13

後半戦開始の時間が近付いてくる。
センターサークル傍の定位置に着いたベータは、通信機から聞こえた声に耳をそばだてて微笑を浮かべた。

「──はい、マスター。作戦を開始します」

雷門イレブンが緊張に身を強張らせる中、試合再開のホイッスルが鳴り響く。
新たにフィールド入りした輝がドリブルで切り込んで行くと、ベータから目配せを受けたドリムが走り出した。

「はああっ!」
「──うわあッ!?」

開幕からドリムからの激しいチャージを受け、輝の体が後方に吹き飛ばされる。地面に倒れた輝は、呻き声を上げ起き上がる気配がない。
「輝!」ギョッと目を見開く仲間たちの声を、ホイッスルが掻き消した。そちらを見れば、しかめ面で審判が何かを掲げている──レッドカードだ。

──しかし、一足先にボールを押さえていたオルカは、それを見ても尚プレーを中断する気配がない。
軽い足取りでドリブルを続けるオルカに目を見張り、審判が険しい声を上げた。

「レッドカードが見えないのか!?」
「うるさいよー、っだ!!」

ホイッスルを繰り返し吹き鳴らす審判に、その瞬間オルカの凶刃が襲い掛かる。
シュートに弾き飛ばされ、フィールドに倒れ込んだ審判の姿に観客たちがどよめいた。

さっきまでどんな酷いラフプレーをしても無反応だったのに──依織はハッとフェイを振り返った。

「フェイ! これって……!」
「ああ……始まってしまったんだ!」

頷いたフェイは焦りの見える表情で頭上を見上げる。
いつの間にかスフィアデバイスの放つ光がより一層強くなっている。選手たちの情報はそのままに、プレーの異常性にだけ気が付くよう設定が変更されたのだ。

こうなってしまっては最早ルールはあってないようなものだ。プロトコル・オメガ2.0は、次々と雷門イレブンたちを文字通り力尽くで捩じ伏せていく。

「このままではサッカーが野蛮なスポーツにされてしまう……!」
「ッ私が前線を押し上げます!」

敵の攻撃のタイミングを見極められるのは依織だけだ。
走り出した彼女に頷いた神童は、「鷹栖の援護を!」と剣城と天馬を追走させる。

「スタン・ラッシュ!!」
「ぬぐっ!?」

僅かな隙を突きウォードからボールを奪い取った依織は、ゴールに向かって全力疾走した。

繰り出されるスライディング、チャージを辛くも避け、肘鉄やラリアットを寸でのところでいなす。
しかしいつもと毛色の違うプレーは必要以上に精神を磨耗させ、同時に彼女の体力を削り取っていく。ようやくゴールが目前に迫ったところで、耳元で少女の声が囁いた。

「そんなに慌てなくても、あなたはこの試合が終わった後でちゃあんとお相手してあげますよ」
「──あッ!!」

目を見開いた直後、真横からのチャージを食らった体がフィールドに叩き付けられる。
打ち付けた箇所に顔をしかめながら体を起こせば、ベータが笑みを貼り付けてこちらを見下ろしていた。

「……だから、安心して負けちゃってくださいね」
「ッ誰が……!!」

依織が立ち上がると同時に、ベータは雷門陣内へとボールを大きく蹴り上げる。それを追い掛けて行く依織を、彼女はクスクスと笑いながら見送った。

プロトコル・オメガはその後も容赦なく、『サッカーが野蛮で危険なスポーツ』だと世界へ知らしめるために雷門イレブンたちを傷付けていく。
選手たちが次々と倒れていくのを、円堂は歯痒い気持ちで見つめることしか出来ない。
本来ならこんな試合は棄権してでも止めるべきなのだ。しかし、今試合を放棄すれば歴史が元に戻せなくなる。

「(こんな時に、見てることだけしか出来ないのか……!)」

拳を握り締めたところで、ゴッドエデンの時のような奇跡が起こる筈もなく。
そうして1人、また1人と雷門イレブンは倒されて、ついには交代要員さえいなくなってしまった。

「そんな……どうすれば良いんだ……!」
「大丈夫、僕がデュプリを出す!」

呟いた天馬に、フェイが直ぐ様欠員分のデュプリを召喚する。
「行こう、みんな!」その場凌ぎではあるが、これで試合の中断は免れた。人数を揃えた彼らは再び走り出す。

「──デュプリを出せるのか」
「!」
「その状態では消耗が激しい筈……いつまで持つかな」

デュプリと連携し、オルカからボールを奪ったフェイを挟むようにドリムとウォードが並走する。そのまま2人はフェイに攻撃を仕掛けず、ただその進路を制限するように走り続ける。
誘導されている──そう気付いた時には遅かった。

「つっかまーえた。やっとお話出来ますね」
「……っベータ!」

待ち構えていたベータと後方の2人に挟まれ、フェイは1人孤立させられた状態になってしまう。
依織や天馬は何とかフェイに近付こうと試みたが、マークが中々外れない。

「フェイさんと仰いましたよね。あなたと言う存在は、エルドラドのアーカイブにも記録されていない……けれど、タイムジャンプなど、私たちと同じテクノロジーを持っている」

タイムマシンや高い知能を持つ自立型のAIは、未来の世界でもそこまで幅広く普及はしておらず、それを利用出来る人間は限られている。
そしてその多くはエルドラドの所有している技術であり、一般人が利用出来ることは極めて稀だ。なのに、フェイの情報と言えばアルファが前回の戦いで手に入れたもののみ。これにはベータも違和感を抱かざるを得ない。

「エルドラドに抵抗するイレギュラー要素……あなたは一体何者なの?」

僅かに目付きを鋭くするベータに、フェイは何も答えない。
押し黙るフェイに、彼女は更に重ねて問った。

「答えて下さい。あなたは誰? 何故私たちの邪魔をするの?」
「僕は──フェイ! フェイ・ルーン!! 僕はただ、お前たちからサッカーを守りたいだけだ!!」

声高に叫んだフェイは、一気にその場から跳び上がりベータの頭上を越えていく。
「ふふ、かーわいい」追いかけもせず肩越しにそれを見送って、ベータは楽しげに唇を持ち上げた。

「フェイ! ボールを俺に!」
「よし!」

フェイが動いたことで緩んだマークを振り切り、中盤を一気に駆け抜けた天馬がフェイの隣に並ぶ。
ボールを受け取った天馬は、そのままキーパーを睨みゴールを目指した。

「(ここで負けたら全部がなくなってしまうんだ……サッカーを守るためにも、絶対に勝つ!!)」

中空へ跳躍した天馬はもう一度化身を顕現させる。
偽の歴史通りに試合を終わらせるわけにはいかない。せめて1点、そうすればまたどこかで何かが変化する筈だ──そんな希望を込めたシュートが炸裂した。

「ジャスティス──ウィング!!」

強力な風を孕み、周囲に嵐を巻き起こすシュートがゴールに向かって直進する。
だがキーパーが構えた直後、ゴールの前に躍り出る人影があった。

「──エルドラドの決めた歴史こそ、正しい歴史。それに歯向かっちゃうなんて、許されませんわ」
「なっ……!?」

必殺シュートをトラップで受け止めたベータに、天馬や仲間たちは動揺に大きく目を見開く。
その反応を見たベータは演技掛かった口調であらやだ、と肩を竦め自分の頭をコツンと小突いた。

「もしかして今の、最終兵器でした? ごめんなさーい、取っちゃいました!」

渾身の、化身を顕現した全身全霊を懸けた必殺シュートを止められた。天馬は信じられないような気持ちでベータを見つめる。
軽くぺろりと唇を湿らせたベータはスコアボードに一瞥を向け時間を確認すると、より一層笑みを深くした。

「それじゃあそろそろ──見せてやるぜ、真の絶望ってヤツをなぁ!!」
「──! うわぁッ!!」

次の瞬間、荒々しく吼えたベータがカタパルト射出と見まごう勢いで走り出す。
そのあまりのスピードに反応が遅れた天馬は、そのチャージを避けることも出来ずに突き飛ばされた。

「くっ……みんな、守備を固めるんだ!!」

前線のデュプリたちを次々と薙ぎ倒し切り込んでくるベータに、神童は化身使いの依織や剣城、錦を伴いゴール前に駆け戻る。
吹き飛ばされ、フィールドに叩きつけられる仲間たちに奥歯を噛み締めながら、神童たちは一斉に化身を発現させた。

「行くぞ!! 《奏者 マエストロ》!!」
「《戦国武神 ムサシ》!!」
「《星女神 アストライア》!!」
「《剣聖 ランスロット》!!」
「《護星神 タイタニアス》!!」

気勢と共に、ゴール前に総勢5体の化身が立ち並ぶ。
向こう側の景色が見えないほどに溢れる闘気を放ち、化身が5体も顕現されたその光景は圧巻だ。けれどベータは何一つ戸惑うことなく、それを見上げて笑いを含んだ声で言った。

「まぁだ抵抗しちゃうんですかぁ? 仕方ありませんねー……──跡形もなく叩き潰してやる」

眥がつり上がり、深い紫色に変化した瞳でベータはゴール前の5人を見据え吼える。

「来い、《虚空の女神 アテナ》!! 『アームド』!!」

顕現されたアテナを身に纏い、ベータはボールに勢い良く踵を振り下ろした。
アテナの銃と同じく赤と青に分身したボールがミサイルのように空へと打ち上がり、ベータはそれを追い跳躍する。

「シュートコマンド・07!!」

両脚で叩き込まれた2対のボールは再び1つに戻ると、その威力を増し化身たちのディフェンスに襲い掛かった。
ベータの化身アームドによるシュートは、ゴール前に陣取った4体の化身、そして信助のタイタニアスを意図も容易く打ち砕き、ゴールネットを突き破らん勢いで貫いていく。

「そ、そんな……」

あの化身の壁ですら、彼女にとっては障害にならないと言うのか。
茫然自失とした天馬が地面に膝を突いた次の瞬間、ホイッスルを吹き鳴らしながら審判団がフィールドに入ってきた。

──試合の中止宣言だ。
息を弾ませながら、依織は自分の血の気が引いていくのを感じる。
それと呼ぶのも烏滸がましい凄惨な試合に反響するブーイング、困惑する実況の声。あの時観た映像と同じだ。

「(だめ、だめだ、このままじゃ、私は)」

膝が微かに震えるのは激しい疲労のせいか、それとも。
眩む視界に、上空に浮かんでいたスフィアデバイスがゆっくりとベータの手元に降りてくるのが見える。

「これ以上私たちのミッションの邪魔をされては面倒です。これから、あなたたちのサッカーへの情熱……ぜーんぶ奪っちゃいます」

二度とエルドラドに歯向かえなくなるように──そう口角を上げて、ベータはスフィアデバイスの黄色いボタンに手を翳した。

『マインドコントロールモード』

合成音声と共に、スフィアデバイスから黄色い光が波紋状に広がってフィールド全体を包み込む。
だが、それ以外に何かが起こる気配はない。身構えていた依織たちは、拍子抜けしながら目を瞬かせた。

「それから……フェイさん。あなたは危険な存在です。だからその存在、封印しますね!」
「えっ──」

突然こちらを振り向いたベータに、フェイは目を見開く。
次の瞬間、紫色の光を放ち始めたスフィアデバイスに、フェイの体が吸い寄せられ始めた。

「こ、これは……!」
「フェイ!!」

身に覚えのある光景に、依織は咄嗟にフェイに駆け寄ろうとする。
──が、酷使した脚は走ることもままならず、その場で跪いてしまった依織にベータはにこりと微笑みかけた。

「焦らない焦らない、あなたの番もすぐですからね。今はまずフェイさんです。次元の狭間に封印し、たーっぷり調べてあげちゃいます」
「くっ……ううっ……!」

強力な力に引き寄せられて、フェイの体が少しずつベータに近付いていく。
「フェイ〜!!」ワンダバがどうしたものかと慌てふためく最中、ついに円堂が動いた。

「ゴッドハンド──V!!」

フェイとベータの間に飛び込んだ円堂の突き出した右手から黄金に輝く光の翼が現れ、2人の間を阻む。
「監督!?」必殺技を放出し続けながら、円堂は瞠目する選手たちを肩越しに振り向いた。

「みんな、ここは一旦下がるぞ!! 残念だが……今の俺たちではこいつらには勝てない!!」
「円堂監督……!」

──それは今まで選手たちの背中を力強く押し続けた円堂の、初めての敗北宣言だった。

円堂も、内心は悔しくて悔しくて堪らない。自分の愛したサッカーが、よもやこんな形で奪われる日が来るとは露程も思わなかった。
それでも、今は引くしかない。本当の歴史を知る彼らを、ここでエルドラドの手に落とすことはあってはならない。

「急ぐんだ!!」
「っは、はい!」
「──皆のもの、こっちじゃ!」

ふいに空から降ってきた嗄れ声に一同が頭上を見上げると、いつの間にかタイムマシンが上空に浮かび上がっていた。この状況でそんなことを出来る人物は1人しかいない。

「ア、アルノ博士!」
「みんな、急いで乗り込め!!」

ふらつきながらも立ち上がった選手たちは、お互いに痛む体を支え合いながらタイムマシンに乗り込んでいく。

「フェイ、お前も行くんだ!!」
「は、はい!」

円堂が介入することで封印の対象から逃れたらしいフェイは、体の自由を取り戻しタイムマシンに飛び込んでいく。
それを見て、あーあ、とオルカがベータに視線を向けた。

「どうするの? このままじゃ逃げられちゃうよ」
「む……」

フェイたちを逃がすことは彼女にとっても不都合なのだろう、ベータはつんと唇を尖らせて円堂を睨む。

──この男が邪魔だ。こいつさえいなければ、あのイレギュラー要素もサカマキが欲しがっているモルモットも、一気に手に入れることが出来たハズだったのに。
そんなことを考えるベータの通信機に、ふとトウドウから通信が入った。

『作戦変更だ、ベータ。円堂守を封印せよ』
「──イエス、マスター」

小さく頷き、ベータは目を細める。
それと同時に、タイムマシンから半身を乗り出した天馬が声を張り上げた。

「みんな乗りました!! 監督、早く……!!」
「よし──!」

僅かな安堵を覚えながら、円堂が後退しようとしたその時だ。
スフィアデバイスから放たれる光がより一層強くなり、それまで拮抗し合っていたはずの円堂のゴッドハンドVの力を一気に吸い込んでいく。

「なっ……!?」

──そのまま声を上げる暇もなく、光の粒子となりスフィアデバイスに吸い込まれていった円堂に、天馬は思わず悲鳴にも似た叫びを漏らした。

「監督ッ──」
「やめろ天馬! もう間に合わん!!」

堪らず外に飛び出そうとする天馬を、咄嗟にワンダバが背中にすがり付き引き留める。
「でも監督が!!」天馬はワンダバの制止を振りほどいて扉に張り付いたが、既にフィールドは遥か眼下にあった。

「何かに掴まっておれ!」
「うわぁっ!?」

ぐんと車体にGが掛かり、タイムマシンはワームホールに飛び込んでいく。
呆然と虹色の奔流を見つめた天馬は、緩慢な動きで振り返って声を震わせた。

「監督は……円堂監督は、どうなってしまったんですか!?」
「恐らく……封印された。圧縮された次元の中で、動くことも話すことも……何も出来ない状態にされた筈だ」

重々しく言ったワンダバに、そんな、と天馬は床にへたり込む。
それきり元の時代へ帰る道中、彼らは誰1人として一言たりとも言葉を発せず、ただただ痛いほどの沈黙が空間を支配していた。




夕暮れの空へタイムマシンが飛び出していく。
眼下に見える大きな稲妻マーク、小さな池に街へ続く長い階段──鉄塔広場だ。
幸いなことに周囲に人気はなく、タイムマシンは何事もなく広場の中央に停車する。

とぼとぼとした足取りでタイムマシンから降りた天馬たちは、ぼんやりと赤く染まった街を見下ろした。

「僕たち、歴史を元に戻すことが出来なかったんですね……」
「…………」

足元に視線を落とし、信助がポツリと呟く。
円堂までもがエルドラドの手に落ちてしまった今、残された自分たちはどうすれば良いのだろうか。

「落ち込んでいる暇はないぞッ!!」

思い悩む天馬たちの背中を叩くように、突然ワンダバが威勢の良い声を張り上げる。
驚きながら振り返ると、ぽふぽふと足音を立てて下車したワンダバが短い腕を組んで天馬たちを仰ぎ見た。

「今はこれからどうするかを考えるべきだ! いずれ反撃のチャンスはきっと来る!!」
「……このクマの言う通りじゃ! クヨクヨするんはわしの性に合わん。何より、雷門魂に反するぜよ!」

大きく鼻を鳴らし、真っ先に頷いたのは錦だ。自分の胸をドンと叩き、彼は歯を見せて笑う。
「錦先輩……」雷門魂と言う言葉に、天馬はそっと顔を上げた。

「良いこと言うじゃん!」
「そうじゃろ!? なっはははは!」

水鳥に肘で小突かれ快活に笑う錦に、神童たちも顔を見合わせる。
まだ全てが終わってしまったわけではない。今は無理でも、ワンダバの言う通りいつか反撃のチャンスが巡ってくるかもしれないのだ。

「……奪われたのなら、取り戻せば良い」
「うん……そうだよ。取り戻そう、みんなで。円堂監督を、そして俺たちのサッカーを……!」

剣城の言葉で天馬は覇気を取り戻し、仲間たちも小さく頷く。
これは、奪われた未来を取り戻す為の戦いだ。
少しばかり血の気の引いたままの顔で、依織は唇を噛み締める。

「──やるなら、あなたたちだけでやって下さい。俺はもう協力しませんから……」

ふと、前を向き始めた天馬たちに水を差すようなことを言いながら、タイムマシンから降りてきたのは速水だった。

「速水……」

元々ネガティブな彼のことだ、あんな試合の後ですぐに立ち直るなど難しいだろう。神童はそう思い眉を下げたのだが、それにつけても彼の様子はどこかおかしい。

「何でサッカーなんてしてたんだド……?」
「ああ、ワケわかんないぜ」

続けて下車した天城や車田がそんなことを溢しながら階段を降りて行くのを見て、天馬と信助は思わずキョトンと顔を見合わせた。
言及するよりも先に次々とタイムマシンから降りてきた仲間たちは、それぞれ不満げに呟きを溢しながら広場から去っていく。

「サッカーなんて二度としたくない……」
「ちゅーかさっさと帰ってテレビでも見よーっと」
「ど……どうしたんだ、みんな!?」

仲間の明らかな異常に、神童は思わず語気を強めて尋ねる。
けれど彼らは立ち止まることもなく、ただ彼に冷たい一瞥をくれて吐き捨てるようにこう答えた。

「別に……正気に戻った、ってとこかな」
「何であんなに燃えていたのか……分からないな」

──そう言って、グローブを投げ捨てて行った三国を最後に、天馬と信助、神童と錦、剣城と依織、それからマネージャーたちとフェイを除く雷門イレブンは、全員広場からいなくなってしまう。

「え……?」

言葉を失い、天馬は咄嗟に依織を見た。
遠ざかっていく背中を、依織は信じられないようなものを見る目で見つめている。
それは、彼らの言葉が本心である何よりの証拠だった。

「……そうか! あれはマインドコントロール派だったのか!!」
「マインド、コントロール?」

聞き慣れない単語に一同は首を傾げる。
綿の詰まった手を震わせ、ワンダバはぐぬぬと呻いた。

「奴らの放ったあの光線には、人間の考えを変えてしまう効果があるのだ!!」
「! あいつが言ってたのはこのことだったのか……!?」

あなたたちのサッカーへの情熱を奪う──スフィアデバイスが光を放つ直前、ベータの言った言葉が脳裏に甦る。
スタジアムも同じような光に包まれ、前半の間観客たちは試合の異常性を認知しなかった。その洗脳が、今度は持続する形で雷門イレブンに掛けられたのだ。

「じゃあ、みんなサッカーへの気持ちを失ってしまったんですか!?」
「そんな生易しいものではあるまい」

焦りを滲ませ尋ねた葵に答えたのは、いつの間にかタイムマシンから降りていたアルノだった。

「恐らく彼らはサッカーを嫌いになってしまっている筈じゃ」
「サッカーを嫌いに……!?」
「っそんなことで……俺たちのサッカーへの思いを変えられるものか!」

怒りに肩を震わせ、神童は眉間に皺を寄せる。
それは天馬たちも同じように思っていることだ。しかし、事態は彼らが予想しているよりも深刻らしい。

「敵の強さに圧倒され、絶望の淵に落とされれば人は弱くなる。そこを攻められれば……」
「…………」

言葉尻を濁すワンダバに、天馬たちは押し黙る。
まるで災害にでもあったかのような一種の恐怖。それは天馬たちも身をもって感じたものだ。
だが、真っ先に一つの疑念に気付いた剣城がはたと声を上げる。

「だが、あの光線は俺たちも浴びた。どうして俺たちは無事だったんだ?」

確かにそうだ、と依織や信助も頷く。散々な目に遭いはしたが、自分たちはサッカーへの情熱を失ってなどいない。
すると、咳払いしたアルノが口を開いた。

「化身は元々、心の強さが形となって現れたもの……それが障壁となって、光線を跳ね返したのじゃろう」
「化身を持たない人たちは、ダイレクトで受けてしまったから……」

信助は三国の捨てて行ったグローブを拾い、握り締める。
みんなサッカーが大好きだった。それなのに、あんなことを言うまでに心を支配されるなんて──プロトコル・オメガの卑劣な手段に、怒りと悲しみが渦巻く。

「博士よう、何とかみんなを元に戻せんがかのう!?」
「うーむ……マインドコントロールは一種の催眠術じゃ。プロトコル・オメガを倒せば、それを解く方法が見つかるかもしれん」

「あの人たちを倒す?」口許を押さえ、葵が呟く。チームの誰も、化身を持つ選手たちでさえ彼らに手も足も出なかったと言うのに──マネージャーたちのそんな視線を受け、アルノは首を振った。

「じゃが他に方法はない。それに時間が経てば、マインドコントロールを受けた連中は、サッカーが嫌いだと言う今の気持ちを受け入れてしまうかもしれん」
「そんな!」
「ま、頑張るんじゃな」

仲間を奪われ、そしてそれを奪い返す為に残された時間もない。
あまりに不利な状況に天馬たちが絶句している間に、アルノは再びどこぞへと姿を眩ましてしまった。
不安を煽るだけ煽っておいて行ってしまった、と舌打ちした水鳥が蹴飛ばした小石が階下へ転がっていく。

「天馬、どうしよう……」

重苦しい沈黙が降りる中、信助が天馬を見上げる。ややあって、爪先を睨み付けていた天馬は真剣な面差しを上げた。

「──奴らを倒すチームを作るしかない。俺たちの監督、俺たちの仲間……俺たちのサッカーを取り戻すには、それしかないよ!」

決意の籠った天馬の言葉が、鉄塔広場に反響する。
いずれ反撃のチャンスが来る──だが、それをただ待つ余裕は彼らにはない。

「今よりも強くなって、化身アームドの力も手に入れて、必ずプロトコル・オメガを倒してみせる!」
「化身アームド……」
「確かに、あの力があれば何とかなるかもしれんのう!」

目の前に差した一筋の希望の光に、彼らはもう一度前を向く。
プロトコル・オメガに対抗するには、この場にいる誰か1人でも化身アームドが出来るようにならなければならない。だが、問題はその方法だ。

「どうやって化身アームドの力を手に入れるつもりだ?」
「わ、分からない……でも、時空を越えたって歴史を変えたって、強くなる方法は1つしかない!」

「それは?」眉を下げた信助が尋ねる。
天馬は自分を励ますかのように、力強い笑顔になって答えた。

「特訓だ! 円堂監督なら、きっとそう言うよ!」
「……天馬の言う通りだな」
「やろう、天馬。化身アームドの力を手に入れて、私たちの未来を取り戻すんだ!」

張り詰めた表情で見つめてくる依織に、天馬は大きく頷く。深呼吸を一つ、彼は太股を叩いて自分を鼓舞した。

「よーし……やるぞーーッ!!」
「おおっ!!」

まだまだ右も左も分からない中、ようやく掴んだ一縷の希望。どんなことがあっても、これを手放すわけにはいかない。
拳を突き上げた天馬と仲間たちの雄々しい声が、星のちらつき始めた夕空に響き渡った。