「信長と会うには! その花見の宴に潜入するしかない!!」
けたたましく吠えたワンダバは、丁度手頃なサイズの平たい岩に大きな紙を広げる。お勝の持ってきた宴会場──花見通り広場の見取り図だ。
拾ってきた木の枝を指し棒代わりに、ワンダバは考案した作戦を発表する。
「ここに入り込むことが出来れば、再びミキシマックスのチャンスが来る。見ろ! この場所に信長が座る。でもって、他の侍たちが座るのが……」
「──勝〜〜ッ!!」
突如響いてきた悲鳴染みた声に、一同は驚いて肩を揺らした。
そちらを振り返ると、町の方角から白い手拭いを被った女性が随分と慌てた様子で走ってくる。
目を丸くしたお勝が、「おっかあ!」と彼女に駆け寄った。
「どうしたおっかあ、青い顔して……!」
「太助がいなくなっちまった……! 白い服の男たちに連れて行かれるところを見たって人がいて……!」
それを聞き、天馬たちも目を見張る。
白い服の男たち──昨日の白鹿組の人攫いに間違いない。
「すぐに助けに行かなきゃ!」
「だが奴らの居場所は……」
眉根を寄せる剣城に、それは、と天馬は言い淀む。元より昨日訪れたばかりの町だ、ならず者の集団がどこに拠点を構えているかなど分かるはずもない。
頭を悩ませること数秒、神童がハッと顔を上げた。
「──藤吉郎さんだ。あの人なら何か知っているかもしれない!」
「そうか、藤吉郎さんなら……!」
そうと決まればこうしてはいられない。天馬たちは大急ぎで藤吉郎を探しに町へ繰り出す。
幸いなことに、藤吉郎はすぐに見つかった。鬼気迫る表情で現れた天馬たちに藤吉郎は随分と驚いたようだったが、事情を聞くとすぐに天馬たちの頼みを承諾する。
「白鹿組の根城か……よし、任せろ。わしが案内しちゃる!」
必ず子供たちは連れ帰るから、と今にも不安で倒れそうなお勝やその母を町に残し、藤吉郎が一行を案内したのは町外れの森の中にある薄汚れた小さな屋敷だった。
「お前たちはそこで待っとれ」と着いて行こうとした依織たちを外に待機させて、藤吉郎は天馬たちを伴い屋敷へ近付く。
「頼もーーッ!!」
「太助を返せ!」
入り口に掛かった布を払い威勢よく先陣を切った錦に続き天馬たちが屋敷へ踏み込んで行くと、突然の来訪者に顔をしかめた白鹿組の男たちが一斉に振り向いた。
天馬はその圧に一瞬怯みながら、屋敷内をぐるりと見渡す。
「天馬……!」
「っ太助!」
太助とその友人たちは、腕を縛られ部屋の隅で座り込んでいた。見た所大きな怪我をしている様子はなく、天馬は内心胸を撫で下ろす。
「──お友達を返して欲しいの?」
ぼ、と音を立て蝋燭の1つに火が灯る。
潮が引くように男たちが左右へ身を退くと、屋敷の最奥に一人の少女がゆったりと座っているのが見えた。
その姿を見た天馬たちは、思わず目を見開き大きな声を上げる。
「お前は──ベータ!?」
そこにいたのは、彼岸花をあしらった赤い着物に身を包んだベータだった。
どうして彼女がこんなところにいるのか──困惑する天馬たちを嘲笑うかのようにくすくすと喉を鳴らすベータに、白鹿組の男前が口を開く。
「こいつらですかい? 紅菊の姉御が言っていた奴らってのは」
「姉御に楯突く奴ぁ、俺たち白鹿組がぶちのめしてやりますぜ」
ベータを紅菊≠ニ呼んだ男たちは、彼女を守るように天馬たちとの間に立ちはだかる。恐らくマインドコントロールを受けているのだろう、十代半ばの少女が自分たちを取り仕切っていることなど気にも留めていないようだ。
今回の太助たちの誘拐も、白鹿組が本来目的としている雑兵として他国に売り飛ばす為ではなく、天馬たちを誘き寄せる為にベータが企てたものだったのだろう。
「どうします、姉御」
「そうねぇ……私たちに勝てたら返してあげよっかなぁ。勿論、サッカーでね」
袂で口元を隠し、ベータは身構える天馬たちに楽しげに目を細める。
「ま、あなたたちが負けたらみ〜んな捕まえちゃいますけどね」
「っみんなを助けるためだ、やってやる!」
自らを奮い立たせるように声を荒らげる天馬に、仲間たちも力強く頷く。だが、その直後「ちょいと待つぜよ」とこちらの人数を指差し確認した錦が顔をしかめた。
「こっちは外にいる鷹栖を入れても4人足らんきに……」
「それは……フェイ、またデュプリを頼める?」
「うん、分かった」
またフェイの負担を増やすことになるけど、と眉を下げる天馬に、フェイは快く頷く。
その脇で、天馬はふと藤吉郎が捕まった子供たちの人数を確認していることに気が付いた。
「藤吉郎さん?」
「ひい、ふう、みいのよ……丁度4人おる。こいつらを仲間に入れれば良かろう?」
「えっ?」
驚いたのは天馬たちだけではなく太助たちも同じだった。さっかーとは球蹴りのことじゃったな、と確認して、藤吉郎は太助に尋ねる。
「確かお前ら、球蹴りが得意なんじゃろ?」
「う、うん……」
太助は藤吉郎の提案に困惑した風に頷いた。
確かにデュプリを出さなければ、フェイは自分のプレーに集中することが出来る。初心者をメンバー入りさせるデメリットはあるが、それを補うメリットも少なからずあると言うことだ。
「決まりじゃな! なら、とっととその子たちを解放してくれ」
「何だと?」
「そうしないと一緒にさっかーが出来んじゃろう?」
肩を竦める藤吉郎に、男たちは渋い顔をしてベータを窺う。
上手いことこちらを言いくるめ、太助たちを解放するのが藤吉郎の目論見なのだろう。ベータとしても天馬たちを誘き寄せた時点で子供たちには用がない。
どうせ逃げられはしないだろう、とベータは興味なさげに手を振った。
「いいわ、縄を解いてあげて」
「へいっ」
縄から解放された太助たちは、転がるように藤吉郎の後ろへ隠れる。
「天馬、助けに来てくれてありがとう……! だけど俺たち……」
「……大丈夫、力を合わせればきっと何とかなる!」
だから頑張ろう、と力説する天馬に、太助たちは不安そうな顔を見合わせながらもこっくりと頷いた。
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太助らを仲間に入れることを依織たちに話すと、返ってきた反応はほとんど思っていた通りのものだった。
「球蹴りが得意って言っても、随分思い切ったことを……」
「あいつらだって白鹿組が許せん筈じゃ。一番大事なのは勝ちたいと思う気持ちじゃからの」
呆れの混じる目で着慣れぬユニフォームにはしゃぐ太助たちを見やる依織に、藤吉郎は白鹿組を睨みながら力強く言う。
白鹿組が幅を利かせ始めたのはごく最近のことだが、その短い期間の間でも誘拐の被害に遭った子供たちは大勢いる。妙な展開になりはしたものの、これは藤吉郎たち町人にとっても町に蔓延る害悪を排除する絶好の機会なのだ。
どうやら今回ベータは選手として参加はしないらしい。
切り拓かれた地面に白線が引かれ、いつものように審判役の男が別の時代から召喚される。
ホイッスルの代わりに吹き鳴らされた法螺貝に、剣城は「行くぞ」と隣に並んだ太助にボールを転がした。
ぎこちない動きで太助が剣城にボールを戻したことを確認し、天馬たちは一斉にフィールドを駆け上がる。
「太助、上がるぞ!」
「上がる……? って、どこに?」
「相手のゴールにさ!」
首を傾げる太助に答え天馬は再度駈け出すが、ディフェンスに入った子供たちも不思議そうな顔をしながらその場に立ち尽くして動こうとしない。
困惑する天馬たちの耳に、焦ったワンダバの叫び声が届いた。
「し、しまったぁ!! あいつらにサッカーのやり方を教えてなかったぁ!!」
「ええ!?」
「何で教えてねーんだよ!?」
「て、てっきりワンダバが教えたかと……!」
目を剥いて叫ぶ依織に、天馬はギョッとしながら叫び返す。
しかし後悔したところで後の祭りだ。白鹿組は雷門側の半分が機能していないことを良いことに、強引とも言えるプレーでボールを奪い前線を押し上げていく。
「行くぞ!」
「くっ……!」
ディフェンスが機能を果たしていないゴールへ、白鹿組の必殺シュートが炸裂する。信助もまさかここまで早く敵がゴール前に辿り着くとは予想していなかったのだろう、カーブを描き放たれたシュートは信助の指を掠め、ゴール角に突き刺さった。
「ッ何て強力なシュートなんだ……!」
「恐らく、ベータに与えられた力だろうね……」
あちらは全員がベータにより選手として十分な力を持っており、対しこちらは4人がサッカー初心者というあまりに厄介な状況だ。
「……それでも、一度始めてしまった以上は続けるしかない。太助たちはボールが渡る都度、フォローしていこう」
「それしかないですね……」
ひとまずの方針を定め、再び法螺貝の音で試合が再開される。
開幕からボールを受け取った太助に、後ろから神童が声を掛けた。
「太助! まずはドリブル──小刻みにボールを蹴りながら走るんだ!」
「こ……こうか?」
神童の指示を受け、太助はボールをゆっくりと蹴り始める。
速く走ることも重要ではあるが、ドリブルの最大のコツはなるべくタッチを増やすことだ。急げばその分ボールは足から離れ、相手に奪われやすくなってしまう。
「よし、上手いぞ! 次にパスだ、相手の足下に渡すようにボールを蹴るんだ!」
「足下に渡すように……っ」
タイミングを図り慎重に送り出されたボールの球速は遅いが、それでもしっかりと剣城の足下に届いた。
「良いぞ、太助!」ボールを受け取った剣城はそのまま相手のディフェンスを掻い潜って前線を押し上げる。
「太助、もう一度だ! ドリブルで相手の妨害を避け切れ!」
「よし……やってみる!!」
剣城から戻されたボールを受け取り、太助は向かってきた白鹿組の2人を果敢に睨みつけた。
ボールを小刻みに蹴り進み、相手の体を避けていく──アドバイスの通り動いた太助は、先程までの棒立ちが嘘のようにディフェンス2人をするりと抜き去っていく。
「分かってきたぞ……さっかーってのが!」
勝手が分かればこっちのもの、と太助は獅子丸へとボールを送り出した。
太助が要領を得たことで競争心を刺激されたのか、獅子丸はぎこちない動きながらもボールを受け止める。
「太助には負けてられねえ!」
「へっ──何だそのへっぴり腰は!」
獅子丸の前へ飛び出してきた白鹿組の男は強烈なタックルを繰り出し、獅子丸が走り出す暇も与えず強引にボールを奪ってしまった。
やはりベータが裏にいるだけあって、一筋縄ではいかないらしい。
「(ここは化身アームドをするしかない……!)」
ドリブルで切り込む相手に、天馬が雄叫びを上げたその時だ。
「やらせるかぁっ!」
「うわ──!」
死角から飛び出してきた2人組が、闘気を練り上げていた天馬をタックルで突き飛ばす。
このまま化身を出す暇を与えないつもりなのだ。ならば、とこぼれ球を受け止めた依織が直ぐさま化身を出そうとするも、これもまた2人掛かりのタックルに阻まれてしまう。
「くそっ──!」
「ふふ……させませんよ。野郎共、潰しちまいなぁッ!!」
着物を翻し、ベータが吠えると白鹿組は一斉に雷門陣内へと攻め上がってきた。
「みんな、守りを固めろ!!」
ここは何としても防がなければならない。
中盤へ陣取り気勢を上げた神童は、天馬たちが白鹿組を相手取っている間に素早く闘気を練り上げる。
「《奏者 マエストロ》──『アームド』!!」
猛りは空しく響き、化身は少しその姿が揺らいだだけでアームドには至らない。白鹿組のFWは歯噛みする神童を一笑すると、肘鉄で彼の体を思い切り突き飛ばした。
「──拓人様!」
フィールドの外から悲痛な叫びが聞こえる。マネージャーのものではない。
見れば、我慢出来ずに天馬たちを追いかけてきたのだろう、青い顔をしたお勝が口元を手で覆っていた。
「何をしようが無駄だ……!」
せせら笑う白鹿組は、そのままの勢いで追加点を奪っていく。
これで0対2だ。点差を離されたところで、前半終了を知らせる法螺貝の音が鳴り響く。
「ごめん、ゴールを守れなくて……」
「信助……」
肩を落とす信助に、天馬は掛ける言葉が見当たらず眉尻を下げた。
小石を蹴飛ばし、舌打ち混じりに錦が呟く。
「白鹿組の奴ら、悔しいが見事なサッカーぜよ……!」
「ベータの戦略と、白鹿組の性格が上手く噛み合っているんだ」
「それに比べて俺たちは……」
呻き、落胆するのは地元の子供たちだ。素人ながらに足を引っ張っているという自覚はあったのだろう、太助たちは沈んだ表情で俯く。
「ごめん、天馬……俺たち足手纏いで……」
「そ、そんなことないよ──」
「いや、確かにこいつらが足を引っ張っちょる!」
天馬を押し退けてフィールドに入ってきたのは眉を吊り上げた藤吉郎だ。
元はと言えばお前が蒔いた種だろう、と乱入してきたワンダバを横に押しやり、「だからじゃ!」と藤吉郎は太助たちを見下ろす。
「良いかお前ら、今度はわしの言う通りに動いてみるんじゃ。そうすれば上手くいく!」
「おいおい、大丈夫なのかそんなことを言って」
断言する藤吉郎に、ワンダバはじっとりと疑いの目を向けた。
大丈夫じゃ、と大きく頷いた藤吉郎はニカッと歯を見せて笑うと、太助たちに指示を出し始める。
「──ほんとにそれで良いの?」
「ああ!」
不安げにこちらを見上げる太助の背中を叩き、藤吉郎は自信満々で頷いた。
傍で藤吉郎の指示を聞いていた天馬たちもその案に納得した風に微笑んでいるのを見て、子供たちは「分かった!」と覚悟を決める。
後半開始の時間が迫り、雷門イレブンは藤吉郎考案の作戦に移った。
それまでFWに上げていた太助をディフェンスに下げ守りを堅く、フォーメーションを今まで通りの剣城と依織の2トップに戻す。
敵側からすれば、ただのポジションとフォーメーションの変更にしか見えないだろう。
「これで上手く行くのか……?」
「ああ。見た所白鹿組は、攻めることに長けてるが守りは脆そうじゃ。わしの作戦で敵の攻撃を食い止めることが出来れば──敵陣を一気に攻め落とすことが出来るかもしれん」
訝しむワンダバに答え、藤吉郎が口角を上げると同時に法螺貝が鳴り響く。
早速ドリブルで切り込んでくる白鹿組に、剣城と依織は目配せを交わし左右に散った。後方の天馬たちも無理に攻撃を阻みに行くようなことはしない。雷門の誘い込むような動きに、ベータは目を細めた。
「怖じ気ついたか!」
「では一気に潰すのみ……!」
がら空きになった中央を、FW2人が駆け抜けていく。
その背中を一歩遅れて追いかけながら、神童が声を大にする張り上げた。
「行ったぞ! 準備は良いか!?」
「お、おう!」
「やってやる!!」
答えたのはゴール前に陣取る太助、獅子丸、五郎太の3人である。
迫り来る敵FWに、タイミングを測った神童が「今だ!」と叫ぶと同時に、両サイドに待機していた獅子丸と五郎太がスライディングを繰り出した。
「くっ──!?」
左右からの攻撃を跳躍で飛び越えたFWに、続け様にスライディングを仕掛けるのは中央の太助だ。
流石に三方向からのスライディングは避けきれなかったか、太助はバランスを崩した相手から見事にボールを奪ってみせる。
「天馬ぁ!」
「ああ!」
太助から送り出されたボールを持って、天馬たちはカウンターに繰り出した。
左右に大きく振るようなダイレクトパスを繋ぎ合わせた進軍に、白鹿組は対応しきれない。ゴールを目前にボールを受け取った剣城は、今度こそ決める、と闘気を練り上げる。
「《剣聖 ランスロット》──『アームド』!!」
「何じゃあ、あの姿は!」ベータからマインドコントロールで与えられたサッカーに関する情報にも限界があったのだろう、化身を身に纏った剣城に白鹿組は恐れ戦き動きが止めた。
その絶好の好機を逃しはしない。剣城は渾身の力で脚を振り抜く。
「うおらぁッ!!」
「ぐああっ!?」
放たれたシュートは、驚愕するキーパーの体ごとゴールネットに押し込まれた。
これで1点を取り返した。やったな、とはしゃいだ声を掛ける天馬に、息を整えた剣城は仲間たちに背中を向けたまま、ぐっと親指を立てて見せる。
「敵の攻撃を食い止め、一気に攻め落とす、か……見事な作戦だったぞ」
「じゃろ?」
感心した様子のワンダバに賞賛され、藤吉郎は自慢げに胸を聳やかした。
「白鹿組の攻撃を太助たちに集中させろと言い出した時はヒヤヒヤしたがな……」
「太助は攻めるよりも、守る方が上手いように思えたんでな。同じく守るのが得意な奴と組み合わせてみたと言うわけじゃ。1人では敵わない相手でも、3人集まれば何とかなる」
喜ぶ子供たちを慈しみの目で見守る藤吉郎を、ワンダバはそっと観察するように見上げる。
藤吉郎は僅かなプレーを見ただけで彼らの能力を見抜いたのだ。先の世では天下人となる人間だ、この頃から分析能力は人一倍高かったのだろう。
「へへ、一泡吹かせてやったな!」
「ああ、俺たちもやれば出来るんだ! 連れて行かれた仲間を取り戻すんだ、絶対勝とうな!!」
おお、と威勢良く拳を振り上げる子供たちを見て、信助はそっと自分の掌を見つめた。
友達を守りたいと言う強い気持ちがボールを止めた。初心者である彼らがだ。
「僕も負けちゃいられない……!」
信助が拳を握り締めると、再び法螺貝が鳴り響く。
1点を取られたせいか、白鹿組の攻撃は更に苛烈なものになった。現代であればファウルすれすれのプレーで雷門勢を跳ね飛ばした白鹿組は、一気にゴール前へ辿り着く。
「二度と刃向かえぬよう、叩き潰してくれる!」
「っ速い──!」
太助たちの脇をすり抜け、ゴール目前に迫った白鹿組はそのままシュート体勢に移った。
「火縄──バレット!!」
撃鉄の脚が振り下ろされ、炎を纏うシュートがゴールに向かって直進する。
両手を広げて身構えた信助は、迫るシュートを見上げ雄叫びを上げた。
「僕だって、守りたいものがあるんだ!! 《護星神 タイタニアス》──『アームド』!!」
跳び上がった信助の体を、化身の光が激しく輝き包み込む。
空中でアームドを果たした信助は着地と同時にボールを受け止め、ついに白鹿組の追加点を阻止した。
「っ出来た……僕にも化身アームド出来た!!」
「やったな、信助!!」
これでまた1人、化身アームドの習得者が増えた。しかし今は喜んでいる暇はない。笑みを収め、神童は敵陣を振り仰ぐ。
「よし──反撃だ!!」
「はいッ!!」
信助が蹴り入れたボールを受け取り、神童は前線を切り拓くため間髪入れず神のタクトを展開した。
「錦、サイドを抑えろ!」
「おう!」
「剣城、鷹栖、攻め上がれ!」
「はい!」
光の軌跡はフィールドを縦横無尽に駆け巡り、それに導かれた仲間たちは次々と白鹿組を圧倒していく。
「行くぜよッ!! 《戦国武神 ムサシ》──武神連斬!!」
振り下ろされた余力はゴールを穿ち、同点へと追い付かれた白鹿組は動揺に表情を曇らせた。
「俺たちの攻撃が通用しない……!?」
「どうすれば良いんじゃ……あ、姉御!」
「……このくらいで戦意喪失ですか。情けないですこと」
震える声を上げた男たちに、ベータは煩わしそうに顔をしかめる。
やはり所詮は寄せ集めのならず者か──内心で舌を打ち、彼女は踵を返す。
「ま、ここまでかな──役立たずは勝手に負けちゃいなさい」
「そ、そんな……姉御!」
森の中へ姿を消したベータを追うことも出来ずに、男たちはその場で立ち竦んだ。
哀れな、と神童は途方に暮れる白鹿組に一瞥をやる。
だが、ベータに捨て駒にされたとは言え彼らが元々悪党であることに変わりはない。一瞬沸いた同情を捨て、神童は容赦なくタクトを振るう。
戦意を失った白鹿組から点を取ることは容易く、試合は最終的に雷門イレブンが10対2と大差で白鹿組を下す結果になった。
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「今川軍が京に上るため、沢山の兵を集めている……か」
日も暮れて、太助たちを家族の元へ送り届けた後、天馬たちは藤吉郎も一緒に拠点へ戻っていた。
あの後白鹿組を問い質したところ、分かったことは2つ。
1つは藤吉郎が昨日話した、子供を兵にするために攫うように白鹿組に指示を出していたのが今川義元だと言うこと。
もう1つは、今川軍が兵を集める理由だ。京に上るにはいくつかの戦いを超えなければならない。故に、1人でも多くの兵を増やそうとしたのだろう。
「白鹿組の背後に今川義元がいたとはな……この時代では最も天下取りに近いと言われている存在だ」
「はっ! 何を阿呆なことを……天下取りに一番近いのは信長様に決まっておろう! 今川なんぞ敵ではないわい」
ワンダバの発言に、いかにも『不機嫌です』と言った風に鼻を鳴らしたのは輪から外れた場所で横になっている藤吉郎だ。
今川義元の名前を聞いたときからずっと仏頂面をしていた彼に聞こえないよう、天馬たちは額を寄せ合い声を落とす。
「確かに歴史では桶狭間の戦いで、信長は今川義元を打ち破っている」
「でも、プロトコル・オメガが歴史に干渉しているとしたら、その通りの結果になるとは限らないよ」
流石のエルドラドも、サッカーと無関係な歴史まで大きく改変するのは避けたいはずだ。それでも、既に彼らの行動が歴史に何らかの影響を及ぼしている可能性は高い。もしかすると、桶狭間の戦いが始まるタイミングがズレてしまう可能性もあるのだ。
「……戦いが始まってしまえば、信長に近付くのはより難しくなる。その前にやるしかない……!」
「だけど、どうやれば花見の宴に忍び込めるんでしょうか……」
一同は頭を捻るが、出てくるのは苦しげな呻き声ばかりで妙案の1つも出てこない。
しばらくすると藤吉郎の鼾が聞こえ始め、釣られたように天馬や信助が舟を漕ぎ始めたのを見た神童は苦笑を浮かべた。
「……今日はもう遅い。考え事は明日するとして、今夜はもう休もう」
「そうっすね……眠れば何か良い案が浮かぶかもしれないし」
欠伸混じりに頷いた依織に、どうだかな、と剣城が諦めたように呟く。
それぞれが布団を引っ張り出して就寝の準備を始める中、神童はそっと格子窓から見える月を見上げた。