「(──体が重い)」
何とも言い難い息苦しさに、依織はゆっくりと瞼を開ける。
だが、視界に入るものはただの暗闇。ただ一つ見えるのは、自分の体だけだった。
「……!」
薄く口を開けたところで、声が出ないことに気が付く。
咄嗟に喉を押さえ、依織は辺りを見渡した。誰もいない、何もない。
血の気がどんどん引いていくのが自分でも分かる。宛もなく宙に手を伸ばすと、指の先から少しずつ闇に飲まれて行く。黒に掻き消されていく。
声にならない悲鳴はやがて、暗闇にすべて吸い込まれて──
「──……ッ!!」
ばち、と瞼を開いた目に薄暗い部屋の白い天井が写った。
息を弾ませ、激しく脈打つ心臓を押さえる。
指先が薄いシャツを掴んだ感触に、呼吸が段々と落ち着いていく。大丈夫、と自分に言い聞かせて、依織はシェルターの電灯を付けた。
「依織、起きているか?」
着替えを始めようとしたところで、ふと入り口の方から声が聞こえてくる。
返事をする前にガパ、と扉の開く音がして、タイムマシンに繋がる穴からワンダバが逆さまになって顔を出した。
「うむ、起きているな! 早朝から悪いんだが、少し上がってきてくれるか?」
「? うん」
首を傾げ、パジャマの上からジャージを羽織った依織は言われるがまま梯子を昇り扉を上に押し上げる。
タイムマシンは基本的に木枯し荘の庭に停車している。故にフェイも天馬の部屋で寝泊まりしているのだが、今日の彼は既に車内で待機していた。
「あ、おはよう依織!」
「おはよう……」
「大丈夫、天馬ならまだ部屋で寝てるよ」
窺うように辺りを見た依織に、フェイは眉を下げる。
彼の言う通り車内に自分たち以外誰もいないことを確認した依織は、それで、とワンダバを見下ろした。
「わざわざ呼びつけるってことは、何か用があったんだろ?」
「ああ。今のうちに、お前のそれをアップデートしておこうと思ってな」
ワンダバがそれ≠ニ指差したのは、依織の着けているブレスレットだった。
「アップデート?」おうむ返しする依織に頷きながら、ワンダバは運転席に飛び乗って何かの機械を弄っている。
「それは元々博士が急拵えで作ったものだから、本当に必要最低限の機能しか着いていないんだ」
「だが昨日の一件で、お前の安全確保のためにも他にも機能を付け足すべきだと博士は判断されたようでな。夜の内にデータをインストールしておいてくれたのだ」
昨日の件、と言うワンダバの言葉に依織は思わず顔をしかめた。
捕まってしまった円堂、いなくなってしまった仲間たち、奪われた未来。
険しい顔で拳を握り締めた依織に、フェイは少し思い悩みややあってから尋ねる。
「ねえ、依織。本当に話さなくて良いの? 天馬たちに、君が……今のままだと、この先どうなってしまうのか」
「…………うん」
一間空け、依織は小さく頷く。腕から外されたブレスレットが機械に設置され、流し込まれるデータにチカチカと瞬くのを眺めながら彼女は静かに言った。
「このままサッカーが出来ないままでいたら、私は大人になる前に死ぬ? そんなこと言ってみろ、逆にみんなにプレッシャーを掛けるだけだ。……だから、話さない方が良い」
依織の生死は、確かに彼らがより必死になる要素には十分なり得るだろう。
しかし立て続けに起こってきた今までの出来事は、確実に天馬たちの精神を消耗させているはずだ。今この瞬間も、未来が蝕まれていることに胸を痛めているかもしれない。
結果的にやることが変わらないのなら、その負担は少しでも少ない方が良い。それが自分が口を閉ざせば良いだけの問題であるなら尚更だ──俯いた依織はギュッとジャージの裾を掴む。
「余計な心配掛けたくない。……みんなには言わないで、フェイ」
「……うん。そこまで言うなら、分かったよ」
真剣な目で見据えられ、フェイは少し眉を下げて頷く。ワンダバは機械を操作しながら何か言いたげな目で依織を一瞥したが、結局言葉は発しなかった。
ブレスレットのアップデート内容について粗方の説明を聞き終えた依織は、2人と別れ一度シェルターに戻る。
身支度を整えて梯子を登り、扉を先程とは違い奥側にスライドさせるように開けば、そこはタイムマシンの中ではなく依織の自室に繋がった。
「こんなとこから出入りするなんて、一生慣れる気がしないな……っと」
呟き、よいしょと依織が乗り越えたのは机の引き出しである。
シェルターがタイムマシンとだけしか繋がっていないのは不便だ、もう一つ入り口を依織の自宅とも繋いでおこう。どこかに丁度良い穴はないか? ──そうワンダバに聞かれ、引き出しを思い付いたのは確かに依織だったけれど。
ふと壁に据え付けている鏡が目に入る。
──酷い顔。自嘲するように囁いて、依織は学校へ向かった。
:
:
「──鷹栖か。おはよう」
「おはようございます」
校門を潜り、教室に荷物を置くや否やいの一番にサッカー棟を訪れると、入り口の前には既に神童と剣城がいた。
辺りを見回して、「他のみんなは?」と聞くと、神童は軽く首を振る。
「天馬たちはまだだ。……霧野や三国さんは、さっき登校してきたのを見かけたが……」
そこまで言って、眉根を寄せた神童は俯いて口を噤んだ。
やはり、1日経ったところで洗脳が解けるわけではないのだ。そうですか、と依織は絞り出すように相槌を打つ。
「──おはようございまーす!」
それから数分待つと、天馬や葵たちもサッカー棟に集まってくる。
天馬と並んでやって来たフェイに、依織が今日始めて顔を合わせたかのようにおはよう、と声を掛けると、フェイは目を瞬き苦笑いを交えておはよう、と返した。
「よし、後は……」
「おーい、遅れてすまんきに!」
「おっせーぞ、錦!」
最後に遅刻常習犯である錦がやって来て、集まったのは計6人と1体。
校舎の方を窺い見るが、橋の向こうから新たに人影がやって来る気配はない。
そちらから顔を背け、行こう、と神童は先陣を切りサッカー棟へ足を踏み入れた。
中に誰もいないことは分かっていたが、棟内は酷く静まり返っている。
部室の前までやって来ると、天馬が真っ先にあっと声を上げた。扉の前に、『立ち入り禁止』と書かれた看板がロープで釣り下がっている。
「部室が立ち入り禁止になってる……!」
「サッカー禁止令のせいだよね……僕たちが歴史を元に戻せなかったから……」
しょぼくれたように言った信助に、天馬は釣られて肩を落とした。
扉の脇には大きな段ボール一杯にサッカーボールや予備のユニフォームなどが積み上げられている。
全てサッカー部の備品だ。これもいずれは処分されてしまうのだろう、と剣城が苦々しげに舌打ちした。
「──みんな!」
「! 音無先生」
ふいにミーティングルームの扉が開き、そこから現れたのはノートパソコンを抱えた春奈だった。
恐らく廃部に伴い、中にある資料の処分や整理を行っていたのだろう、春奈はどこか少しやつれた様子で気まずげに天馬たちから視線を逸らした。
「サッカー部がこんなことになってしまって……円堂監督が生きていたら、何て言うでしょうね……」
「……え?」
その言葉に、一同は顔を見合わせる。
どう言うことですか、と天馬が春奈に詰め寄る前に、依織がそれを制した。
「春奈姉さん、色々と確認したいことがあるんです……みんなも、ここで話すと外から見える。中に入りましょう」
「……ああ、そうだな」
入り口のガラスの扉を一瞥し、神童は逡巡の後部室に掛かった立ち入り禁止の看板を外す。
「確認って……?」全員が部室の中に入り扉が閉まったことを確認すると、首を傾げる春奈に依織は改めて尋ねた。
「春奈姉さん……さっき円堂監督が生きていたらって言ったけど、一体どういう意味です?」
「そ、そうですよ。それじゃあ円堂監督がまるで亡くなったみたいな……!」
「まるでも何も……みんなでお葬式に行ったじゃない」
声に焦りを滲ませる天馬に、春奈は困惑しながらノートパソコンの画面を部室のモニターに繋ぐ。
円堂守さん交通事故、突然のお別れ──大きな見出しの付いたネット記事に、一同は目を見開いた。
「交通事故……こんなことって……!」
「1ヶ月前、丁度日本対アメリカの親善試合があった日のことよ」
嫌なことは立て続けに起こるものね、と春奈は悲しげに目を伏せる。
呆然としていた天馬は我に返り、咄嗟に声を上げた。
「っこんなの嘘です! 円堂監督は生きてるんです!」
「天馬くん……?」
春奈は驚いたように天馬を見つめ返す。
彼女には、自分や部員たちが円堂の葬式に出た記憶が確かにある。その中に天馬や依織たちがいたことも、彼らが悲しみながらも円堂と別れを告げた記憶もある。
「円堂監督が、生きてる……」
それなのに、今ここにいる天馬は円堂が生きていると言う。そして依織や神童たちも、それが真実だと心の底から信じているのがその表情から見てとれた。
やがて彼女は、何かがストンと腑に落ちたような安堵に近い感覚に頬を緩める。
「──生きているのね」
「はい!」
最後の確認に、天馬が間髪入れず頷いたのを見て、春奈はノートパソコンを閉じた。
「分かった。天馬くんが言うなら信じるわ」
「! 音無先生……!」
信じてもらえた──天馬はパッと喜色に表情を染め、隣でほっとしたように息を緩めた依織と小さく笑い合う。
そこで、それまでずっと天馬たちの後ろに控え黙り込んでいたフェイが、ふいに春奈に声を掛けた。
「音無先生……僕が誰か、分かりますか?」
「? ええ。フェイくんにワンダバよね? 未来からやって来た……」
「フェイたちのこと覚えてる……?」
春奈がつつが無く答えたことで生まれた違和感に、彼らは首を傾げる。
ネットの記事、そして先程の春奈の発言。
てっきりまた歴史に変わってしまったと思ったのだが、それであれば春奈がフェイたちのことを覚えているのはおかしい。
彼女がフェイと出会ったのは正確な時間で言えば昨日。親善試合の1ヶ月後のこと。
そして、その時彼女の隣には円堂がいたのだ。春奈が1ヶ月前に円堂が亡くなったと認識しているのなら、円堂と一緒に出会ったフェイのことを覚えているのは大きな矛盾になる。
「どうやら、円堂監督の歴史だけが書き換えられてしまったらしい……」
「どう言うこと……?」
「歴史が辻褄合わせしているんだ。円堂守と言う人物がいなくなってしまったことを、死亡したと言う形でな」
「辻褄合わせ……」一同はぼんやりとワンダバの説明をおうむ返しする。合点が行ったように頷いているのは茜だけである。
「でも、そっか……円堂監督、生きてるんだ……良かった……!」
「──そうとは言えないかもしれません」
ノートパソコンを抱き抱え安堵する春奈に、フェイは険しい表情でそれを制した。
え? と顔を上げた一同に、フェイは続ける。
「このまま放っておけば、歴史が定着してしまう。それが本物になってしまうんだ」
「また歴史を変えれば良いんじゃないの?」
はい、と挙手して尋ねたのは信助だ。しかしフェイはそれに「ダメなんだ」と首を振り、ワンダバが疑問に答える。
「一度改変された歴史は、再び変えることが非常に難しくなるのだよ」
「そんな……」
春奈は青褪めて口を押さえる。円堂が生きていることを真っ先に彼の妻や自分の兄に伝えてやりたかったのに、このままだとそれも出来ないままそれが正しい歴史になってしまうと言うのか。
どうすれば、と歯噛みする天馬に、フェイは言葉を続けた。
「全てを解決するには、プロトコル・オメガを倒すしかないんだ……!」
「円堂監督を助け出す為に、歴史を正す……」
「三国さんたちを元に戻す為にもな……!」
残された選手たちは、自分たちのやるべきことに改めて表情を引き締める。
「三国くんたち?」不思議そうに聞き返した春奈に、天馬はプロトコル・オメガ2.0の試合で起きた三国たちの現状について説明した。
「──マインドコントロールされて、サッカーが嫌いに……!?」
「はい。アルノ博士が言うには、プロトコル・オメガを倒せば元に戻す手懸かりが得られるかもしれないと……」
「何故こんなことを……!」
サッカー禁止令に始まり、円堂、そして三国たち。どうして彼らがこんな酷い目に遇わなければいけないのだろう。彼らはただサッカーを愛しているだけなのに。
顔をしかめる春奈に、天馬は力強く拳を握り締めた。
「……倒しましょう。プロトコル・オメガを倒すんです。それには強くなるしかありません!」
プロトコル・オメガの理不尽な蛮行に、天馬の目は静かな怒りとサッカーへの情熱に燃えている。
頷く選手たちに、ワンダバは腕を組んで眉間に皺を寄せた。
「その為には、やはり化身アームドが必要だ。それも共鳴現象を利用するのではなく、自力での化身アームドがな……!」
皮肉なことに、雷門中に関する振幅が収まった今パラレルワールドは消滅し、共鳴現象が起きなったことでそれによる化身アームドの習得は出来なくなってしまった。
故に彼らは、自らの力を高めることでしか化身アームドを身に付ける術がないのである。
僕たちにも出来るのかな、と溢す信助に、フェイは曖昧に答えた。化身アームドは、フェイたちの時代でも何をどうすれば習得出来るのか正確な立証はされていないらしい。
「……とにかくやるしかない」
「はい! サッカーを取り返しましょう! 本当の歴史を取り戻すんです……!」
「僕たちだけで出来るのかな……」
「やらなくちゃいけないんだよ」
自信なさげに呟いた信助に、いつになく真剣みを帯びた低い声で言うのは依織だ。
「それが出来るのは、この歴史が間違ってることを知ってる私たちだけなんだから」
「……そう言うことになるな」
依織の横顔が嫌に暗いことに気が付いたのか否か、同調する剣城の声はどこか柔らかい。依織は顔を上げて、「SF物の主役みたいだな、私たち」とからかうように声のトーンを戻す。
「ここにいるみんなが力を合わせるぜよ!」
「頑張ろう、信助!」
「……うん!」
拳を差し伸ばした天馬に、信助も覚悟を決めて自分の拳を彼のそれに突き合わせた。
「そうと決まれば、早速特訓だ!」
「……どこで?」
足早に部室を飛び出そうとした天馬に、ぽつりと茜が言う。
え? と肩越しに振り向いた天馬に、春奈が申し訳なさそうに告げた。
「部室の閉鎖に伴って、スタジアムは勿論グラウンドもサッカーが禁止されているのよ。警察に見つかればどうなるか……」
「け、警察……」
顔を見合わせた天馬と信助の頬を、ツーッと冷や汗が一筋流れていく。サッカー禁止令に納得していないとは言え、この歳で警察の世話になるのは避けたい。
「……悩んでる時間も惜しい。ひとまず、どこか特訓出来そうな場所を探してみよう」
「そ、そうですね! きっとどこか、1つくらい人目につかない場所があるかもしれないし……!」
ぶるぶると頭を振り、神童の提案に頷いた天馬はばたばたと外へ走っていく。
「待ってよ天馬!」それを信助と葵が追いかけるのを眺めながら、剣城が溜め息混じりに呟いた。
「そう上手く都合の良い場所が見つかるか……?」
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結果的に、剣城の予想は大当たりだった。
河川敷、公園、広場──目ぼしい場所を順繰りに訪れはしたが、そのどれも『サッカー禁止』の札が掛かっている。
おまけに道すがらでは、政府から派遣された人間がサッカーに関するものを処分するようにと町中に声を掛け回っているのだ。
「サッカー出来る場所がないよ……」
「強くなって、歴史を元に戻さにゃならんのによう!」
「サッカー禁止令の影響がこれほど大きいとは……!」
これでは特訓するどころではない。
肩を落とす仲間たちに、「諦めるのは早すぎます!」と天馬が慌てて声を上げた。
「だからこそ、サッカーを取り戻さないといけないんです! その為に特訓を……」
「でも、サッカー出来る場所がないんだよ?」
唇を尖らせ言い返した信助に、天馬はぐうの音も出ない。
これではただ無為に時間が過ぎていくだけだ。一同が頭を抱えていると、ふと春奈が持っている携帯電話の着信音が鳴り響く。
「メール……豪炎寺さんから!?」
「豪炎寺さん……!?」
ポケットから携帯を取り出した春奈は文面に目を通すと、不思議そうに目をすがめて天馬たちに視線を向けた。
「今からサッカー部の部員たちを連れて、鉄塔広場に来るようにって……」
「俺たちを……?」
「どうして豪炎寺さんが?」
疑問に眉根を寄せる神童や剣城に、春奈も「さあ?」と首を捻るしかない。何しろメールにはその一文しか書いていないのだ。
「──行きましょう」
ややあって、口を開いたのは依織だ。だけど、と春奈は答えを渋る。
豪炎寺はサッカー協会本部の重役だ。しかし禁止令が施行されている今、彼がどんな立場であるのか、そして雷門イレブンに何の用事があるのか、皆目見当がつかない。
「大丈夫。多分……悪いことは起きないと思います」
「多分って……」
「でも、ここでじっとしているわけにも行かないでしょう?」
助け船を出したのはフェイだ。彼は依織の直感が、ただの勘ではないことを知っている。
未来に起こる出来事を予知する力──所謂『未来予知』が依織の直感の正体だとフェイとワンダバは踏んでいた。
一度起きた振幅の影響を受け、依織のSSCの力は少しずつ、しかし確実に強くなりつつある。
それは決して良いこととは言えないだろうが、状況を判断するには大きな材料になることも確かだ。
「……行きましょう、みんな。依織の勘はよく当たるんです。もしかしたら、何かのヒントになることがあるかもしれない」
しばし考え込んで、続けたのは天馬である。
少しだけ驚いた風なフェイの視線には気付かず、天馬は「そうでしょ?」と依織を見上げた。
「ダメだったらどうすんだよ?」
「そ……その時はその時です!」
尋ねた水鳥に、天馬は慌てて言い返す。その反応に小さく微笑んだ後、神童が春奈に視線をやった。
「行ってみましょう、音無先生」
「……そうね。豪炎寺さんなら、もしかしたら或いは……」
顎を押さえながら春奈は小さく頷く。
斯くして一同は、若干の不安を抱えつつも豪炎寺の待つ鉄塔広場に向かうのだった。
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広場のある丘の麓にある駐車場。そこに停まっている真っ赤なスポーツカーに視線を奪われつつも、一同は階段を登っていく。
辿り着いた先には、既に待ち人の姿があった。
一つに括った髪を揺らし、来たか、とこちらに気付いた豪炎寺が振り返る。
「久しぶりだな、みんな」
「豪炎寺さん……」
並んだ面々の顔を見て、「来たのはこれだけか?」と尋ねる彼に天馬は小さく頷いた。
豪炎寺修也。かつて人生を賭け、サッカーを救おうとした男。
彼は一体何を思い、雷門サッカー部を呼びつけたのだろう──そんな疑念と不安に苛まれる中、豪炎寺はふと左端に立っていたフェイとワンダバに視線を留めた。
何となくそのまま連れてきてしまったが、ワンダバを見られるのは不味いのでは。それに気付いたフェイは慌ててワンダバを背中に隠し、更にそれを春奈が後ろ手に庇う。
春奈は豪炎寺に愛想笑いを浮かべ、フェイに小声で話し掛けた。
「豪炎寺さんに事情を話して、協力してもらいましょう……!」
「けど、分かって貰えるかどうか……」
「だってみんなと違う時間にいた私にも理解出来たのよ?」
言いながら、春奈はちらりと豪炎寺の様子を窺う。
彼は変わらず春奈の方を、もといフェイとワンダバを見つめたままだ。
「豪炎寺さんならきっと……!」
「音無先生は一度私やフェイに会った後で歴史の改変を受けた。だから比較的簡単に事実を受け入れることが出来たのだ」
「だけど、豪炎寺さんは僕たちと異なる時間の流れにいた。分かってもらうのは難しいかもしれません」
小声で返すフェイたちに、そんな、と春奈は顔をしかめる。
恐る恐る視線を戻すと、それまで押し黙っていた豪炎寺がようやく口火を切った。
「ここに来てもらったのは他でもない」
「……」
天馬たちは思わず固唾を飲んで表情を強張らせる。
一間空け、彼はこう続けた。
「──円堂を助ける手伝いをしたい」
「……えっ?」
豪炎寺の口から出た予想外の言葉に、天馬たちはポカンと口を開ける。
そんな彼らに構わず、豪炎寺は凛々しく眥を釣り上げた。
「これ以上、エルドラドによる歴史介入を許すわけには行かない……!」
「なっ──」
「っエルドラドを知っているんですか?」
春奈の後ろから飛び出して、フェイは目を丸くする。
頷く豪炎寺に、フェイは信じられない気持ちで彼を見つめた。エルドラドは雷門イレブン以外のこの時代の一般人には徹底してその正体を隠匿しているはずなのに、どうして豪炎寺は組織の名前を知っているのだろう。
「何故あなたには、歴史への介入の影響が出ていないんです……!?」
「……恐らく、このブレスレットのせいだ」
そう言って豪炎寺が袖をたくして見せてきたのは、白いブレスレットだ。見覚えのあるそれに、依織と天馬がハッと声を上げる。
「タイムブレスレット……!」
「優一さんが持っていたのと同じだ!」
「兄さんが……?」
「──確かに、タイムブレスレットのようじゃな」
突然話に割って入る嗄れ声。
瞬きの内に突然目の前に現れたアルノに、マネージャーと春奈が小さく悲鳴を上げた。
「アルノ博士ですね?」
「うむ。タイムブレスレットには時間を越える力があるから、タイムパラドックスの影響を防御出来るんじゃ」
説明する最中でも、アルノは何かを考えているように頻りにうんうんと頷いている。多重時間理論を展開する科学者として、豪炎寺の実例には何か感じ入ることがあるのかもしれない。
「あなたはどうしてそれを?」
「支援者Xが直接送り付けてきた。奇妙なメッセージと共にな」
「支援者X……?」眉をひそめた天馬に対し、一瞬何か考え込んだ依織があっと小さく声を上げた。
「姉さんから聞いたことがあります。フィフスセクターの運営の大半は、その支援者Xからの莫大な支援で成り立ってたって……」
「ああ……SSCと呼ばれる、新世代の力を持った子供たちを発掘するためだ」
依織の眉がぴくりと跳ねる。
彼女の反応には気付かなかっただろう、豪炎寺は天馬に視線を向けて言った。
「──天馬も、その候補の1人だった」
「えっ……俺が?」
突然明かされた事実に、天馬は目を白黒させる。
まさか今まさに自分の目の前に、そのSSCの第一世代として目覚めようとしている少女がいるとは思ってもいないだろう、豪炎寺は話を続けた。
「謎の存在、支援者X……その支援者が、俺の元にこのブレスレットとメッセージを送り付けてきたんだ」
「どんなメッセージなんですか……?」
尋ねた神童に、豪炎寺は小さく頷いてブレスレットの小さなボタンを押す。
『──このブレスレットを、常に身に付けていろ。その事が、サッカーを救うことになる』
再生されたのは、どこか機械ばった合成音声を思わせる男の声だった。
声の抽象的な指示に、天馬たちは不思議そうに首を傾げる。
「サッカーを救うことになる……? その支援者Xって人は、俺たちと同じようにサッカーを奪われたくないって思ってるんでしょうか?」
「それは分からない。お前たちがサッカーを取り戻すために戦っているのを教えてくれたのは確かだ」
天馬の疑問に豪炎寺が更にボタンを操作すると、ブレスレットから小さなホログラムが映し出される。それは、先日戦ったプロトコル・オメガ2.0との試合の映像だった。
「──だから俺はここに来た。お前たちを助ける為にな」
「そうか! タイムブレスレットは我々の時代でも手に入れられる者は極僅かじゃ。その支援者Xとやらは、我々と同じ未来の人間に間違いないのう!」
合点が行った風にアルノがぽんと手を打つ一方で、先程から思案げに眉根を寄せていた神童が豪炎寺へ視線を送る。
「でも、何故こんなことをするんですか? SSCに関係しているんでしょうか……」
「分からないが……とにかく今は、プロトコル・オメガを倒し、円堂を救う。そして、サッカーを取り戻すんだ」
「そうなんですけど……」
顔を歪め、一同は言い淀む。サッカーを取り戻すには、自分たちが強くならなければいけない。だが、その為の特訓をする場所がない。
彼らが何を言いたいのか分かったのだろう、豪炎寺は安心させるような声音で言った。
「大丈夫だ、世界で唯一サッカーが出来る場所がある」
「っどこですか!?」
食い気味に尋ねた天馬に、豪炎寺は小さく口角を上げる。
「──ゴッドエデンを使うと良い」
「ゴッドエデン……!」依織たちはハッと顔を見合わせる。
一方で、初めて聞く名前の場所にフェイとワンダバは不思議そうに首を捻った。
「どういう場所なんだ?」
「フィフスセクターが究極の選手を見出だす為、才能ある選手を受けさせる施設だった」
「でも……あそこって確か、もう閉鎖されたんですよね?」
依織の確認に、豪炎寺は頷き応える。
雷門中との試合の後、管理者である牙山の失脚に伴い施設は閉鎖。HLが終わった今も施設は取り壊されるわけでもなく、そのまま手付かずの状態で放置されていると依織は従姉から聞いていた。
「書類上あの島は協会が管理しているが、あの場所に立ち入れるのは俺が許可を出した人間だけだ」
「じゃあ……」
「ああ。あそこなら政府の目は届かない。思う存分サッカーが出来る筈だ」
諦め掛けていた心に一筋の光が差し、彼らは嬉しそうに顔を見合わせる。
そう言うことなら善は急げ、とワンダバの呼び出したタイムマシンに、一同は足早に乗り込んだ。
「何かあったらいつでも連絡してくれ。役に立てるかもしれない」
「ありがとうございます、豪炎寺さん!」
「私は学校に戻って待っているわ。みんな、頑張ってね……!」
扉が閉まり、車体が上昇していく。窓から手を降る子供たちに、2人は小さく手を振り返す。
薄雲を突き抜け、眼下の街の人々の目に止まらぬほど遥か上空へ舞い上がったタイムマシンは、ゴッドエデンへ向けて舵を切った。