固く閉じていた目を慎重に開く。
高い天井にずらりと並ぶ観客席、緑色の芝生。視界に飛び込んできたのは、あまりに見覚えのある光景だった。
「──う……ここは?」
「! 雷門中のサッカー棟じゃないか……!」
「お前たちのサッカーが葬られる場所だ」
ハッと振り向くと、そこには既にアルファを始めとするプロトコル・オメガの面々が勢揃いしている。
整えられたフィールド、11人の敵。彼らは本当にサッカーで決着を着けるつもりなのだ。改めてそれを思い知った神童と信助は、憤慨したように顔をしかめた。
「受けて立つさ。その為に来たんだからね……!」
不敵な笑みを浮かべフェイが指を鳴らすと、いつものように彼のデュプリが召喚される。
しかし、その姿は今までと少し違っていた。
「これって雷門のユニフォーム……!」
「ここまで来たんだ、もう即席のチーム名を名乗る必要はないと思ってね」
驚く天馬にウインクしながら答えるフェイも、雷門の黄色いユニフォームに様変わりしている。
フェイがおまけとばかりにもう一度指を鳴らすと、天馬たちの服装も雷門のジャージから着慣れたユニフォームへと変化した。
「良かった、正直テンマーズってどうかと思っ」
「よし! みんな、頑張ろう!」
呟きかけた依織の口を即座に塞ぎ、天馬は拳を突き上げる。
全員が所定のポジションにつくと、中空にはホログラムのスコアボードが浮かび上がり、いつもの赤い帽子の男性が審判として召喚された。
プロトコル・オメガと睨み合いながら、フェイは笑みを湛えて言う。
「奴らとは一度戦って勝ってる。この試合は僕たちに有利さ」
「うん……依織、体の方はもう平気なの?」
「とーぜん」
天馬が肩越しに振り向くと、依織は軽くストレッチしながら頷いた。
2試合分出られなかったフラストレーションが溜まっているのだろう、殺気すら感じさせる雰囲気を醸し出す友人に、天馬は思わず冷や汗を掻いた。
激しいホイッスルの音がスタジアムに響き渡る。
天馬からボールを受け取った依織は、一気に相手陣地へと切り込んだ。
「2ヶ月の特訓の成果ってやつを見せてやるよ……!」
ボールを奪わんと向かってきた相手の眼前に、スピードを緩めた依織は軽めのロブを放つ。
視線が目の前のボールに吸い寄せられたその刹那、依織の指がパチンと鳴った。
「──サンダーレボルト!!」
「ぐあッ!?」
その瞬間、突如として激しい雷鳴と共にボール目掛け落ちてきた稲妻に、相手FWの体はその衝撃で弾き飛ばされる。
目の前に轟いた稲光に、仲間たちはギョッと目を見開いた。
「新技だ!?」
「鷹栖のやつ、イギリスであんな技を……!」
「フェイ!」プロトコル・オメガの前線を崩した依織は、直ぐ様前方を走るフェイへパスを繰り出す。
しかし自分へのマークがすぐそこまで迫っていることを察したフェイは、続けてサイドへ走り込んでいた神童へ向けてボールを送り出した。
「神童くん!」
「……!」
フェイからの鋭いパスは、神童にあと一歩届かず彼の目前を跳ねていく。
プロトコル・オメガの動きもそうだが、フェイもかなりのスピードだ。依織は二度試合を間近で観戦し、天馬に至ってはその2試合ともに出ている為自ずと未来人たちのスピードには慣れている。だからこそフェイのプレーにも着いていけるのだ。
だが、神童や信助は違う。あのボールに追い付くにはもっと速く走らなければ。もっと集中し、今の自分を越える必要がある。神童は奥歯を噛み締めた。
ボールはプロトコル・オメガに回り、試合が再開する。
正確かつハイスピードなパス回し。ボールの行方をつぶさに観察した神童は、タイミングを図り相手のパスコースへ飛び込んだ。
「っ剣城先輩!」
「ああ! ──天馬くん!」
無事カットされたボールは神童から優一へ、そしてダイレクトパスで天馬へと渡る。目の前に落ちてきたボールに、天馬は振り抜いた脚を叩き込んだ。
しかしそのシュートは相手のディフェンスに難なく阻まれ、ゴールは不発に終わってしまう。受け止めたボールを抱え嘲るように笑うキーパーに、天馬は悔しげに唇を噛んだ。
その後も試合は大きな変化を迎えることなく、お互いに様子を窺うような展開が続く。
一進一退の流れの中、攻勢に繰り出した優一とディフェンスに戻ったアルファが相対する。ようやく訪れた二度目の転機に、2人は同時に動いた。
「《魔戦士 ペンドラゴン》──『アームド』!!」
「《天空の支配者 鳳凰》──『アームド』!!」
「化身を纏った!?」一斉に顕現、そして鎧として纏われた2体の化身に、神童と信助が思わずといった風に声を上げる。
優一たちはそんな反応はお構いなしに、間に跳ねたボールにそれぞれ利き脚を叩き込んだ。
「く──!」
「……ッ」
しばしの鍔迫り合い。しかし時間にして1秒も経たなかったろう、軍配が上がったのはアルファだった。
力負けした優一の体が僅かによろめいたその瞬間、均衡の崩れたボールはスタジアムの天井近くまで打ち上がりコートの外へ落ちていく。
「……甘いな」
「……!」
冷たく言い捨てたアルファに、優一は悔しげに唇を噛む。
アルファが彼の傍から立ち去ると同じタイミングで、天馬と依織は急いで優一に駆け寄った。
「優一さん、大丈夫ですか!?」
「ああ。……この試合、何があろうと勝つ。絶対に歴史の改編はさせない……!」
天馬の肩を軽く叩き答えた優一の目は、弟の歴史をねじ曲げたエルドラドへの怒りと戦意で燃えている。
はい、と意気込んで頷いた2人は、視線を交わし再び走り出した。
その後も雷門イレブンは果敢に攻め続けたが、プロトコル・オメガのディフェンスは固く中々崩せない。
何かがおかしい──天馬やフェイがそう感じ始めたのは、前半戦が終わりを迎えた頃だった。
息を整え、天馬は汗を拭いながら怪訝な顔になる。
「俺たちの攻撃が、完全に封じ込められている……!」
「どうやら彼らには、パラレルワールドでの対戦データがインプットされたようだ」
「対策を打たれてるってことか……?」
眉を潜める依織に、ワンダバは口をへの字に曲げて頷いた。
もっと攻撃の人数を増やしたらどうか、と提案する信助に首を振るのは神童である。
「こちらの守備が手薄になれば、一気にそこを突いて攻撃してくるだろう……」
攻撃には転じられず、守るしかない。このままでは負けることはなくとも、勝つことも出来ないだろう。打開策も思い浮かばず顔を歪める天馬たちに、優一は確固とした面持ちを上げた。
「──攻め続けよう。俺が必ずゴールを奪って見せる……!」
「……はい!」
ハーフタイムののち、鳴り響いたホイッスルに後半戦が開始される。
開幕から切り込んだ雷門は、僅かな隙を突きボールを奪うとそこから一気に攻め上がった。
しかし以前の雷門イレブン──テンマーズの対戦データをインプットされたプロトコル・オメガは、執拗なディフェンスで雷門イレブンの攻撃を阻む。
「(せめて1点もぎ取れればどうにか出来そうなのに……!)」
走りながら依織は歯を食い縛る。彼らにとって、この試合で勝つことはさほど重要ではない。全ては時空間の振幅反応が消えるまでの時間稼ぎに過ぎないのだ。
「──ぐっ!?」
「優一さん!」
相手の激しいスライディングに、依織の目の前を走っていた優一が転倒する。
「怪我は……!?」駆け寄った依織たちに大丈夫だ、と頷きながら、優一はプロトコル・オメガのゴールを睨み付けた。
「何としても奴らから点を取らなければ……!」
「──手はあるぞ」
悔しげに呟く背中に声をかけたのは、それまで試合を見守っていたワンダバだった。「手?」と首を傾げる天馬に、ワンダバは綿の詰まった胸をそびやかす。
「ワタシは剣城京介のオーラを取ってきた。それを優一くんに融合するんだ。兄弟だからな、相性は最高だろう!」
「いつの間に……」
「でも彼、サッカーやめてたんでしょう? 本当の京介の力が出るの?」
「それは……分からない!」フェイの疑問を、ワンダバはやたらと良い笑顔で一刀両断した。肩を落とす選手たちに、ワンダバは笑顔で続けた。
「だが……可能性はある!」
「可能性は、って……」
あくまで確証のないワンダバの言葉にフェイは苦笑したが、優一は真剣に思い悩んだ。
ここで弟とのミキシマックスに成功すれば、試合の流れを確実に引き寄せられる。
だが、上手くいかなければそこでおしまいだ。歴史の再修正は叶わず、自分はこのまま弟からサッカーを奪い続けることになる。
「……俺は、あいつのサッカーへの思いを信じます!」
ふいに響いた天馬の力強い言葉に、優一は顔を上げる。その隣で、依織が小さく頷いた。
「そうですよ。私、言ったでしょ? あいつは優一さんのことも、サッカーのことも同じくらい大好きなんですから」
だから、絶対に大丈夫。
目で語る2人に、優一はやがてゆっくりと口角を上げた。
「……分かった。やってみよう!」
「頃合いを見て、ワタシが指示を出す。良いな?」
そう尋ねたワンダバに、優一はしっかりと頷く。蚊帳の外から話を聞いていた神童と信助は、「オーラ?」と首を捻っていた。
残り時間もあと僅かになる中、試合が再開される。
「仕上げに入る」アルファの短い指示に、プロトコル・オメガは一斉に雷門陣内へ切り込んだ。
短いパスを繋ぎ、前線へ送り出されたボールを受け取ったアルファは再び化身を顕現させる。
「《天空の支配者 鳳凰》──『アームド』!!」
放たれたシュートに信助がデュプリと協力して立ち向かうが、化身アームドの威力を上乗せされたシュートは必殺技でないのにも関わらず3枚のディフェンスを突き崩した。
だがそれでかなりの威力を削ったのだろう、キーパーは必殺技でしっかりとアルファのシュートを受け止め、ゴールを守りきる。
「……何故だ……!」
対戦データはインプットした。確実に相手を押している。それなのに勝つことができない。アルファの表情に、焦燥に似たものが浮かぶ。
「こっちだ!」
「おう!」
投げ込まれたボールはパスを繋ぎ、依織の元へと運ばれる。もう残り時間はない。焦燥に駆られる依織の視界で、ついにワンダバが動いた。
「優一くん、やるぞ!!」
「ああ!!」
優一はワンダバの構えたミキシマックスガンから放たれるビームの中に飛び込んだ。流れ込む力の波動に、心臓が大きく脈打っていく。
「うおおおおッ!!」
オーラの光を全て吸収した優一が天に向かって雄叫びを上げると、その姿はあっという間に変貌した。
伸びた髪、隆起する手足の筋肉。弟の面影を残しミキシマックスを遂げた優一は、自身の掌を見つめぐっと握り締める。
「京介──行くぞ!!」
「天馬ッ!」弾丸のように走り出した優一に、依織は咄嗟に前を走る天馬に向かって声を荒らげた。
背後から聞こえるボールを蹴る音。天馬は頷くと、優一の背中を追いかけ飛翔する。
「《魔神 ペガサスアーク》──『アームド』!!」
化身を纏った天馬は相手のディフェンスを蹴散らすと、依織から受け取ったパスを優一に向かって送り出した。
「優一さん、これが最後のチャンスですッ!!」
「ああ!!」
弟の思いと自分の思い。2つの思いを抱え、優一は託されたボールを天へ打ち上げる。
「決めるぞ、京介!! デス──ドロップ!!」
放たれた優一たちのデスドロップは、キーパーの必殺技を突き抜けゴールネットに鋭く突き刺さった。
1対0──切り替わるスコアボードと、ホイッスルが高らかに鳴り響く。続け様の2回の合図。試合が終わったのだ。
「敗北……! 信じがたい結果だ……」
呟いたアルファのインカムに通信が入る。
通信に応じたアルファは僅かに表情を歪め、優一たちから背を向けた。
「──撤退する」
胸の奥に疼く、刺のような感覚。ふいに訪れた自身の違和感に目を伏せながら、アルファたちプロトコル・オメガはスタジアムから姿を消した。
「勝った……!」
「ああ……」
窓からオレンジ色の光が差し込み始める。どうやら時刻は夕方を迎えたようだ。
息を整えたフェイは再度指を鳴らし、デュプリを解除しながら微笑む。
「ミッションコンプリートだね。これで本当の雷門中サッカー部を取り戻したはずだよ」
「本当の雷門中サッカー部、か……」
呟き、神童は優一を一瞥した。
歴史の修正を阻止した今なら分かる。自分の中にあった優一との記憶が偽りのものであったことも、そして同時に本来の記憶が少しずつ戻ってきていることも。
きっと優一との思い出は、いつか本来の記憶に塗り潰されてほとんど思い出せなくなるのだろう。説明されずとも、神童は漠然とそう思った。
「──これで、俺の役目は終わった」
「優一さん……」
次の瞬間、天馬たちを振り向いた優一の体が突然淡い光を放ち始める。
その姿は少しずつ薄れ、向こう側の景色がうっすらと見える光景に、依織は見覚えがあった。
「これは……!」
「正しい時間の流れに、インタラプトが修正された。彼は、存在した歴史と共に消滅するんだ」
目を見開いた依織たちに、ワンダバが告げる。光と消えていく自分の手を見つめていた優一は、彼らに優しく微笑みかけた。
「時間のようだな。……ありがとう」
「……!」
──その言葉を最後に、優一の姿は音もなく光の粒になって完全に消滅する。
まるで、初めからそこには誰もいなかったかのように。
「……さぁ、戻ろう。君たちの知っている剣城くんが、待っているはずだよ」
「──……うん」
しばらく名残惜しそうに佇んでいた天馬たちは、フェイに促されキャラバンへ乗り込んでいく。
正しい時間、本来の歴史。仲間の待つ場所へ。
:
:
元の時代へ戻ると、そちらもやはり夕方だった。
「僕らは先に木枯し荘に戻ってるね」と気を遣ったフェイとワンダバに頷いて、天馬たちは急いで部室棟に駆け込む。
「俺は先にスタジアムを確認してくる。お前たちは1軍用の部室を頼む」
「はいっ」
途中で神童と別れ、3人は意気揚々とファーストチームの部室の扉を開けたのだが。
「──そんな!」
驚くべきことに、部室には誰もいなかった。剣城どころの話ではない。他の仲間たちもマネージャーも、円堂や春奈でさえもである。
「ど、どうして……」
無人の室内に思わず後退り、扉に背中をぶつけた天馬の体が次の瞬間大きく後ろに傾く。どうやら扉が開いたらしい。
「て、天馬!」尻餅を突いた友人に驚いた依織と信助は、振り向き様に扉を開けた主を確認して──目を見開く。
「何だ、来てたのか」
「つっ……」
「剣城〜〜っ!!」
平然と現れたのは、見慣れたユニフォーム姿の剣城だった。起き上がった天馬と信助がたまらず飛び付くと剣城に飛び付こうとすると、ギョッとした剣城は咄嗟にその場にしゃがみ込み2人は閉じた扉に思いきり頭から突っ込んでいく。
「何やってんだ……?」
「い、いや……剣城がここにいるんだなって……」
ぶつけた頭を擦りながら天馬が苦笑すると、剣城は呆れたように溜め息を吐いて言った。
「サッカー部なんだ、当たり前だろ」
「! ……ああ!!」
「神童先輩のとこ行ってくる!!」嬉しそうに頬を赤くした天馬は、信助と共に慌ただしい足取りで部室を飛び出していく。
忙しい様子の2人に不思議そうに首を傾げながら、剣城はソファーに崩れ落ちるように座って溜め息を吐いた依織を振り返った。
「一体何だってんだ……おい依織、あいつら何かあったのか?」
「ああ……いや、気にすんな。ちょっと色々あって、…………ん?」
頭を振り掛けた依織は、ハテと動きを止める。
目をぱちくりさせてこちらを凝視する依織に、どうした、と尋ねようとした剣城は、ややあって「あっ!?」と自分の発言に顔を赤くした。
「あ、い、今のは、その、天馬たちに釣られてだな……!!」
「……ふ、あっはは!」
白い頬を紅潮させ、分かりやすくしどろもどろする剣城。あまりの慌てように、依織は溜まらず噴き出す。
弁解を始めた途端に依織が体をくの字に曲げて笑い出すものだから、剣城は「笑うなよ!」と思わず声を上げた。
「ふ、はは、だって、そんなに慌てなくても……別に良いんだぜ? 天馬たちみたいに名前で呼んでくれたって……ふふっ」
「〜〜っ呼ばねえ」
赤いままの顔をしかめた剣城は、「着替えるからあっち向いてろ」とぶっきらぼうに言い放つ。
はいはい、と大人しく後ろを向いた依織は、笑いを押し込めて息を整えて──軽く目を伏せた。
天馬たちに釣られて。剣城はそう言ったが、実際はそうではないような気がする。
もし彼に、優一のようにパラレルワールドでの記憶が微かに残っていたら。
子供ながらに将来を誓い合った幼馴染の少女の存在を僅かでも覚えていたのなら──記憶が入り交じって、依織のことをその世界でのように名前で呼んでしまうのも仕方のないことかもしれない。
「(やっぱり違う世界の私は、今の私より剣城と仲が良かったのかな。それって、何か少しだけ……)」
──胸にさざめいた感情に、少しだけ頬が熱くなる。
慌てて頭を振ってその熱を散らした依織は、「そう言えばさ!」と剣城を振り向いた。早いもので、剣城は既にほとんど着替え終わっている。
「優一さん、元気にしてる?」
「ああ……順調に回復してる。リハビリもこなしてるしな」
答える剣城の声は軽やかだ。薄く浮かんだ笑みは、彼がどれほど優一のことを大事に思っているかが窺える。
そっか、とホッとしながら胸を撫で下ろした依織は、部室の白い天井を見上げた。
この歴史の優一には、弟とサッカーした記憶は残っていないだろう。
けれど、夢でも良いから欠片でもその思い出が残ってくれていれば。そう願わずにはいられない。
「何ぼんやりしてんだ。……一緒に行くだろ? 見舞い」
「──うん。行く」
覗き込んで来た剣城の顔が逆さまに視界に入ってくる。小さく口角を上げた依織は、数日振りに穏やかな気持ちで微笑んで剣城の隣へ並んだ。