11

大きな円卓の中央に浮かぶホログラム。それを囲むように席に着く老齢の議員たち。それがエルドラド本部会議室の常の光景であったが、彼らの表情はいつにも増して厳しかった。

「プロトコル・オメガが破れるとは……嘆かわしい限りだ」
「……申し訳ございません」

冷たい声で言い放つトウドウに、仲間たちを伴い円卓からやや離れた場所に控えたアルファは小さく俯く。
結果的に、彼らは三度に渡り天馬たちに破れたことになる。言い訳をすることも出来ず唇を噛む少年たちに、議員の1人が続けた。

「我々は君たちの敗因を分析し、決定を下した」
「ネタン、ジーニー、クオル、そしてアルファを解任し、『ムゲン牢獄』送りとする」

トウドウがそう言った瞬間、名指しされた少年たちの表情が一気に凍り付く。
ただ1人アルファだけは微かに目を見張っただけであったが、他の3人はひきつった悲痛な声を上げた。

「い、嫌だ……お待ち下さい、議長!」
「次は必ず期待に……!」

「……行け」部下の悲嘆も聞く耳を持たずトウドウが手元のパネルに手を翳すと、4人の体を紫色の淡い光が包み込む。
他の仲間たちが密やかに息を飲む中、彼らの姿はやがてその光に完全に掻き消された。

「……変わって、メンバーを追加する。ウォード、オルカ、ドリム」

一瞬の静寂の後、トウドウは何事もなかったかのように言葉を続け新たな人員を呼び寄せる。
最後に召喚された少女は、伏せていた瞼を上げるとゆったりとした様子で微笑んだ。

「──そしてベータ。アルファに代わり、チームを率いるのだ」
「……はぁい。分かりました、議長」

それでは行って参ります──わざとらしさすら感じさせる恭しさで議員たちに小腰を折ったベータの姿は、新たな仲間たちと共に光となってどこかの時代へと転送されていく。
後には再び議論を繰り広げる議員たちだけが残された。




現代、時刻は午前16時。雷門中学校サッカー棟。

「おつかれさまでーす!」
「ああ、おつかれ」

息せき切って信助と共に部室に入った天馬は、にこやかに挨拶を返してきた三国たちと奥のソファーに見えた剣城の姿にホッと胸を撫で下ろす。

エルドラドたちがどこを起点に歴史の改編を行うかはフェイたちにも予測しきれない為、こちらはどうしても後手に回らざるを得ない。
明日になればまた新たなインタラプトが作られているかもしれない、覚悟しておくように──そんな風にワンダバから脅かされて、天馬は今朝からずっと戦々恐々していたのだ。

「天馬」
「あ、依織……」

ふと壁に背中を預け佇んでいた依織が、天馬の肩を叩く。
そして彼の耳に不自然にならない程度に口許を近づけ、こう囁いた。

「大丈夫。今のところ、まだ何も起きてない」
「そっか……良かった」

どうやら依織は一足先に、サッカー部に異変が起きていないか調べていたらしい。
視線を巡らせれば、和やかに霧野と談笑している神童の姿もある。昨日までのことが嘘のような穏やかな雰囲気に気が緩んだ天馬が、輝や狩屋に声を掛けられ雑談を始めたその時だ。

「──皆さん、大変です!! 大変なことになりました……!!」

どたばたと忙しない足音を立てて、1人の男が部室に飛び込んでくる。
それは3か月前、フィフスセクターの解散によりようやく雷門の校長職を取り戻した火来であった。

「火来校長……? どうしたんですか?」

余程急いできたのだろう、火来は滝のように流れる汗を拭きながら『大変だ』と繰り返す。
神童が目を丸くしながら落ち着かせるような声音で尋ねると、彼はようやく本題を切り出した。

「政府が今日の国会で、サッカー禁止令≠可決したんですよ……!」
「サッカー禁止令……?」

聞き慣れぬ、しかし明らかな不穏な単語に天馬たちは眉をひそめる。そうです、と頷いた火来はネクタイを緩めながらふうふうと息を整える。

「サッカーをすることが、法律で禁止されてしまったのです……!」
「えええッ!?」

天井を突き抜けるほどの大きな驚愕の声が、サッカー棟に響き渡る。しかし部員たちのその反応は火来も十分予想していたのだろう、彼は申し訳なさそうに言った。

「残念ながら、本日を持って雷門中サッカー部は廃部です……」
「廃部……!?」
「そんな……」

やっとサッカー部が元に戻ったと言うのに──天馬と依織は顔を見合わせ絶句する。
廃部にあたりやらねばならない仕事が山のように出来てしまった、と嘆く火来を呆然と見送ると、入れ違いに円堂と春奈が沈痛な面持ちで部室へ入ってきた。

「みんな……もしかして今、火来校長から……」
「……法律で、サッカーが禁止されたと」

苦々しい表情で神童が答えると、「聞いたのね」と春奈は眉尻を下げる。
サッカー禁止令。政府の下した決議となれば、今までサッカー協会などの組織の強いてきたものとは訳が違う。どうしようもない状況に、信助が顔をしかめて呟いた。

「どうして法律でサッカーが禁止されなくちゃならないの……?」
「……外国のチーム相手に、あんな試合をやっちまったんだ。こんなことになるのも仕方がないのかもしれねーな……」

その疑問に低い声で返したのは、腕を組み渋い表情をした水鳥である。
その言葉に違和感を持った天馬と依織、そして神童と信助は、周囲の仲間たちが水鳥と同じように『仕方がない』と思っているような諦めの雰囲気に包まれていることに気が付いた。

「どう言うことですか? あんな試合って……」
「……1か月前の日米親善試合よ」
「あっ、それなら知ってます! 良い試合だったなぁ〜!」
「俺も沖縄にいる時テレビで観たよ! すっごい興奮した!」

ようやく分かる話題が出たことで、天馬や信助は一気に元気を取り戻す。

数年に一度行われる、日本もアメリカの親善試合。
試合は近年稀に見る息も尽かせぬ接戦で、あれを観たことで更にサッカーへの情熱が燃え上がるほどだった。
スゴかったですよね、と同意を求める天馬に神童や依織も頷く。

「出来れば生中継で観たかったんだけど、時間帯がな……」
「イタリアの時間では真夜中だったからな、仕方ないだろう」

──けれど仲間たちは、試合の記憶を呼び起こし興奮する2人の様子に不可解に顔を歪めている。
やがて、春奈が少し焦ったように2人の会話を遮り尋ねた。

「あなたたち、あれが良い試合だったなんて……別の試合と勘違いしてるんじゃないの?」
「えっ?」

4人は春奈の言葉に不思議そうに顔を見合わせる。
全国中継された大きな試合を別の試合と間違えるなどあり得るだろうか。首を傾げる彼らに、他の仲間たちが続けた。

「そうだド。親善試合は日本代表の暴力行為で中止になったド?」
「中止!?」
「アメリカ代表のほとんどの選手が、大怪我したんだ」
「ちゅーかあの試合のせいで、みんなサッカーは野蛮で危険なスポーツだって思っちゃった……」

日本を代表とするプロの選手たちがあんなプレーをするなんて、日本の面汚しでしかない──そんな怒りと悲しみが混じった表情で口々にぼやく仲間たちに、円堂が顰め面で頷いた。

「ああ……あの試合が原因でサッカー禁止令が出されたと思って間違いないだろう」

目を瞬いた天馬たちは改めて仲間たちの様子を窺う。
誰1人として嘘を言っているようには見えない。神童がちらりと依織を見ると、依織は唇を噛んで小さく頷いた。

食い違う記憶、世のサッカーへの猜疑心、政府の決議。
天馬はハッと息を飲む。

「もしかしてこれって──」
「明らかにエルドラドの仕業だ!!」

予想を口にしようとしたその瞬間、部室の扉が開き無駄によく通る声が空気を震わせた。
扉を見ても誰もいない──視線を少し下に向ければ、そこいたのはやはりワンダバであった。

「び、ビックリしたぁ!」
「あわわ……や、やっぱり昨日見たのは夢じゃなかったんだ……!?」

仲間たちは突然登場したワンダバに驚きはしたものの、昨日ほどの衝撃はなかったらしい。

それとは対照的に、ギョッと目を見開いたのは春奈と円堂、そして部員で唯一ワンダバと接触のなかった剣城である。
信じられないようなものを見る目で凝視されながら、ワンダバは堂々と部室に足を踏み入れた。

「間違いない……奴らは日本代表とアメリカ代表の試合に介入したのだ。全く、油断も隙もない奴らだ!」

そのまま椅子に飛び乗ったワンダバは、自分の目を擦る春奈を見上げにっこりと微笑んで見せる。

「初めまして、お嬢さん。ワタシはクラーク・ワンダバット。ワンダバと呼んでくれたまえ!」
「は、はぁ……?」
「……ワンダバ、フェイは?」

理解が追い付かず困惑する春奈を見兼ね、依織はワンダバを椅子から抱え下ろしながら尋ねた。
すると丁度のタイミングで「お邪魔します!」とフェイが部室にやって来る。

「あの〜、春奈姉さん。剣城も……今からこいつらが話すことすぐには信じられないとは思うんだけど、全部ホントのことだから頑張って理解して……」
「え……?」

気の毒そうに肩を叩いてくる依織に、春奈は更に首を捻る。
──そうして依織や天馬にとっては3回目の、そして春奈たちにとっては初めての、エルドラドによる歴史改編とそれに纏わる長い説明が始まるのだった。




「──と言うわけで、ワタシことクラーク・ワンダバットは決して怪しいモノではない! そして彼がフェイだ」
「こんにちは!」

物のついでのように紹介されたフェイは、にこやかに腰を折る。
困惑しながらもそれに応えた春奈は、おっかなびっくりと言った風にフェイに尋ねた。

「その、フェイくんも……?」
「はい! 未来から来ました。変えられてしまった過去を元に戻すために!」

ハキハキと元気良く答えるフェイに、春奈はとうとう頭を抱える。
依織が隣に並び立つ剣城をちらりと確認すると、こちらも同じような顔になって米神を押さえていた。

「──思い出した。俺の過去も変えられそうになったんだ」
「えっ!?」

ふいに声を上げたのは、それまで難しい表情でフェイとワンダバを見比べていた円堂である。
どこかで会ったことがあるような気がする、と彼はワンダバたちが説明している間もずっと記憶を呼び起こしていたのだ。

「あの時サッカーを守っていなければ、雷門中サッカー部は今頃存在していない……!」

天馬たちにすればつい先日、円堂本人にすればもう11年前のこと。
所々の記憶が途切れがちなのは単純に思い出せないだけなのか、それとも違う理由があるのかは彼には分からなかったが、少なくともあの時天馬たちが来なければ歴史が大きく変わってしまっていたことは理解出来た。

「つまりサッカー禁止令も、過去が変えられてしまった結果……?」
「ああ、その通り!」

ぽつりと言った茜に頷き、ワンダバは再度椅子へよじ登る。
そして「改めて確認しよう」とまだ混乱している風の雷門イレブンたちの顔をぐるりと見回した。

「みんな、1か月前の試合は覚えているな?」
「テレビで観てました!」
「私も……ネット配信で観た。日米親善試合で間違いない」

各々が戸惑いながらも頷き、まず答えたのは信助や依織だ。
相槌を打ち、ワンダバは続けて確認する。

「結果はどうだった」
「3対2で日本の勝ち!」
「全然違うド! 俺は会場に行ってちゃんと観てたド!?」

信助の返答に真っ先に異を唱えたのは天城だ。
そんな、と信助が他の3人を見上げると、「私たちもそう覚えてる」と依織が固い表情で頷き、信助は少しホッとした風に頬を緩めた。

「そうね……私の記憶では、10対0で迎えた後半戦──日本チームの暴力行為で、試合は中止になった……」
「10対0……」

記憶と全く違う試合の展開に、依織は思わず眉間に皺を寄せる。
だが、他の仲間たちも同じように信助の答えに難色を示し、春奈の説明に同調しているようだ。

ここにいる依織たち4人以外、全員が親善試合の結果をそう記憶している。
これで間違いないな、と鼻を鳴らしたワンダバに、茜が天恵得たりと口を開いた。

「パラレルワールド……!」
「その通りッ! 本来の正しい歴史の他に、もう1つの歴史が作られたのだ!」
「ど、どういうこと?」

またも飛び出す専門用語に春奈は首を捻る。
そう言うことなら、と何か思い付いた風に口を開いた円堂が、モニターの電源を入れた。

「あの試合の記録はここでも撮ってある。みんなでもう一度確認してみないか?」
「ああ、それが良い。そうすれば、天馬たちの記憶とみんなの記憶……どこが違うのか細部まで分かるだろう」

頷くワンダバに、円堂はモニターのリモコンを操作する。
しばらくして映し出されたのは1か月前の親善試合。開始早々から映し出された選手たちに、依織たち4人は挙って目を見開いた。

「そうそう、これよ!」
「何度観ても腹が立つド!」
「あれが日本代表だなんて恥ずかしいです……!」

記録を観た一同は口々に不満を溢す。

次々と危険なプレーを繰り返し、アメリカ代表選手たちを容赦なく負傷させていく『日本代表選手』たち。そのプレーが単なる事故ではなく故意であることは、火を見るより明らかだ。
果てはレッドカードを出す審判すら無視して、彼らは試合を続行している。
やがて審判団が介入し、試合は中止──中継もまた途中で中断され、録画もそこで終了した。

これでは確かにサッカーが危険なスポーツだと思われてしまうのも無理のない話かもしれない。
しかし依織たちの目から見れば、あれが全て仕組まれた試合≠セと言うことは明白だった。

「何で……あのチームって……!」
「うん……!」
「……プロトコル・オメガだ」

数人見知らぬ顔はあれど、日本代表として試合に出場していたのは間違いなく依織らが昨日刃を交え打ち負かしたはずのプロトコル・オメガの選手たちだった。

勿論、彼女らは本来の日本代表選手が試合に出ていたことをしっかりと記憶している。そしてそれが正しい歴史であることも。
しかし観客や仲間たちは、プロトコル・オメガを日本代表選手と認知して──思い込んで試合を観ていた。

「奴らは本来の日本代表と入れ替わり、試合をめちゃくちゃにしたのだ……!」
「どういうことぜよ?」
「この試合そのものが、インタラプトってことさ」

「い、いんたら?」弁髪をゆらし、錦が頭を捻る。他の仲間たちも同様だ。
インタラプト──運命の別れ道。リピート再生される凄惨な試合を睨みながら、依織は呻く。

「この試合から、また歴史が変わっちまったってことか……」
「でも、どうして俺たちとみんなの記憶が違ってるんだ?」

ふいに疑問を口にした神童に、依織と天馬は顔を見合わせる。優一の時もそうであったが、これまでにあった記憶の差違が出る謎は2人も未だに理解しきれていないのだ。

「ほっほっほ──それは歴史干渉の中にいたか、外にいたかの違いじゃよ」

答えあぐねる依織たちに変わるように答えたのは、聞き覚えのない嗄れ声だった。
驚きながら振り向くと、一体いつからそこにいたのか、立派な髭を蓄えた見知らぬ老人が立っている。

「あ、アルノ博士!」
「どうしてここに……!?」

唯一周りとはまた違う驚きを見せたフェイとワンダバに、アルノと呼ばれた老人は髭を撫でながらこちらに歩み寄ってきた。

「エルドラドの手が迫ったものでなぁ。時空を越えてちょいとらなうぇい……ま、逃げてきたってわけじゃよ」
「大丈夫なんですか?」
「ほっほっほ、ワシに抜かりがあるものか! 追っ手は今頃ワームホールで迷子になっている頃じゃ」

周囲を置き去りにして会話するフェイたちに、依織たちは顔を見合わせる。
突然現れたこの老人は、一体何者なのか──そんな視線に気付き、ワンダバはよじ登っていた椅子の上から飛び降りてアルノの隣へ着地した。

「紹介しよう! 誰であろうこのお方こそ、多重時間理論を展開する大科学者にしてタイムマシンの発明者! クロスワード・アルノ博士だッ!!」
「ほっほ──よろしく!」

「もう何がなんだか……」次々と繰り出される専門用語と目まぐるしく変わっていく展開。未来の科学者に会えるなんて凄い、とはしゃいでいるのは茜1人だけなもので、春奈たちはついに頭痛を訴え始めた頭を抱える。

「丁度良い。この機会に、博士に多重時間理論を説明していただこう」
「うむ、それじゃあちょちょいとモニターをお借りして……」

ワンダバの提案に頷いたアルノは、頭に装着した機械を操作し始める。すると、それに呼応するようにモニターの画面が切り替わった。

「ワタシのライブラリーの中にある映像データを、このモニターとリンクさせた。では始めるぞ!」

機械の小さなランプがチカチカと光ると、モニターに『アルノ博士の早分かり多重時間理論講座』と大きく文字が出る。
元々初心者向けに作られた教材なのだろう、子供たちは理科の授業で時折使用される映像資料を思い出した。

「本来時の流れとは、本流の1本のみなのじゃ。じゃが今回のように歴史を変えることによって、時間の新たな流れ……パラレルワールドが出来るんじゃ」

依織は天馬とそっと目配せを交わして頷く。ここの説明は、つい先日フェイから受けたものと然したる違いはない。

「またその流れは時として、複数の流れを作ることもある」
「剣城のお兄さんの時みたいな感じですね……?」
「……でも、私たちと一緒に戦った優一さんは、修正されて元に戻った」

真剣な表情で言う天馬や依織に、突然に兄を引き合いに出された剣城は「どう言うことだ?」と目を瞬く。
詳しいことはいずれ、と答えを保留にし、フェイはアルノに説明の続きを促した。

「うむ……パラレルワールドには、もう1つ大きな特性がある。変えられた歴史は一時的に複数のラインを見せていても、徐々に1つのラインに戻ろうとする……本物となった流れ以外は、やがて消えてしまうのじゃ」

分かりやすく言えば弾いたギターの弦のようにな、と例えるアルノに一同は首を傾げる。
パラレルワールドの仕組みはそれで理解が出来たが、それでも記憶の違いが起きる件はまだ解決していない。そんな疑問が顔に出たのだろう、アルノはそのまま話を続けた。

「今回の場合、タイムジャンプして平行する別の流れにいた天馬くんたちは、時間介入の変化を受けていない。だから本当の1か月前の試合の記憶を持っている……と言うわけじゃな」
「ええっと……つまり?」
「このまま放っておくと、サッカー禁止令が本当の歴史になってしまう……!」

目を輝かせた茜が、いつもより一層ハッキリした口調で結論を出す。
その通り、とアルノから指された茜は嬉しそうに頬を綻ばせた。

「何もしなければ、俺たちは俺たちの未来を失ってしまうと言うことか」
「未来を……」

合点が行ったように呟く神童に、依織はそっと眉をひそめる。

未来を失う可能性。今の依織にはあまりに現実味のある言葉だ。
このまま行動を起こさなければ、禁止令によってサッカーすることは出来なくなる。数日は問題ないかもしれない、だがそんな生活が何ヵ月、何年と続けばいつかは──依織の顔が僅かに青褪めた。

「だああーッ! 難しいことは分からん! わしらは結局どうすれば良いんぜよ!?」
「何、簡単なことじゃよ。歴史の改編が固定する前にインタラプトまでタイムジャンプするんじゃ」

脳のキャパシティを越えたのか、頭を掻き毟り吼える錦にアルノは事も無げに言うと、そうだ、と便乗するようにワンダバが一際大きな声を上げる。

「そして我々の手で、エルドラドの介入を阻止するのだ!」
「日本対アメリカの試合が始まる、前の時点に行くっちゅーこと?」
「そう。僕らがアメリカチームと入れ替わって、プロトコル・オメガと戦うのさ」

小首を傾げた浜野に、フェイがにっこり微笑んで頷く。
本当にそんなことが可能なのだろうか──そう思う気持ちがないわけではない。だがここまで来ればフェイたちの話が全て真実であると信じるしかない上、本来の歴史を取り戻すためにはそれしかないと感じるのも事実だった。

「俺、行きます! 行ってサッカーを取り戻しましょう!!」

サッカーのない世界なんて嫌です、と真っ先に声を荒らげたのは天馬だ。
ホーリーロードでの激戦を繰り広げ、ようやく手に入れた本当のサッカーが、今度は別の理由で、そして半永久的に取り上げられようとしている。そんなことは決して許してはならない。

「そうだな……!」
「よし、いっちょ行くか!」
「自分の未来は、自分の力で取り戻す!」

雷門イレブンは次々と決意を口にする。覚悟を決めた彼らの顔を見て、ワンダバは満足そうに頷いた。

「うむ、その意気だ! そしてみんなにはこの大監督、クラーク・ワンダバット様が着いている! 何も心配は──」
「円堂監督、よろしくお願いします!」

綿の詰まった胸を張るワンダバをスルーして、一同は円堂の元に集まっていく。
頷いた円堂は、フェイを見下ろし目を細める。彼の記憶では、フェイは自分と同じ年頃の少年であったはずなのに、ここにいる彼は当時と変わらぬ姿のままだ。
だが、その記憶が正しければ、彼が大きな戦力になることもまた間違いない。

「フェイ、お前にもメンバーとして参加してもらうぞ」
「はい!」

これで晴れてフェイも正式に雷門イレブンだ。嬉しそうに返答するフェイや新たな戦いに息巻く雷門イレブンたちに、思い出したようにアルノが声を掛ける。

「張り切るのは良いが、アーティファクトはあるのか?」
「アーティファクト……?」
「タイムジャンプに必要なんだ。時間の分岐点……インタラプトに関係するものなら、ボールでもユニフォームでも何でも良いんだよ」

霧野の疑問に答えたフェイに、一同は頭を捻った。
ややあって、あっと短く声を上げた天城が自分のロッカーに走っていく。

「だったら、これはどうだド?」

中身の散らかったロッカーの奥から取り出されたのは、皺の寄ったチケットだった。
それを受け取ったフェイは、皺を伸ばし文面を確認する。それは天城がスタジアムに観に行った際に手に入れた、日米親善試合の半券だった。

「天城……ロッカーは定期的に整理するようにと、音無先生から何度も言われてた筈だろ?」
「ちょ、ちょっと先月は忙しくて整理する暇がなかっただけだド!」

三国の呆れたような視線に、天城は慌ててロッカーの扉を閉める。
ぐしゃ、と何かが潰れる音に苦笑いしながら、フェイはアルノを振り返った。

「とにかく、これなら行けるよ! そうですよね、アルノ博士──あれ?」

フェイに釣られるように後ろを見た一同だったが、アルノの姿はそこにはない。
どころか、部室を見回しても彼はどこにもいなかった。どうやら注目が逸れたタイミングで、どこかへ姿を眩ましてしまったようである。

「うむ……博士はお忙しいお方だからな」
「そう言う問題かよ……?」

残念そうに周囲を確認する茜の隣で、水鳥がワンダバに呆れた目を向ける。

ともあれ、これで準備は整った。
雷門イレブンはフェイたちに連れられて、サッカー棟の裏口に停車してあったタイムマシンに乗り込んでいく。

「あ、音無先生は念のため残っておいてくれますか? こちらの事情を把握している人が残っていてくれれば、歴史が修正されたかどうかも確認しやすいので……」
「えっ、そうなの?」
「そうか……なら春奈、こっちは頼んだぞ」

戸惑う春奈の肩を叩き、円堂もまたタイムマシンに乗車した。
「では行くぞ!」春奈が数歩距離を取ったのを確認し、ワンダバが機械にアーティファクトを設置しエンジンを入れると、タイムマシンはゆっくりと上空に浮かび上がる。

「タイムマシン発車5秒前! 4、3、2、1──ターーイムジャーーンプッッ!!」

勢いのある掛け声と共に、タイムマシンはワームホールに飛び込んで行く。
空に消えたタイムマシンを呆然としながら見送った春奈は、未だに目の前で起こったことが信じられず自分の頬を抓った。