と依織は思わず互いの腕を掴む。
フェイはそんな2人の反応を予想していたのだろう、微笑みを絶やさぬままこう話す。

「言ってなかったね。彼らは僕の出している化身の一種。デュプリと呼ばれている代行選手さ。彼らは実体じゃないんだ」
「じゃあ、ホントはいないってこと……?」
「ここまで来たら一々驚くのもバカらしくなってきたな……」

怖々とした様子で振り向いた天馬たちに、フェイは朗らかに頷いて見せる。
そこで、ワンダバがごほんと喉を整え──果たして整える必要があるのかは不明だが──改まった口調で天馬に声を掛けた。

「天馬くん、安心してくれ。君とサッカーの出会いの歴史は元通りにしておいた」
「そう、なんですか……?」

目の前まで歩み寄ってきたワンダバに、天馬は目を白黒させながら「あ、ありがとうございます?」とやや疑問の残った風に礼を告げる。
先程、一瞬海上に飛び出した時か──思い当たる節に、依織は一人納得する。ただ、やはり『歴史を元通りにする』という言葉には全くピンと来なかったが。

「歴史の変更は、定着するまでに時間が掛かる。変えられた直後であればあるほど、元に戻りやすいんだ」
「…………依織、分かる?」
「聞くな……私もついさっきこの2人に助けられたばっかりで、まだ何が何だか」

矢継ぎ早に飛び出してくる耳に馴染まない単語に、2人は頭を捻るばかりである。
「……助けられた?」ふいに依織の言葉に違和感を覚えた天馬が彼女を問い質そうとすると、突然フェイが思い出したように大きな声を上げた。

「あっ……それと! 頼んでたやつ、取ってきてくれた!?」
「勿論だ! このワンダバ様に不可能はない!」
「本当!? スッゴいじゃん!」

「早く見せて見せて!」胸をそびやかしふんぞり返るワンダバをフェイが興奮した様子で急かす。
天馬と依織が首を傾げて顔を見合わせる中、車──キャラバンに乗り込んだワンダバは、あの2丁のおもちゃの銃を携えて戻ってきた。

「慌てなさんなって! しかし命懸けだったんだ、感謝しろよぅ!?」

行くぞ、と声を張り上げたワンダバは、片方の銃から何もない空間に向けビームを放つ。
まばゆい光線に目を細めた依織たちは、次の瞬間咆哮と共に目の前に現れたものに目を疑った。

「これは……恐竜!?」
「ティラノサウルスだよ! かぁっこいいなぁ……!」

とびきり強いのをお願いね──あの時のフェイの言葉はこれを指していたのだ。依織は先程目にした大きなは虫類が、やはり見間違いではなく本物の恐竜だったのだと思い知る。

「ではフェイ! ミキシマックス≠セ!!」
「オーケー!」

ワンダバの掛け声に、フェイが駆け足でその場から数歩離れていく。フェイが身構えたのを確認し、ワンダバはもう片方の銃口をあろうことかそちらに向けた。

「ちょっ──!」

思わず声を上げた依織に構わず、銃から先程と同じような光線が放たれる。
光線はフェイに直撃し、ティラノサウルスと繋がるように更にその光を膨らませた。目に刺さる強い光に、天馬と依織はつい顔を腕で庇うように掲げてしまう。

「おおおおッ!!」
「な、何が起こってるんだ……!」

咆哮を上げ、光に包まれたフェイの姿が変わっていく。
依織たちが瞬きを忘れている間に、彼は文字通り変身≠遂げたのだ。

「フェイ、大丈夫!?」
「ああ──これがミキシマックスだ!」

駆け寄った天馬に、フェイは力強く頷く。
若草色の髪はピンク色に、肌は浅黒く、瞳は鋭い赤色へ。光の収まった頃、彼の姿はほとんど別人へと様変わりしていた。
ギョッとする2人に、フェイは変身前と変わらぬ笑顔を向ける。

「ミキシマックスガンによって、僕の個性とティラノサウルスの個性が合わさったんだ。それがこの姿!」
「そ、そうなんだ……」

目眩く変わっていく展開に、最早天馬は疑問を覚えることすら忘れてしまったようだ。依織は自分の頬を抓り、やはりこれは夢なのではないかと現状を再確認している。

フェイは自分の姿をざっと確認すると、さて、と目を光らせ背後を振り向いた。

「もうそろそろハーフタイムも終わる頃だね」
「ハーフタイム……?」
「あ……うん。俺たち、試合中だったんだ」

眉根を寄せた依織に、我に返った天馬が頷く。

だからアルファたちはこのやりとりの間、こちらに手出ししてこなかったのだ──おかしなところで律儀な敵に首を傾げつつも、依織はフェイを振り向いた。

「フェイ、そう言うことなら私も参加する。このままやられっぱなしなんて、性に合わないからな」
「……いや。君はこの試合には出ない方が良い」

分かった、お願いするよ──てっきりフェイが快く承諾してくれるものと踏んでいた天馬は、驚いてフェイと依織を見比べる。
どうして、と不満げに目をすがめる彼女に、フェイは諭すように続けた。

「試合に出れば、あいつらは君に総攻撃を仕掛けてくる可能性がある。それに、まだ体も本調子ではないんじゃない?」
「!」
「え? 依織、どこか悪いの……?」

唇を噛んだ依織を、天馬が心配そうに見上げてくる。
「悪いってわけでは……」と言い淀んだ依織は、そっと自分の腕を擦った。

先程自分の体が消えかけた時の怖気。それが体の芯を蝕むように残り、地面を踏んでいる筈なのにどことなく足が浮いている感覚がする。
きっと得体の知れない体験をしたせいだろうと思っていたのだが、フェイがわざわざ指摘する辺り、そうではないのかもしれない。

顔をしかめる依織に、フェイは安心させるように微笑みかけた。

「大丈夫! 心配しなくても、僕らが絶対にあいつらを追い払うから。ねっ、天馬」
「えっ? あ──うん! 依織、辛いなら無理しない方が良いよ」

眉を下げていた天馬は一転、俺を信じて、と依織の冷えきっていた手を握る。
指先にじわりと温もりが伝わってくる。しばしして、依織はまだ納得しきっていないようではあったがようやく小さく頷いた。

「分かった──任せたぞ、天馬」
「うん!」

力強く頷いて、天馬はフェイと共にセンターサークルへ駆け込んでいく。
依織が眉間に皺を寄せたままライン際へ下がると、その隣にワンダバが並び立った。

「安心しろ、依織! ミキシマックスしたフェイが付いているのだ、負けることはないだろう」
「そのみきしまっくすとやらが分かんない以上、安心出来る要素にはならないんだよなぁ……」

溜め息混じりの呟きは、どうやら巻き込まれた一般人らしき審判のホイッスルで掻き消される。

ちらりと視線を動かせば、中空に映し出されたスコアボードのホログラム。
プロトコルオメガ──それが相手のチーム名のようだ。対し、こちらはの名前はテンマーズ。状況が状況なら、天馬に狩屋のネーミングセンスが移ったのかと疑うところだろう。

しかし、今の依織にそんなところまで気にする余裕はない。
得点は今のところこちらが1点を取られた状態。先程フェイが苦戦していると言ったのは謙遜でもなんでもなかったようだ。

そのフェイは先程までの柔らかい雰囲気とは一転し、荒々しくも精彩なプレーで前線を押し上げていく。
前半までの彼のプレーを見た天馬からすれば、その変化は一目瞭然だった。

「(スゴい……さっきまでとは格段に違う!)」
「──天馬!」

そこで先陣を切っていたフェイが、突然天馬へパスを寄越す。
「えっ、俺!?」反射的にボールを受け取った天馬を、プロトコルオメガの選手たちが即座に取り囲む。素早い動きはまるで嵐のようで、天馬は身動きも取れずその場でたたらを踏んだ。

「次元が違いすぎる……!」
「大丈夫、目が慣れてないだけだって! 心を落ち着かせて集中するんだ!」

連携から切り離された天馬にフェイが声を張り上げる。
天馬はグッと唇を引き結び、呼吸を整えた。

「(そうだ、集中だ──何とかなるさ!)」

呪文のように心の中で呟き、顔を上げる。
その瞬間、垣間見えたマークの僅かな隙間に天馬は飛び込んだ。

「っ抜いた!」
「よぉし!」

依織やワンダバが見守っている、フェイが一緒に戦ってくれている。まだ自分の状況もさっぱり飲み込めていないが、それでもやることは1つだ。
──サッカーは絶対に消させない。

「あっ!」
「……!」

進んだのも束の間、ボールが天馬の元から奪い去られていく。
だが天馬は諦めない。気勢を上げ宙を蹴り、その身を躍らせボールに向かって飛び込んだ。

「ワンダートラップ!!」

渾身のスライディングがボールを奪い返す。アルファの目が小さく見開かれ、唇が何か音を溢す。
フェイの言う通り、目も少しずつだが慣れてきた──これなら戦える。天馬はそのまま前進した。

「行かせないよ!」
「……!」

そこで進行方向へ飛び出す2人の選手。天馬は走る勢いを緩めず、そのままディフェンスに正面から突っ込んだ。

「アグレッシブビート!!」
「うわぁッ!?」

鼓動を刻むように膨れ上がった衝撃波は、プロトコルオメガの選手たちを弾き飛ばす。
続け様に天馬が見せた2つの必殺技に、依織は思わず目を瞬いた。

「あいつ、2ヶ月であんな技を……!」
「……やはりそうか……松風天馬もまた……」

ぼそりと呟かれた声に「え?」と振り返ると、ただの独り言だ、とワンダバは無い首を振る。
相手がぬいぐるみ、もといアンドロイドでは目を見つめたところで何も分からない。依織は気持ちを切り替えて試合に意識を集中させた。

天馬からボールを送られたフェイがゴールへ迫って行く。
相手キーパーが油断のない目で身構える中、フェイは咆哮を上げた。

「古代の牙!!」
「キーパーコマンド・03!!」

恐竜の爪痕が如くフィールドを抉ったフェイのシュートは、キーパーの放つ衝撃波を突き抜け鋭いアッパーを食らわせる。
そのままネットに突き刺さったシュートに、得点のホイッスルが高らかに鳴り響いた。

「や、やった……やった! 同点だーっ!」

諸手を上げて飛び上がった天馬がフェイに駆け寄っていく。
その背中を、アルファはじっと観察するように見つめていた。

試合再開のホイッスルが吹き鳴らされる。
開幕からボールを受け取り、高く跳躍したアルファから化身顕現の光が溢れ出した。

「《天空の支配者 鳳凰》──『アームド』!!」

霧散した光はたちまちアルファの体にまとわりつき、光輝く鎧へ変化する。
初めて化身アームドを目の当たりにした依織は、「何だよあれ!?」と驚愕に満ちた声を上げた。

「来る……!」
「『必殺技タクティクス AX3』!!」

アルファの指揮に従い彼に追随した2人の選手が、天馬を含むテンマーズの選手たちを3人取り囲む。
その瞬間、3つの頂点で結ばれた三角形のエリアに変化が起きた。

「か、体が……!」

足がフィールドに縫い付けられ、体がずしりと重たくなる。まるでその場だけアルファたちによって重力を支配されているかのようだ。
天馬たちが動けなくなったのを良いことに、がら空きになったディフェンスラインを容易く突破したアルファの放ったシュートは、容赦なくテンマーズのゴールを抉る。

「突き放された……!」
「むぅ……! やはり、デュプリ9人は負担が大きいか!」

眉間に皺を寄せるワンダバに対し、じゃあやっぱり私が、と依織は険しい声を上げた。だが、ワンダバはこれに頷かない。

「先程もフェイが言ったろう、君はまだ動かない方が良い」
「でも……!」
「大丈夫だ、彼らなら必ずやり遂げる!」

歯を食い縛りフィールドを振り返った先で、ホイッスルが鳴り響く。
その瞬間、フェイが雄叫びを上げ突っ込んでいくのに呼応するように、それまで平坦にプレーしていたアルファも気勢を上げた。

「はああああッ!!」

1つのボールに2人の蹴りが激突し、衝撃でその場の空気が破裂するような爆風が巻き起こる。
「す、スゴい……!」その迫力に度肝を抜かれ、攻め込むのも忘れた天馬の前で2人は弾かれたようにボールから離れた。

後半も残り僅かだ。警戒に目を光らせるフェイに、アルファも睨むような鋭い眼光を向ける。
──だが、その時だった。

「──こちら、アルファ」
「!」

ふいに表情を冷静なものに戻したアルファが、インカムに手を添える。どうやらどこからか通信が入ったらしい。

「は、……それは事実ですか?」
「……?」

アルファは通信に答えながら、その視線を天馬やフェイ、そして依織へ順々に向ける。
そして彼は目を細めると、腰を落としていた体勢から居直った。

「……YES。ご指示のままに」
「どうしました?」

やがて静かに呼吸を整え、アルファは化身アームドを解除する。
尋ねてきた仲間に、彼は淡々と答えた。

「先程行ったインタラプト修正が無効化された」
「えっ? 誰がそのような……」

言い掛けて、彼らはテンマーズを──フェイを注視する。
「恐らく奴らだ」短く言ったアルファは、徐に踵を返し天馬たちへ背を向けた。

「! どうしたアルファ!?」
「この試合、中止とする」

声を上げたフェイに一方的に言い放ち、アルファたちはフィールドから離れていく。
フェイは目を細めると、自身もミキシマックスを解除しながら遠ざかっていくアルファの背に向かってこう投げ掛けた。

「じゃあ、棄権ってことで僕たちの勝ちだな!」

空から光が降り注ぎ、円盤のようなものがゆっくりと降りてくる。
アルファは否定も肯定もしないまま、光と共に円盤に吸い込まれるように姿を消すと、その円盤もまた空に空いた虹色の空間へと飛び去って行った。

「……勝、った、てことで良いのか……?」
「この場はひとまずそうだな!」

張り詰めていた息を一息に吐き出し、依織は脱力する。
対照的に、天馬は傍らに立っていたフェイをハッとした様子で振り返った。

「っフェイ、ねえ教えて! 今何が起こってるの? サッカー部は……サッカーはどうなるの!?」
「そうだよ……後から教えてくれるって話だったよな。私たち、一体今何に巻き込まれてるんだ?」

不安と警戒の入り交じる2人の表情を見比べ、フェイはちらりと遠くに見える海の家を一瞥すると、小さく口角を上げる。

「……ここじゃ少し人目に付く。移動しよう、そこで全部説明するよ」