16

「──……」

ふとした瞬間に目が覚める。
微かに聞こえる波の音。ひとまずの拠点として選んだ洞窟に寝息が響いている。
一つ瞬きをして寝返りを打った彼は、いくつか並んだマットレスの内の2つが空っぽであることに気が付いた。




「──眠れないの?」
「!」

背後から掛けられた柔らかい声に、依織は肩を揺らす。
「何だ、フェイか」と肩越しに後ろを振り返った依織は、視線を元に戻して溜め息を吐いた。

「ちょっと、考え事だよ」
「そっか……」

洞窟の真上は以前この島に訪れた時拠点として使った灯台跡だ。フェイは海に面した背の低い塀にもたれ掛かり、ぼんやりと月明かりにうっすら輝く波を眺める依織の隣に並ぶ。

「……なぁ、フェイ。フェイって、何か怖いものってある?」
「えっ? 怖いもの……?」

突然ぽつりとそんなことを尋ねてきた依織に、フェイは顎を押さえて考え込む。

「僕は……サッカーを失うことが一番、怖いかな」
「……そっか……」

フェイの答えに、依織はどこか納得したように頷いた。
「どうして?」と首を傾げる彼にいや、と曖昧に頭を振って、依織はフェイに視線を送る。

「……だから、フェイはサッカーを取り戻そうとしてるの?」
「え?」

依織たち雷門イレブンは、戦いに否応なしに巻き込まれた部分もあってここにいる。
勿論、巻き込まれることがなくても事の次第を知ればエルドラドと戦うことを選んだだろうが、逆にあの時アルファやフェイと接触しなければ、何も知らずにサッカーを失ったことにも気付かずその先の時間を生きていたに違いない。

けれどフェイは違う。

失うのが怖いとまで言わしめるものを守ろうとするのは当たり前のことではあるかもしれない。
だが自分たちと同じ年頃の──恐らく一般人であろうフェイが、エルドラドと言う大きな組織に真っ向に戦いを挑むには相当な覚悟が必要だっただろう。

そうだな、と月を見上げ、フェイは呟くような静かな声で言った。

「僕にとってサッカーは全てだから……だから失いたくない、どうしても取り戻したいんだ」
「サッカーが全て……」
「そう。今の君のルーツがサッカーから始まっているのと同じ」

僕たち、案外似た者同士かもね──そう言って屈託なく笑ったフェイに、依織は釣られて口角を上げる。
フェイの表情からは、言葉以上に覚悟の重さが伝わってくる。使命感と言えば良いのか、『絶対にやり遂げなくては』と言う強い感情が伝わってくるのだ。

「(サッカーが全て……サッカーを一番失うことが一番怖い、か)」

フェイと出会って幾日か経つが、彼の心にまともに触れたのはこれが初めてな気がする。
「あ、今のって流れ星!?」とはしゃぐフェイの横顔に、依織は少し頬を緩めて夜空を見上げた。

月明かりが並んだ2人の影を色濃く地面に落とす。
──足元まで伸びるそれを一瞥し、遠目から2人の背中を見ていた剣城は心中に言葉に出来ない複雑な感情が渦巻くの感じながら洞窟に戻っていった。




「それじゃあ──化身アームドの特訓を始めよう」

翌日、早朝。天馬たちはボールを携えたシュウの前に集まり、困惑の表情を浮かべていた。

「……ここで……?」
「ここの方が集中しやすいからね」

辺りを見回す天馬に、シュウは事も無げに頷く。
そこは以前、ゴッドエデンを初めて訪れた際に天馬がシュウと一緒に特訓をした滝に程近い場所だった。

しかしどうやら、前回のように岩壁を登るようなことはしないらしい。
ゆっくりと目を閉じたシュウに、天馬たちは顔を見合わせる。

「あの……シュウ?」
「──僕の真似をして」

目を閉じたまま、静かな声でシュウは言った。

「やりたいんだろう? 化身アームド」
「うん……でも」
「これで出来るの?」

端から見れば、今のシュウはただ目を瞑りただそこにじっと佇んでいるだけだ。それだけであの強力な力を得られるとは到底思えない。
困惑する天馬たちに、まずはやってみたらどうかな、とフェイが提案する。

「そうだな……きっと意味があるんだと思う」

頷いてシュウのように目を瞑った神童に、天馬たちは目配せを交わし同じようにシュウに倣った。
視界を閉ざすと、それを補うためか聴覚や触覚が僅かに鋭くなる。
水が流れ落ちる音、跳ねた水飛沫が霧状になり頬を微かに濡らす感覚。落ち着いたシュウの声がそこへ混じる。

「みんな、そのまま聞いて欲しい。心を静かにして、守りたいものを思い、更に強くなることを願う。その思いの強さが、化身と自分を引き合わせる」

ほら、風が来てる──シュウがそう告げる通り、柔らかい風が頬を撫でていく。その風はまるで彼らを誘うかのように、優しくゆっくりと周囲を渦巻いた。

「風を纏うように、化身を全身に纏う姿を想像してみて……この島の風は、君たちと1つになりたがっているよ」
「風と1つに……」

フェイや葵たちは、目の前で起こる現象に目を瞬く。
風は本来目に見えるものではない。けれど今彼らの目に見えている光の軌跡は、シュウの言う通りこのゴッドエデンに吹いている風そのものだと感じるのだ。

「感じる……何か近付いてくる気がする。初めて化身が出た時の、あの感じ……!」
「うん……!」

心の中で、何か熱いものが弾けるような感覚に彼らは思い出す。燃えるように激しく、しかし氷のような静寂の中で、自分の力が化身として生まれた瞬間を。
それは昨日の特訓の中では一度も感じ得なかったものだった。

「感じる……今俺、すごくサッカーと近付いてる!」
「この感覚がそうなのか……?」
「ああ──今までとは違う!」

目を開いた彼らは、驚いたように自分の体を見下ろす。
そこに目に見える変化があるわけではない。だが、確実に何かを掴んだ──そんな感覚だった。

「よし……! このままグラウンドで特訓だ!」
「おーっ!」
「やったるぜよ!」

この感覚を忘れない内にボールを蹴りたい、と選手たちは弾かれたように駆け出していく。
それを見送りながら、フェイはふとシュウに視線を送った。

「──君は不思議だね、シュウ」
「君も守りたいものがあるから、天馬たちと戦っているんだろう?」

目を細めるシュウに、そうだね、とフェイが微笑んで頷いたその時だ。

それまで柔らかく吹いていた風が突然激しいものへと変わり、大きく木々を揺らし青葉を散らしていく。
異変を感じ取った依織たちも、足を止めて咄嗟に振り返った。

「……!!」

空を切り裂き、突如飛来したボールを跳躍したフェイとシュウが同時に蹴り返す。
ボールは軌道を変え空へ舞い上がると──崖の上から飛び出した人影がそれを受け止めた。

「──見つけた」
「! チームA5……!」

逆光に姿を現したエイナムたち5人組に、天馬がハッと声を上げる。
恐らく昨日のことを諦めていないのだろう、敵意の籠った眼差しに、シュウが険しい表情を浮かべる。

「しつこい奴らだね……!」
「……昨日の化身はお前だな。次は邪魔するなよ」

吐き捨てるようにそう言って、エイナムたちは森の方を顎でしゃくり崖を降りていく。着いてこいと言っているらしい。

「ど、どうする?」
「……戦うんだ」

慌てる信助に、天馬は低い声で答える。
シュウの存在も知られ、居場所も特定された今きっともう逃げることは出来ない。
彼らは小さく頷き、森の中にある──かつてエンシャントダークと戦ったグラウンドへ向かった。




木々を切り開き作られたグラウンドは、今も変わらずそこにあった。準備運動を済ませフィールドに入った依織が正面にいるエイナムを睨み付ける。

「今回は私も入らせてもらう。6対5になるけど、悪く思うなよ」
「構わない。雑魚が何人増えようが、我々のすることは変わらない」

淡々と答えたエイナムに、盛大に顔をしかめた依織は大きく舌打ちした。
そして、こちらを見据える彼の目をじっと見る。

そこにあるのは強い怒りと憤り、そして焦り。
どうやらフェイの立てた、彼らが独断で行動していると言う推測は間違っていないのかもしれない。

「サッカーバトルだ。ルールはどちらかが1点を取れば勝利とする」
「良いだろう……来い!!」

神童が答えると同時に、エイナムはボールをレイザへ送り出した。
瞬間、雷門イレブンも敵陣へ向けて走り出す。
短いパスを繋ぎこちらの守りを掻い潜っていくエイナムたちに、天馬が一足飛びで距離を詰めた。

「ワンダートラップ!!」

「天馬行けー!」見事エイナムからボールを奪い去った天馬に葵が声援を上げる。

「よし、そのまま化身アームドだ!」
「はいッ!」

声を張り上げるワンダバに頷き、跳躍した天馬は闘気を練り上げ化身を顕現させた。

「《魔神 ペガサスアーク》──『アームド』!!」

光の奔流と化したペガサスアークが天馬の体を包んでいく。
今度こそ、と仲間たちは目を輝かせたのだが、やはり光はそのまま弾け飛びアームドが成功することはなかった。

「っダメか……!」
「脅かしやがって!!」

「うわぁっ!」舌打ちしたガウラの激しいチャージに弾き飛ばされ、天馬はフィールドに叩きつけられる。
ガウラからレイザへ送られたボールをカットしたのは神童だ。
向かってきたクオースをオリンポスハーモニーで退け、ゴール前まで切り込んだ神童は気勢を上げる。

「《奏者マエストロ》──『アームド』!!」

顕現された化身は、神童の掛け声に形を揺らがせ掻き消えていく。失敗した──神童の注意がそちらに向いたその隙を突き、ゴールまで駆け戻ったエイナムがボールを奪っていく。

「っみんな、化身アームドに気を取られるな!!」

エイナムのマークへ付きながら剣城が声を張り上げる。化身アームドを成功させることばかり考えていれば、試合に集中出来ないのも当然のことだ。

「天馬たち、何とか守ってる……」
「でも、守るので精一杯……攻撃に移れない」
「何かもっと背中を押すようなことがあると良いんだけどな……!」

防戦一方になる天馬たちを見て、マネージャーたちは気遣わしげに呟く。

人数でイニシアチブを取っているとは言え、時間制限のないサッカーバトルで最後に勝敗を決めるのは体力だ。その点は一軍隊として鍛え上げられているエイナムたちの方が断然有利と言えるだろう。

このままでは、点を取るより先に天馬たちの体力が尽きてしまう。その為には、早く勝負を着けなければいけない。
──シュウは思い立ったようにベンチから立ち上がった。

「ワンダバ──僕と天馬を1つにして!」
「な、何だって!? そりゃミキシマックスってことか!!」
「君はミキシマックスも知ってるの……!?」

目を大きく見開くワンダバやフェイに小さく頷いて、シュウはフィールドを見やる。
天馬たちは今、化身アームドが出来るかもしれないと言う強い気持ちを持って戦っている。しかし、その気持ちは勝利からはあと一歩遠いのだ。

「みんなの高まっている気持ちを押し上げてやりたいんだ……!」
「……分かった!!」

何故ミキシマックスのことまで知っているのかは分からないが、シュウの表情は真剣そのものだ。力強く頷いたワンダバはどこからか取り出したミキシマックスガンを装着し、フィールドに向かって標準を合わせる。

「天馬ぁー!! ミキシマックスだぁーーッ!!」
「ええっ!? 俺!?」

突然名指しされた天馬は、思わず試合中にも関わらずその場で立ち止まってワンダバを振り返った。
ワンダバはもう片方の標準をシュウに合わせ、同時に光線を照射する。

「くっ……!」
「うわ──っ」

「余計なことを……!」辺りに広がる目映い光に、エイナムたちは反射的にそちらから目を背けた。
収束した光を体に吸い込み、咆哮を上げた天馬は黒髪のシュウと同じ髪飾りを着けた姿へと変貌する。

「天馬……!」
「何か変わってんぞ!?」
「これがミキシマックス……!」
「そう! シュウのオーラを天馬に融合させたのだ! これで天馬はシュウの力を経てパワーアップ出来る!!」

天馬の変身に目を丸くするマネージャーたちに、ワンダバは意気揚々と声を上げた。

水が涌き出るように内から溢れてくる力に、驚愕と感動に目を瞬いた天馬は自分の手を見つめる。
そして拳をぐっと握り締めた彼は勢い良く走り出した。

「無駄なことを……!」
「無駄かどうかはやってみなくちゃ分かんないだろッ!」

ドリブルで切り込んできたレイザに対し、死角からスライディングを繰り出した依織がボールを奪う。
「行け、天馬!!」依織から送り出されたボールを受け取り、敵陣へと猛進する天馬の前にエイナム、ガウラ、クオースが飛び出した。

「(僕の力が、君を引き上げる。守りたいものへの天馬の願いに、僕の思いを重ねる。それが化身アームドを呼ぶ……!)」
「(シュウ……この力に俺は答える。サッカーを守るために!!)」

3人のディフェンスを容易く撥ね飛ばしていく天馬に、シュウは息を深く吸い込み声を張り上げる。

「──今だ天馬!! 君自身の力を発揮する時だ!!」
「分かった!!」

頷いた天馬は軽く跳躍し、ミキシマックスを解除する。高まった力はそのままに、彼はそのままもう一度化身を顕現させた。

「《魔神 ペガサスアーク》──『アームド』!!」

光の奔流へ形を変えた化身が、風を孕みながら天馬の体を包み込んでいく。
白い翼、闘気を放つ滑やかな鎧。見事化身をその身に纏った天馬に、仲間たちは歓声を上げた。

「はあああッ!!」

雄叫びを上げた天馬が放ったシュートが、ザノウの守るゴールへ襲い掛かる。
繰り出されたザノウの必殺技を突き抜け、天馬のシュートはついにA5のゴールへと突き刺さった。

「──やった!!」
「1点取ったぁ!」
「わしらの勝ちぜよ!!」

化身アームドを解除し、息を弾ませながらも目を輝かせる天馬の元に駆け寄っていく。
喜び勇む天馬たちを悔しげに睨み付けたエイナムたちは、地上へ影を落としたタイムマシンを見上げゆっくりと立ち上がった。

「信じられない……」
「……だが、ルールはルールだ」

光と共にエイナムたちを回収したエルドラドのタイムマシンは、そのまま音もなく青空へと消えていく。
それを見送って、錦があっと声を上げた。

「みんなの洗脳を解いてもらい損ねたぜよ!!」
「いや……多分あいつらは、元々その権限も持ってなかったんじゃないかな」
「私もそう思う」

冷静に述べたフェイや依織に、何じゃと、と錦は頭を掻き毟る。
仲間を取り戻すに至れなかったことは残念だが、今は天馬が化身アームドを出来るようになったことの方が重要だろう。天馬は汗を拭ってシュウへ笑いかけた。

「ありがとう、シュウ……! 君のお陰で化身アームドが出来るようになったよ!」
「ううん……僕はただ背中を押しただけだよ」
「これで君はまた1つ強くなった。これからの戦いで大きな戦力になるね……!」

期待を寄せるフェイに、天馬は嬉しそうに頷く。
次は自分も、と仲間たちが意気込む中、ふいにこの環境に似つかわしくない電子音が響いた。

「あっ、すいません。私の携帯です──はい、空野です! どうしたんですか、音無先生?」

電話の相手は春奈だったらしい。携帯電話を取り出して、輪から一歩外れた葵は電話に応じる。
そしてややあって、彼女はギョッとした大きな声を上げた。

「……えっ!? ほ、本当ですか!?」
「葵……?」

穏やかな態度から一変した幼馴染に、天馬と依織が顔を見合わせると同時に、通話を切り上げた葵は酷く焦った様子で仲間たちを振り返る。

「みんな大変よ! 雷門中のサッカー棟が、壊されちゃうって……!」
「えっ……!?」

和やかな空気を切り裂き告げられた事態に、彼らは息を飲んだ。
サッカー禁止令が推し進められ、サッカー部も現状廃部とされているのだ。学校側が関連する施設を取り壊そうとするのも納得が行く。

「君たちは早く戻った方が良い。サッカーを守らなきゃ……!」
「だったらシュウ、俺たちと一緒に行こうよ! 俺、シュウにチームに入って欲しい!」

声に焦燥を交え帰りを促すシュウに、天馬はハタと思い立ち提案した。
シュウは強力なサッカープレーヤーだ。サッカーに関する知識も同年代とは思えないほど深い。彼が仲間になってくれれば、チームはもっと強くなれる。

──だが、シュウは小さく俯いただけで、それに頷きはしなかった。

「……ごめん。僕は──行けない」
「え?」

絞り出すようにシュウの口から発せられたのは、謝罪の言葉。
シュウなら快諾してくれるものと思っていた天馬は、虚を突かれポカンとする。

「っどうして……?」
「──僕は、この島を守らなくちゃいけないんだ。それは、とても大事な役目なんだ……」

瞳を揺らす天馬に、依織は黙ってその肩を叩く。

依織は分かっていた。シュウも本当は天馬たちに着いていきたいこと、サッカーを守る手助けをしたいことを。
そして、彼が天馬たちが思うような普通の人間ではない故に、天馬たちに着いていけないのではなくこのゴッドエデンから離れられることが出来ない≠アとを。

天馬がちらり依織を見上げると、依織は無言で首を振っている。
それを見て、シュウの意志が固いことを再確認すると──やがて、小さく頷いた。

「……分かった。無理言ってごめん、シュウ」
「ううん……こちらこそ。でも、特訓したい時はいつでもここに来なよ。僕はいくらでも付き合うからさ」
「うん──ありがとう!」

握手を交わす2人に、それならば善は急げ、とワンダバがタイムマシンを呼び出す。
いつの間にか日は傾き、周囲は少しずつ赤く染まり始めていた。

「よし、それでは雷門中に向けて出発するぞ!」
「うん!」

シュウは薄い微笑みを携え、タイムマシンに乗り込む天馬たちを見送る。
最後にタラップに足を駆けた依織が、そうだ、と立ち止まりシュウに駆け寄った。

「あのさ……シュウ。ありがとな」
「ん?」

突然小さな声で礼を言われたシュウは、不思議そうに首を傾げる。
依織は全員の搭乗を待つ天馬たちを肩越しに窺いながら、苦笑にも似た表情を浮かべて言った。

「お前の言った、死ぬことよりも怖いこと=c…私にも、分かったような気がする」
「……そっか。それは良かった」

目を瞬き、シュウは口角を上げるとふいに両手で彼女の頬を優しく包んだ。そして、驚く依織と額を合わせ、こう囁く。

「君たちの行く道に、神の導きが在らんことを」
「……シュウの導き?」
「僕は神様じゃないよ」

手を離し、あっけらかんと笑ったシュウは「さ、行きな」と依織の背中を押した。
頷いた依織は軽く手を振って、改めてタラップを駆け上がる。

「依織〜! お前シュウと何やってたんだよ?」
「良い雰囲気だった」
「そんなんじゃないですよ……」

途端に目を輝かせ話し掛けてきた水鳥や茜に、依織は呆れたように目をすがめて席に着く。
ふ、と息を吐き出し何となしに隣を見れば、じとりとした視線をこちらに向ける剣城と目が合った。

「何?」
「……髪、ゴミ付いてんぞ」

つんとそっぽを向く剣城に、「マジで?」と依織は前髪に引っ掛かっていた青葉を摘み取る。
その横顔が不機嫌そうに見えたのはほんの一瞬。まぁ良いか、と依織は窓側に少し体を乗り出して窓の隙間を開けて青葉を投げ捨てた。

茜色の空にタイムマシンがゆっくりと浮かび上がっていく。
やがて虹色の光の中へ飛び込み消えていったそれを見送って、シュウはポツリと独り言ちた。

「僕の言葉は目隠しに過ぎない。君が早く本当に大事なことに気付けるよう、祈っているよ。依織──」