タイムマシンはワームホールを抜け、山中の少し木々の開けた場所に降り立った。
時は西暦1554年──天文23年、尾張の国である。
「何か……空気が美味しい!」
川のせせらぎ、鳥の囀りに耳を澄ませ、目一杯深呼吸をした天馬はキョロキョロと辺りを見回した。
眼下に小さく見えるのは城下町だろう、切り開かれた土地に城と町が広がっている。
「ねえねえ、町の方に行ってみようよ!」
「下手にうろつくとまずいんじゃないのか?」
声を弾ませる信助に、眉間に皺を寄せるのは剣城だ。
確かに、と呟いて依織は自分のジャージの裾を摘まむ。いくら何でもこの格好で町へ降りれば目立って仕方がない。
「ならばワタシに考えがある!」
みんな動くなよ、と全員を制してワンダバはそこから距離を取ると、どこからか謎のスイッチを取り出した。
「ワンダバスイッチ、オン!!」
「わっ──」
掛け声と共に天馬たちの体が光に包まれると、その姿は先程までのジャージや制服ではなく、それぞれ時代劇風の服装へと様変わりする。
「わぁ、ステキ!」
「何かそれっぽくなってきた!」
日常生活ではあまり着慣れぬ着物に変身した天馬や葵、信助は大はしゃぎだ。
対して、時代考証が間違っているようにしか思えない形の服装に、神童や剣城などは怪訝そうに眉をひそめている。
「江戸時代と微妙に混同してないか……?」
「うーん……」
布の質などは目を瞑るとして、その時代にない形の着物は現地の人間から見て果たしてどう映るのだろうか。
大丈夫ですかワンダバさん、と確認を取ろうと葵がワンダバを振り向くと、彼もまたいつの間にか時代劇風の格好に変身している。
「大丈夫だ、気にするな!」
三度笠と道中合羽。見てくれは北風小僧のようだが、如何せん2頭身である為どうしても違和感は拭えない。
あの様子では大人しくタイムマシンで待っているつもりはないのだろう。溜め息を吐いたフェイは、とりあえず、と仲間たちを振り向く。
「これでさっきの格好よりは大分目立たなくなった筈だよ。ひとまず町に降りてみよう」
「う、うん……」
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山を降り、旅人に紛れるようにして町へ入る。
関所を廃しているだけあって町への人の出入りは激しく、よく見ればどこか風変わりな格好の天馬たち一向にわざわざ目を止める人間はいない。
目に着くものは全て見慣れぬものばかりで、ここが本当にテレビや本などで表面しか知ることのなかった過去の世界なのだと実感した。
「本当に来たんだな、信長の時代に……」
「何か、信じられないですよね!」
「……で? どうすれば信長に会えるんだ」
剣城のふいの質問に、天馬は一気に現実に引き戻される。
よくよく思い返してみると、一同は信長からミキシマックスのオーラを貰うことばかり考えてその方法を想定していなかった。さあ、と首を捻る天馬に、フェイが笑って言う。
「じゃあ、ここからはそれぞれで情報を集めてみよう」
「賛成!」
「よーし!! みんな手分けして聞き込みだぁ!!」
声を張り上げたワンダバに、何だ何だと町人たちの視線が集中する。天馬たちはひきつった笑みを顔に張り付け、そそくさと方々に散らばった。
「どこから回る?」
「武将だろ? やっぱり、刀の店とか……」
「それ、お前が見てみたいだけじゃねーの?」
町中を巡り、依織と剣城は店らしき建物を覗いていく。食事処、炭屋、織物屋──何件か確認したところで、ようやく暖簾に『刀』と書かれた店を見つけた。
「すいませーん……」
「いらっしゃい」
奥で帳簿か何かを確認していた初老の男が、暖簾を潜ってきた2人に反応して顔を上げる。恐らく店主だろう。
何か入り用かい、と尋ねる店主に、剣城は首を振って言った。
「突然申し訳ないんですが、お聞きしたいことがあって……この店に、城勤めの侍が来ることはありますか?」
「城勤めの? ああはいはい、いらっしゃるよ」
帳簿を捲りつつ、男はうんうんと頷いた。壁際の大きな槍を顎で指しつつ彼は言う。
「そこの槍なんかは、信長様の家臣であられる方から手入れを頼まれてお預かりしているものさ。他にも何人かここを利用して下さるお侍様はいらっしゃるが……」
「じゃあ、信長様本人がここに来ることも?」
剣城の後ろから顔を出した依織が尋ねると、店主は飛んでもない、と驚いたように手を振った。
「確かに信長様はよく城下に降りてこられるが、わざわざ店に立ち寄ることなんて滅多にないよ」
「そう、ですか……」
どうやら宛が外れてしまったようだ。
2人が「お邪魔しました」と店を出ようとすると、店主は慌てて彼らを引き留める。
「何だ、見ていかないのかい? つい先日なんか良い刀が入ったんだ。ほら旦那さん、一目だけでも!」
「いえ、すいませんが…………旦那さん?」
店主の言葉にキョトンとした剣城は、同じく目を瞬いている依織と顔を見合わせた。
旦那さん、ともう一度店主の言葉を反芻して。
「ま、間に合ってます!!」
ぼっ、と揃って顔を赤くして転がるように店を後にした。
「──だっ……誰が誰の、何だって?」
勢い余って町の外れまで走り抜け、真っ赤に熟れた林檎のような顔になった依織は息を整える合間に上擦った声を上げる。
ああ、相槌を打ちながらと弛んだ襟巻きを直し、負けず劣らず赤い顔になった剣城は草履に突っ込んだ自分の爪先を睨んだまま言った。
「あれだ……この時代は大人でも背の低い奴が多いから、俺たちが大人だと勘違いしたんだろ……店の中も少し薄暗かったから余計子供に見られなかったんだ、多分」
答える剣城はどこか早口だ。だからって夫婦と思われるなんて、と呻いた依織はいたたまれない気持ちになって顔を片手で覆う。
剣城から緊張と羞恥の感情が伝わってくるのが余計に恥ずかしさを増長させるのだ。溜め息を吐いた依織に、剣城はムッと眉間に皺を寄せた。
「……そこまで嫌がることないだろ」
「別に嫌なんて言ってな──」
反射的に声を上げてしまってから、依織はハタと口を閉じる。
そして口を半開きにしてこちらを凝視している剣城を見上げて、「あっ」と依織は間の抜けた声を漏らした。
「ちっ、違……! い、今のは言葉通りの意味って言うか!特に深い意味とかはないからな!?」
「あ、ああ……」
赤い顔で詰め寄る依織に、剣城は狼狽えながら頷く。
何とも言えない微妙な空気が流れて2人して黙り込んでいると、後ろから「おーい」と神童の声が聞こえてきた。
「あ、し、神童先輩……」
「お前たち、こんな所にいたのか。何か分かったことは──」
小走りでやって来た神童は、2人の顔を見比べて不思議そうに首を傾げる。
「2人とも、何だか顔が赤くないか?」
「……気のせいですよ」
「せ、先輩の方は何か収穫あったんすか?」
さっと顔を逸らした剣城に対し、口早に尋ねてきた依織に神童はいや、と残念そうに首を振って懐から現代から持ってきたチラシを取り出して広げて見せた。天馬が博物館から貰ってきた物だ。
「信長はよく城下へ視察に来ていたらしいんだが……やはり、そう簡単に会えるわけではないな」
「ですよね……」
遠くに見える城を振り返り、依織は溜め息混じりに頷く。
「どうします? このまま根気強く歩き回るのも手と言えば手ですが……」
「そうだな……」
剣城の問いに、神童が顎を摘まんだその時だ。
町の反対側、川の方から怒声にも似た騒がしい声が聞こえてくる。
「何だ……?」窺うようにそちらを見やった神童は一瞬考え込むと、行こう、と剣城と依織を連れ立ち走り出した。
「──天馬!」
声のした川原へ降りると、そこにいたのは天馬と葵と信助、それから見知らぬ少年たちと1人の青年だった。妙に緊迫した雰囲気に、何かあったのか、と神童は顔をしかめて尋ねる。
「それが、人拐いにあって……」
「人拐いぃ?」
物騒な単語に依織が語尾を不機嫌そうに上げると、天馬は頷きながら手前にいた青年に視線を送った。
「危ないところを、この人に助けてもらったんだ。えっと……」
「ん? ああ、わしは木下藤吉郎じゃ」
「木下藤吉郎……?」人好きしそうな笑顔で名乗った青年に、天馬たちは目を瞬く。
どこかで聞いた覚えのある名前だ。しばし考え込んで、天馬と葵が同時に大きな声を上げた。
「木下藤吉郎ってもしかして──」
「豊臣秀吉ッ!?」
目を皿のように見開いて自分を凝視した天馬たちに、藤吉郎──後に豊富秀吉と名を改める青年は、「どうしたんじゃ?」と驚いて肩を竦める。
聞くに天馬たちは、サッカーによく似た遊びをしていた少年──太助たちと意気投合していたところ、彼の友人の1人が突然白鹿組と言うならず者の連中に拐われようとしているのを目撃したらしい。
相手は大人、そして刃物を持っていたこともあり正に絶体絶命というところで助け船を出してくれたのが藤吉郎だったそうだ。
天馬たちからすれば藤吉郎は信長に繋がる大きな手懸りだ。子供たちを一旦町へ返し、彼らは未来からやって来たという点は伏せて藤吉郎にこの町を訪れたあらましを説明した。
「──うーん……よう分からんけど、何とのお分かったわ」
「すいません、ややこしくて……」
頭を掻いて首を捻る藤吉郎に、神童は申し訳なさそうに眉を下げる。
「お前たちが取り返そうという、そのさっかーと言うもんはそんなに楽しいもんなのか?」
「はい、楽しいです!」
間髪入れず嬉しそうに答えた天馬に、そっか、と藤吉郎は微笑んだ。
「好きなもんの傍にいることは大事なこっちゃ。頑張らんとな。わしも今、好きなもんのお側に行くために頑張っとるんじゃ」
「藤吉郎さんの好きなものって何なんですか?」
神童が尋ねると、藤吉郎はふと遠くに見える城を眺め、目を輝かせながらこう答える。
「わしの好きなもんは──織田信長様じゃ」
「……!」
藤吉郎の口から出た言葉に、天馬たちに緊張が走る。彼らの表情が少し強張ったことには気付かずに、藤吉郎は嬉しそうに続けた。
「信長様からは、この世のものとは思えん力強さを感じるんじゃ。何というか……あの方なら、世の常識全てを変えてくれるような気がする!」
「……藤吉郎さんにとって、信長様は憧れの人なんですね」
夕日を見つめ熱く語る藤吉郎に天馬は溢すと、そんなところじゃの、と彼は少し気恥ずかしそうに頷く。
「わしはいつか、あの方のお側に行く。信長様には天賦の才が宿っとる! きっと天下を獲られるお方じゃ!」
「藤吉郎さん……」
「あのお方に着いとったら、わしも偉うなれるかもしれんしのう!」
未来を知っている天馬たちからすれば、信長が天下を獲ると信じてやまない藤吉郎の話を聞くのは少し複雑なものがある。けれどからからと笑う藤吉郎の姿は真っ直ぐに未来を信じる若者そのもので、その気持ちだけでも応援したくなるのだった。
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藤吉郎と別れる頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
タイムマシンに戻り合流した一同は、ワンダバの探してきた森の中の廃寺へ拠点を移す。
「結構良い根城が見つかったもんだな!」
「でも、ちょっと怖いかも」
「そ、そう言われると……」
小さな格子窓から外の暗闇を伺った茜がぽつりと溢す。現代の明るい夜とは違い、この世界の夜は正しく闇だ。森の木々に隠れ町の灯りは届かず、ぼんやりとした月明かりに怪しく草木が影を揺らしている。
ぶるりと身を震わせた信助に、神童やフェイが安心させるように小さく笑って言った。
「変に人目に着くところよりは良いさ」
「ここなら歴史への影響も少なくて済みそうだしね」
部屋の奥から引っ張り出してきた火鉢を囲み、一同は車座になって草臥れた座布団に座る。
聞くに、別行動をしていた水鳥や茜、錦もこれと言った収穫はなかったそうだ。
「しかし、信長への道は険しそうだな」
「簡単じゃないかも……」
腕を組み、難しい顔をする水鳥に茜が唇を尖らせる。
ほぼ丸1日を費やして何の成果も得られなかったのだ。そう思ってしまうのも無理はない。
「まぁ、初日はこんなもんだ」
「今日がダメでも、また明日がある」
肩を竦めるワンダバや神童のフォローに、そうだな、と水鳥は足を崩す。そこで天馬は、そうだ、と思い出してフェイに話を振った。
「夕方、木下藤吉郎って人に会ったんだ。フェイは知ってるかな?」
「後に豊臣秀吉になる人物だね?」
「何じゃとッ!?」
それを聞いた錦が、突然弾かれたように立ち上がる。
「豊臣秀吉と言えば、信長にも出来んかった天下統一を成し得た男ぜよ! この際、信長じゃなくて秀吉でも──」
『ダメだ!』
瞬間、葵の袂がぴかりと光り、中から飛び出してきた大介が錦の額に突進した。
「いでッ! 何をするんじゃ!?」
『お前ら分かっとらんのう! チームは個人能力ではなく、選手同士の能力が共鳴し高めあってこそ、最高のパフォーマンスが出せるものなのだ!』
火鉢の上をくるくると浮遊しながら、大介は声に不満の色を織り交ぜて熱心に語る。
『極上の料理で食材の組み合わせが重要なように、時空最強のチームが出来上がるにはわしの指定通りの組み合わせでなければ絶対にッ、ダメだ!!』
「わ、分かったぜよ!」
耳元で怒鳴り散らす大介に思わず耳を塞ぎ、錦は顔をしかめて頷いた。
落ち着きを取り戻した大介はくるりと宙を旋回し、神童の目前に浮遊する。
『──そして信長のオーラを受けとるのは、神童拓人! お前だ!』
「俺、ですか……!?」
自分が指名されるとは思っていなかったのだろう、神童は虚を突かれたように目を見開いた。
『この姿になってからワシには人の持つ力が手に取るように分かる。ゲームメイカーとして、特別な才能を持つ神童だからこそ、信長の力を受け取り、それを最大限に活かせるのだ!』
「俺が、信長のオーラを……」
人を見抜き、大局を見抜く静と動を併せ持つ真実のゲームメイカー。
大介はそんな選手に自分が相応しいと言うのか。少し俯く神童を見て、「良いんじゃないですか?」と軽い調子で言うのは依織である。
「どのみち私たちみんな、1の力を手に入れるのは神童先輩しかいないと思ってましたよ」
「そうそう。同じMFでも、錦にゃ大役過ぎるしな」
「何じゃとう!?」
肩を竦めて笑う水鳥に錦が口をへの字に曲げる。天馬や剣城、信助も、神童を見つめて小さく頷いていた。
「──分かりました。俺、やってみます!」
『うむ、その意気だ!』
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廃寺で一夜を明かし、次の日。
一同は昨日と同じく、町へ続く道を歩いていた。
「今日は何か掴めると良いね!」
「うん!信長探索大作戦だ!」
天馬や信助は元気なもので、足取りも軽く拳を振り上げる。
対し、ぎゅるる、と腹の虫を鳴らしてて溜め息を吐くのは錦だ。
「腹が減っては戦が出来ん! まずは朝飯でも食うぜよ」
「そうだね。この時代のお金はいくらか換金しておいたから、町に行って何か──」
苦笑いしたフェイが錦を宥めていると、道の向こうから人影が2つほど近付いてくる。
「──拓人様ー!」
「! お勝さん?」
「あ、太助も……」
やって来たのは、昨日天馬が出会った少年の太助だった。
一緒にいた少女を『お勝』と呼んだ神童は、どちら様? と尋ねたフェイにこう答える。
「昨日町で知り合った、豆腐屋の娘さんだ。お勝さん、どうしたんですか?」
「えっと、あの……こ、これ!」
頬をうっすら赤らめて、お勝は手にした風呂敷に包んだ箱を神童に差し出す。
首を傾げた神童が箱の蓋を開けると、中身は店から持ってきたのだろう豆腐やおにぎり、煮物が詰まっていた。
「これは……」
「姉ちゃんの弁当! 美味しいぞ」
どうやら2人は姉弟だったようだ。自慢気に胸を聳やかす太助に、お勝は恥ずかしそうに俯きながら言う。
「昨日のお詫びに一生懸命作ってきました。拓人様に食べて頂きたくて……」
「そうか……ありがとう、お勝さん」
笑みを浮かべ礼を言う神童に、お勝は殊更顔を赤くして照れ臭そうにはにかんだ。
弁当を受け取った神童を、にやにやと笑みを浮かべた錦が肘でつつく。
「この時代でもモテモテぜよ」
「錦……」
一応の配慮か、錦の小声での茶化しに神童は溜め息を吐く。そのやり取りには気付かなかったのか、お勝は顔を上げて笑みを明るい見せた。
「拓人様、お人探し頑張って下さいね」
「ああ」
──道の先から馬の嘶きが聞こえてきたのは、お勝と太助も一緒に町へ向かおうとしたその時だ。
城の方角から、赤と黄色の旗が風に揺らめきながらいくつも近付いてくる。
「あれは……!」
旗に大きく印された『信』の文字。少しずつ見えてきたその人影に、天馬は目を見開いた。
後方に兵を、左右に側近を2人引き連れて、一際大きな馬に跨がる男。不思議なことに、彼らは感覚でその正体に気付く。──あれが織田信長だ。
途端、周囲の畑で仕事をしていた農民たちが転がるように道の際まで走りより、頭を地に付け頭上に貢ぎ物を捧げる。
戸惑う神童たちに、お勝が慌てたように声を掛けた。
「拓人様!」
「……!」
見れば、お勝と太助も同じように地面に平伏して焦った表情でこちらを見ている。
神童たちは急いでそれに倣い、地面に指を突いた。
──馬が立ち止まる気配がする。
気付かれぬように目線を上げると、兵が農民の1人からおはぎの乗った皿を受け取り信長に差し出していた。
信長は大きく口を開けそのおはぎを一口で平らげると、ふむ、と満足げに鼻を鳴らす。
「──美味い。そこの貴様、面を上げよ」
「あっ、はい!」
顔を上げたのは20代半ばの若い女の農民だ。
信長は肩越しに彼女を見やる。
「この餅米は貴様が作ったものか?」
「は、はい……」
答える声は震えている。信長は口角を上げ、彼女にこう告げた。
「これは良いものである。今後とも精進せよ」
「あっ……ありがとうございます!」
農民は歓喜に頬を赤らめ、再び深々と頭を下げる。
その様子をこっそり盗み見ていた天馬たちはひそひそと言葉を交わした。
「あれが織田信長……」
「甘いものが好きなのかな? 何かイメージ違うね……ふふふ」
「──何だ貴様たちは」
信助の小さな笑い声が聞こえてしまったのだろうか。定かではないが、信長が険しい視線を天馬たち一行に投げ掛ける。
「貴様たち、この国の者ではないようだな」
「そっ、それは……その……あの……!」
そのままの姿勢で狼狽える天馬に、信長は更に疑わしいものを見るような目で彼らを見下ろした。
「まさか……今川の手の者ではあるまいな?」
「そんなことはありません!」
咄嗟に口を出したのは神童だった。馬の前で三つ指を突いた神童は、信長に対し強い語気で述べる。
「私たちはただの旅人です。決して怪しい者ではございません!」
「…………」
信長は射抜くような鋭い眼光で神童を見据えた。
神童は一瞬怯みそうになったが、ここで信長から怪しまれて敵と思われてしまうようなことがあれば一巻の終わりだ。瞬きする間も惜しく、その目を見つめ返して数秒。
信長は、ふと眼光を緩め鼻を鳴らした。
「……ふん。我ながら愚問であった。自ら敵だと名乗る者はおらんな。まぁ良い、今日のところは信じよう。その目は曇ってはおらぬようだしな」
「……! ありがとうございま──」
ふいに、甲高い嘶きが神童の声を遮った。
驚いて振り向くと、1頭の馬が畑の向こうから土を散らしこちらに突っ込んできている。
目を見開いた神童は反射的に立ち上がり、お勝と太助を庇うように両手を広げた。
「あっ!?」
次の瞬間、馬からひらりと飛び降りた信長が神童に背中を向けて立ち塞がる。
神童が驚く間もなく、武器を構えて信長を守ろうと前に出た側近2人をどけ、と押し退けて、信長は一直線に走ってくる暴れ馬に向けて掌底を突き出した。
「──ハァッ!!」
地を揺らすような気勢の声。馬は繰り出された掌底に当たったわけでもなく、その気迫に押され立ち上がる。
泡を食ったように森の方へと駆け戻っていった馬を、信長は肩を揺らし笑い飛ばした。
「あっはっはっは! 暴れ馬如き、この織田信長の前では造作もないわ」
行くぞ、と側近たちを促して、信長は自分の馬へと戻っていく。
一連の出来事を唖然と見つめていたワンダバは、鐙に足を掛けようとする信長にハッと我に返った。
「おっ……そうだ、忘れるところだった!」
「え?」
天馬たちがきょとんとそちらを見ると同時に、ワンダバは道中合羽の中から取り出したミキシマックスガンを構え、神童とこちらに背を向けている信長へ標準を合わせる。
放たれた1つの光線は神童へ、もう1つは信長へ──しかしその光は、信長に当たる直前に弾かれてしまった。
「なぬぅっ!?」
「……ん?」
流石にこの声には気が付いたのか、信長が怪訝そうに振り返る。
そこには2丁の鉄砲のようなものを構えた顔色の悪い小柄な旅人──に見える者が1人。青ざめたワンダバはミキシマックスガンを思わず取り落とすと、ははぁ、と勢い良く平伏した。
「……それは何だ? 鉄砲のように見えるが」
「は! 花火鉄砲と言いまして! 是非信長様に見て頂こうかと!!」
「花火鉄砲……? 祭り用か」
「は、はい! そんなところで!!」
ワンダバは見ているこちらが可哀想になるほど滝のような汗を掻いている。
新しい物好きとしてその説明に納得したのだろう、ほう、と信長は感心したように漏らした。
「そうであったか。次の祭りの折り、とくと見せてもらおう」
「へい、喜んで!!」
地面に鼻先をめり込ませるワンダバに、信長は改めて馬に跨がり「では精進せよ」と部下を引き連れ去っていく。
道に立ち竦みそれを見送った天馬たちは、長らく詰めていた息をようやく吐き出した。
「──どうしてミキシマックスが失敗したんだろう……?」
お勝たちと一旦別れ、天馬たちは昨日藤吉郎と出会った川原で話し合う。
首を捻るフェイに、ワンダバはミキシマックスガンをしげしげと観察しながら顔をしかめた。
「分からん……こんなことは初めてだ」
「──ホッホ! それは器の問題じゃ!」
タイミングを見計らったように、突然ワンダバの後ろからアルノがにゅうっと姿を現す。
驚く天馬たちを後目に、アルノはそのまま何事もなかったように話した。
「神童と言う器に、信長のオーラは入らなかった……それほどに強く大きなオーラじゃと言うことじゃな」
「どういうことですか?」
眉根を寄せる神童に、つまりじゃな、とアルノは続ける。
「2人のオーラを同調しきれてないのじゃよ。ミキシマックスするには両者の相性が合うことが前提じゃ。更に受け側には、そのオーラを抱え込めるだけの能力が必要になるのじゃ」
「でも、ワンダバが採取してきた恐竜のオーラとは融合出来たよ?」
そう疑問を投げ掛けるのは、ティラノサウルスとミキシマックス出来るフェイだ。
「恐竜のオーラよりも、信長のオーラは強く大きい。ミキシマックスのメモリー内にも入りきらない。それを受けとる力がある者が、その場で直接受け取らねばならないのじゃ」
「どうすれば……」
困った顔になる神童に、アルノは珍しく真剣な声音で続ける。
「その力を抱え込めるだけの能力を身に付ける。つまり……特訓しかないじゃろうな」
「特訓……」
結局はそこに行き着くのか、と顔を見合せた一同に、しかし、とアルノは語気を強めた。
「ただの特訓ではダメじゃ。信長と言う人物を理解し、その一部を自分に取り込むイメージを持てるように特訓せねばならん。何せミキシマックスは、2つの命の融合なのじゃからな」
「命の、融合……」
呟き、神童は目を閉じる。
2つの命の融合と言われても、すぐに実感が沸くわけではない。だが、もしかしたらまだ覚悟が足りなかったのかもしれない。時を越えて、時空最強の1人になる覚悟が。
ややあって、神童はゆっくりと目を開けた。
「……分かりました。俺、特訓して信長とのミキシマックスを成功させます!」
「よくぞ言った!! よし、あとはどうすれば信長と会えるかだが……」
胸を叩いたワンダバが唸ったその時だ。
町の方角から誰かが慌てた様子で走ってくるのが見える。
「拓人様〜!!」
「お勝さん?」
やって来たのは先に町に戻った筈のお勝だった。
どうしたんですか、と驚く神童に、彼女は息を整えながら言った。
「拓人様たちが探しているお方は信長様なんですよね? もしかしたら、もう一度会えるかもしれないと思って……!」
「会えるって……?」
この時代の人間とはいえ、一介の町人である彼女がどうやって信長に会うと言うのだろう。お勝は照れを交えながら続ける。
「さっき町番頭さんからのお達しで、私……信長様の開かれる花見の宴の料理を運ぶ役に選ばれたんです」
「花見の宴……?」
「……! それだぁ!!」
何かを閃いたワンダバが大きな声を上げる。突然どうしたの、と目を見開く天馬たちに、ワンダバはにやりと意味深に笑って見せた。