20

真夏のサッカーグラウンドに静けさが戻る。
天馬たちは呆然とその場に立ち尽くし、地面に転がったオレンジ色に輝く小さな石を見つめた。

「これは……クロノストーン現象だ」
「クロノストーン現象……?」
「──そう。極めて珍しいことじゃ」

石を拾い上げた天馬にフェイが驚いたように呟くと、その場に似合わぬとぼけた嗄れ声が響く。
見ると、いつの間にかベンチの傍にアルノが佇んでいた。

「封印しようとする力と存在を消されまいとする円堂大介の力がぶつかり合ったのじゃ。その衝突エネルギーにより、円堂大介の存在が時空の矛盾点となってしまった」
「時空の矛盾点……?」

固唾を飲む天馬に、アルノはそうじゃ、と神妙に頷く。

「時空にとって辻褄の合わなくなった彼の存在は圧縮され、クロノストーン≠ニ言う石になったのじゃ!」
「人が石に……!?」

天馬は唖然と掌に乗せた石──大介のクロノストーンを見つめる。正直に言えばその原理は説明されたところで全く分からなかったが、このまま大介を放っておいて良いわけがない。

「早く元に戻さないと……! アルノ博士──は、博士!?」

目を離した一瞬の隙にまたも姿を消したアルノに、天馬たちはギョッと目を見開いた。

「また肝心なところでいなくなった……」
『──全くだなぁ』
「……ん?」

依織のぼやきに同調した老人の声に、天馬はふと掌を見下ろす。
アルノの声ではない。クロノストーンが淡い光を放って──声を発していた。

『無責任極まりない博士だな』
「……うわあッ!?」

予想外の事態に、天馬はうっかりクロノストーンを取り落とし後ずさる。
うわあ、と悲鳴を上げたクロノストーンは地面にぶつかる前にふわりと宙で停止すると、天馬の視線と同じ高さまで浮かび上がった。

『こりゃあ! 年寄りは丁重に扱えィ!』
「しゃ、喋れるんですか……!?」

何だか変な感じだがな、とクロノストーンは声を発する度にぴかぴかと淡く輝いている。
一度クロノストーンになってしまえば元に戻らない限り喋ることは出来ない筈なのに、とフェイはしげしげとクロノストーンを──大介を見つめた。

「これもマスターDの精神力の成せる技と言うことか……」
「でも、ずっとこのままってわけにはいかないよ」
「そうだね……まずは奴らを倒すんだ。全てを元に戻す鍵はそこにあるはず」

フェイの提案に、天馬は真剣な表情で頷く。
ゴーストミキシマックス──恐らくあの技がプロトコル・オメガの切り札だろう。今の天馬たちの化身アームドでは、あれを越えることは出来ない。
そして天馬は大介に向き直り、改めて尋ねた。

「教えて下さい。覇者の聖典に書かれた、最強の11人のことを……!」
『……教えても良いが、これはワシがサッカーに描いた究極の夢だ。何しろ、集めるのが絶対に不可能なメンバーなのだからな……それでも聞きたいか?』

声に諦めを交え、大介は尋ねる。
それに首を振る者はいない。この場にいる全員が、藁にも縋る思いでここに来ているのだ。

「はい。お願いします!」
『そうか……では、教えよう』

頷くように傾いた大介は、改まって口火を切る。
彼の挙げた11人とはこうだ。

1の力、人を見抜き大局を見抜く、静と動を併せ持つ《真実のゲームメイカー》。
2の力、仲間の勇気を奮い起たせ、鉄壁の守りに変える《カリスマDF》。
3の力、未来をも見通す状況推理能力で敵の急所を突く《正確無比のMF》。
4の力、大国を納める力、強靭な行動力と実行力を持つ《鉄壁のキーパー》。
5の力、海のように広い心で、攻守を繋ぐ架け橋となる《スーパートリッキーMF》。
6の力、稲妻のように素早く斬り込む速さ、電光石火の《スピードストライカー》。
7の力、時に嵐のように、時に凪のように敵を翻弄する《エースキラーFW》。
8の力、太古の力を宿し、その牙の力は海をも割る《ダイナミックMF》。
9の力、野獣の獰猛さと賢者の頭脳を持つ《ファンタジックリベロ》。
10の力、絶対的な勇気と揺るぎない実行力で大地をも味方にする《キングオブMF》。
11の力、灼熱の熱風と激震する雷鳴の力で全てを貫く《オールラウンドプレーヤー》。

『──以上が、ワシの考える史上最強イレブンの条件だ』

そこまで言って、大介はどこかスッキリしたかのように大きく息を吐き出した。
本人が『夢』と念押しするような内容だ、ノートを託した孫にも直接話したことはなかったことなのだろう。

「内容そのものが暗号のようだ……」
「どんな選手なのか、想像も付かないね」
「……それでもやるしかない。11人に当てはまる選手を見つけ出すんだ!」

首を傾げるワンダバやフェイに、語気を強めるのは神童だ。
天馬たちも考えることは神童と同じだったが、大介の話には大きな問題がある。

「でも、何を手懸かりに探せば良いのか……」
『そうさなぁ。1の力に当てはまる人物は、例えば……』

眉を下げる天馬に、大介は考え込むような素振りを見せる。そしてややあって、彼はそうだ、と続けた。

『──織田信長だ! 織田信長ならぴったりだ!』
「織田信長って……戦国時代の?」
「それサッカー選手じゃないだろ!?」

水鳥の真っ当な意見に、いや、と大介は首を──振ったつもりなのだろう、その場でくるりと反転する。

『信長の力をサッカーに注ぎ込めば、最強の司令塔になるはずだ!』
「そうか……信長は大胆かつ狡猾な戦略を用いた、最強の武将だ。大介さんの言うことも一理ある」
「そうは言っても神童先輩、戦国時代から信長を連れてきてサッカーさせるわけにはいきませんよ?」

顎を摘まみ考え込む神童に、顔をしかめた依織が言う。仮にそんなことをしてしまえば、歴史にどんな影響が出るか分かったものではない。

『だから言っただろう、絶対無理だと。これは実現不可能なワシの夢なのだからなぁ』
「そんな……」

大介の考える最強の11人に全ての希望を懸けていた天馬は、思わずその場に膝を突く。
こうしている間にも時間は固定されていく。円堂の命が遠ざかっていく。重々しい表情で仲間たちが俯く中、ふいにフェイが顔を上げた。

「──出来るよ。ミキシマックスガンがあれば出来る!」
「……!」

顔を上げた天馬たちに、フェイはワンダバの肩を叩きながら笑顔で言う。

「直接本人に会いに行くんだ。そしてその力を頂く!」
『何? 本当に出来るのか、そんなことが!』

大介の体が驚いたように数センチ更に浮かび上がり、フェイは力強く頷いた。
よもやそんなことが、と大介は高揚しているのかふわふわと宙を漂う。

「そうか……その人物の時代に行って能力を手に入れれば、私たち自身が最強のイレブンになれる!」
「行ける──行けるよ! それならきっと何とかなる!」

ハッと呟く依織に、元気を取り戻した天馬が勢い良く立ち上がる。久しぶりに天馬の口から出た『何とかなる』に、仲間たちは笑みを溢した。

「これは面白い! 時空を越えて、絶対に集められない11人を集めてやろうじゃないか!!」
『成る程……お前さんたちなら可能だ! 時空最強が実現するのか……わくわくしてきたわい!』

ピンク色になったワンダバが声高に叫び、大介も声に喜色を交える。
時空を越え、最強のイレブンになるための力を手に入れる──途方もないような話には思えるが、今はこの道を突き進むしかないのだ。




心持ちを新たに、天馬たちは一度現代へと戻る。
長旅への支度を整える為、そして戦国時代へタイムジャンプするのに必要なアーティファクトを手に入れる為だ。

「──えっ。有兄さんは来ないんですか?」
「ああ。時空最強イレブンはお前たちに任せた。俺は他に円堂を救う方法がないか探ってみる」

鉄塔広場に降り立ち開口一番、「俺は現代に残る」と告げた鬼道は依織の肩を叩きながら言う。
実際問題、豪炎寺だけでは現代で出来ることは少ないだろう。鬼道の判断に、天馬たちは反論もせず頷いた。

「絶対に取り戻そう。円堂監督を……そして大介さんを!」
「うん。まずは、信長に繋がるアーティファクトを見つけないと……」
「それじゃあ、手分けして何か手がかりがないか探しに行こう」

行くぞ、と音頭を取った神童を皮切りに、一同は町へと繰り出していく。
依織は一瞬迷って、ちらりとフェイを振り向いた。フェイは天馬たちの姿が遠ざかったのを確認し、声を落とし依織に話しかける。

「君もみんなも一緒に行ってきた方が良いよ、依織」
「ん……でも……」

自分たちと一緒にいられないときはなるべくシェルターにいるように──そう言ったのはフェイだ。やや下がった依織の眉からその不安を感じ取ったのだろう、ワンダバが依織の腕を叩いて言った。

「安心しろ。そのブレスレットにはお前の居所がすぐ分かるよう発信装置が着いているし、いざとなれば緊急転送装置もある。それに我々とべったりだと、何かあったのではないかと勘ぐられるぞ?」

ほらあのように、とワンダバがふいに後方を指差す。
振り向くと、依織が着いてきていないことに気が付いたらしい剣城が階段の途中で立ち止まっていた。

「鷹栖、お前は行かないのか?」
「──いや、今行くよ。じゃあ……フェイ、ワンダバ、また後で」
「うん、気を付けて」

2人に手を振り、依織は足早に剣城に追い付く。
何食わぬ顔で隣に並んだ依織を、剣城は横目で見下ろした。

「……何かあったのか?」
「んー、特に何も? あいつらはどうやって調べるのかなって、気になっただけ」

依織の答えに、剣城は「ふぅん」と目をすがめ正面を見る。
──少し疑ってるな。その声色と横顔を窺い伝わってくる感情に、依織は唇をそっと噛む。
剣城が心配をしてくれていることは分かっている。それでも、今抱えている秘密を知られるわけにはいかないのだ。




織田信長。
西暦1534年、今の愛知県である尾張の国に生まれる。
幼い頃は常識外れで、うつけ者と呼ばれていた。当時まだ珍しかった鉄砲を用いた戦術を編み出し、また様々な文化に興味を持ち、茶道にも大きな関心を示した。そして室町幕府を滅ぼし、戦国時代の終決に大きな影響を与えた。

──それがネットの海から拾える、織田信長と云う人物に関しての最低限の情報である。

「どうじゃ?」
「ダメだな……どの記事も似たようなことばかりで、アーティファクトに繋がるようなものは見つからない」

一度それぞれ自宅へ戻り身支度を整えた一行は、4班に別れ調査を開始した。
剣城や錦と共に神童邸を訪れた依織は、神童の開いたノートパソコンを横から覗き込み顔をしかめる。

「今までは身近な人のいる時代に行く為のアーティファクトだったから何とかなってましたけど……そもそも、織田信長に繋がる何かしらのものを一般人が手に入れられるんですかね?」
「大丈夫じゃ! そこは神童が何とかしてくれるきに」
「錦……無責任なことを言うんじゃない」

諌めるような声で言って、さてどうするか、と神童は頬杖を突いた。
依織の言う通り、織田信長に繋がるアーティファクトを見つけたとして、重要なのはそれを手に入れる手段なのだ。

「戦国時代のものって言えば……着物、茶器……あとは刀か?」
「うん……でも、そんなもの博物館にでも行かなきゃ──」

考え込む剣城に依織が言った丁度その時だ。
ふいに軽快な着信音が響いて、肩を揺らした依織は慌ててポケットから携帯を取り出す。

「あ、天馬からだ。──もしもし? ああ、うん……は?」
「どうした?」

目を剥いて数度相槌を打った依織に神童が首を傾げて尋ねると、依織は唖然とした表情で言った。

「天馬たちが、信長の刀を手に入れたって……」
「……は?」




天馬が全員に召集を掛けて約30分。
葵と信助を伴って、満面の笑みを浮かべた天馬は日常生活ではまずお目にかかれない刀剣をその手に抱えていた。

「よく手に入れたなぁそんなもの!」
「博物館の館長さんから借りたんですよ」
「良い人で良かったよね!」
「うん!」

博物館でどんなやり取りがあったのか、3人は随分と上機嫌だ。
これなら問題ないだろう、と刀を丁寧な手付きで受け取って、ワンダバはそれを装置に設置する。
全員がタイムマシンに乗り込んだのを確認し、ワンダバはいざエンジンを掛けた。

「アーティファクトセット完了、ワームホール周期確認! タイムジャンプ5秒前! 4、3、2、1──」

タイムジャンプ、の号令と共に、タイムマシンはワームホールの中へ飛び込んでいく。
今までよりも長いワームホールの虹の奔流を走り抜けて、天馬たち一行は戦国時代の愛知──尾張の国へと向かうのだった。