ゴッドエデンを訪れたその翌日。
天馬たちは金網に囲まれたサッカー棟を、遠目から呆然と見つめていた。
「……ここは、野球部の練習場になるそうだ」
誰に言うでもなく、神童が苦々しく呟く。
昨日学校に戻った後、天馬たちは施設周辺の点検に訪れた作業員たちに否応なしにサッカー棟を追い出された。
一晩経ってこの有り様だ。これではろくに作戦会議も出来やしない。
ひとまずは人気のないところへ、とワンダバがタイムマシンを回し、一同は仕方なく鉄塔広場に場所を移した。
午前中の鉄塔広場は猫の子一匹見当たらず閑散としていた。
ふと手摺りに近付き、街を見下ろした葵が悲しげに眉根を寄せる。
「こうやって見る景色は変わらないけど、どんどんサッカーに関わるものがなくなっているんですね……」
禁止令の出された当日こそ、国民の中にはそれに異論を述べる者が数多くいた。
だが、人はいつか環境に順応するものだ。既に少数派へと傾き始めた反発の声は世論に掻き消され、聞こえなくなる日がきっと来る。
「このままじゃ、本当にサッカーが忘れられて歴史の修正が難しくなってしまう。早くプロトコル・オメガ2.0を倒さないと……」
悔しげに呟いたフェイに、一同は真剣な表情で小さく頷いた。
でも、と一転し眉根を寄せ、視線を足元に落とすのは信助だ。
「僕たちの力は、まだ……」
「ああ……化身アームドも、天馬しか出来ない」
固い声で返す剣城に、その場に重たい沈黙が降りる。
この場にいる選手全員が化身アームドを出来るようになれば、勝率は格段に上がるだろう。だが、街がこんな状態では大っぴらに特訓をすることは不可能だ。
特訓がしたければいつでも来ると良い──シュウは別れ際にそう言ってくれたが、あの島の存在も既にエルドラドに知られてしまっている。
街中よりは確実に特訓場所に向いてはいるだろうが、人気のないあの島ではいつエルドラドの襲撃に遭ってもおかしくない。
「それに、人数も足りないし……」
「……今は、デュプリに頼るしかない」
「フェイの負担が大きくなるね……」
眉を下げる天馬たちに、僕なら大丈夫、とフェイは微笑む。
そうは言っても、何人ものデュプリの顕現がフェイのプレーに支障を来すのは事実だ。
力もなく、鍛える場所もなく、人数もない──改めて現状の厳しさを実感し、誰からともなく溜め息が漏れたその時だ。
「そぉーーだ!! 覇者の聖典≠使えば……!」
「えっ……」
突然ワンダバが声を張り上げる。
「はしゃの……?」と目を白黒させる天馬たちに、ワンダバは両手を広げて言った。
「最強のサッカーチームの秘密が書かれている書物だ!!」
「最強のサッカーチーム、って……」
「そりゃすごいぜよ!」
それがあれば、と目を輝かせた天馬たちに、「ちょっと待ってよ!」とフェイが慌てた様子で待ったを掛ける。
「覇者の聖典は、200年後のサッカー記念博物館に展示されているんだよ……!?」
「200年後って言うと……フェイたちの時代か。でも、そんなに凄い代物なら、とっくにエルドラドがそれを使って最強のチームを作ってるんじゃないか?」
そう言って顔をしかめた依織に、確かに、天馬たちは冷静さを取り戻した。やはりそう都合の良い話が転がっている筈がないのだ。
「そうだよね……じゃあやっぱり、他の方法しか……」
「──ホッホッホ! 覇者の聖典は暗号化されていて誰にも読めないのじゃ!」
肩を落とした天馬の声を遮ったのは、聞き覚えのある嗄れ声。
振り返ると、いつの間にかアルノがタイムマシンの脇に悠々と佇んでいた。
「ア、アルノ博士!?」
「またいきなり現れた!」
驚く一同の反応を楽しむようにアルノはにやりと笑った後、居住まいを正してごほん、と軽く喉を整える。
「説明しよう。覇者の聖典は、未来のサッカー界に伝説のプレーヤーとして伝えられる、マスターD≠ノよって記されたとされている!」
「ますたーでぃー……?」
「そうじゃ! かつてマスターDを崇拝していた者たちは、誰もが覇者の聖典を手に入れようと争った……!」
身ぶり手振りで話すアルノの説明はやけに熱が入っており、天馬たちは思わず固唾を飲んでそれに聞き入った。
曰く──覇者の聖典が独占されれば、サッカー界のバランスを崩しかねないと考えたマスターDは、サッカーの極意を暗号化して記したのだそうだ。
そしてその暗号は、フェイたちの発展した未来の世界でも未だ全文を解き明かすには至っていないらしい。
「……それって、僕たちにも読めないってことだよね?」
「だよな……? 博士はそれ、解読出来るん──あれ」
真っ当な意見を述べる信助と顔を見合わせ、視線を戻した依織は目を瞬く。
アルノの姿は既にそこから消えていた。
「い、いない……」
「神出鬼没過ぎ……!」
まさか語りたいだけだったんじゃ、と半眼になる依織に、「そんなことはないよ」とフェイが慌ててフォローする。
言葉尻に小さく多分、と付け足されたのを依織は聞き逃さなかった。
「諸君! 読めるかどうか悩むのは後だ。今は行動しなければ! このままエルドラドの歴史介入が影響し続ければ、200年後の世界にはサッカーがなくなってしまうだろう!!」
戸惑う天馬たちに、ワンダバは小振りな体を大きくばたつかせて熱弁する。
「更に! マスターDが書き残したサッカーへの思いの結晶である、覇者の聖典も存在しなくなる!」
「サッカーへの思いの、結晶……」
身に染み入るような声で天馬は呟いた。
今も尚、サッカーに関わるものは次々と消えつつある。いつ誰が書いたかも分からない、しかし確かにサッカーへの思いが込められているだろう覇者の聖典が消えてしまうことは、天馬たちにとっても酷く心苦しい。
「覇者の聖典は、サッカーへの思いを守るために必要なのだ!!」
──その言葉が、最後の一押しになった。
「サッカーへの思いを守る、か……」
「……やってみる価値はある」
「どの道放っておくなんて出来ませんしね」
「面白くなってきたぜよ!」
仲間たちは目配せを交わし、その中心にいる天馬に視線を送る。
まだ見ぬ未来の世界への期待も含んでいるのだろう、信助は目を輝かせて天馬を見上げた。
「行こう、天馬!」
「うん……! 覇者の聖典を、手に入れるんだ!」
おお、と声を揃え拳を振り上げた一同は、タイムマシンに乗り込んでいく。
行き先は200年後の未来。ワンダバのカウントダウンと共に、タイムマシンは虹の奔流へと飛び込んだ。
「ねえフェイ、200年後の街ってどうなってるの?」
「え?」
到着が待ちきれなかったのか、尋ねてきた信助にフェイは目を瞬く。
俺も知りたい、と便乗して表情を輝かせるのは天馬だ。
「未来へ行くのは初めてなんだもん……!」
「きっとすごいハイテクな都市ぜよ! 車が空飛んだり、時間を飛び越えたりするんじゃきに!」
席を立ち天馬たちの座席を覗き込むようにしながら錦が口を挟む。
興奮を隠せない天馬たちに、フェイは穏やかに微笑んだ。
「行けば分かるよ」
「えー? 教えてよ! フェイはどんなところに住んでるの? あ、家族や兄弟は?」
質問してくる天馬から、フェイは静かに目を逸らす。
バックミラー越しにちらりとその表情を見た依織は、ふと訪れた違和感に眉根を寄せた。
「(何だ……?)」
フェイの目から感じ取れたのは、『答えたくない』と言う感情。
それだけならまだ理解出来たのだが、不可解なのはそれ以上に──他に伝わってくる彼の感情が、やけに不明瞭で掴めないものだったからだ。
「……? どうした、鷹栖」
「いや……」
顔をしかめ眉間を揉んだ依織に、剣城が反応する。
首を振り、バックミラーから視線を外した依織は何でもない、と答えて頬杖を突いた。
その時抱えた思いが強ければ強いほど、依織の眼はそれを鋭敏に感じとるようになってきている。
感情はその人だけのものだ。それを共有するかどうかは本人次第。闇雲に暴いて良いものではないことは依織も十分理解している。
だが──今は『眼を見る』ことが発動条件であるこの力が、条件なしで自分の意思関係なく発動してしまうようになる日がいつか来るのではないだろうか。
ふいに生まれた小さな不安に、依織はそっと目を伏せた。
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しばし経って、タイムマシンは夜空の中へ飛び出していく。
タイムマシンを降り、手筈通り近場の茂みの中へ身を隠した天馬たち選手6人とフェイは、暗闇に佇むサッカー記念博物館を見上げた。
「これが未来の博物館か……」
ガラス張りの建物は一目見ても分かるほど広大な敷地に居を構え、200年の間にサッカーが如何に世界に影響を及ぼしてきたかが窺える。
彼らの作戦はこうだ。
覇者の聖典が展示されているのは第3展示室。侵入ルートにある監視システムにはワンダバがハッキングし、フェイの通信機を通して第3展示室へ導く。
『万が一の時の為の最終手段≠ヘあるが……出来れば使う機会が来ないことを祈ろう。では、始めるぞ!』
「うん……頼んだよ、ワンダバ」
通信機に向け小さく頷いたフェイは、仲間たちを振り返り博物館の外周を回るよう合図して立ち上がった。
建物を壁沿いに進み、辿り着いたのは従業員用の裏口か搬入口であろう地面にある扉だ。
ここだ、と呟いたフェイが腕に装着した機械を操作すると、扉は奥にスライドして地下へ続く階段が現れる。
「行こう、みんな……!」
「うん……!」
周囲に人の目がないことを再確認し、一同は足音を立てないよう階段を降って行った。
梯子を降り、長いスロープを通り、ダクトの中を潜り、時には道なき道を渡って彼らは第3展示室へ少しずつ近付いていく。
元々観覧客用に作られてはいないのだろう、地下の道は酷く入り組んでおりまるで迷路のようだ。
細い道を進んでいると、角に差し掛かったところで先頭を歩いていた天馬と信助が小さく「うわっ」と悲鳴を漏らして立ち止まる。
「な、何だ?」
「警備ロボットだ……」
そっと角を覗き込むと、2メートル以上はあるであろう大きなロボットが幾台も壁にもたれ掛かるようにして停止していた。
「こんな物まであるとはな……」
「第3展示室はすぐそこだ。見つからないように注意して……!」
このまま真っ直ぐ進むわけには行かない。彼らはルートを変え、元の道を逆戻りする。
そうして同じようなことを何度繰り返しただろうか。ようやく第3展示室に辿り着いた一同は、その最奥部を見て思わずあっと声を上げた。
入れ替わり照射される赤い警備センサーに囲まれた小さな台座。
その中央に、バリアに守られたA5サイズの薄い箱のようなものがポツンと鎮座している。
「あれが覇者の聖典……!?」
「よし……ガードシステムを解除するぞ」
ワンダバから送られたシステムを使い、フェイがハッキングを終わらせるのを天馬たちは無言で見守った。
刺さるような沈黙の中、軽い電子音がして覇者の聖典を守っていたバリアが消えていく。ガードシステムの解除が成功したのだ。
「よし……!」
「やった!」
「──おい……!」
ようやく覇者の聖典を手に入れられる。そんな喜びに浸る暇もなく、剣城のハッとした声に目を瞬き、天馬たちはポカンと口を開ける。
ガードシステムは消えている──が、警備センサーは依然としてまだ稼働し続けていた。
「センサーは別なのか……!」
「そんな……」
「何だよこれ、全然ダメだ!」他のシステムよりも余程強固なセキュリティに守られているのだろう、手元の機械を操作しながらフェイが焦った声を漏らす。
「急いで、警備ロボットが来る!」
「分かってるけど……複雑すぎるよ!」
「このままじゃ近付けないぞ!?」
簡単なセキュリティシステムはハッキング出来ても、警備ロボットの動きまでは掌握できない。いつかロボットたちはシステムに従ってこの部屋の見回りに来るだろう。
どうすれば、と焦燥に駆られていると、しばらくセンサーをつぶさに観察していた天馬が思い切って足を踏み出した。
「──俺が取りに行く!」
「て、天馬!」
フェイの制止も間に合わず、天馬はセンサーの中へ飛び込んでいく。
が──当たらない。センサーが切り替わるそのギリギリのところで身を翻し、僅かな隙間に体を滑り込ませながら進んだ天馬は何とか覇者の聖典が置かれた台座へ辿り着いた。
「くっ……!」
「良いぞ、天馬!」
覇者の聖典を胸に抱え、踵を返した天馬に仲間たちの緊張も高まっていく。
あと2メートル、1メートル。ゴールが見えてきたその瞬間だった。
「うわ──!」
自分の足に引っ掛かった天馬の体が大きく傾き、覇者の聖典が手を離れていく。
天馬は咄嗟に腕を伸ばし、覇者の聖典をレシーブの要領で床に落ちる前に掬い上げたが──フェイがそれを受け止めた刹那、赤いセンサーが彼の腕を照射した。
瞬間、けたたましい警報音にそれまでの静けさが切り裂かれる。
警告に赤く点滅する頭上のランプに、天馬は即座に立ち上がった。
「っ行こう、みんな!」
「脱出だ!!」
こうなっては形振り構ってはいられない。一同は一斉に走り出し、第3展示室を後にする。
廊下を駆け抜けると、ふいに前方から聞こえる金属音。「そっちの影へ!」とフェイが咄嗟に一同を先導し横道に入ると、警備ロボットたちがガシャガシャと足音を立てながら通り過ぎていった。
「警備ロボットか……!」
「ワンダバ、覇者の聖典は手に入れたけど、そこら中に警備ロボットがいて思うように動けない……!」
『ん〜〜むむむ……! 何とか自力で外に出てくれ! 健闘を祈る!!』
「そう言われても……!」フェイは思わず困った顔になって言い返そうとしたが、ワンダバからの返答はない。
「……おい、後ろ!」
「え?」
フェイとワンダバの通信に意識を向けていた一同は、依織のギョッとしたような声に背後を振り向いた。
モノアイを光らせた警備ロボットが、ぬぅっと横道を覗き込んできている。
「うっ、うわあああっ!?」
「逃げろ!!」
忽ち横道に雪崩れ込んできた警備ロボットに、天馬たちは大慌てで逃げ出した。
ぐんと延びてくるアームが頭やジャージの裾を掠める度に肝を冷やしながら、彼らは必死に廊下を走る。
「──待て、前からも来た!」
「挟み撃ちか!」
前方に見えてきたロボットたちの影に、一同はたたらを踏んだ。
背後には別のロボットの軍団が迫り、今度は横道もない。正面を見据え、神童は声を張り上げた。
「ッ突破するぞ!!」
「は、はい!」
頷いた天馬たちは、呼吸を整え前方から来るロボットの軍団に突っ込んでいく。
ロボットたちの手足が長いことが幸いし、その隙間を潜り抜けることは案外容易い。
脇や股下を通り抜けていった天馬たちに咄嗟に立ち止まることが出来なかったロボットたちは、後方から追いかけて来ていたロボットたちと勢い良く正面衝突しややあって煙を上げながら沈黙した。
「やった!?」
「よし……このまま進もう!」
そのまま一本道を走り抜けた彼らはやがて別の展示室へと辿り着く。
見るに、ここは様々な国のユニフォームなどを展示した部屋のようだ。だが、今この状況ではそれをゆっくり眺める暇はない。
いくつかある大きな扉を見て、展示品の影に身を潜めたフェイはもう一度ワンダバと通信を取る。
「ワンダバ、どっちへ行けば良いの?」
『正面に開きっぱなしの大きな扉が見えるな? そこから続く通路をひたすら走れ! ただ、脱出する前に通らないとならない場所が──』
「フェイ、早く!」ふいにハッと声を上げた天馬が立ち上がる。別の警備ロボットが追いかけてきたのだ。
「分かった──とにかく行くよ!」
結局ワンダバの言葉を最後まで聞くことは叶わず、フェイもまた天馬たちを追って走り出す。
全員が通路に入ったことを確認したフェイは、素早くハッキングシステムを操作し扉を閉じた。
「よし──これであのロボットたちも追いかけて来れない!」
「じゃあ、このまま脱出すれば良いんだね!?」
フェイの手元を覗き込み、ホッとした様子で天馬がそう言った次の瞬間だ。
バチン──とそれまで落ちていた頭上の電灯に突然電気が通り、周囲一体が明るくなる。
目を瞬き、改めて今いる場所を見渡すとそこは通路ではなくだだっ広い1つの部屋だった。
展示品も、備品すら見当たらない。明らかに他とは何か違うその場所に困惑するのも束の間、部屋の中程で立ち止まっていた依織たちを中心に、広い範囲を水色の四角いバリアが囲う。
「なっ──!」
突然目の前に現れた半透明の壁に、フェイと天馬は目を見開いて手を突く。押しても引いてもびくともしない──そっちに行けないよ、と焦った声を上げる2人に、依織は辺りを見回した。
「! 床が……!」
「な、何ぜよ!?」
足元を注視すると、白いラインが図形を描くように方々を走っていく。
バリアに添う長方形、中央を分断する直線と円形──天馬とフェイの前の床が迫り上がり、同じく反対方向の同じ場所と2つ同時に現れたのは見慣れたサッカーゴール。
続けて聞こえてきた金属音に振り向くと、迫り出した壁から収容されていた5体の警備ロボットが現れた。
『ようこそ、サッカーバトル体験ルームへ!』
「サッカーバトル、体験……?」
「それって……このロボットたちとサッカーするってことか!?」
頭上から響くアナウンスに、バリアに閉じ込められた5人は目を丸くしてロボットたちを見返す。
ロボットたちは彼らを捕らえようとする素振りは見せず、ただ陣地の定位置に立って停止しているだけだ。
「ワンダバ、どうなってるの!?」
『伝える時間がなかったが、そこから出るには点を入れて勝つしかないんだ!』
「そんな!」通信機越しに返ってくるワンダバの慌てた声に、それが聞こえた天馬もまたフェイと顔を見合わせフィールドを見つめる。
「(全員と接触出来ないこの状態じゃ、脱出できない……!)」
依織は出口であろう扉とバリアの外でたたらを踏む2人を一瞬見比べて、ブレスレットをぎゅっと押さえた。
侵入前、ワンダバが言った最終手段の鍵は依織のブレスレットにある。
先日のアップデートで新たに追加された機能──『緊急転送装置』だ。
一度発動すれば、ブレスレットを装着した依織と彼女を介して接触した人間や物は、一瞬でタイムマシンのシェルターへと転送される。
だが転送には膨大なエネルギーを消費し、一度使うと長時間の充電が必要になる上、ワンダバたちもこの手の規模の装置による多人数の同時転送は試したことがない為に、何かしらの危険が伴う可能性もあると言う。
だからこその、万が一の時の為の最終手段≠ネのだ。
けれどこうして分断されてしまった以上、仕様を考えればこの転送装置は使えない。
「……やるしかないな」
「……ですね」
フィールドの中央に穴が空きそこから1つのサッカーボールが出てくるのを見て、覚悟を決めた彼らはジャージを脱ぎ捨てた。
『ゲーム、スタート!』
軽快な合図と共に、剣城から送り出されたボールを持って神童が早速敵陣へ切り込んでいく。
「錦!」
「おう! ロボットに負けるわけにはいかんぜよ!」
ボールを受け取り、目の前に立ちはだかったロボットを錦が抜き去る。するとロボットは振り向き様、突然アームをフィールドに叩きつけた。
「何じゃっ──ぐわ!」
「錦先輩!?」
叩き付けられた箇所から迸った電流が錦の体に直撃する。
ボールはフィールドの外へ転がり、バリアにぶつかって戻ってくる。ボールがクリアされたことでゲームは一時中断となり、神童たちは慌てて倒れた錦へ駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「っああ……えげつないことしよる奴らぜよ!」
やはりロボットは一般客を相手にするせいか、どうやら電流は見た目ほどの威力はないらしい。頭を振りながら直ぐ様起き上がった錦に、仲間たちはホッと胸を撫で下ろす。
「それにしてもこいつら、さっき追いかけてきた奴らとは違って動きが機敏ですね……」
「ああ……」
入ってきた扉の方を窺えば、フェイや天馬が真剣な面持ちでバトルを見守っている。このまま手こずっていては、いずれロボットではなく人間がここにやって来るのは時間の問題だ。
「とっとと1点取って、脱出しましょう!」
「ああ……!」
ロボットの1体がボールを投げ入れ、ゲームが再開される。
金属質な足音を響かせドリブルで切り込んでくるロボットは、機械らしい正確なパス回しで前線を押し上げる。
こちらのチャージにその体が傾くことはあっても、やはりロボットは怯むと言うことを知らないらしい。錦や剣城がやや乱暴なプレーでボールを奪っても、次の瞬間には体勢を立て直して追いかけてくるのだ。
サッカーバトルにタイムリミットは存在しない。ただ消耗していくのはこちらばかりで、変わらずゴールを守っているロボットたちに焦りが募る。
「頑張って、みんな!」
覇者の聖典をぎゅっと抱き抱えて叫んだフェイの姿を視界の片隅に入れた依織の脳裏に、ふいに今まで焦りで忘れていたシュウの言葉が蘇った。
──君は? 依織の一番怖いものは何だい?
「(……そうだ、忘れるな。私が死ぬよりも怖いことは……!)」
呼吸を整えると、熱くなっていた頭が急激に冷えていく。
その時、ドリブルで切り込むロボットの懐に入り込んでボールを奪った剣城が、タイミング良く前方へ走り出した依織へパスを出した。
「行け、鷹栖!」
「──ああ!!」
瞬間、前方と後方から彼女を挟み撃ちする形で2体のロボットが迫ってくる。
姿勢を低く落とし呼吸を整えた依織は、横目でフェイを一瞥した。
「(同じだよ、フェイ。私もサッカーを失うのが何よりも怖い)」
仲間を、師を、家族を、その全てを自分と繋いでくれた大切なもの。それが依織にとってのサッカーだ。
それを失う恐怖と比べれば、不確定で曖昧な未来など──恐れるに足りない。
大きく開いた目でゴールを睨み付け、依織は高めた闘気を一気に解放する。
「《星女神 アストライア》──『アームド』!!」
顕現されたアストライアは光の粒子になって、彼女の体を包み込む。
色取り取りに輝く光を舞い散らせ、依織は眩しさに一瞬伏せていた目をゆっくりと開けた。
「っ出来た……!」
「やった!!」
バリアの向こうで、天馬が依織の化身アームドの成功を自分のことのように喜んでいる。
温かいような冷たいような、固いような柔らかいような不思議な感覚。
微光を放ち纏われたその鎧に、依織は感触を確かめるようにぐっと拳を握り締めてゴールを睨み付けた。
「来るぞ!」
「……!」
背後から聞こえた神童の声に、地面を蹴った依織は後方から迫る敵から一気に距離を離し、同時に前方のディフェンスをチャージで弾き飛ばす。
背中に翼が生えたのかと錯覚するほど体が軽い。光の軌跡を残しながらフィールドを駆け抜けた依織に反応した2体のDFロボットが、ゴール前に立ちはだかりバリアを展開した。
「はあああッ!!」
跳躍し、中空から放たれたシュートが2枚のバリアを貫いていく。
ロボットたちを蹴散らして、依織のシュートはゴールへと突き刺さった。
『ゲーム終了、ゲーム終了──お疲れ様でした』
アナウンスと共にフィールドを囲んでいたバリアが消えていく。
急いでフィールドの中へ入った天馬とフェイは、仲間たちと合流して依織の元へと駆け寄った。
「スゴいよ、依織! やったね!!」
「ああ……!」
化身アームドを解除した依織は、詰めていた息を吐き出し少し項垂れる。
フェイの言っていた通り、化身アームドの消耗はただ化身を顕現した時以上にずっと激しい。
だが、この力を完璧に使いこなせるようになれば、きっと大きな戦力アップに繋がるはずだ。確かな手応えに、依織は満足そうに拳を固めた。
「さあ──急いでタイムマシンに戻ろう!」
「うん!」
出口への扉は既に開いている。先へ続く通路を抜けると、そこはどうやら博物館の中庭のようだった。
中央の広場には既に移動してきたらしいタイムマシンが控えており、中から体を乗り出した葵が切羽詰まった顔で手を振っている。
「みんな、早く乗って!」
全員が転がり込むようにタイムマシンに乗ったのを確認し、「では行くぞ!」とワンダバがエンジンを入れる。
ふわりと夜空に浮き上がったタイムマシンは、カウントダウンののち再びワームホールへ向けて飛び去っていった。
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──その一連の出来事を、薄暗い部屋のモニターで観察していた者がいる。
エルドラドの最高責任者であるトウドウだ。
モニターには壊れた警備ロボットたちと空になった覇者の聖典の台座が映し出されている。
トウドウは僅かに眉間に皺を寄せ、背後に控えたエージェントたちを振り返った。
「覇者の聖典を取り戻せ。奴らが暗号を解読する前に……!」