18

天馬たちが未来の世界へタイムジャンプしていたその頃。

鬼道は1人鉄塔広場に佇んで、沈んでいく夕日をじっと見つめていた。

「──鬼道」
「!」

背後から掛かった聞き慣れた声に鬼道は緩慢に振り返る。
そこに立っていたのは、彼をこの場所へ呼び出した男だった。

「豪炎寺……」
「突然呼び出してすまなかったな」

2人が会うのは実に1ヶ月振りである。
旧知の親友である円堂守が交通事故で亡くなり、その葬式に参列した日以来──そう鬼道は記憶していた。

「鬼道、お前に話しておきたいことがある」
「……?」

改まった風な口振りに、鬼道は眉をひそめて彼に向き直る。

豪炎寺から見た鬼道は、以前よりどこか少しやつれたように見えた。
恐らく親友を失った悲しさを紛らわすために、いつも以上に仕事に打ち込んでいたのだろう。

このまま放っておけば、きっと彼の妻から連絡が来るのも時間の問題だったはずだ。ふと口角を上げて、豪炎寺は鬼道にこう問った。

「──円堂を救い出したいとは思わないか?」
「…………死んでしまった円堂をか?」

ゆっくりと瞬きをした鬼道は、豪炎寺に一瞬痛ましい目を向ける。相棒を失ったことで心の病にでも掛かったのか──そんな視線だ。
しかし鬼道の反応を予想していたのだろう。豪炎寺は怯まず、表情を緩めた。

「ああ。連れ戻すんだ、間違った時間の世界から……!」




紆余曲折あり、何とか無事に未来の世界から現代に戻ってきた天馬たち一行。
覇者の聖典を手に入れた彼らは、その内容を確かめるべく天馬の部屋に集結していた。

「うーーーーん……」
「これは……」

取り出した中身を中央に置き、彼らは額を突き合わせ唸り声を漏らす。
暗号にまで残したと言うことは、誰かに伝えたいと言う遺志がそこにあるはずだ──そう息巻いたまでは良かったのだが、いくら見返してもその文面から文章を読み取ることは出来ない。

「暗号か……」
「でもこれ、本当に字なのかな?」
「そう言われるとな……」

金属製の箱に入っていた覇者の聖典は、一見するとこの時代でも買えるような大学ノートだった。
今まで厳重に保管されていたお陰だろう、酷く古びているがまだノートとしての原型をしっかりと保ち、目立った破損もない。

けれど中に書かれたのは、鉛筆で書き殴られた謎の線の羅列のみ。信助の言った通り、到底文字とは思えないのである。

「でも、これには最強のサッカーチームの秘密が書いてあるはずなんだ……!」
「そうだ! 何と言ってもこれは読み解いた者にサッカーの真髄を伝えるマスターDの覇者の聖典! 気合いで読むんだ!!」
「気合いで読み解けたらこんな苦労してねーよ」

ピンク色になって荒ぶるワンダバに、呆れたように依織が溜め息を吐く。
世界を牛耳る最高機関でさえ解読が出来なかったと言われるものを精神力でどうにか出来たら、それはそれで問題だろう。

「そもそもマスターDっていつの時代の人なの?」
「そのノートって、今の時代のもの……」
「確かにそうぜよ! だったらマスターDを探して、本人に聞くのが早道ぜよ!?」
「だぁから、それが誰だか分かんなきゃ話にならねーだろ!」

頭を捻れど出てくるのは新たな問題ばかりだ。
文面を睨み合いを続けていると、ふいに部屋の扉がノックされる。

「解読出来た?」
「差し入れよ!」

入室してきたのは大家である秋と、何か力になれることがあるかもしれない、と戻ってきた天馬たちに同行した春奈だった。
紅茶の入ったティーポットとクッキーの並んだ皿を盆に乗せてやって来た2人は、天馬の持った覇者の聖典を目視して目を見開く。

「天馬くん、それは……」
「? どうしたんですか?」

「ちょっと見せてくれる?」やや慌てた様子の春奈に、天馬は戸惑いながらも覇者の聖典を彼女に手渡した。
秋と一緒にその中身を改め、数ページを確認するように捲った春奈は、やっぱり、と笑みを溢す。

「この字、円堂監督が昔持ってたノートの字と同じよ!」
「じゃあ──円堂監督の字!?」

春奈からの思わぬ助言に、天馬たちは目を丸く見開いた。
しかし秋は首を振ると、文章──と思しき羅列を指でなぞりながら言う。

「円堂くん、お祖父さんが書いたノートを大切に持っていたの。ノートの教えを元に、毎日練習に励んでいたわ……」

一度フェイやワンダバと接触した秋もまた、春奈と同じように円堂の葬式に参列した記憶こそ残っているが、天馬たちの言葉を受けそれが偽物の歴史であることを認識している。
それでもかつての友人を亡くした感覚が消えるわけではない。ノートを見つめる目は、優しくも悲しいものだった。

「円堂監督のお祖父さんが……」
「……では、これも?」
「そう……お祖父さんの大介さんが書いたものだと思うわ」
「それじゃあ、フェイたちの言うマスターDのD≠チて……」

天馬たちはハッと顔を見合わせる。
円堂大介のD=B──それがフェイたちの時代でサッカーの神と呼ばれるマスターDの正体だったのだ。

「大介さんのノートか……懐かしいわ」
「お祖父さんの字が読めるのは、円堂監督だけでしたね」

懐かしそうに顔を見合わせ微笑む2人を見て、だったら、と信助がフェイを振り返る。

「円堂監督に読んでもらえば……!」
「残念だけど、円堂監督には会えないよ」

険しい表情で答えるフェイに、「どうして?」と信助は目を瞬く。その疑問に答えたのは元の色に戻ったワンダバだ。

「子供の頃から亡くなるその時まで、全ての時点で彼は厳重に監視されてるのだ。悔しいが迂闊には近寄れない……!」
「……でも、手はあるよ」

一瞬考え込み、フェイが再度口を開く。
集まる視線に顔を上げ、彼はこう続けた。

「書いた本人に直接聞けば良い。マスターDがその大介さんだと知ってるのは現時点で僕らだけだ。大介さんなら、エルドラドにはまだ目を付けられていないはず……!」
「でも、お祖父さんはしばらく前に亡くなられたわ……」

眉を下げて言う春奈に、フェイは力強く微笑む。

「だから、生きてる時代なら──」
「そうか! 過去に行けば良いんだもんね」
「アーティファクトは?」
「それならここにある」

口角を上げ、剣城が視線を送るのは天馬の手に戻った覇者の聖典──もとい、大介のノートだ。
予想外の展開ではあったが、暗号を解く鍵は揃った。天馬たちは頷き合うと、急いでタイムマシンの停めてある庭へと出る。

「行くぞぅ! 油断はするな!? 油断はどこに潜んでいるか分からないぞ──わぎゃ!!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返すよ……」

入り口の段差に蹴躓いたワンダバを引っ張り起こした依織の視線が、ふいに正面の門扉に止まった。
天馬たちが何となしにそちらを目で追うと、丁度門扉を開き中に入ってくる人物がいる──鬼道だ。

「ゆ、有兄さん!?」
「鬼道さん、どうしてここに……」

特に何のリアクションもなくワンダバや停車したタイムマシンを一瞥し、鬼道は驚く依織たちに視線を向けて言う。

「……豪炎寺から話を聞いてな。雷門中のサッカー棟も閉鎖されているんだろう。であれば、お前たちがいるのはここしかないと思ってな」
「豪炎寺さんから……ってことは、有兄さんも……」

目を瞬き、確認するような声音で問った依織に鬼道はゆっくりと頷く。

豪炎寺の話を聞いた時は、流石の鬼道もまさかと困惑したのだ。
けれど思えばこの1ヶ月、サッカー界はまるで仕組まれたかのようにおかしなことばかり起きていた。それが豪炎寺の言うように、未来の機関の手によるものであるのなら──確かに全ての説明が着く。

変えられた歴史、未来からの使者、偽りの時間──フィクションのような話だが、あの豪炎寺が互いに大切な友人を亡くした傷心の状態で、こんな荒唐無稽な冗談で人をからかうとも思えない。
だから鬼道は彼の話を信じることにしたのだ。未来から来た脅威のことを、そして円堂が生きていることを。

「──円堂を蘇らせる為に、俺にも協力させてくれ」
「鬼道さん……!」

「よろしくお願いします!」新たな協力者の出現に、天馬たちは目を輝かせる。
はしゃぐ天馬たちを横目に、依織は少し戸惑いを滲ませた表情で鬼道を見上げた。

「あの……有兄さん。その話、姉さんには?」
「……まだ話していない。だが、いずれ勘付くだろう。何せ俺の妻だからな」

ふ、と鼻を鳴らした鬼道は、半眼になった依織を見下ろしこう続ける。

「あいつはもう気付いているぞ。帰国してから、お前の様子がずっとおかしいとな」
「……!」

居心地悪そうに目を逸らした依織に、「あまり心配を掛けるなよ」と鬼道はその肩を叩く。無理に諭したところで、彼女が余計に頑なになることは目に見えているからだ。

同行者に鬼道を追加して、タイムマシンが青空に浮かび上がる。
古びたノートをアーティファクトに、彼らは秋と春奈に見送られ大介のいる時代へとタイムジャンプした。




眩しい日差し、肌に纏わりつくような暑い空気。季節は夏の中頃だろうか。
タイムマシンは見知らぬ土地の上空へ飛び出し、少し開けた場所にゆっくりと着地した。

「ここに円堂監督のお祖父さんが……?」

辺りを窺いながら呟く天馬の視線の先には、病院と思しきクリーム色の小振りな建物が佇んでいる。

「……あ。天馬、あれ!」
「ん?」

突然嬉しそうな声を上げた葵に袖を引かれてそちらを見ると、病院前の開けた敷地で子供たちが何かを追いかけて走り回っているのが見えた。
白と黒の見慣れたもの。サッカーボールだ。

「サッカーだ……!」
「久しぶりに見るな、あんな光景……」

楽しげにはしゃぐ子供たちを眺め、剣城が感慨深そうに目を細める。
子供たちは歳もバラバラで、男女関係なくボールを追いかけ笑いあっている。やっぱり、サッカーって良いな──そう呟いた天馬に、仲間たちは小さく頷いた。

「それにしてもあっちいぜよ……!」
「どうやら日本じゃないみたいだけど……」
「ここは常夏の国、トンガットル共和国だ。円堂大介は、この病院にいる」

顔を扇ぐ錦や信助に、果たして必要性があるのか大きなサングラスを装着したワンダバが目の前の建物を指差す。

「入院してるの?」
「そう言うことになる」

そうなんだ、と返す葵の目はどこか寂しそうだ。
そう言えば彼女は、去年祖父を亡くしたばかりだった──それを思い出した天馬と依織は、そっと目配せを交わす。

「あ、っと……中へ入る前に、みんなに渡しておくものがあるんだ」
「何?」

そこでフェイが思い出したかのように、ポケットから手のひらに収まる小さな箱を取り出した。
中に入っていたのは、指先に乗る程度の小さなシールのようなものだ。用途の不明なアイテムに天馬たちは首を傾げる。

「これは……?」
「装着タイプの翻訳装置。これから先色んな時代や国に行くことになるから、着けておいて損はないよ」

フェイが説明しながら翻訳装置を配り終え、全員がそれを装着したことを確認したワンダバは、さあ行くぞ、と意気揚々と先頭を切っていく。

「……ってお前は行っちゃ駄目だろ!」
「何ぃ!?」

真っ先に我に返った依織が、抱え上げたワンダバをタイムマシンに押し込む。
動くクマのぬいぐるみが来院すれば、病院内がパニックになることは必至だろう。不満げなワンダバに見送られ、一行は改めて病院に足を踏み入れた。




院内へ入ると、中は当然病人や怪我人、見舞い客でごった返していた。
「どうでした?」受付で大介の所在を確認し、戻ってきた鬼道に神童が尋ねる。

「大介さんは2階の病室だ」
「よぉし、行くぜよ!」
「待って下さい!」

ノートの入った箱を抱え、早速階段へ向かおうとした錦を引き留めたのは葵だ。
どうした、と振り向く仲間たちに、葵は眉を下げて進言する。

「大勢で行ったら、お祖父さん迷惑するんじゃないでしょうか……」
「む……それもそうじゃな」

葵の言い分に錦は引き下がり、仲間たちも確かに、と納得した。そもそも初対面の自分たちが一斉に押し掛けては、大介を驚かしてしまうだろう。

「大介さんが知っているのは俺だけだ。ここはまず、俺が会いに行こう」
「っ俺も行きます!」

じっとしていられないのだろう、階段を上ろうとした鬼道に着いていこうとした天馬の肩を、諌めるように神童が叩いた。

「ここは鬼道さんに任せよう」
「……はい」

大人しく頷いた天馬から箱を受け取った鬼道は小さく頷くと、改めて大介のいる病室へと向かう。
残された天馬たちは何をすることも出来ず、すとんと待合室の長椅子に腰掛けた。




「──失礼します」

中庭に面する廊下を抜け、開け放たれた扉から中へ足を踏み入れる。
子供たちの声がよく届く大きな窓を背に、彼はトレードマークのオレンジ色の帽子とサングラスを掛けたままベッドに体を預けていた。

「……お前は?」
「お久しぶりです」

最後に会ったときよりも少し痩せ細ったように見えるが、間違いない。円堂大介その人だ。
大介は声を聞いて今目の前にいる青年が誰か思い出したらしく、少しだけ目を丸くする。

「おお……鬼道。懐かしいな」
「お加減はいかがですか?」
「色々とガタが来てな……歳は取りたくないもんだ」

はは、と笑う声は変わらずしゃがれている。言葉に反し見た目よりは元気そうに見える大介に、「お元気そうで何よりです」と鬼道は笑みを浮かべながら手近な椅子に腰を下ろした。

「しかし、ワシがここにいることは誰にも言っとらん筈だが──そうか、守に聞いたのか? 誰にも言うなと言っといたのに」

仕方のないやつだとでも言いたげな声に、鬼道は僅かに眉根を寄せる。
そして彼は、小脇に抱えた金属製の箱を彼の前に静かに差し出し、その蓋を開けて見せた。

「……これを見てください」
「! ──……何故お前がこれを?」

納められたノートを見て、大介の眉間に皺が寄る。
やはりあなたが書いたものだったのですね、と確認した鬼道に、大介は溜め息と共に頷いた。

「大分古びているが、間違いなくこれはワシが守に渡した遺言ノートだ。守がお前に渡したのか?」
「……円堂は……ある事情があって今はいません」

「ある事情……?」肝心な部分を濁す鬼道に、大介の視線に剣呑な色が混じる。
それ以上の追求がされる前に、鬼道は口を開いた。

「このノートには、最強のサッカーチームの秘密が書いてあると教えられました。お願いです、ノートの内容を教えてください」

立ち上がった鬼道の姿が、大介のサングラスに写り込む。
その表情は真剣そのもので、彼が如何に窮地に立たされているのかが窺い知れた。

「守に何があった? まさか……死んだのか?」
「……今は、そう言うことに。ですが救う方法があるのです。このノートの内容を知ることが出来れば……!」

大介からしてみれば、鬼道の話は要点が見えずあまりに不明瞭だ。何を言ってるのかさっぱり分からん、と溜め息を吐く彼に、鬼道はめげずに食い下がった。

「この内容を知る必要があるんです。円堂だけではない……このままではサッカーも失われてしまう。俺たちは負けるわけにはいかないんです……!」

大介の眉がひくりと動く。
やがて彼は俯くと、ゆっくりと重たい口を開いた。

「──ダメだ。その内容を教えることは出来ん。もし知ったとしても、お前たちにはどうにもならんよ」
「どうにもならない……?」

それにな、と大介は顔を上げる。
サングラスの奥に秘められた鋭い視線に、鬼道は背筋がヒヤリとするような感覚を覚えた。

「サッカーにおいて、強くなることは結果に過ぎん。競い合うことを楽しみ、熱くなって、体と心が強くなれる……それがサッカーだ。お前はそれくらい理解していると思っていたが……」

ノートを抱えた指先に力が籠る。
鬼道も分かっているのだ。大介の言葉を、1人のサッカー選手として、監督として、コーチとして理解している。
そして、今の自分たちがその気持ちだけでは前へは進めないことも。

けれど、これ以上話を続けても自分の言葉が大介の心に届くことはないだろう。箱の蓋を閉め、「失礼します」と腰を折った鬼道は、静かに大介から背を向けた。




「──有兄さん!」

待合室で待つこと約10分。
ハッと振り向いた依織に釣られて椅子から立ち上がると、丁度鬼道が階段を降りてきた所だった。

眉間に深い皺を刻み、鬼道は入り口を顎でしゃくりそちらへ歩いていく。
外で話そう、と言うことらしい。天馬たちは顔を見合わせ、鬼道を追い掛けた。

「……駄目だったんですか?」
「ああ……」

病院からやや離れた場所まで歩き、改めて尋ねた神童に鬼道は唸るように答える。
何か手厳しいことを言われたのだろう、鬼道は先程とは違い酷く苦々しい表情して、近くにいた葵にノートを渡しながら溜め息を吐いた。

「どうする……ノートを解読出来ないと、俺たちは手詰まりだぞ」
「有兄さんでさえ駄目だったのに、私らが行ったところでな……」

難しい顔になる剣城や依織に、それではワタシがと名乗りを上げるワンダバ、それを止める水鳥や天馬の声でその場はにわかに騒がしくなる。

だが、こうして話し合っていても埒が明かない。
葵はそっと仲間たちの輪から離れ、近くのハイビスカスを何輪か摘み病院へと駆け戻っていった。




──今日はやけに客が多い。
大介はそんなことを思いながら、廊下から近付いてくる足音に声を掛けた。

「……誰だ?」
「初めまして。空野葵と言います。円堂監督の元で、雷門中サッカー部のマネージャーをしています」

礼儀正しく挨拶をして現れたのは、見知らぬ1人の少女だ。
「円堂監督……?」大介は空いた花瓶に持ち込んだハイビスカスを差す葵に怪訝な目を向ける。

「お嬢ちゃん、嘘はいかんぞ。守は監督なんかじゃない」
「それは……」

大介の言葉に、葵は寂しそうに目を伏せた。
今この時間が、現代からどれほど過去に遡ったのかは分からない。だが今の大介にとって円堂守は、雷門中の監督になる前──日本代表のサッカー選手として、世界で活躍している人間なのだ。

「──信じてもらえないかもしれないけど、おじいちゃんの今よりも、ちょっとだけ未来から来たんです」
「バカバカしい……」

思いきって打ち明けた葵の言葉を、大介は一蹴する。さっきのさっきだ、彼女もまた鬼道と目的は同じなのだろうと。
だが、葵もすぐに信じてもらえるとは思っていない。彼女はめげずに話を続けた。

「未来での円堂監督は、最高の監督で……私たちを日本一にしてくれたんです」
「……日本一だと?」
「はい!」

葵は嬉しそうに頷き、輝かしい記憶に思いを馳せる。
かつてバラバラだった雷門イレブンが1つのチームになるまで、色々なことがあった。
天馬とメンバーとの衝突、依織を切っ掛けにしたレジスタンスの存在。様々な問題がありつつもチームが優勝に辿り着くことが出来たのは、円堂の手腕があってこそだろう。

「どんな時でも私たちを元気付けてくれる、最高の監督です!」
「そりゃあワシの孫だからな!」

自慢気に言って、大介はハタと我に返った。

「ああ、いかんいかん……騙そうとしてもそうはいかんぞ!」
「そんなんじゃありませんっ!」

眉をつり上げ詰め寄った葵に、大介は虚を突かれて思わずたじろいだ。葵は姿勢を正すと、真剣な目で大介を見つめる。

「……おじいちゃんは、本当に円堂監督のおじいちゃんなんですか?」
「? 無論だ」

何故そんなことを聞くのか、といった風な顔になる大介に、葵は静かに言葉を続けた。

「だったら分かる筈です。円堂監督は言ってました……監督にとって一番大切なことは、チームを守ることだって」
「! どうしてそれを……」

それはかつて、大介が孫へ送った言葉だ。他の誰かに言った記憶はなく、円堂守本人から聞かない限り、その言葉を知る術はない。

「だからゼロって言うものすごく強いチームと戦ったときも、私たちを助けてくれたんです。自分自身のプレーで、どうすべきか教えてくれました」

──思えばあの時起きた奇跡は、円堂たちが選手たちを強く思うことで初めて起きた事象だったのかもしれない。
今となってはそれを確かめる術はないが、葵はそう信じていた。

「雷門のみんなはその意志を継いで、チームを守ろうとしています。サッカーを守ろうとしているんです!」
「……」

円堂だけではない、このままではサッカーも失われてしまう──先程聞いた、鬼道の思い詰めた声が脳裏に蘇る。
彼も、そして今目の前にいる少女も本気なのだ。自分たちの周りで起きていることに、必死に抗おうとしている。

「分かってください! 私たち、円堂監督もサッカーも失いたくないんです!!」

葵の悲痛な叫びが静かな病室に響く。
大介はこちらを見つめる葵の目をじっと見つめ返すと──ややあって、快活な笑い声を上げた。

「ふ……あっはっは! ──葵と言ったな?」
「は、はい……」

突然笑い出した大介に、葵は困惑しながら応える。
一頻り笑った後で、大介は彼女の抱えていたノートに視線を送りながら言った。

「良いだろう、教えてやろう。ワシがこのノートに書いた、最強の11人について……!」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。……しかし、その11人が集まることは絶対にない。何しろ集めることが不可能なメンバーだからな」

「不可能……?」葵は不思議そうに首を傾げる。
大介は笑みを浮かべながらも、どこか諦めを交えた声で呟いた。

「所詮、ワシが思い描いた夢に過ぎん。最高のサッカーを求めてきたこのワシの最後の夢だ……!」
「おじいちゃん……」

葵は大介の横顔を見つめ、ノートをぎゅっと抱き締める。
一体このノートには、彼のどんな夢が託されているのだろうか。サングラスの奥で固く瞼を閉じた大介は、目を開くと同時に俯かせた顔を上げた。

「──行こう。みんなと話がしたい」
「! それじゃあ……」

目を輝かせる葵に頷き、大介はベッドから脚を降ろす。
いざ、と立ち上がろうとしたその時だった。

「円堂大介さ〜ん、検温の時間ですよ……あっ!」

クリップボードを片手に入室してきた看護師は、今まさにベッドから出ようとしている大介を見て目尻を吊り上げる。

「また抜け出そうとしてたでしょう! 全くもう、安静にしてなきゃダメでしょう?」
「ぬ……なはは、見つかっちまったなぁ。じゃ、じゃあな、みんなによろしく言っといてくれ」
「えっ……」

目を丸くする葵に、「ワシも後から行く」と大介は耳打ちする。どうやら大介が病室を抜け出すことは頻繁にあるらしい。看護師はじとりとした目を大介に向けた。

「何か言いました?」
「な、何でもない何でもない!」
「そ、それじゃあ私もこれで失礼しますっ!」

疑いの目を向ける看護師の横を通り抜け、病室を後にした葵は興奮に胸を踊らせる。
これでノートの中身を知ることが出来る。サッカーと円堂を救う為の一歩を踏み出すことが出来るのだ。天馬たちの元へ戻る足取りはとても軽く、葵は頬を綻ばせた。