05

小さな波が岩にぶつかり飛沫を上げる。先程のサッカーグラウンドからやや離れた場所へ移動した3人と1体は、そこでようやくゆっくりと向き合った。
海を背に、フェイは真剣な顔で口火を切る。

「依織にはさっきざっと話したけど……僕らは、200年後の未来からやって来たんだ。サッカーを消そうとする者を阻止する為にね」
「未来……!?」

フェイの口から飛び出た事実に、天馬は目を大きく見開いた。どうやら彼は、依織以上に色々なことを知らないままアルファたちと戦っていたらしい。

「パラレルワールド≠チて分かる?」
「パラレルワールド……? もしもの数だけ別の世界がある、っていうSFとかでよく見る話か?」
「その考えも間違ってはいないかな」

訝しげに目をすがめた依織に頷いて、フェイはふとベルトに着いていた拳ほどの大きさの機械を取り外して掌に乗せた。

「これを見て」
「え? ──うわっ!?」

フェイが機械の裏側の小さなスイッチを押すと、それは淡い光を放ち、彼らを囲むようにドーム状のホログラムで出来た薄暗い空間を作り出す。
空はホログラムの壁に隠れ、代わりに頭上を横切るように1本の長い矢印が延びていく。時間のある地点に変化が起きると、それ以降の世界に違う流れが出来る──それがパラレルワールドだとフェイは簡単に説明した。

「あいつらが時を越えて雷門中サッカー部に関わる重要な出来事に影響を与えたせいで、雷門中にサッカー部がないと言う世界が出来てしまったんだ」
「つまり──」
「雷門中サッカー部が消された……!」

俺のこと分かる──再会した時、天馬は確かに依織にそう尋ねた。依織は稲妻町に戻る前にアルファに襲撃された為、『サッカー部のない世界』での仲間たちがどうなっているのかは知らない。
だが、天馬のあの反応を見るにおおよその検討は付く。
サッカー部が存在しない、つまりサッカーを通じて出会った歴史も存在しないことになるのだ。

「そうか……だから信助も神童先輩は俺のことを覚えてなくて、小学生の頃に知り合った葵は俺を覚えてたんだ、……?」
「でも、サッカー部を消すことがあいつらにとって何になるんだよ?」

何か引っ掛かりを覚えたように眉間に皺を寄せた天馬には気付かず依織が尋ねると、フェイは苦虫を噛んだような表情になって頭を振る。

「あいつらの目的は、サッカー自体を消すことだ……サッカーが存在していると都合が悪いんだよ。あいつらにとって」
「あいつらって……?」

眉を顰める天馬に、フェイは唇を一度真一文字に結ぶ。依織はそこで、先程ワンダバから聞いたその組織の名前を思い出した。

「世界全体の意思決定をする機関──エルドラドさ」

一瞬目を伏せがちにしたフェイは、一呼吸置いて顔を上げる。
その表情は今までに増して固く、沈痛なものだった。

「200年後の未来では、戦争が起きているんだ。人類を支配しようとしている、セカンドステージチルドレン≠ニ呼ばれる子供たちだけで構成された組織──フェーダによってね」
「セカンドステージ、チルドレン……?」

怪訝な顔つきで鸚鵡返しする依織に横目を向け、フェイは小さく頷く。
しかし、未来の世界と言えど子供が世界を相手に戦争を起こすことなど可能なのだろうか。2人の表情からその考えを読み取ったのだろう、それまで押し黙っていたワンダバが口を開いた。

「彼らはそれぞれが超常的な力を持っているのだ。その内容は個人によって様々だが……1人1人の能力は、一軍隊にも匹敵する」
「そして重要なのは、セカンドステージチルドレンの遺伝子は優秀なサッカープレーヤーから発生したと言うことなんだ」

「サッカープレーヤーから……」顎を摘まんで考え込んだ依織が眉を上げる。
まさか、と呟いた彼女に、フェイは固い表情でそう、と答えた。

「だからエルドラドは、サッカーを消すことで彼らが世界に生まれないようにするつもりなんだ。未来で起きる戦争を、根本から無くすためにね」
「でも、サッカーを消すなんて……! どんな理由があろうと、そんな権利誰にもないよ!」

あくまで冷静に説明するフェイに、天馬は思わず声を荒らげた。傍らの依織もまた、憤慨したように眉根を寄せている。

「その通り──でも、エルドラドにそんな理屈は通用しない」

フェイは頷きこそしたが、険しい表情でそう答えた。
未来にもその決定に異議を唱えた者は少なからずいたのだ。しかし、エルドラドの影響力は絶大だった。戦争を無くすためなら致し方ない。多くの人々がそう言って納得した。
彼らはセカンドステージチルドレンを排除するため、アルファたちルートエージェントを派遣し、ついに本格的に動き出した。歴史からサッカーを消去する計画は、最早覆せないところまで来てしまったのである。

そんな、と絶望したように緩慢に首を振った天馬は、そこではたと気付く。

「でも、あいつらはサッカーをやってたじゃないか! それなのに……」
「それが一番効果的なんだよ」

天馬の言葉にフェイは即答する。え? と眉を顰める2人に、彼は続けた。

「サッカープレーヤーは、自分のステージであるサッカーで打ちのめされることが一番心の傷になる。サッカーへの思いを変えさせやすいんだ」
「何だよそれ……性根が腐ってんな」

組んだ腕を苛立たしげに指で叩き、依織は顔をしかめる。
つい先程アルファたちによりその方法を身を持って体験させられた天馬は、そんな、と悲しそうに眉を下げた。

「そんなの酷いよ……サッカーは楽しいものなのに……!」
「そう……サッカーは楽しいものだし、人にとっては必要なものだ」

そこで一度言葉を切り、フェイは機械の電源を落とした。ドーム状の空間は消え、頭上に晴れ渡った青空が戻ってくる。

「だから──僕らはやって来た。君たちを救うために」
「フェイ……君は何故……」

その時代の当事者であるフェイが、戦争のない世界を望んでいないとは思えない。
こうして依織を助け、天馬を助けることに、果たして彼にメリットはあるのだろうか。そんな2人の視線を受け、フェイは目を細める。

「未来にだって、天馬たちのようにサッカーを愛している者がいるってことさ。僕にとっても、サッカーは必要だから」

噛み締めるように答えると、フェイはふと天馬に右手を差し出して屈託なく笑った。

「だから、僕は天馬たちと一緒に戦って、サッカーを守るよ!」
「──……」

天馬は笑顔でその手に応えかけ、はたと動きを止めてそっと隣の依織を見上げた。依織がそれを見て小さく頷いて見せると、天馬はパッと破顔して改めてフェイの手を取る。

「ありがとう、フェイ……! これからよろしくね!」
「うん、こちらこそ!」

力強く頷いてフェイは依織にも手を差し出した。
依織は数度のまばたきの後、そっと口角を上げてそれに応える。

2人と握手を終えたフェイは、さて、と背伸びをして踵を返した。

「行こう、2人とも!」
「え……行こうって、どこへ?」

突然の出発宣言に、2人はやや困惑しながらフェイを目で追いかける。
フェイはそんな彼らを肩越しに振り返りながらこう答えた。

「まずは雷門中サッカー部を取り戻す。その為には、君たち雷門のサッカーが生まれた場所に行くんだ」
「え?」
「それってまさか……円堂監督が、雷門にサッカー部を作った日に行くのか?」

フェイの答えを先読みした依織が尋ねると、フェイは「その通り!」とにっこり笑う。
天馬はその答えに口をあんぐり開け、思わず声を大きくした。

「それってタイムスリップってこと?」
「うん。雷門中サッカー部が消えたのは、雷門にサッカー部が作られる歴史のインタラプトが修正された為だ」
「いんたらぷと……?」

首を捻る2人に、えっとね、とフェイは手近な木の棒を拾い上げ、1本の線を描いた。

「インタラプトって言うのは、歴史を変更出来る運命の別れ道みたいなものさ。やつらはそこに介入して、起きた出来事を作り替えているんだ」
「それで雷門中サッカー部も……」
「そう。だから、それを僕らが戻すんだよ」

小一時間前、天馬もそのインタラプトの介入を受けた。結果的に、ワンダバの働きでそれは再修正を果たされたが──もしもそれが失敗していたら、あのまま天馬の記憶からサッカーは消去されていたのだろう。
天馬は真面目な顔つきになって頷いた。

「分かった、でもどうやって──」

フェイに問い掛けたその時、3人の頭上に影が射す。

空を見上げると、太陽の光を遮るようにあのキャラバンのような乗り物が浮かび上がっていた。
話がまとまるのを待っていたのだろう、いつの間にかいなくなっていたワンダバが運転席で手を振っている。

「よぉし、話は決まったな! 行くぞ、みんな!」
「うわぁ……!」

ゆっくりと砂浜に着陸した車の搭乗口が開くと、天馬はおっかなびっくりしながらも中に足を踏み入れた。
運転席の付近には何やら見慣れぬ機械が多数見受けられるが、それ以外は普段使っているキャラバンと何ら変わりなく見える。

「これがタイムマシンなの……?」
「うん。正確には、時空間転移装置……ワームホールを通って、別の時間、別の場所に移動できるんだ」
「外観は君たち雷門中サッカー部のキャラバンを参考に、私が作ったんだ」

運転席からワンダバが口を挟む。道理で雷門のキャラバンとそっくりなわけだ、と依織が納得する傍ら、天馬はまだ信じられない気持ちを捨てきれない。

「これで別の時間に行けるの……?」
「うん、ただしそれには条件がある。ある時間にタイムジャンプするためには、道標が必要なんだ。僕らはそれを、アーティファクトと呼んでいる」

アーティファクト、と鸚鵡返しする2人に、フェイは席に着きながら頷いた。

「その時間、その場所の強い思いが籠ったものでなくてはいけない。それがないと、ワームホールの出口を検出出来ず、タイムジャンプは失敗する」

真面目な声音で説明するワンダバは、その間も忙しなく運転席の機械をいじっている。
よくあんな柔らかそうな手で細かい操作が出来るものだな、と天馬はその手元を覗き込みながら尋ねた。

「じゃあ、11年前に行くには何が必要なの?」
「サッカー部を作ったときの、思いが籠ったものだ」
「天馬、依織。何か思い当たることはある?」

逆に質問を振られた2人は、しばらくの間考え込む。
ややあって、天馬があっと声を上げた。

「サッカー部の部室! あそこは円堂監督が、初めてサッカー部を作った場所なんだ!」
「え? でも、あそこって確か記念に残されてるって話だったよな。サッカー部の出来なかった世界でも残ってんのかな……」

素朴な疑問を口にした依織に、「あ、そうか」と天馬は困り顔になった。
けれど、大丈夫だよ、と天馬を慰めたフェイは、運転席の隣、助手席近くの機械の操作しながら続ける。

「かつての部室として残っていなくても、何かしらの建物として残されているかもしれない。今はとにかく確認してみよう!」

「さあ、席に座って!」フェイに促されるまま、2人は運転席のすぐ後ろの座席に着いた。
フェイもまた助手席のシートベルトを締めたことを確認したところで、ワンダバはアクセルを踏み込んだ。

「よーし、それでは天馬くんたちの時代へタイムジャンプだ! しっかり掴まっていろよ!」
「うん──うわぁっ!」

腹部辺りに押し寄せる一瞬の浮遊感、座席に背中が押し付けられる感覚。
空に空いた光の中へキャラバンが飛び込むと、天馬は目をまたたき「うわあ!」と窓に張り付いた。

「これが……えっと、ワーム……?」
「時間の通り道、ワームホール。一度アーティファクトを登録すれば、この中を通って好きな時代に飛べるんだ」

へええ、と感心しきった声を漏らした天馬は、流れていく光の奔流を物珍しそうに眺める。
初めてワームホールに入った際にはこんな風に周りを見る余裕はなかったな、と依織はある意味能天気ともとれる天馬の反応に目を細めた。

そこで何か思い出したことがあったのだろう、「あ、そうだ」と天馬は徐に顔を助手席の方へ向ける。

「ねえ、フェイ。サッカー部の無くなった世界では、みんなそれぞれサッカー部以外の部活に入ってたんだけど……そもそも雷門に入学しなかった人もいるのかな?」
「え? うーん、どうだろう……もしかするといるかもしれないけど。どうかしたの?」

助手席から身を乗り出すようにして天馬たちの方を覗き込んだフェイに、天馬は自分の考えをまとめながら話した。

「あの雷門には、依織がいなかったんだ。後1人、剣城ってやつも見つからなかった。もしかすると、単純に俺が会えなかっただけかもしれない、けど……」
「けど?」

言葉を濁す天馬に、「けど、なんだよ?」と依織は続きを促す。
うん、と曖昧に頷きながら、天馬は困惑したように眉を下げて言った。

「葵が、依織のことを覚えていなかったんだ。俺たちは小学生の頃に会っているから、サッカー部は関係ないはずなのに……」
「葵が……?」
「……ひょっとしたら、11年前からサッカー部が消えたことで依織の人生は大きく変化したのかもしれないね。大丈夫、今回のインタラプトを再修正すれば元に戻るよ」

そう言って微笑んだフェイは、再び助手席に腰を落ち着かせる。
そっか、と不安が取り除かれたらしい天馬は、「早くサッカー部を取り戻さなくちゃ」と拳を握り締めた。

「(サッカー部が無くなったことで、私の人生が……)」

依織が稲妻町に戻ってきたのは、フィフスセクターと戦う目的があったためである。しかし、サッカーの発展しなかった世界ではそもそもあの組織そのものも存在していなかったのかもしれない。そうなれば、依織が稲妻町に戻ってくる必要もなくなってしまう。
それを考えれば、フェイの考えにも納得は出来るのだが。

「(私がサッカーに関わる切欠を作ったのは姉さんだ。雷門中サッカー部が消えたことで、その歴史も改編された?)」

足を組み替え、依織はちらりとフェイに着けられた腕のブレスレットを見る。
インタラプトを再修正すれば元に戻る──フェイのあの言葉に嘘偽りは感じ取れなかった。それは事実である。
しかし、一瞬だけ。ほんの刹那の間見えた、ほの暗い悲しみの入り雑じった瞳。それを依織は見逃さなかった。

「(パラレルワールドの、私は……)」

ブレスレットを指でそっと撫で、依織はいつになく感覚の研ぎ澄まされているような頭を落ち着かせるように固く瞼を閉じた。