光の中をキャラバンがひた走る。
ふと機器に設置されたサッカー部の看板が光の粒子になって消えていくのを見て、天馬は思わず声を上げた。
「看板が……!」
「アーティファクトは、歴史が変わってここにあることに都合が悪くなると、本来あるべき時間に戻るんだよ」
「円堂監督の時間……てことか?」
尋ねる依織に、分かってきたね、とフェイは笑みを向けて頷いた。
文字通り最初から何もなかったかのように消えてしまった看板を見送り、天馬はぽつりと呟く。
「円堂監督が1年生でゴッドハンドを覚えちゃったけど……歴史は大丈夫なの?」
「大丈夫さ。パラレルワールドがもたらす時空の変化は、君たちが思う以上に不思議で面白いものなんだ」
あっけらかんと答えたフェイに、天馬と依織は困ったように顔を見合わせた。
確かに1つの可能性としては面白いものなのかもしれないが、何も知らない状態から次々と新しい情報を詰め込まれた天馬や依織からすればややこしいことこの上ない。
2人が揃って溜め息を吐くと、ふいに運転席に着いたワンダバが思い出したように口を開いた。
「しかし、今日は怒濤の1日で疲れたな。天馬……今晩はお前の家に泊まらせてもらうぞ」
「えっ!?」
天馬が承諾するより早く、ワンダバはギアを押し込む。
ぎゅん、と加速したキャラバンは夜空へ飛び出すと、ゆっくりと手近なスペースへ降り立った。
窓の外に見えたのは木造の横長い建物。天馬が暮らしている木枯し荘だ。
キャラバンが降り立つ音が聞こえたのだろう、天馬たちがタラップを降りると、同時に中からひょっこりと──24歳の秋が姿を現す。
「おかえりなさい天馬、遅かった……わね……?」
「た……ただいま、秋ネエ!」
いつの間にか敷地内に現れたキャラバン、見知らぬ少年と青年、それからクマのぬいぐるみ。それを伴い引き攣った笑みを張り付けている天馬とその友人に、秋はキョトンと目を丸くした。
「……お客、さん?」
「こんばんは!」
朗らかに挨拶するフェイに「こ、こんばんは」と返しながら秋はちらりと天馬を見る。
明らかに困惑している秋から質問が出るより先に、天馬は彼女の前へ進み出た。
「あ、秋ネエ! 今日はみんな俺の部屋に泊まるからね!」
「え? え、ええ……」
「すいません、お世話になります」
「ああ、ワタシの分のご飯はお構い無く」
消化器官は備わっていないもので、と真顔で言うワンダバに、秋は「どこかで見たことあるような……」と首を捻った。
「女の子を1人男だらけの部屋に押し込むのも忍びない、依織はキャラバンのシェルターを使うと良い」
「シェルター?」
秋が困惑しながらも用意してくれた夕食に舌鼓を打ち、夜もすっかり更けた頃。
首を傾げる依織を連れキャラバンまで戻ってきたワンダバは、助手席のシートを上に開けてその中を指し示した。
不思議そうにそこを覗き込んだ依織は、ぱちくりと目をしばたく。シートの中には縦穴が続いており、底へ降りる為であろう梯子が付いていたのだ。
「さあ、着いてこい!」
「ええ……?」
ひょい、とシートを乗り越え穴の中へ落ちていったワンダバに、依織はおっかなびっくり梯子に脚を掛けて下に降りていく。
穴は思ったよりも浅く、しかしキャラバンの下部にしては深いものだった。
2メートル程梯子を降りたところで地面に到達した依織は、予想外の光景にポカンと口を開ける。
そこにあったのは、簡素なベッドと空っぽの小さな棚が置かれた六畳ほどの小さな白い部屋だった。
「ここ、キャラバンの中だよな……? なのに、何でこんな空間が……」
「正確には、キャラバンの中ではなく助手席と別の時代に用意しておいたシェルターを小さなワームホールで繋いでいるのだ! この技術は200年後の世界でもまだ発明されたばかりでな、まずはワームホールの独自固定方法を」
「あ、説明はいいや……」
恐らく聞いたところで半分も頭に入らないだろう。やや固めのベッドに腰かけた依織は、「ホントにここ私が使って良いの?」と確認する。
「勿論だ。ここは君の為に作ったようなものだからな」
「私の為……?」
眉根を寄せると、ふと頭上から──シェルターの入り口から物音がした。
立ち上がりそちらを見ると、ガコガコと音を立てながら何かが上から降りてくる。ロープで吊るされるような形でゆっくりと部屋に降ろされたのは、空港に置き去りにしたまますっかり存在を忘れてしまっていた依織のキャリーケースだった。
「私のキャリーケース……!」
「やぁ、お待たせ依織。取ってくるのが遅れてごめんね」
そう言いながら、軽やかに降り立ってきたのはフェイだ。どこも不備はないと思うけど、と手渡されたキャリーケースを確認して、依織は頷く。
「ん……大丈夫。ありがとな、フェイ」
「どういたしまして。それで、どう? シェルターの感想は」
小さいけどお風呂もあるんだよ、とフェイが壁のスイッチを押すと、それまで壁の模様かと思い込んでいた部分が軽い音を立てて開いた。
備え付けられた三点ユニットバスに、「十分過ぎるよ」と依織は苦笑して──問い掛ける。
「ところでフェイ……少し、聞きたいことがあるんだけど」
「……うん。僕も話しておかないといけないことがあるんだ」
そっとベッドに腰かけたフェイは、隣を軽く叩いて依織にも座るように促す。依織がフェイの横に座ると、ワンダバもまた無言で棚の上によじ登りその上にちょこんと腰を下ろした。
ゆっくりと息を吐き出し、依織は口火を切る。
「……天馬の話を聞いた時から、気になってたんだ。円堂監督がサッカー部を作れなかった世界での私は、どうなったんだろうって」
存在しない雷門サッカー部。中学入学以前に知り合ったにも関わらず、自分のことを忘れてしまった親友。
依織はそっとブレスレットを指でなぞる。しばらくの間彼女の体を蝕んでいたあの怖気はもうない。しかし代わりに、1つの嫌な予想が彼女の頭を占めていた。
「──依織。君はサッカーと出会ったことで、自分のお母さんの死から立ち直り、人より弱かった体もサッカーの特訓をすることで少しずつ強くなっていった……そうだよね?」
「……うん」
彼は知っている。今までの依織のことも、別の世界の依織がどうあったかも、全て調べた上でこの時代に来たのだ。
ややあって、フェイは足元に目を落として答える。
「……サッカーと関わりを持たなかった君は、結果として稲妻町を離れることはなかった。ここは恐らく、インタラプト修正による小さなバグだと思う。だけど、体の弱いまま成長してしまった君は、やがて原因不明の病に侵されて」
そこでフェイはコクリと小さく唾を飲み込む。そして、酷く言い難そうに続けた。
「10歳の時、病死した」
「……そ、っか」
ある程度予想こそしていたが、ぽつりと告げられた現実に依織は一瞬目が眩んだような気がした。
このブレスレットを着けた時、フェイは言っていた。
『さっきのヤツ──とある組織が歴史に介入して、あるものを消そうとしている。その影響で、今≠フ君が消滅しかかってるんだ』
あの世界の依織が既に故人になっているのなら、13歳の依織が同じ世界に存在することは有り得ない。だからあの時、自分の体は消えかけた。文字通り、歴史からなかったこと≠ノされかけたのだ。
「っでも……円堂監督の歴史を守った今、私がその影響で消滅するってことはなくなったんだよな?」
「うん。そこは安心してくれて良いよ」
微笑んだフェイに、依織はホッと胸を撫で下ろす。
しかし、その安堵はまたすぐ別の不安へと変わる。揺らぐフェイの瞳が、話がそこで完結していないことを物語っていたからだ。
「まだ……何かあるんだな? 私にとって大事な何かが……」
「……スゴいね。ホントに、何でもお見通しなんだ」
「フェイ」
諌めるような声を出した依織に、フェイは悲しそうに眉尻を下げる。
「これは、僕らの憶測も混じっている話だ。それでも良い?」
「うん」
何も分からないまま巻き込まれ、戦いを遠くで見ることしか出来なかった。けれど今は違う。自分で立ち向かう力を取り戻し、エルドラドに対抗する意思もある。
「自分にとって大事なことを知らないまま戦うなんて嫌だ。だから、お願い。教えてフェイ」
「……分かった」
固い表情で頷いたフェイは、どこから説明しようか迷ったのだろう、少し時間を置いて、ゆっくりと切り出した。
「昼間の、
SSCの話を覚えてる?」
「ああ……世界に戦争を仕掛けたとか言う」
エルドラドは彼らの力を恐れ、その存在を歴史からなかったことにするために今回の計画を実行に移した。
彼らの遺伝子が優秀なサッカープレーヤーから発生したことを知ったエルドラドは、歴史からサッカーそのものを消してしまおうと考えたのだ。
けれど、それと自分が何の関係があると言うのか。首を傾げる依織に、フェイは続ける。
「その遺伝子は、200年の時間を掛けて超常的な能力を持つ人間を生み出した。けどその長い時間が経過する中で、微弱ではあるけど能力に目覚めた子供たちもいたんだ」
「SSCの開祖、みたいな……?」
「そう。──依織。君はね、その内の1人。言うなれば、第一世代のSSCなんだ」
放たれた言葉に、依織はポカンと口を開けた。
こちらを見つめるフェイの目に嘘偽りはない。しかし、おいそれとその話に頷くことは出来なかった。
「でも私には、そんな超常的な力なんて……」
「正確に言えば、覚醒し掛けてる、と言った方が正しいかもしれないね。何か身に覚えがない?」
「それは……」
瞬間、今まで自分の信じてきた漠然とした直感や、瞳から他人の感情を感じ取ってきた記憶がフラッシュバックする。
だが、あれらがSSCの能力だと言うのなら、試合でそれを活用してきた自分は本来の実力で戦っていなかったと言うことになるのではないのだろうか。
苦々しい表情で口をつぐんだ依織に、フェイは慌てて付け加えた。
「心配しないで、依織が特訓して人の言葉の真偽を読み取れるようになったことは知ってるよ。君が今まで試合で活用してきたものは君自身の力で間違いない」
「そう……なのか?」
「うん。少なくとも、能力の微弱な第一世代が激しい戦いの最中に意図してそれを使うことは、まず不可能だからね」
安心させるように言い聞かせるフェイに依織は落ち着きを取り戻すと、そこで「あっ」と思い付いて声を上げた。
「じゃあ、アルファたちは私がSSCの第一世代だって知ってたから、私を捕まえようとしたのか?」
「多分ね。僕らが依織に接触したことで、その優先順位は下がったみたいだけど……まだ油断はしない方が良い。僕らが一緒にいられない時は、なるべくこのシェルターに待機してて」
ここは特殊な構造で作ってあるから座標を特定されにくいんだ、とフェイはシェルターの天井を見上げる。
依織の為に用意されたシェルター。ワンダバの言葉を思い出し、依織はようやく色々な事に合点がいった。
「……SSCの能力は、その使用頻度に関わらず、所有しているだけで脳にかなりの負担が掛かる。故に、彼らは短命でその多くは20歳まで生きられない」
その時、それまで置物のように黙りこくっていたワンダバが唐突に口を開く。
え、と口を薄く開いた依織とは対照的に、「ワンダバ……!」とフェイが焦ったようにそちらを見る。しかし、ワンダバはそのまま低い声で続けた。
「だが依織、君はまだSSCとして完全に覚醒したわけではない。能力が最も高まる10代半ば……その間、エネルギーを内に溜め込まず少しずつ放出していけば、普通の人間と変わらず大人になることが出来るだろう」
「放出って……どうやって……」
「……サッカーだよ」
半ば諦めたような声で答えたのはフェイだ。「は?」と眉を上げた依織に、彼は言う。
「君はサッカーをすることで、今まで無意識にその力を放出していたんだ。だから、完全覚醒には至らなかった。今のままサッカーと関わり続ければ、体には何の問題もない筈だよ」
「だったら……」
「問題はエルドラドだ。奴らはこれからも何らかの手段を使って歴史からサッカーを消そうとするだろう。サッカーに関わる機会を奪われれば、いずれ君は……」
──それ以上、彼らは何も言わなかった。
嫌な音を立てる心臓に、依織は胸を押さえる。右手のブレスレットが、酷く重たいものになった気がした。
「……依織、サッカーの未来は君の未来だ。それを守るために、僕らも全力を尽くす。だから、心配しないで」
「う、ん……ありがとう、フェイ」
やや顔色の白くなった依織は、小さく頷く。
噛み締められた唇を痛ましく思いながら、フェイは梯子に足を掛けた。
「それじゃあ、僕らはそろそろ戻るね。また明日から一緒に頑張ろう、依織」
「ああ……おやすみ」
軽く手を振ったフェイとワンダバを見送り、依織は深い溜め息を吐く。
「サッカーの未来が、私の未来……」
靴を脱ぎ捨て、ベッドで膝を抱えた依織は小さく呻いた。
疲れているせいだろうか、頭が上手く働かない。膝に額を押し付けて、依織は固く瞼を閉じた。
「──大丈夫かな、依織。やっぱりあの話は伏せた方が良かったんじゃ……」
「彼女の力は、時空の共鳴現象の影響でこれからどんどん強くなっていく。そうなる前に話しておくのが得策だろう」
入り口のシートを閉じながら呟いたフェイに、ワンダバは冷静に答える。
依織に預けたブレスレットに備わっている、インタラプト修正を妨害する機能があればひとまずの一時凌ぎにはなるだろう。
しかし、皮肉なことに未来の人間がパラレルワールドを生み出してしまったことで、共鳴現象はより大きなものになってしまった。彼女の力がその制御を越えるのは、時間の問題だ。
「エルドラドが依織を捕らえて何をするつもりかはまだ分からん。フェーダへの対抗策を講じるためか、はたまた他に目的があるのか……何にせよ、まだまだ油断は出来ないな」
「うん……彼女の為にも、早くエルドラドを止めなくちゃ」
拳を握り締めたフェイを見上げ、そうだな、と小さく答えたワンダバはそっと彼から視線を外した。
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:
翌朝、天馬と依織はフェイと優一を伴い雷門中へと赴いた。円堂がサッカー部を作った歴史を守った結果を確認する為である。
しかし、部室棟を前にして天馬は突然立ち止まってしまった。不安そうな表情で扉を見つめる天馬に、優一が優しく声を掛ける。
「どうしたんだい? 入ってみようよ」
「もし、また他の部活が入ってたらって思うと……」
「その時はすぐにワンダバを呼ぶよ。タイムジャンプして、問題を解決しなくちゃ」
眉を下げた天馬に、フェイが笑顔で答える。生徒もまだ多く校内に残っているこの時間、ワンダバには人目に着くのを避けるため木枯し壮に残ってもらっていた。
入り口の前でたたらを踏んでいると、ふと後ろから誰かがやって来る気配がする。
「──あれ、天馬? もう練習始まっちゃうよ?」
「!」
現れたのは葵だった。驚きながら振り向いた天馬に首を傾げ、そしてその隣に依織が立っているのを視認した彼女は目を見開くと──
「依織〜〜!! 久しぶり! もう、帰ってたなら連絡くらいしてよね!?」
「うわっ!?」
花が咲くように顔を綻ばせ、勢い良く依織に抱き付いた。
寸でのところで後ろ向きに倒れそうになった依織は、葵を抱き留めながら「ご、ごめんごめん」と彼女の背中を撫でる。
どうやら依織に関する葵の記憶は無事戻ってきたらしい。天馬はごくりと唾を飲み込みながら恐る恐る尋ねた。
「あ、葵。練習って……しょ、書道部?」
「は?」
怪訝そうに目をすがめた葵は、何言ってるの、と呆れた様子で額を押さえ天馬に人差し指を突き付ける。
「サッカー部の練習に決まってるでしょ!」
「──も、元に戻ってる……!」
安堵の溜め息と共に、天馬はその場に崩れ落ちた。
突然のことに一体どうしたのかと首を傾げた葵は、その時ようやくフェイや優一の存在に気が付く。
「この人たちは……?」
「えっ? あー……あの、えっと」
どうしたものかと天馬は依織と目配せを交わした。
フェイたちのことを説明するにも、どこから切り出したものか検討も付かない。
すると、悩む天馬にフェイが助け船を出す。
「僕はフェイ、 天馬のサッカー仲間なんだ。今日は雷門中サッカー部を見学に来たんだよ」
「天馬のお友だちですか! じゃあ、みんなにも紹介しますね」
「さ、こっちです!」と葵は天馬と依織の手を取りぐいぐいと引っ張りながら部室棟へと入っていくと、ミーティングルームの扉を開けた。
「皆さーん、お客様です!」
「! 遅いぞ、天馬」
葵に続き、2人はそっと中を覗き込むようにしながら中へ入る。
そこにはいつもの仲間たちが待っていた。開口一番自分へ叱責してきた神童、駆け寄ってきた信助や輝を見て、天馬はもう一度安堵の溜め息を吐く。
「今日はもう来ないのかと思ったよ!」
「……あれっ、依織ちゃんがいる!? いつの間に帰ってきたの!?」
「あー……はは、ただいま」
依織は天馬と顔を見合わせ、ホッとしたように小さく笑う。どうやら円堂の歴史を守ったことで、ひとまず雷門サッカー部を取り戻す目的は達成出来たらしい。
先程から様子のおかしい天馬たちに首を傾げた信助は、そこで彼らの後ろに優一やフェイが待っていることに気が付いた。
「うわわ! こ、こんにちは!」
「こんにちは」
「! 剣城先輩=I」
「え?」声を上げた神童や三国に、天馬と依織は同時に首を傾げる。
「お久しぶりです、剣城先輩!」
「雷門のOBですか……?」
駆け寄ってきた2年生や3年生に輝が声をやや落としして尋ねれば、お前ら1年が知らないのも無理ないか、と笑みを向けた三国が答えた。
「剣城先輩は、雷門のエースストライカーとしてチームを引っ張ってくれたんだ。卒業後も時々遊びに来てくれて──」
「ま、待って下さい!」
しかし、彼らの言い様には明らかな違和感がある。
思わず声を荒らげた天馬に、「どうした?」と三国は不思議そうに言葉を切った。
「それじゃあ、剣城は──」
「失礼だぞ、呼び捨てなんて」
「そ、そうじゃなくて……!」
「弟の方──剣城京介は、どうしたんですか?」
慌てる天馬の肩に手を置き、眉根を寄せた依織の問いに三国や神童は「弟の方?」と怪訝な表情をする。
──知らないのだ。彼らの記憶に剣城京介≠フ存在は残っていない。初めてまともにインタラプトの修正の影響を目の当たりにした依織は、小さく息を飲んだ。
「まだ元通りじゃないのか……!?」
「……こうなったらみんなにも協力してもらおう」
小声で尋ねた天馬に、こちらもまた小声でフェイが答える。
「協力って、どうすんだよ?」声を潜め目をすがめた依織に、フェイはにっこりと笑った。
みんなに見てもらいたいものがある、と天馬や依織の誘導で、一同はスタジアムに移動する。
しかしスタジアムは無人のまま、特に変わった様子もない。周囲を見回し首を捻った狩屋が「何もないじゃんか」と肩を竦めると、天馬はフェイに助けを乞うような視線を向けた。
「フェイ……」
「大丈夫、もうすぐだよ。3……2……1……」
腕の時計を見つめながら、フェイがカウントダウンを始める。
そしてカウントがゼロになったその瞬間、頭上の空気が震え、ぽっかりと虹色の穴──ワームホールが現れると、中からキャラバンが飛び出してきた。
「うわ!?」
「な、何だぁ……!?」
キャラバンはぐるりとスタジアム内を一周しながらフィールドに着地する。
何もない空から現れた不思議な乗り物に目を見開いていた雷門イレブンは、中から出てきたものに口を殊更大きく開けた。
「全くもう、洗車の途中だったんだけどなぁ」
ぶつくさと文句を言いながらタラップを降りてきたのは、突然フェイから呼び出しを受けたワンダバである。
動いて喋るクマのぬいぐるみ──に一見見える物の登場に、悲鳴に似た叫びが響いた。
「しゃ、喋ったぞ!?」
「何だコレ……!」
「コレとは失敬な! ワタシはテンマーズの大監督、クラーク・ワンダバット様だ!」
胸をそびやかすワンダバに対し、「それじゃ説明にならないだろ」と額を押さえた依織にフェイが苦笑する。
だが、見掛けは完全にクマのぬいぐるみ。けれど今しがた見た光景も、CGや幻覚などではなくどう見ても現実だった。苛立ったように頭をかき混ぜた水鳥が、天馬に食って掛かる。
「天馬、どういうことだ!?一体何が起きてんだよ!」
「え、えーっと……」
「ワタシが説明しよう!」
困り果てる天馬を押し退けるようにして、一歩前へ踏み出したワンダバはごほんと必要があるのか分からない空咳で喉を整えた。
フェイや自分が200年後の世界から来たこと、そこで起きている戦争、サッカーを歴史から抹消しようとする組織、彼らが派遣したルートエージェントとの戦い、優一の存在を始めインタラプトの修正により起きた様々な事象。
そうしてワンダバの一人芝居、もとい諸々の説明が繰り広げられること約15分。
「──と言うわけなのだ……!」
「みんな、大丈夫ですか……?」
雷門イレブンの頭からは、黒い煙がもうもうと立ち上っていた。
天馬は顔をしかめきっている仲間たちを見回し、こうなるのも仕方のないことだろうと内心頷く。天馬や依織も丸1日を掛けてようやく理解の追い付いたことなのだ。質問をする暇もなく、たった1回の説明で全てを飲み込むことは不可能に近いだろう。
「いきなりタイムジャンプなんて驚いただろうけど……今聞いたようにこの俺≠ヘ、偽りの時間の中を生きている。この2人の知っている俺が、本当の俺だ」
穏やかな声音で言って優一は天馬と依織の肩を叩くと、2人は複雑そうに眉尻を下げる。
優一はそう言うが、2人からすれば本来の彼も今ここにいる彼も、違う人生を歩んだだけで同じ優一に違いないのだ。
「だから本当の俺を取り戻して、弟に……京介に、サッカーを返してやりたいんだ」
「優一さん……」
サッカーを返すため──自己犠牲を厭わないその真っ直ぐさは、形こそ違えどかつて兄の手術費用を手に入れるためにフィフスセクターに従っていた頃の剣城を彷彿とさせる。
優一はこちらを見上げてくる依織に微笑み掛けると、その頭を優しく撫でて続けた。
「そしてそれは、君たち雷門中サッカー部が本来のサッカー部に戻ることを意味する」
「俺たちも、偽りの時間の中にいるってことか……」
自分の考えを確認するように呟いた神童に、そうだ、と優一が頷くと、周りの仲間たちは更に難しい顔になって頭を抱える。
「それって自分が自分じゃないみたいで、何か嫌な感じだな……」
「ダメだ、俺はもう分からん!」
「僕もです〜……」
「わしもさっぱりぜよ!」
「私、分かる」
そんな中で、1人平然と答えたのは茜だった。
茜はそれまでキャラバンを模したタイムマシンに頻りにシャッターを切っていた手を止め、驚いた仲間たちを振り返る。
「SF3級だから。パラレルワールドに自分がいるなんて夢みたい……!」
「あんた、タダモンじゃないね……」
呆れすら混じったように感嘆の溜め息を吐く水鳥に、茜はにっこりと微笑んだ。
ふと、天馬はそこで声を落とし、先程から気になっていた疑問を優一にぶつける。
「あの……本当の優一さんて、怪我でサッカーが出来なくなる優一さんですよね。時間が変わってるなら、新しい歴史の中で2人ともサッカー出来るままじゃダメなんですか……?」
その疑問に、仲間たちも次々と賛同する。しかし、優一はそれに頷かなかった。
「ありがとう……でもね、本来それはやってはいけないことだと思う。俺は京介にサッカーを取り戻してやりたい。あいつは、俺以上にサッカーが大好きなんだよ」
優しく笑って答えた優一の目に迷いはない。天馬はそっと俯いて、それ以上の言及はしなかった。
優一は雷門イレブンの前へ進み出ると、一同の顔を見回しながら言う。
「京介を救うことは、雷門中サッカー部を救うことだ。みんな、協力してほしい」
「はい……!」
頭を下げた優一に、一同は緊張した面持ちで頷いた。
ありがとう、と微笑む優一を見つめ、依織はブレスレットを手で軽く押さえる。
雷門中サッカー部を完全に元の状態に戻すためには、剣城を偽りの時間から解放しなければならない。だが、その代償に優一はサッカーが出来なくなってしまう。
「(兄弟揃って……優しすぎるんだ。なぁ、剣城)」
心の中で呟いて、目を伏せた依織は今頃どこで何をしているかも分からない剣城のことを想った。