天空の着陸場に音もなく円盤が降り立つ。
彼らは時空間転移装置から外へ出ると、会議室からエレベーターで直通している演説用の高台を見上げた。そこには既に、自分たちが従うべき指導者が険しい表情で佇んでいる。
「プロトコル・オメガにしては、あまりにもお粗末な展開だったな──アルファ。何か言うことは?」
「……いいえ」
長い髭を蓄えた男──トウドウを見上げ、アルファは短く返した。その答えに、トウドウは密やかに溜め息を吐いて続ける。
「無能は罪である。失態がもう一度続いた時は……分かっているな」
「YES。マスター」
次こそは必ずや。まばたきの一つもせず、アルファは淡々と答えた。
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現代、雷門中サッカー部部室棟。
弟を救うために──優一の決意の籠った言葉が、スタジアムに響く。
「戦うんだね。歴史を元に戻すために……!」
「ああ。でも、それには少し時間が欲しい」
「時間?」てっきり今すぐにでも行動を起こしたいだろうと思っていたのだが、と首を傾げるフェイに優一は頷いた。
「アーティファクトを手に入れてくる。必要だろう? それに──やっておきたいことがあるんだ」
「……分かった。出発は明日だ」
目を細めそんなことを言った優一にワンダバが頷くのを確認すると、優一はそのままスタジアムを後にする。
天馬と依織は顔を見合わせると、駆け足でその背中を追い掛けた。
訪れたのは商店街にあるゲームセンターだった。休みの日でもない限りこんな場所に来る機会のない天馬は「ここに剣城が……?」と眉を潜める。
確かに根が真面目な剣城が利用するにはあまり似合わない場所だろう。しかし優一は天馬の疑問に苦笑をもって応えると、その中へ足を踏み入れる。
小さな子供が屯うキッズコーナー、女子高生たちが集うプリクラコーナーを通り過ぎたそこ。アーケードゲームコーナーに彼はいた。
大きな画面を前にぼんやりとゲームをしている剣城の横顔は、いつもと何ら変わりないように見える。
「剣城──」
「行かない方が良い。京介は、君のことを知らないんだからな」
足を踏み出した天馬を、優一がそっと制止する。ハッと目を見開き俯きがちになった天馬の背中を軽く叩いて、依織もまた少し沈んだ表情で弟の元へ向かう優一を見送った。
「──京介」
「! 兄さん」
突然現れた兄の存在に、剣城はあまり驚いていない風であった。もしかしたら、彼はよくこうしてゲームセンターで過ごす弟に声を掛けに来ているのかもしれない──依織はそんなことを考える。
「ちょっと付き合ってくれないか。河川敷に行きたいんだ」
「河川敷……?」
「ああ。……サッカーやらないか? 久し振りに」
──その瞬間、唇を引き結んだ剣城はすっくと立ち上がった。画面に大きくゲームオーバーの文字が映し出される。
「……悪い、兄さん。1人で行ってくれ」
口早にそう告げて、剣城は兄の顔を見ないままゲームセンターを後にした。
その背中を見送って、気持ちは変わらないのか、と優一はそっと肩を落とす。
「優一さん……」
クレーンゲームの陰に隠れ、事の成り行きを見守っていた2人を振り返り、優一は眉を下げて微笑む。雑音でごった返すゲームセンターから出ると、天馬は優一の横顔を見上げ尋ねた。
「やっておきたいことって、剣城とのサッカーだったんですね」
「ああ。これが最後のチャンスなんだ」
どこへ向かうでもなく歩き出しながら、優一は前を見据えて答える。
「最後の……」
「サッカーが出来る今の俺は、消えなくちゃならない。真実を歪めて、京介からサッカーを奪うことは出来ないからね」
その言葉に、依織はポケットに差し込んだ右手──ブレスレットの着いた手をギュッと握り締めた。
「サッカーが出来なくなる前に、もう一度だけ京介とサッカーがしたかった。あの頃のように……」
気付けば、3人は鉄塔広場にまで来ていた。眼下に見える街を見下ろし、懐かしむように目を細めた優一は寂しげに微笑む。
「でも……やっぱり無理なのかな、もう一度なんて」
「そんなことないです! きっと剣城だって……」
思わず大きな声を上げた天馬に、木々に止まっていた小鳥たちが飛び去っていく。しばし顔をしかめ自分の爪先を見つめていた天馬は、ふいに勢い良く顔を上げて踵を返した。
「俺! 剣城に河川敷に来るように頼んできます!」
「頼んでくるって……さっき聞いたろ!? 剣城は私たちのこと──ああ、もう」
飛び去るようなスピードで階段を駆け降りていく天馬に、依織は伸ばし掛けた手で額を押さえる。だが、依織とてこのまま優一の願いを見て見ぬふりをすることは出来ない。
「くそっ……天馬! 私も──」
「依織ちゃん」
駆け出し掛けた依織の肩を優一が押さえる。ハッと振り返ると、優一は変わらず穏やかに──しかし有無を言わさぬ声音で言った。
「君はダメだ。京介とは……会わないでやってくれ」
「優一さん……」
依織は優一の瞳を見る。
悲しげに揺れるその色に混じる、仄かな懐古。依織はたたらを踏んだ足を戻した。
「──やっぱり……優一さん、知ってるんですね。違う私……パラレルワールドの、私のこと」
「……ああ」
よく知っているよ、と眉を下げた優一は、俯いた依織の頭を慣れた手付きで優しく撫でる。
依織は初めてこの優一と出会った時から感じていた。あの世界では初対面だった筈の彼が、依織にだけ懐かしむような感情を向けていることを。
そしてその疑問は、昨晩のフェイの話を聞いて確信に変わる。彼は、サッカー部の作られなかった歴史においての依織と関わりがあったのだと。
「バグの影響なのかな。今の俺には、円堂さんがサッカー部結成に失敗した歴史と、成功した歴史……両方での記憶がある。失敗した方の歴史で、俺たち兄弟は小さい頃から依織ちゃんと交流があったんだ」
「小さい頃から……?」
「いわゆる幼馴染ってやつだね」
はあ、と依織は気の抜けた声を上げる。
フェイはインタラプト修正のバグで、依織が稲妻町を離れることは無かったと言っていた。もしかすると、親戚の家に預けられる機会もそうなかったのかもしれない。
元々、剣城家と鷹栖家の距離はそう遠くはない。加え、二つの家の間には子供も集まる大きな公園がある。偶然に偶然が重なれば、剣城兄弟と依織が幼い頃に出会い、親交を深めることもあるのだろう。
「歳が同じだったから、と言うのもあるだろうけど、何か波長が合ったのかな。京介は君とすごく仲が良くなってね、大きくなったら結婚するんだってはしゃいでたよ」
「へ、へぇ〜……」
正確には自分のことではないとは言え、幼い頃の話を他人から伝え聞くことの何とこそばゆいことか。
内容が内容なだけに、熱くなってしまった頬を隠すように手摺に頬杖を突いた依織に、優一は小さく笑う。そして、ふいにその笑みを潜めた。
「……だけど、3年前になるかな。君は体を壊して入院してしまって。京介は毎日のようにお見舞いに行っていたんだ……」
「……だけど私は、そのまま死んじゃった?」
ぽつりと尋ねた依織に、優一は一瞬目を見開く。
知ってたんだね、と眉を下げ、彼は遠い記憶を探るように景色を見つめた。
「この世界の京介は、君のことを知らないかもしれない。でも……会えば、感じとってしまうものがある気がするんだ。サッカーの他に、失った大切なものがあることを……」
2人の間を緩やかな風が吹き抜ける。
あちらを救えばこちらは救われない。それはどうしようもない確定事項なのだろう。
そうであるなら──せめて、彼の願いだけでも叶って欲しい。
依織は乱れた髪を押さえ、優一を見上げた。
「大丈夫ですよ、優一さん。あいつ、サッカーと同じくらい優一さんのことを大事にしてるから……それは多分、どの世界でも同じです」
優一の言う通り、依織はこの世界の剣城とは会わない方が良いのだろう。彼女の告げる直感はいつも正しい。最早、これは直感でなく一種の『未来予知』と言うべきなのかもしれないが。
「だから、あいつは河川敷に来ます。絶対に」
「……うん。ありがとう」
やっぱり君はどんな世界でも優しいね。
優一はそう言って、少しだけ泣きそうに笑った。
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翌日、早朝。
依織はインターホンからワンダバのけたたましいモーニングコールを受けて目を覚ます。
身支度を整え目を擦りながらキャラバンを出ると、そこには既に仲間の到着を待っていたらしい優一が佇んでいた。
こちらに気付いた彼が昨日別れた時とは違う晴れやかな表情をしているのが分かった依織は、内心ホッと安堵する。どうやらあの後、優一の願いは無事に達成されたらしい。
「おはよう、依織ちゃん」
「おはようございます。……上手く行ったんですね」
「ああ」
君の言う通りだったよ、と微笑む優一に、依織はそっと口角を上げる。
しばらく待つと、信助や神童、そして天馬と彼の部屋に寝泊まりしているフェイもやって来た。
おはよう、と目を擦りながら、フェイは優一の足元にあった古びたサッカーボールに注目を向ける。
「優一さん、それが……」
「ああ。これが俺の──いや、俺たち兄弟のアーティファクトだ。小さい時、ずっとこのボールで京介とサッカーしていたんだ」
傷だらけのボールを撫で、優一はボールをフェイに手渡す。
真剣な顔でそれを受け取ったフェイは、手早く機器の設定を完了させた。
「アーティファクトセット完了。……時空間の振幅反応が弱くなっている。急がないと元に戻せなくなるぞ」
「うん……天馬、すぐに出発するよ!」
「えっ?」他の仲間たちの到着を待っていた天馬たちは、キャラバンから顔を覗かせたフェイに驚いたように振り向く。
「サッカー部のみんなを待つんじゃないの?」
「今タイムジャンプしないと、歴史の改変が出来なくなるかもしれないんだ!」
急かすフェイの表情からは、確かに僅かな焦りが窺える。視線を交わしどうしたものかと迷う4人に対し、優一はそちらをしっかりと見据え頷いた。
「分かった。……良いね?」
天馬らに確認をとる優一の目に迷いはない。4人は顔を見合わせると、覚悟を決めて頷いた。
全員がキャラバンに乗り込むと、ワンダバは意気揚々と機器の操作を再開する。
「ワームホール周期確認! タイムルート検出開始──座標軸照合! タイムジャンプ、5秒前……4……3……2……1……」
助手席に座った依織は、ちらりとバックミラーを見上げ優一の様子を窺った。
インタラプトの再修正を行えば今いる自分は消え、サッカーも出来なくなると言うのに、優一は変わらず引き締まった顔で出発を待っている。
大切なものの為に──そう願う彼の心は、とても強いのだろう。依織はそれが頼もしくもあり寂しくもある。そして同時に、どこか懐かしさを感じるのは──もしかすると、彼女にもインタラプトの影響が僅かに残っているからなのかもしれない。
「ターーイムジャーーンプッ!!」
ワンダバの気勢と共に、キャラバンは今度こそ雷門中サッカー部を取り戻すためにワームホールの中へと飛び込んだ。
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キャラバンが次に飛び出したのは、大きな公園の敷地内にある雑木林の中だった。
何とか人目につくことなくキャラバンが茂みの中に着陸すると、天馬や依織に続いてタラップを降りた神童と信助は不思議そうに辺りを見回す。
「ここが過去……?」
「ああ、間違いない。ほら……あそこ」
神童の呟きに頷いた優一が、そう言って茂みの外を指差す。それを目で追いかけると、そこからやや離れた広い場所で兄弟であろう2人の幼い少年がサッカーボールを蹴っているのが見えた。
「小さい頃の、俺と京介だ」
「あれが……?」
ボールを蹴り、時に笑い合う少年の兄の方には、彼の言う通り優一の面影がある。
「確かに剣城先輩だ……」信じられないような面持ちで呟く神童に、信助は目を輝かせた。
「スゴい……スゴいよ! 僕たち本当に時間を遡ったんだね!」
「うん!」
タイムジャンプも3回目となれば慣れたもので、小声ではしゃぐ信助に天馬は笑顔で頷く。
笑い声を弾けさせる兄弟を見つめていると、ふとワンダバが優一の隣へ並び立つ。
「……本当に良いのか? 歴史の改変を元に戻せば、君の脚は動かなくなるんだぞ」
それは最終確認だった。肩越しに優一を振り向いた依織は、じっと彼の目を見つめる。
それでも、優一の決心は揺るがなかった。
「それが本当の運命なら……受け入れるさ。受け入れた上で、乗り越えて見せる。それに、もう思い残すことはない」
そう言って、優一は過去の自分たちを見て、次に依織に視線を送る。
本来の自分の念願でもあったろう弟とのサッカーも出来た。
二度と会えない筈だった彼女ともまた会えた。
あの世界で果たされなかった、弟と彼女の可愛らしい小さな約束も──正しい歴史でいつか叶うのかもしれない。彼にとって、それは大きな希望でもあった。
「だから良いんだ。サッカーは……京介に返す」
そう言って、優一が顔を上げたその時だ。
その瞬間、全ての時間が停止する。
人も動物も、草木や風でさえ。
ボールを追いかけようと走り出す剣城兄弟も、ボールそのものも中空で止まっている。そして、兄弟の行く先に見知った人物が一人。
──アルファだ。
「来た……!」
「……っ」
「優一さん!」茂みから飛び出した優一を、天馬たちも急いで追いかける。
兄弟に近付こうとするアルファの前に駆け込んだ優一は、その行く手を遮るように立ち塞がった。
「やめろ、手を出すな!」
「……」
突然目の前に現れた、そしてこの静止した時間の中でも動くことの出来る優一の登場に、アルファは訝しげに眉を寄せる。
「やぁ。また会ったね」
「また=H」
フェイの言葉に目をすがめたアルファのインカムのランプが点滅する。しばしして、「理解した」と小さく言ったアルファは足元に例の白いボールを降ろした。
「こいつが戦う相手なのか……?」
「そうです。プロトコル・オメガのアルファです……!」
声を落とし尋ねた神童に、天馬はアルファから目を離さず固い表情で頷く。
「我々の障害になるものは、排除する」
淡々と告げたアルファの足がボールの青いボタンを押す。ムーブモード、と無機質な合成音声が響いた直後、その場にいた全員の視界が青白い光で塗り潰された。