夜空にホイッスルが鳴り響く。キックオフはプロトコル・オメガからだ。
開幕からボールを持って切り込んできたアルファを止めるべく飛び出したフェイを、プロトコル・オメガの選手3人が一斉に取り囲む。
「何っ!?」
「…………」
三方を塞がれ動けなくなったフェイを横目に、アルファはテンマーズの陣地を駆け抜けた。
そのままゴール前へ向かうかと思われたアルファだったが、彼はゴールには目もくれず突然方向転換すると、あろうことかフェイのデュプリたちに対し強烈なシュートを放つ。
「うわぁっ!!」
「くっ……!」
目に見えて動きの鈍ったデュプリたちがアルファのシュートを避けることも蹴り返すことも出来ず無惨に倒されると、その度にフェイもまた苦痛に呻く。分身であるデュプリが傷付けば傷付くほど、本体の彼もダメージを受けていくのだ。
「ひどい……!」
「敵はデュプリが遠隔操作だと知って、フェイの視界を遮ってデュプリを痛め付けているのだ!」
「くそっ、あいつらホント性根が腐ってやがんな……!」
唇を噛み、依織は地団駄を踏む。試合に出れない今、こうして悪態を吐くことしか出来ない自分が酷く歯痒かった。
「待てよ……!」
ふいに、震えた声がアルファの猛攻を遮る。
円堂だ。ただ相手を傷付けることを目的とした暴力的なアルファのプレーに、円堂は目を見開いて彼を睨み付けた。
「サッカーは──サッカーはそんなんじゃないぞ!!」
「円堂さん……」
声高に叫ぶ円堂に、天馬は思わず眉を下げた。まだサッカー部のキャプテンにすらなっていない中学1年生の円堂の目に、この光景は酷く凄惨なものに映っただろう。
それでも彼は、怒りこそすれど心が折れる気配はなく両手を広げて身構えた。
「さぁ──打ってこい!! お前のシュートは俺が止める!!」
「……自らの能力を把握出来ていない」
冷静に答えたアルファに、やってみなくちゃ分からないだろ、と円堂は果敢に言い返す。
「お前がやってるのはサッカーじゃない。ボールは人を傷付けるもんじゃない!」
「そうだ……サッカーが悲しんでる!!」
後ろから口を挟んだ天馬に、アルファが一瞬肩越しにそちらを一瞥した。
冷めた視線に怯みそうになりながらも、天馬は負けじと続けた。
「アルファ! ボールだってそんな風に使われて、泣いてるぞ!!」
「……サッカーは滅ぶべきもの。よって円堂守、サッカーによりお前自身が滅ぶ。これより、インタラプト修正に入る」
繰り返し唱えるように呟いたアルファがボールを打ち上げる。
放たれた強烈なシュートに、円堂は腰を深く落とした。
「絶対に止める……! サッカーが滅んで堪るか!!」
吼えた円堂が右手を翳す。瞬間、彼の頭上に現れた光輝く巨人の掌に、天馬と依織はこぞって目を見開いた。
「『ゴッドハンド』!!」
「すごい!」円堂の掌に押さえ込まれたシュートに秋が称賛の声を上げたが、天馬や依織はそれどころではない。
円堂がゴッドハンドを使えるようになったのは、キャプテンになってから──つまり中学2年生の頃からと言う話は雑誌のインタビューや本人の話から何度となく聞いているのだ。
「な、何で? 何であの円堂さんがゴッドハンドを使えるんだよ!?」
「パラレルワールドの共鳴現象だ! 異なったパラレルワールド上に複数の円堂守が生まれたことで、互いに干渉しあって力が高まったのだ!!」
思わず疑問を口にした依織にワンダバが答えたが、またも飛び出した専門用語らしきものに依織はやはり首を捻るしかない。
「止めた……とうとう出来たぞー!!」
当の円堂は幼い頃から夢見た技が実現し、興奮を押さえきれないでいる。
それに水を差すこともないだろう、と気持ちを切り替えた天馬は、倒れたデュプリたちに手を貸しながら声を張り上げた。
「よし……今ので流れはこっちに来ます! フェイ! デュプリのみんなも広がって! 反撃行くよ!!」
「行くぞ!!」円堂がボールをフィールドに向かって蹴り上げる。
競り合いののちプロトコルオメガに渡ってしまったボールを追いかけ、天馬が加速した。
「逃がさないッ! ワンダートラップ!!」
「何ッ!?」
目を見張るような速さで相手に追い付いた天馬は、ボールをカットしカウンターに繰り出す。
そのスピードは正に風のごとく、吹き荒れる追い風が彼の足を更に前へ進めた。
「──潰せ」
アルファの短い号令に、天馬の前に2人の敵が飛び出していく。
だが天馬は足を緩めることなく、更に加速しディフェンスの間を駆け抜けた。
「アグレッシブビート──!!」
「うわぁっ!!」
「フェイ!」生じた衝撃波で敵を弾き飛ばし、中盤を突破した天馬は左サイドを駆け上がっていたフェイにボールを送り出す。
ボールを受け取ったフェイは相手のDFをギリギリまで引き付けると、タイミングを見計らいボールを再び天馬へ戻した。
「《真》マッハウィンド!!」
より強力な風を纏い放たれた天馬のシュートは、繰り出されたキーパーの必殺技を打ち砕きゴールを貫く。
高らかに鳴り響くホイッスルに、やった、と天馬は拳を握りしめた。
「スゴいスピードだったよ、天馬!」
「うんっ! 自分でもこんなに加速するなんて思ってなかった!」
ハイタッチを交わす2人に、「すっげーなあいつら!」とゴールを守る円堂も興奮に色めき立っている。
そんなテンマーズの様子を見つめ、アルファは僅かに眉間に皺を寄せた。
この調子ならきっと勝てる──そんな希望を胸に、再び試合が再開される。
1点リードされたプロトコル・オメガは一気にテンマーズ陣地へ攻め上がった。短く鋭いパス回しでテンマーズを翻弄したアルファは仲間のサポートを受けゴール前に辿り着くと、ボールを天高く打ち上げる。
「シュートコマンド・01!!」
「今度も止める……!」
迫り来るシュートに身構えた円堂の体から、ふいに金色の光が迸った。
徐々に膨れ上がる光、練り上げられていく闘気──その圧力を、天馬たちはよく知っている。
「うおおおおおッ!!」
咆哮と共に噴き上がった光は金から紫へ色を変えると、赤い鬣を振り上げた黄金の巨人へと変貌した。
見間違う筈もない。しかし、この時代にはあり得ない光景に、天馬は呆然とそれを見上げた。
「円堂さんが、化身使いに……!?」
押さえ込まれたシュートが彼の掌で完全に止まると、化身もまた役目を終えたかのように霧散する。
瞬間、襲いかかってきた脱力感に円堂は思わずその場に座り込んだ。
「な、何だ今の……」
「化身ですよ!! スゴい、まさか円堂さんが化身使いになるなんて……!」
「けしん……?」
天馬は興奮した様子で円堂に駆け寄ったが、円堂はまだ自分の身に何が起こったか把握出来ていないようである。
しかし、化身がサッカー界に現れ始めたのはここから11年後の世界の話だ。当然、天馬たちがよく知る円堂が化身使いであったと言う情報はない。
天馬の成長、そして円堂の成長。これがワンダバが先程言った時空の共鳴現象とやらの結果なのだろうか──と依織がワンダバを窺い見ると、いつの間にかワンダバは何故だかピンク色に変身を遂げハッスルしていた。
「何でピンク色……?」
「これはエキサイティングゲージ!! 興奮するとこうなるのだ!!」
「……その機能いるか?」
「勿論だ!!」
依織は秋と顔を見合わせ首を捻る。こればかりはあまりサッカーと関係ない気がする──そんな言葉を飲み込み、2人はフィールドに視線を戻した。
「どうだ! 俺はサッカーを嫌いになんてならないぞ!」
ボールを抱え、円堂は輝くように笑っている。
円堂守は絶望などしない。今もこれからも、サッカーを愛し続ける。それが将来サッカー部の設立の歴史を作り、そしてサッカーの未来に繋がっていくのだ。
三度試合が再開される。得点は1対0を保ったままだ。前半も残り僅かではあるが、まだ油断は出来ない状況である。
「フェイ!」
「くっ──」
デュプリからのパスを受けようと跳躍したフェイの体が、相手のディフェンスに阻まれ傾く。何とか着地したフェイは、クリアされたボールにホッと胸を撫で下ろした。
「フェイ、大丈夫?」
「ああ──」
額に滲んだ汗を拭うフェイに、天馬はそっと眉を下げる。
試合に支障をきたさない程度とはいえ、フェイの動きは前半開始直後から明らかに鈍ってきている。デュプリのコントロールには、恐らく天馬たちが思う以上に精神力を使うのだ。
せめてあと1人。依織が試合に出られるようになれば──そんなことを思いもするが、それはきっと依織本人が一番考え、そして悔しく思っていることだろう。
どうにかしてフェイの負担を少しでも減らしたい。そんなことを天馬が考えていた時だった。
「──おーい! この試合、俺も入れてもらえないかな?」
「ん?」
突然響いてきた声に、天馬だけでなくその場にいた全員が声の主を探し辺りを見回す。
「あ、あそこ……」秋が指差した先を視線で追うと、観客席に1人の少年が佇んでいるのが見えた。
周囲は薄暗くその顔はよく見えない。 しかし、逆立った髪、しゅっと延びた手足と高い背丈。そのシルエットに天馬と依織はどこか見覚えがあった。
「──剣城……?」
彼は階段を降りてくると、手摺をひらりと乗り越えてピッチに降り立つ。
明るみに出てくるその姿。思わずそちらに駆け寄った依織は、はたと足を止め彼≠見上げた。
「剣城! 来てくれたんだ──」
「天馬、待て」
依織は同じように彼に駆け寄った天馬を押し留める。
何故、と言いたげに依織に口を開いた天馬だったが、ふと目の前にいる少年──少年と言うには些か成熟しているだろう彼を改めて目の当たりにし、首を傾げた。
「あれ……剣城、じゃ……ない?」
「……俺は君の知ってる京介ではない。剣城優一だ」
「優一さん?」2人はすっとんきょうな声を上げ、顔を見合わせる。
3か月前、優一は豪炎寺の計らいにより無事下肢の手術を受けることになった。
けれど、手術の日程は依織や天馬が雷門に帰ってくる頃。つまり手術自体が既に終えているにしても、まだ退院出来る状態ではない筈なのだ。
なのに、目の前にいる優一と名乗った青年はしっかりと自身の足でそこに立っている。そしてその姿も多少2人の記憶とは違っているものの、優一本人としか思えない。
2人が胸中に渦巻く疑問を口にする前に、彼は緩やかに微笑んだ。
「天馬くん、だね? 色々と聞きたいことはあるだろうが……話は後だ。今はあいつらと戦おう」
「は、はい……!」
そう告げ、プロトコル・オメガを指差す優一の表情は真剣そのものだ。
雰囲気に気圧され頷く天馬に対し、依織は注意深く優一を見つめたままである。彼の言葉に嘘偽りは感じられない。だが、何かが気になるのだ。自分でも分からない、漠然とした感情がそこにある。
そんな視線を感じたのだろう、こちら見下ろし、──どこか懐かしそうに目を細めて微笑んだ優一に、依織は目を瞬いた。
そんなやり取りをしていると、アルファがゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「お前は再修正される」
「……それはどうかな?」
不敵な笑みを湛えそう返した優一に、アルファは窺うように目を細めた。
ライン際まで走ってきたワンダバが、「選手交代だ!」と審判に向かって声を上げる。円堂も突然の助っ人の加入を承諾したらしい。
デュプリが1体消え、代わりに赤いユニフォームに着替えた優一がフィールドに入る。
10番の背番号を背負って走るその姿は遠目から見るとやはり弟によく似ていて、依織は何だか不思議な気分になった。
「俺、嬉しいです! 優一さんとサッカー出来るなんて……!」
「俺もだよ。それに、あの人と一緒にプレー出来るなんてね」
ゴールをそっと一瞥した優一は、小さく円堂に会釈する。
2人の会話が聞こえなかった円堂は、優一に向かって「守りは任せて下さい!」と大きく手を振っている。優一にとって彼が伝説のゴールキーパーである一方、あの円堂から見れば優一は突然現れた歳上の助っ人でしかないのだ。
試合はプロトコル・オメガがボールを投げ入れ再開される。
巧みな動きであっという間に相手からボールを奪った優一は、そのままプロトコル・オメガの陣地へ速攻した。
軽快な足取りは乱れることなく、力強いドリブルは相手の動きすら鈍らせる。優一の圧倒的なプレーに、天馬は思わず息を飲んだ。
「上手い……! これが優一さんのサッカー!?」
天馬が最初目で追うのも難しかったプロトコル・オメガと対等に、それどころか翻弄している。しかし、かといってこのまま優一に任せたままにするわけにはいかない。追走した天馬に、優一が肩越しに振り返る。
「天馬くん、化身だ! 行くぞ!!」
「えっ? は、はいッ!!」
背後からアルファが追いかけてくる気配を感じながら、天馬は優一を追って加速した。
一足先を走る優一が雄叫びを上げる。同時に目の前に立ち上ったその光に、天馬はギョッと目を見開いた。
「《魔剣士 ペンドラゴン》!!」
現れたのは、黒い甲冑に身を包み蝙蝠のような翼を持った化身だった。天馬が驚きに息つく間もなく、優一は続けざまに気勢を上げる。
「『アームド』!!」
黒い化身は光へ変わり、優一の体を纏う鎧へと姿を変える。「優一さんも化身アームドを!?」まさか優一が化身に留まらず化身アームドまで使えるとは思いもせず、目を見開く天馬の背中に遠くからフェイが声を掛けた。
「天馬! 君にも出来るよ、やってみて!!」
「俺にも、出来る……!?」
前を行く優一が小さく頷いている。
イメージする。ペガサスの翼が自身を包む鎧になる光景を、頭に強く思い描く。大きく息を吸い込んで、天馬は思い切り地面を蹴った。
「行くぞッ!! 《魔神 ペガサスアーク》──『アームド』!!」
夜空に現れたペガサスアークは咆哮と共に光に変わり、天馬の体へ纏わり着く。
白を基調にした鎧姿に変身し、大きな翼を背負った天馬は、自分の体を見下ろして目を見開いた。
「うわっ、本当だ! 出来た……俺にも化身アームド出来ました!」
「ああ! ──さあ、行くぞ!!」
「はい!」そのまま2人は並走し、プロトコル・オメガの陣内へ一気に切り込んでいく。
だが、それを易々と許す相手ではない。天馬たちの進路を塞ぐように躍り出たアルファは、2人を睨み天へ跳躍した。
「《天空の支配者 鳳凰》──『アームド』!!」
同じく化身アームドで対抗してきたアルファに、優一はすかさず中空へ高めのボールを送り出す。
勿論そこには誰もいない──しかし、今の天馬なら、そして優一自身もそのボールに追い付ける。軌跡を追い跳躍した2人は、同時にボールへ脚を叩き付けた。
「はあああッ!!」
「っキーパーコマンド・03!!」
2人の放ったシュートは、必殺技で生じた衝撃波を突抜けキーパーを弾き飛ばす。
決まった──天馬が確信したのも束の間、寸でのところでシュートに追い付いたアルファがボールとゴールラインの間に割り込んだ。
「……ッ!!」
刹那、涼しげだったアルファの表情に明らかな焦りが生まれる。
次の瞬間、アルファの体をも押し退けて、シュートはゴールネットを貫かんばかりの勢いで突き刺さった。
「入った……!」
「すごいわ、2人とも!」
依織や秋の歓声を聞きながら、化身アームドを解除した天馬と優一は固い握手を交わす。
「よくやってくれた」
「ありがとうございます!」
「何て強力な助っ人だ……!」それまでギリギリ対等に戦ってきたプロトコル・オメガを、瞬く間に圧倒してしまった。溢れ出る笑みを押さえきれず、フェイは思わず呟く。
この調子なら、きっと。期待と確信を持ってアルファを一瞥したその時だ。
「──撤退する」
「えっ?」
化身アームドを解除したアルファが、突然踵を返す。
それと同時に現れた例の大きな飛行物体に、「な、何だ!?」と円堂が驚愕の声を上げた。
そのままアルファたちを回収した飛行物体は、音もなく夜空の星に混ざり消えていく。
その瞬間、依織はふいにそれまでふわふわとどこか覚束無いような感覚が残っていた足が、唐突に地面を踏みしめたのを感じた。
「守ったんだ──円堂守のサッカー部結成を、僕たちが守ったんだよ!」
「てことは……勝ったんだよね!?」
しん、と訪れた静寂の中、ハッとしたようなフェイの声が響く。天馬が両手を上げて喜びを露にする一方で、円堂は「何がなんだか……」と首を傾げている。
「勝った! 俺たち勝ったよ、依織!」
「ああ、やったな!」
冷めない喜びに肩を弾ませながら、天馬は駆け寄ってきた依織と軽くハイタッチした。いつの間にかそれまでどこか青白く見えた依織の顔色も良くなっていることに気付き、天馬は更に顔を綻ばせた。
「ありがとう、優一さん!」
「この戦い……俺にも手伝わせてくれ」
「優一さんも?」
握手を求めたフェイに応えた優一に、天馬が目を丸く見開く。
京介の為にもね、と小さく微笑んだ優一に、天馬は目を輝かせた。
「ところで……フェイ。あの2人にも一応説明とか、しといた方が良いんじゃないのか?」
「え?」
そこでやや声を落とし、依織が指差したのは円堂と秋だった。ゴール前に立った2人は、所在なさげにこちらを窺っている。
「そうだね……巻き込んでしまった以上、あの2人にも知る権利がある」
「俺も話しておかないといけないことがあるんだ。ここで情報共有と行こうか」
頷くフェイに口を挟んだ優一に、一同は頷いて円堂と秋を呼び寄せた。
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先程のようにいつプロトコル・オメガが強襲してくるとも限らない。ワンダバがすぐに乗車出来るようキャラバンを傍に留めて、彼らは芝生の上に車座になる。
まずは円堂と秋に、プロトコル・オメガ──エルドラドの目的、そしてそれがこの戦いで一時凌いだことを簡潔に伝えると、2人はフィクションでしかあり得ないような話に頭から煙を噴き出しながらもどうにか納得してくれた。自身が既に身を持って体験したことなのだ、納得せざるを得なかったとも言う。
話が一段落したところで、改めて優一は口を開く。
「天馬くん、依織ちゃん。君たちの知る俺の歴史は、俺が12歳、京介が7歳の時の事故が原因で、サッカーを出来なくなってしまった──ということだよね」
「はい……」
2人はやや固い表情で、優一の確認に頷いた。
木から落ちた弟を庇い、下肢が動かせなくなってしまった兄。その後悔を、剣城は何年も独りで抱え込んできたのだ。
「……あの事故は起きなかった。その結果、俺も京介もサッカーを続けることが出来たんだ」
「え……?」
依織は信じられないように優一の脚を見る。優一は手術を受ける以前に、あの怪我をしなかったのだ。ようやく繋がったピースに、依織は一人納得する。
「それからしばらくして、かなりのレベルに成長した俺たちにサッカー留学の話があってね……」
「留学ですか? すごい!」
思わず口を挟んだ天馬に、優一は優しく微笑む。しかしその笑みには、隠しきれない後悔と寂しさが滲んでいた。
「だけどね……留学に行けるのは、1人だけだった。うちの家庭環境では、兄弟一緒に留学させることは難しかったそうだ」
「それじゃあ──」
優一の話の続きの想像がついた依織は、そっと眉根を寄せる。
心優しい両親は、2人を留学させたがった。けれど、行かせることが出来るのは1人。思い悩む両親の話を偶然聞いてしまった兄弟は、親に似て人を慮ることの出来る子供であった。
『俺、行かないよ。京介を行かせてあげて──』
『……兄さんが行けよ。俺、もうサッカー飽きたからさ』
──兄の言葉を遮るように告げた弟の背中を、優一はまだ昨日のことのように思い出せる。
「剣城がそんなことを……?」
「本気で言っている筈がない。でも京介は自分のサッカーに関わるもの全てを処分して、二度とボールを蹴ることはなかった」
そうと決めた弟の行動は早かった。初めて買ってもらって以来中々捨てることの出来なかったスパイクも、小遣いを貯めて買ったサッカー雑誌も、研究の為に録画した様々な試合の記録も全て、優一が止める間もなく全てを処分してしまった。
そして優一も、それが不器用な弟なりの精一杯の優しさだと分かったからこそ──彼の為に、サッカー留学することを決めたのだ。
そう、思っていた。
「それは……剣城京介からサッカーを奪うために、エルドラドが仕掛けた、ということですね」
「そして、それは成功したのだろうけど……奴らは俺の前に現れた。俺からサッカーを奪おうとしてね」
「優一さんも襲われた……!?」
「ふむ……新たな時空の中で、君は多くのサッカー少年に大きな影響を及ぼしたわけだ。それで狙われた」
苦々しい顔で答えた優一に、天馬は怪訝そうに眉を寄せる。エルドラドは剣城からサッカーを奪った結果、また新たなサッカーに関わる因子を生み出したのだ。
「でも……それで優一さんはどうやって奴らから逃げ切ったんです? だって、フェイやワンダバともさっき初めて会ったんでしょう?」
「うん──実は、ある人に助けてもらったんだ」
「ある人?」尋ねた依織に、優一はそう返す。
「名前は言わなかったけど、君たちのようなサッカーを愛する者を支援している>氛氓ニ言っていた」
「サッカーを愛する者を、支援している……?」
「……何か、胡散臭い感じがプンプンしますね」
「はは……でも、あの人のお陰で助かったのは事実だからね」
思わず依織が呟けば、優一は軽く苦笑を漏らす。そして優一は、右手にはめたブレスレットを全員に見えるように軽く掲げた。
「そしてその人は俺を助けてくれただけでなく、このタイムブレスレットをくれた。これがあれば、時間を移動出来る」
「そのブレスレットが……?」
優一のブレスレットを見た依織は、自身の着けているブレスレットをちらりと見る。
フェイに視線を送れば、その意図が伝わったのだろう。「似ているけど、別物みたいだ」と答えが返ってくる。デザインが似通っていても、依織のブレスレットに時間を移動する機能は備わっていないらしい。
「何かよく分かんないけど……サッカーを守るために戦ってる、てことだよな?」
「そうです!」
自分なりに噛み砕き理解を示す円堂に天馬が食い気味に頷くと、彼はようやくスッキリした様子で笑みを見せた。
「なら、俺も戦いたいぞ!」
「円堂くんがやらなきゃいけないことは、サッカー部を作ることよ。それがサッカーを守ってことになるんじゃない?」
こちらはかなり話を飲み込んでいたらしい秋が目を輝かせる円堂に言うと、そうです! と天馬は更に身を乗り出す。
「円堂さんがサッカー部を作ったら、サッカーが喜びます!」
「お前……面白いやつだな! えっと……松風天馬、って言ったっけ?」
「はい!」世代を越えた2人のキャプテンが改めて固い握手を交わすと、ワンダバが勢い良く立ち上がった。
「さあ! ではこの感動を胸に、いざ元の時代に戻るべし!」
「はい!」
「タイムジャンプだね」
次々と立ち上がる天馬たちに釣られるように立ち上がり、「もう行っちゃうのか?」と円堂は首を傾げる。
「円堂くんの時代の危機を防いだことで、後の時代がどう変化したのか確認しなくちゃ。優一さんの為にもね」
そう答えながらフェイが視線を送ると、優一は小さく頷いた。
そうと決まれば善は急げ、とワンダバを先頭に彼らはキャラバンへ乗り込んでいく。
最後に天馬がタラップに足を掛けたところで、背中に声がかかった。
「天馬!」
「! はい」
足を止め、天馬は円堂や秋と向かい合う。
円堂は天馬の目をしっかりと見据え、ニカッと笑った。
「雷門中サッカー部、絶対作ってみせる! 約束するぜ!」
「俺も……! サッカーを守って頑張ります!」
「おう! でもって、もしまた会えたら──」
ふと円堂が右の拳を差し出してくる。
一瞬キョトンとした天馬はすぐにその意図を察すると、嬉しそうに笑って自分の拳を円堂の拳に軽くぶつけた。
「『サッカーやろうぜ』!」
天馬たちを乗せたキャラバンが空へ浮かび上がっていく。
目指すは天馬と依織の時代。行きと同じく、ワンダバの掛け声でキャラバンはワームホールへと飛び込んで行った。
しんと静まり返った夜空を見上げて、秋はほうと溜め息を吐く。
「まだ夢見てるみたい……」
「天馬ってやつ……きっとまた会える。そんな気がする!」
星の煌めく空を見上げ、そう呟いた円堂はまだ見ぬ未来へ笑いかけた。