12

「すいませ〜ん、写真撮ってもらっても良いですか?」

選手用の控え室にも続く関係者用入り口に立っていた警備員の男は、ふいに自分に向けて掛けられた声にそちらを振り返る。

近所の中学生だろうか、現れた制服姿の少女3人組を見て彼はハテと首を傾げた。
今ピッチでは日米親善試合の真っ最中の筈。観戦に来たにしろ、途中でそれを止めてまでわざわざここで写真を撮る理由はあるのだろうか。

「あ……仕事のお邪魔でしたか?」
「え、ああ、いや……構わないよ」

目の前のショートカットの少女の眉が残念そうに下がったことに罪悪感を刺激され、男は反射的に頷いてしまう。
近頃の子供の考えていることはよく分からないな、と思いつつも、頷いてしまった以上彼はピンク色のカメラを受け取った。

「やったぁ、ありがとうございます! じゃあ、そこのモニュメントの所でお願いできますか?」
「ああ、分かった」

小さく跳びはねキャッキャとはしゃぐ少女たちに、勤務中ではあるがまぁこのくらいなら大丈夫だろう、と男はカメラの操作を確認する。
その一瞬に、大きなリボンのスケバン風な少女がどこかに向かって合図をしたことに彼は気が付かなかった。

「──よし、行くぞ」

警備員の注意がマネージャーたちに向いている間に、物陰に身を潜めていた円堂たちは小走りで関係者用入り口へ入っていく。
彼らがこの時間帯に到着した時、試合は既に始まっていた。だが、今からでもまだインタラプトの修正には間に合う筈だ。

廊下を駆け抜けてピッチへ飛び出すと、太陽の光に一瞬視界が眩む。
光に慣れた目でフィールドを確認すると、立つことすら儘ならないほど傷だらけになったアメリカ代表の選手たちがあちこちに倒れているのが分かって、彼らは思わず息を詰めた。

「ホントに酷いや……!」
「これがプロトコル・オメガの試合か……」
「こんな試合、どうして黙って続けさせてるんだ!」

憤慨したように言った天馬に、辺りをさっと見渡したフェイが「あれだよ!」と上を指差す。
その指を辿り空を見上げると、フィールドの遥か上空に白い球体が浮かび上がっているのが見えた。

「あれって、アルファが使ってたボールだよな……!?」
「スフィアデバイス≠セ!」

目をすがめそれを観察した依織に、ワンダバが声を上げる。
スフィアデバイスは淡い光を放ち続け、その光はスタジアム全体を包み込んでいるが、観客席の人間がそれを気に留める様子はない。

「あれでみんなを洗脳しているんだ……!」
「洗脳!?」
「それで誰も異常に気が付かないのか……」

映像で確認した時、確かに観客や実況がこの試合の異常性に声を上げ始めたのは後半が始まってからだった。
前半で十分に体力を削り、後半に入ったところで弱りきったところを仕留める。獣の狩りにも似た遣り口に、依織は小さく舌打ちする。

「──やっぱり現れちゃいましたね」
「!」

周囲を見回す雷門イレブンの前に、ふと試合を止めた日本代表選手≠スちが集まってくる。
その先頭に立つ緩やかな笑みを湛えた少女に、一同は眦を吊り上げた。

「プロトコル・オメガ!」
「この試合、お前たちの好きなようにはさせないぞ!」

声を張り上げたフェイとワンダバに、少女は楽しげにうっそりと目を細め鈴を転がすような声で言った。

「ワンダバさんとフェイさんね。あなたたちの存在はちゃあんと報告されてますよ。エルドラドに楯突くいけない人たち、ってね」
「……お前は?」

目の前に並び立つプロトコル・オメガたちの顔をざっと確認しながら、フェイは慎重に尋ねた。アルファの姿が見当たらない。

「私はベータ。このチームを率いるキャプテン……と言ったところです」
「アルファはどうした?」

警戒を緩めぬまま言ったフェイに、ベータはさぁ、と軽く肩を竦めて見せる。
知らないわけではない。だが、興味もない──そんな反応だ。

「こういうの、お払い箱とか言うんでしょうか。残念です」

そう言って、ベータは小さな溜め息を吐く。
残念、と言いながらも、その言葉に感情は乗っていない。依織は表面上は穏やかなベータの内なる冷ややかさを感じ取って思わず眉をひそめた。

「今の私たちはプロトコル・オメガ2.0……つまり、バージョンアップしちゃいました!」
「名前なんてどっちでも良い、勝負だ!!」
「俺たちはサッカーを取り戻す!」

例えメンバーが変わろうが名前が変わろうが、雷門イレブンのやることは同じだ。
ここでプロトコル・オメガを止め、サッカー禁止令が可決された未来を修正する。睨みを利かせ声を荒らげる天馬たちに、良いですよ、とベータは小首を傾げた。

「でもぉ、あなたたちじゃ私たちには勝てないと思いますよ?」
「そんなことやってみなくちゃ分からないだろう?」

そう言って笑みを深めたベータに、眉間に皺を寄せたフェイが言い返す。
すると彼女はやれやれと言った風にわざとらしく溜め息を吐き、肩を竦めて見せた。

「やってみるまでもないと思いますが──まぁ、良いでしょう」

そう呟き伸ばされたベータの手に、上空に浮かんでいるのとはまた別のスフィアデバイスが現れる。
それに掌を翳し何かを操作した彼女は、ややあってこちらに微笑みかけた。

「──はい、設定変更完了。これであなたたちは、もうアメリカ代表でーす」
『コールモード』

スフィアデバイスが音声を発し、ベータたちの服装が日本代表ユニフォームからエルドラド支給のスーツへと変換される。全てのネタばらしが終わった今、見た目で欺く必要性がなくなったと言うことだろう。

「では、始めちゃいましょうか」

通信機のスイッチを入れ、彼女はにっこりと底の見えない笑みを浮かべた。




「──円堂監督!」
「! ああ、来たか」

ベンチの前に仁王立ちしてフィールドを睨み付けていた円堂に、遅れてピッチに入ってきた葵たちが声を掛ける。
急に警備員の態度が変わり、チームのマネージャーはピッチに入るべきだろうと諭され無事に中に入れたのだ、と説明する葵の傍ら、「どうなったんですか?」と水鳥が今の状況を尋ねた。

「ああ……今丁度再開するところだ」
「あれが天馬たちの言ってたプロトコル・オメガ……」

葵はちらりとフィールドに佇むベータを一瞥する。
見た目は自分たちと然して変わらない年頃に見えるあの少女が、1か月前のあの凄惨な試合を作り上げた主犯だと言うのか。葵は寒気にも似た感覚に顔をしかめた。

「行くぞ!」

仲間たちが見守る中、ホイッスルの響きと共に選手たちが走り出す。キックオフは雷門イレブンからだ。

「ラフプレーに気を付けろ!」

依織からのパスを受け取り敵陣へ斬り込んでいく剣城に、神童が声を上げる。
それを視界に納め、ベータはゆっくりと後方を振り返った。

「ドリム、やっちゃいなさい!」
「了解!」

頷いたドリムは駆け出すと、剣城に向かって一直線に突っ込んでいく。
相手の力が未知数な以上、簡単にボールを奪われるわけにはいかない。身構えた剣城に、ドリムは雄叫びを上げた。

「おらぁッ!!」
「ぐあ──っ!?」

繰り出されたのはチャージでもスライディングでもなく、勢い良く振り抜かれたラリアットだった。諸に攻撃を食らった剣城の体が宙へ投げ出される。

「剣城!!」
「大丈夫か!?」

フィールドに叩き付けられた剣城に、目を見開いた依織と天馬が慌てて走り寄る。どうやら大した怪我ではないらしい──安堵を覚えながらも、神童は怒りに声を荒らげた。

「っ何をしても良いってことか!?」
「そう言うことだ!」

神童の叫びを一笑し、ボールを奪ったドリムが雷門陣内に向けて走り出す。歯噛みした神童は素早く後ろを振り向いた。

「くっ──鷹栖!!」
「はい!!」

「行かせるかよ!!」頷く間もなく弾かれたように立ち上がった依織がドリムを追走する。
相手が意図的にラフプレーを仕掛けてくると言うなら、それを対処するのは依織が一番の適任だ。

背後から迫る依織に、ドリムはにやりと唇を持ち上げる。
タイミングを計り、肘鉄を振り抜く──その瞬間を彼女は見逃さない。

「スタン・ラッシュ!!」
「ぐわあッ!?」

電気を帯びた脚から放たれた蹴撃はしなる電撃の鞭となり、ドリムの体を宙へ掬い上げフィールドに叩き付ける。
ボールを奪い返した依織に、テクニカルエリアのマネージャーたちから歓声が上がった。

「良いぞ、依織!」
「新しい必殺技ですねっ!」

「鷹栖!」前方からの神童の呼び掛けに、依織はそちらへボールを回す。
そこを起点に、雷門イレブンはパスを繋ぎ敵陣を切り開いていく。ボールの終着点はマークから逃れた錦だ。
任せるぜよ、と息巻きボールを受け取った錦が雄叫びを上げると、その体から紫色に輝く闘気が立ち上っていく。

「《戦国武神 ムサシ》──武神連斬ッ!!」

ムサシの斬撃が空気を切り裂き、ゴールへ襲い掛かる。それを悠々と見上げ、ベータはキーパーを振り向いた。

「ザノウ、お願い」
「了解──ぬおおおおッ!!」

咆哮を上げたザノウは、鍛え上げた胸板で錦の武神連斬を真正面から受け止める。
必殺技を使わずに、化身のシュートが止められた──雷門イレブンは改めて目の当たりにした彼らの力に瞠目する。

「お前たちの化身など、何の役にも立たない……!」
「シュートしただけでも誉めてあげちゃいます。でも、ここまでかなぁ……」

クスクスと笑うベータの目配せを受け、「次はこっちの番だ!」とザノウはボールをフィールドに蹴り入れた。
ボールはそれを受け止めたオルカからウォードへ、ウォードからドリムへと繋がり、そこから更にプロトコル・オメガ2.0は鮮やかとも言える鋭いパス回しで雷門ゴールに迫っていく。

「まずい──霧野、天城さんッ!!」
「おう!!」

ドリブルで猛進するドリムに、霧野と天城がディフェンスに飛び出す。ほくそ笑んだドリムはそのまま突き進み、2人を十分引き付けたところでボールを遥か頭上へと打ち上げた。

「しまっ……!」
「──ありがとう、ドリム」

華麗な身の熟しでボールを受け止め、ベータはにっこりと微笑む。
そしてゴールを見据えた彼女の笑みは一転、好戦的なそれへと変貌した。

「来い!! 《虚空の女神 アテナ》!!」

荒々しく顕現されたのは、黒い翼と二丁の拳銃を携えた女神。手を突き上げ、ベータは声を更に張り上げる。

「──『アームド』!!」
「なッ……!?」

鎧として纏われた化身に、初めて化身アームドを見た面々は目を見開いた。
「三国先輩!!」あれについて説明している暇はない。天馬が声を上げるのとベータがシュートを放つのはほぼ同時だった。

「無頼──ハンドぉッ!!」

目の前に翳した赤黒く光る障壁に皹が入る。
たちまち三国の必殺技を突き破ったベータのシュートは、そのままゴールを貫いた。
紙を裂くような容易さで必殺技を破ったそのプレーに、雷門イレブンは動揺を隠せない。

「何だ、今のは……!?」
「……化身アームドだ。化身を鎧として纏うことで、離れて操作するよりも格段にその力を奮うことが出来る、……らしい」

目をひそめ呟く剣城に、依織は軽い足取りで自陣へ戻るベータを睨む。
化身アームドは強力だ。あれを止めるには同じ力で対抗するしかないだろう。ちらりと天馬を見ると彼も同じことを考えていたのか、依織と目を合わせ小さく頷いた。

「(もう一度、あの時みたいに……!)」

仲間たちがパスを繋ぎ、ボールが天馬の元へと回ってくる。
中空へ跳び上がった天馬の背中から、光の翼が現れた。

「《魔神 ペガサスアーク》──『アームド』!!」

咆哮と共に天馬の体が光に包まれる。
けれど、その光があの時のように鎧になることはなかった。
手足に纏わりつき、瞬きの内に霧散した光に天馬は息を飲んだ。

「っ化身アームドが出来ない……!?」

「残念だったなぁ!」自分の手を見つめ目を瞬く天馬を突き飛ばし、ドリムがボールを奪っていく。
どうして、と天馬は呻きながら立ち上がった。

「この前は出来たのに……!」
「天馬、大丈夫!?」

駆け寄って来たフェイに戸惑いながらも頷き、天馬はドリムを追いかけ走り出す。
その背中を、フェイが何か考え込むような目で見送ったことに彼は気付かない。

「プレスを掛けろ!!」

ボールはドリムから再びベータへと渡る。また化身アームドでシュートを打たれれば一堪りもない。追走する神童がディフェンスラインに向かって声を張り上げた。

「あら……ボール欲しいの? じゃあ、あげちゃいます」
「! ──ぐあっ!!」

ぽん、と霧野の眼前にボールが軽く打ち上げられる。
それに注意を奪われた次の瞬間、彼の鳩尾にベータの放ったシュートが叩き込まれた。

「霧野!!」

薙ぎ倒された霧野に一瞥をくれ、目を細めたベータは雷門イレブンのディフェンスを次々に突破していく。
やはり彼女を止めるには、自分が化身アームドをするしかない。天馬は強引にマークを振り切ってベータを追いかけた。

「(俺が絶対止める……! サッカー禁止令なんて、そんなこと絶対にさせるもんか!!)」

仲間も敵も追い越して、天馬はベータの前に躍り出た。
天馬が仲間のマークを振り切ってくるとは思っていなかったのだろう、あら、と目を瞬いたベータはしかし余裕をたっぷり含んだ微笑みを浮かべる。

「天馬!」
「もう一度やってみる……! 《魔神 ペガサスアーク》!!」

「アームド!!」フィールドに天馬の叫びが響く。
しかし、光は一瞬天馬の体に纏わりつくだけで、すぐに粒子となって消えてしまう。それを見て笑みを深めたベータは、ゆっくりと天馬に向かって歩き出した。

「くっ……もう1回!!」

めげずに二度、三度、天馬は化身アームドに挑戦したが、やはりそれが形になることはない。

ベータはもう目の前に迫っている。困惑と焦燥に天馬は歯噛みし、ベータを睨み付けた。
こうなったらいつものように、化身をそのまま使うしかない。ペガサスアークを顕現させて駆け出した天馬に、ベータは小首を傾げにっこりと笑う。

「化身なんて、軽く抜いちゃいます」

──その宣言通りに、ベータの放ったシュートはペガサスアークもろとも天馬を吹き飛ばし、ついでとばかりに三国の無頼ハンドを打ち砕いてゴールに突き刺さった。

直後、鳴り響いた前半終了を報せるホイッスルに、依織はハッとスコアボードを見上げる。
得点は10対0。このままでは、プロトコル・オメガ2.0の作った歴史をなぞるだけになってしまう。

「(──でも)」

依織はフィールドを振り返る。仲間の何人かはベータたちのラフプレーに倒れ、強力なシュートを二度食らった三国も満身創痍だ。
テクニカルエリアに戻ると、円堂は負傷した選手の様子を確認して苦々しい表情で言った。

「──信助、三国とキーパー交代だ」
「あっ、はい……!」

他にも動けなくなった選手を3名入れ換え、円堂はプロトコル・オメガ2.0のテクニカルエリアを一瞥する。
未来の人間は体の作りまで違うのだろうか。そう疑ってしまうほど彼らは全く体力を消耗した様子がない。

「どうして化身アームド出来なかったんだ……」
「天馬……」

ベータを止めるには、もうあれしか手立てがないのに──拳を握り締める天馬に、フェイはしばし考え込んでこう言った。

「──これは推測なんだけど……化身アームドが出来た、前回の時のような共鳴現象が起きないからだと思う」
「え……?」
「歴史干渉が行われた直後は、時間の流れの振幅によって複数の天馬が存在していた。だから、複数の天馬が共鳴して力を高め合えたんだ」

フェイの説明に、天馬は13歳の円堂が歴史とは違うタイミングでゴッドハンドを使えるようになった時のことを思い出す。
その時もワンダバが言っていたのだ。『時間の共鳴現象だ』と。

「だけど時間が経って、雷門中に関する振幅が収まった今、パラレルワールドが消えて共鳴現象が起きなくなったんだ」

──しかし、説明をされたところで天馬の頭でそれを理解することはやはり難しい。今にも煙の吹き出そうな頭を捻り、天馬は相槌を打った。

「よ……よく分からないけど、とにかく化身アームドは出来ないってこと?」
「うん……出来るようになるには、自分自身の力を高め、更なる力を得て本当の化身アームドを身に付けるしかない」

「更なる力……」おうむ返しして、天馬は考え込む。
ほんの少ししか使う機会がなかったとは言え、あの力は凄まじかった。あれを自力で身に付けるには、一体どれほどの時間を費やし、どんな特訓をすれば良いのだろう。
あの時優一さんに聞いておくべきだった、と頭を抱える天馬に、険しい顔付きになった神童が声を掛ける。

「使えない力にいつまでも縋っているわけには行かないぞ。今は、化身の力で戦い切るしかない」
「そう言うことじゃの!」

「は、はい!」現実に引き戻された天馬は、ハッとしながら頷く。
現状使える化身は6体。神童の言う通り、この6人で化身の力を尽くせばベータのシュートを防ぐことが出来るかもしれない。

「天馬、僕も頑張るよ!」
「うん!」

何にせよ、手をこまねいては何も始まらない。
足元に駆け寄ってきた信助に頷いて、天馬は拳を振り上げた。

「まずは1点、取り返していきましょう!!」
「おー!!」